第12話 ベルは尻が大きい、と。
「ふーん。オルバニアより大きいんだな王都って」
ラキーテを先頭に王都のど真ん中を馬車で移動する。周りに見える景色は中央都市と呼ばれたあのオルバニアよりも更に大きく見えた。
「この国の心臓部分ですからねぇ。オルバニアが商業に特化した都市であるとすれば、こちらは軍備に特化した都市でしょうか。どちらもこの国を代表する大都市であることには違いありません」
「そりゃ見るものもいっぱいありそうだ……と思ったけどさっきからジロジロ見られているような気がするんだが」
「王立騎士団の帰還ですからねぇ。彼らは市民の憧れの的なんですよ」
「ははは……ちょっと有名人になった気分」
しかし決して好意的な視線ばかりを向けられているわけではないらしい。中には刺すような視線を向けてくる者もいる。少なからずこの国に対して不満を持つ反乱分子の物だろうけど。
「あまりオレたちの関係を大っぴらにしない方がいいかもな」
「賢明な判断です」
街を抜け、獅子を象った門をくぐり、某テーマパークのような城の前に到着する。そこには姫の帰還を待つ関係者たちが並んでいた。先にベルが降りると、一斉に歓声が沸いた。
「姫様、よくぞご無事で……この爺、心配で心配で……うっうっう……」
「あはは、ただいまボン爺。そんなに心配しなくてもあたしは大丈夫だっての。もう子どもじゃないんだから」
「いいえ、爺の中では姫様はいつまでも昔の姫様のままです。それは大人になっても変わりませぬ。ま、また昔のように爺を祖父だと思って『おじいちゃん♪』と呼んでもいいのですぞ?」
「遠慮しとく。それよりみんなに紹介したい人がいるの。タケル」
「お、おう」
呼ばれたので馬車を降りる。
「こちらは――」
「誰だキサマ!!!!」
爺さんに物凄い形相で詰め寄られる。
「婿か!? 婿なのか!? 姫様を奪いに来たのか!? ぐはは! だが残念だったな! この爺の目が黒いうちは指一本触れさせぬぞ! せぇいばぁ~い!」
「やめなさい」
ベルが爺さんの頭にチョップを落とす。
「禿げてしまうではないですか」
「もう生えてるものもないでしょ。勘違いしないで。彼は今回の旅であたしを助けてくれた英雄なのよ」
「は……そうなのですか? ああよかった。では恋愛感情など一切ないのですね」
「……ないわよ?」
「……」
「ま、そういうわけだ。よろしくな、爺さん」
「こちらこそよろしくお願いします勇者様。ところで……」
襟を掴まれ、ずいと引き寄せられる。
「本当に何もしていないであろうな?」
「してねぇよ」
「それは結構」
笑顔で解放される。なんだかとても怖い爺さんだ。
「おねぇさま!」
関係者の後ろからもぞもぞと何かが飛び出してきた。そしてそのままベルの胸に飛び込む。
「おねぇさま、本当におねぇさまだ! 会いたかったのです!」
「わっとっと。ちょ、カルア、やめなさい。みんなが見てるわ」
「いいえ! やめないのです! おねぇさまは放したらまたどっかへ行っちゃうのです! はぁ……このなだらかな胸、大きいお尻、本物のおねぇさまなのです~」
「……本当にやめなさいって」
「ベルは尻が大きい、と」
「おいそこ。なにをメモした」
さっと紙を後ろ手に隠す。
「はっはっは、別に何も――」
その時、俺に衝撃が走った。カルアという少女と目が合ったからだ。ブロンドのおさげ、大きな青の瞳、そして目の下の小さな泣きぼくろ。それは正に――
「ミミたんっっっっ!!!」
「ふ、ふぇ?」
かわゆく首を傾げる。たまんねぇ。
「ミミたぁあああああああん!!!」
「ふぇええええ?!」
「よいしょっとー」
「んが!?」
脳天に激痛が走る。振り返るとチャボのこん棒を手にしたシャルが見えた。
「痛いじゃないか」
「よかった。まだ人間としての感覚はあったんですね」
「邪魔をしないでくれ。オレは今、ミミたんとの出会いに感動でむせび泣いているところだ」
