第17話 やはりここはトリプルアタックがいいと思う。
王とは本来威厳があり、民衆から支持されるだけの素晴らしい人間力を持った人物のことである。その定義から考えると、王様は決して女湯を覗きたいなどと言わないはずだ。しかし目の前の馬鹿王は違った。
「登山家になぜ山を登るのか? と聞くと、そこに山があるからと答える。ではなぜ壁を登るのか? そう聞かれたら私はこう答える。そこに女性の裸体があるからさ、と」
「ド変態の発言ですよそれは」
恥ずかしげもなく名言っぽく言うラムジン王にオレは恐怖すら感じた。
「まったく……僕も同じ意見だブゥ。王様と」
「てめぇはなんでここにいるんだよ」
突然現れた擬人化ブタに尋ねる。ブタは腹立たしくも髪をかき上げて答える。
「僕もアルディラさんからお誘いを受けたのさ。やはり王都を一日で帰るのは勿体無いからね」
さっさと去ればいいものを。思わず舌打ちが出る。
「しかし僕はちょうどいい時に来たみたいだね。王よ。このオーク族の若頭オーク・ブタール、微力ながら御身に加勢しようと思います」
「うむ。良い忠誠心だ。私は良い家臣に恵まれたものだな」
「勿体無いお言葉」
「覗きだからな? 覗きの忠誠心だからな?」
それで、お前はどうなの? と言いたげな視線をこちらに向けてくる。こいつら、やる気満々である。
「させませんよ。さすがに王とはいえお戯れが過ぎる」
「ふふーん。キミは中々に紳士なようだね。だが断るというのならこちらにも考えがある」
「実力行使ブヒ!」
ブタールがブタ化して突っ込んでくる。あのイノシシのような巨体を喰らえばひとたまりもないだろう。てか覗きなんかで本気で殺しにかかってくるこいつはなんなんだ。オレは咄嗟にそばにあった石鹸を床に転がす。くるくると回転した石鹸は見事にブタの足元へ。
「ブギぃ!?」
石鹸に足をとられたブタは空中に見事なムーンサルトを描き、その勢いのまま湯船へ。大きな水しぶきとともにブタは湯船から足だけ出して果てた。
「ふぅ、まず一匹!」
「やるなタケルくん。だが、まだ私が残っている!」
王様が湯船の中を進んでくる。壁を背にするオレ。オレが最終ラインだ。ここを突破されれば壁の向こうの彼女たちが被害を被ってしまう。
「望むところだ!」
がっちりと手を組み合う。ここからは力勝負だ。
「く、強い……!」
王様の鍛えられた肉体は想像以上の力を発揮した。玉座に座るのが勿体無いほどの力だ。軍人としても一級品だろう。その一級品が覗きのために力を発揮している。涙が出そうになる。
「ふふふ……キミもなかなかやるな! だが私には数百万の国民の想いを背負っているのだ! ここで負けるわけにはいかん!」
「数百万の国民は覗きなんかのために力は貸しませんよ!」
「それは私の人間力の成せる業だ!」
ぐぐぐ、と力で押し込まれる。まずい、よくわからない言い分でパワーアップした王様に押し切られそうだ。だけど、負けるわけにはいかない。
「うおおおおおおお!!」
「なに!?」
押し返して再び戦況を五分にする。これは王様も予想外だったのか、驚きの表情を浮かべる。
「はっはー! 久しぶりに血がたぎる! だが、勝たせてもらうぞタケルくん!」
「それはこっちのセリフですよ!」
「「うおおおおおおおおお!!!」」
力と力。男と男の勝負。全力を尽くした戦いの幕引きは、すぐそこに迫っていた。
『わぁ、おねーちゃんのおっぱいおっきぃのです~』
「!?!?!?!?!?!?!?」
二人の動きがぴたっと止まる。耳はゾウのように大きくなっていた。声は壁の向こうから聞こえてくる。
『ちょ、ちょっとカルアさま。触られるとくすぐったいです』
『えー、良いではないですか~。ぷにぷになのです~』
『カルア姫。シャルドネ様がお困りです。おやめください』
『あぅ、アルディラのイジワル』
『むぅ……でも確かに大きいわね。シャル、あなたどうやってこうなったの?』
『どうって……別に何もしていませんが』
『なにもしていないわけないでしょ!? あたしだって頑張ってるのに全然成長しなくて……』
『姫様。女性の価値は胸では決まらないのです。気を落とさずに』
『あなたに言われてもね……デカイあなたに言われても』
『そうですよおねぇさま。それにカルアはおねぇさまの慎ましやかな胸も好きなのです。それとお尻も。すごく興奮するのです~』
『カルア、妹ながらあんたの将来が心配だわ』
『あはは、まだこれからですよ。なんならウチが取り扱っているサプリをお譲りしましょうか? 豊胸効果もあるんですよ』
『ホントに!? アルディラ!』
『薬に頼ってばかりじゃお身体に障りますよ。それよりももっといい方法が』
『いい方法?』
『揉めば大きくなるって聞いたことがあります』
『……へ?』
『じゃあカルアが揉んであげるのです! わしわし~』
『ちょ、カルア! やめ……んっ……!』
『わしわしなのです~』
『このぉ……やり返してやる!』
『って、なんでわたしに来るんですか!?』
『ふふふ、自分だけ助かろうなんて甘いわよシャル!』
『きゃ……くすぐったい! くすぐったいです! やめてください!』
『ふっふっふー、このおっきぃ胸をもっと大きくしてやる!』
『カルアも負けてられないのです! わしわし~』
『みなさま、ファイトです』
「………………………………………」
壁の向こうからキャッキャウフフが聞こえてくる。壁から耳を離したオレと王様は互いに真剣な目で向かい合う。そして互いに熱い握手を交わした。
「共に行こう、壁の向こうへ」
『ベルベット様。一つお伺いしたいのですが』
『ベルでいいわよ。なにかしらシャル?』
『タケルさんのどこを好きになったのですか?』
『んな……っ、なにをいきなり!?』
『んふふ~隠さなくてもいいんですよ。ていうかバレバレですし。ね、アルディラさん』
『ええ。姫様は非常にわかりやすい方です』
『カルアも気づいていたのです~』
『う、うぅ~。べ、別に好きじゃないわよあんなやつ! ただ……』
『ただ?』
『助けてくれた時はちょっとかっこよく見えたかも……』
『ほほぅ』
『ち、ちょっとよ! ほんのちょっとだけ! 普段はただの無礼な男に変わりないわ!』
『なるほどなるほど。そういうことにしときましょう』
『おねぇさま顔が真っ赤なのです』
『のぼせただけなんだから……』
『タケルさんも罪作りな方ですねぇ~。国民から絶大な人気を受けるお姫様からご寵愛を受けるだなんて』
『だからそういうのじゃないって! シャルこそどうなのよ? あいつのことなんとも思ってないわけ!?』
『そうですねぇ、タケルさんのことは……』
『ええ』
『よく動く虫だと思っています』
『……え?』
『おそらく昆虫界の中では上位の存在なのでしょうね。それだけの知識を感じます。ですが残念ながら、われわれと同じ舞台に立つと極端に順列が落ちてしまいます。まぁ、これまでのセクハラ発言を含めればまだ優しい方ですよわたしの対応は』
『そ、そうなの。てっきりあなたたちは付き合ってるのかと思ってたわ』
『よく考えてください姫様。ゴミ虫と人間が付き合えますか?』
『……無理ね』
『そういうことです』
『ですが、お二人の関係は良好なように見えますが』
『まぁ、悪くはないですからね。持ちつ持たれつといった感じです。腐れ縁ってやつでしょうか?』
『じゃあ、好きってことはないのね?』
『昆虫採集は趣味ではありませんので』
『ふぅ~ん……』
『あ、おねぇさまなんだか嬉しそうなのです』
『へ!? そ、そんなことないわよ』
『本当にわかりやすい方ですね~。そんなお姫様に一つ助言を差し上げます』
『なにかしら?』
『殺虫スプレーを常備してください。あの変態虫が襲ってきた時の護身用です。これであなたの身は守られるでしょう』
『この会話、本人が聞いたら泣くわよ』
『大丈夫です。それに……』
『それに?』
『本当に聞いてたとしても気づきませんよ。あの鈍感さんは』
「…………」
「タケルくん。どうしたのかね?」
「涙が。涙が止まらねぇよぉ……!」
「がんばった! キミはがんばった! 私の胸で泣きなさい!」
「王様ぁ!」
壁から耳を離し、ラムジン王の胸に抱き着く。オレを受け入れてくれた王は抱きしめたまま優しく頭をぽんぽんと叩いてくれた。見る人によっちゃ危険な場面だ。
「王様、オレ、決めたよ」
「ああ、やろう」
これで心は決まった。未だに気絶しているブタを強めのビンタで起こし三人で作戦会議を始める。人員は一人でも多い方がいい。
「やはりここはトリプルアタックがいいと思う」
「いや、やはりワン・ステップ・バニーだろう」
「ライジング・サンも捨てがたいブヒ」
謎の会話が始まる。これでも話が通じているから不思議なものだ。そして数分後、話はまとまった。
「ところで王よ」
「なんだね?」