「むしろ泣きそうなのは向こうの方ですが。これ以上はわたしたちも一緒に捕まってしまう可能性があるので自重してくださいね」
「く、いつの時代も愛は社会に邪魔をされる……」
「変態が社会を語るんじゃねーです」
「え、えと?」
「お初にお目にかかります、カルア様。わたしはシャルドネと申します。先ほどはこちらの変態が大変な失礼をしてしまい申し訳ございませんでした。あとでこの変態にはきつく言っておきますのでご安心くださいませ」
「おいおい、どこにその変態がいるってんだ?」
「鏡を見てください」
そこにはイケメンしか映っていなかった。
「あぅ……」
「あらら、やっぱり怖いですか?」
「違うの。カルアは昔から人見知りでね。身内以外だといっつもこうなの」
「それはそれは……それなのに大変なトラウマを植え付けてしまいましたね。やはり今ここで処刑すべきでしょうか」
「なぜこっちを見るんだ」
「あ、あの……」
恥ずかしながらもミミた……カルアたんがベルの後ろから顔を出す。
「シャルドネさん、と……へんたい、さん? おねぇさまを助けてくれて……ありがとう……なのです」
ザ・上目遣い。
「ミミたぁああああああああん!!!!」
「あっはっは、これは変態虫のタケルさんでなくてもどうにかなっちゃいそうな破壊力ですね。いえ、どういたしましてです、カルア様」
「……う」
そして再び恥ずかしそうにベルの後ろへ。
「ミミたぁはあはぁあああああん!!!」
「すみませんが姫様。これ以上は変態虫さんがどうにかなっちゃいそうなので、進めていただけませんか?」
「え、ええ。そうね。ボン爺、彼らを客間へ。ラキーテ、あなたはもう下がっていいわ」
「承知いたしました」
「は! ではまた後ほど!」
「それじゃあ、わたしは――」
「ベルベット」
重々しい声が聞こえてきた。出てきたのは明らかに一人だけオーラが違うヒゲ面の男性だ。周りが息を飲む中、ゆっくりとベルの前に立つ。
「お父様! ただいま戻り――」
パン、と乾くような音が響く。ベルは呆気にとられたように赤くなった右頬にそっと触れた。
「またこれか。貴様はどうやら自分の立場というものがわからないらしいな。愚か者が」
「……ごめん、なさい」
「謝罪だけなら誰でもできる。これ以上レヴンレイギスの名を汚してくれるなよ。……つまらないところを見せてしまった、お客人よ。愚娘を助けていただいた礼がしたいので後で謁見の間に来てくれぬか。よろしく頼む」
それだけ伝えると、また城へと戻って行った。
「おねぇさまぁ……」
「ふふふ、なんであなたが泣いてるのよカルア。ごめんね、怖がらせちゃって」
「姫様。すぐにお手当を」
「なんでもないわこれぐらい。大丈夫よ」
「無理すんなっての。ほら、腫れてるじゃねぇか」
「タケル……」
「どこの世界にもいるんだな、嫌な父親って。ま、心配かけたベルもベルだしな。いい勉強になったんじゃねーの? なーんて部外者のオレに偉そうなことは言えないけどな。とにかく、ちゃんと冷やしておいた方がいいぞ。女の子の顔は大事だからな」
「ふふ、そうさせてもらうわ。それではまたあとでね、タケル」
気丈に笑って見せると、ベルは従者に率いられて城へと入って行った。
「空気が重いねぇ」
「さっきまでとは大違いですね。タケルさんにも読める空気があったとは」
「最近辛辣だぞ。ま、いいや。言われた通り客間へ行きますか。爺さん、案内を頼む」
「ええ、お任せください」
「……あれ、そういえばブタは?」
そもそもあいつは馬車から降りたのだろうか。
「ここに着いてすぐお気に入りの娘を見つけた! と言って街へ走っていきましたよ?」
「あのブタぁ……」
ぶれない奴もいるものだ。むしろそういうやつがいた方がいいのかもしれない。とりあえずブタのことは放っておいて、オレたちは客間へ向かうことにした。