「今更だが、あなたは娘の裸体を見ることになるが、大丈夫か?」
「娘の成長も見届けるのも親の仕事だろう?」
「すごい説得力ブヒ」
反論の余地がない。オレは復讐のため(主にシャルに対しての)。王は一人の父親としての義務のため。そしてブタは単純に性欲のため。ここにオペレーション・ピーピングは決行されたのである。
「アイス・ピラー!」
王が氷柱で壁に足場を作る。
「魔法が使えたのか王よ」
「王だからな」
「すごい説得力ブヒ」
足場を伝って壁を登ってみる。派手に転んだ。
「つるんとするのだが」
「氷だからな」
「なるほどブヒ」
たんこぶを作りながらも、次は慎重に足場を確かめながら登る。氷が解け、派手に転んだ。
「解けたのだが」
「氷だからな」
「仕方ないのブヒ」
覗きという目的のためにオレたちの洞察力が低下しているようだ。王は思い出したかのように、今度は壁に土の足場を作って見せた。
「初めから欲しかった」
「悪いとは思っている」
「反省は大事ブヒ」
ようやくしっかりした足場で三人同時に壁を登り始める。王とブタの登りが早い。二人とも慣れているのか。オレは一歩遅れる形となった。
「一つ、良いことを教えてやろう」
「それはなんだ」
「あとに着いた者の方が危険度が増す。見つかる可能性が高いからな」
「っ!?」
「はっはっは! お先だタケルくん!」
「ふ……ざ、けるな! うおおおおおおお!!」
すべての力を使って登る速度を速める。
「なに!?」
いつの間にか横一列になった。
「ふ、ふふふ、やはりさすがだよタケルくん!」
「クワガたん推しは間違ってなかったブゥ!」
「オレ狙いだったのかこのブタァ! だが今はそんなことはどうでもいい!」
「「「負けない!!」」」
三人の思いが同時に輝いた。
「「「うおおおおおおお!!!!」」」
あと少し……!
ユートピアの入口が見えた。
「お帰りくださいませ。ご主人さま」
壁の向こうにあったのは、アルディラさんの笑顔。その手には桶が。
ぱこぱこぱこーん。
小気味良い音が三連発してオレたちは湯船に真っ逆さまに落ちた。人生って甘くないんだな。湯船の底にキスしながらそんなことを考えた。
『馬鹿ですねぇ。こちらの声が聞こえるってことはそちらの声も聞こえるってことですのに』
『まったく、救いようのない馬鹿ね。タケルとオーク族と……でもあと一人は誰だったのかしら?』
『え、気づいていなかったんですか?』
『え、ええ。シャルはわかるの?』
『あー……ラキーテさんですよ、きっと』
『あいつ、今度痛い目見せてやるわ』
『あははー……すみませんラキーテさん』
「あれ、タケルさん。今日は一段とブサイクですね」
「……うるせぇ」
次の日の朝。二つのたんこぶが完治しないままオレたちは玉座の前にひざまずいた。
「なにかあったんですかぁ? わたし、タケルさんのことが心配です!」
「もう何も喋るな。その口に石鹸突っ込むぞ」
「えー? タケルさんこわ~い」
わかりやすくとぼけるシャルに殺意を覚える。だが昨日のことは自業自得だから何も言えない。
「王のおな~り~」
そうこうしているうちに昨日の一晩で大分親しくなったラムジン王が出てきた。しかし昨夜のようなお茶目な雰囲気はない。威厳たっぷりの王らしい王だ。ギャップが激しい。
「おはよう諸君。昨日はよく眠れたか? 早速だが、話を進めたいと思う」
「交易自由権のことですね? ではでは謹んで――」
「結論から言おう。交易自由権は……なしだ」
「へ?」
シャルから間の抜けた声が漏れる。
「どどどど、どういうことですか? こここ、こちらとしてはてっきりいただけるものかと」
わかりやすいぐらい動揺している。シャルもこんな一面があるのかと。それほどまでにシャルは今回のことに賭けていたのだろう。
「うむ。正しくはなしというより保留だ。一つ、問題が起こってな」
「問題?」
「それについては場所を移動しよう。ついてきてくれ」
わけのわからないまま、歩き出した王の後をついていく。やがて大きな扉の前にやって来た。
「これからやるのは話し合いだ。こちらの連中とな」
そう言って王の手により扉が開かれた。
「……はっはーん。なるほどそういうことですね」
シャルが呆れたように呟く。扉の向こうにいたのは、商人の恰好をした複数の人々。
「彼らは我が国を代表する商人たちだ」
そう、シャルの商売敵だった。




