第二十話 調査
あれから、ランはいつも通りになった。表面上は。
エーティアのお供をする時には、普通に笑い掛けるし。優しい雰囲気に戻った。
けれど、だ。
守護騎士としての仕事以外で、ランと会う事が無くなった。
自由時間にエーティアが庭園や霊園に行っても、姿は見えない。
神殿をくまなく探しても、会えないのだ。
明らかに避けられている。
その事に気付いたエーティアは落ち込んでしまうしで、私までもがしょんぼりだ。
「……だから、調査に出たんだよ」
「なるほどなー」
私は今、神殿の庭でロイドと話している。エーティアはお勉強の時間だよ。
ロイドは、私と視線を合わせようとしてくれたのか、しゃがみ込んでいる。
「ランねぇ」
「何か変わった事とか、ないかね?」
私は、ピコピコと手を動かす。
ロイドは顎に右手を掛ける。
「……最近、付き合い悪いぜ、あいつ。街遊びに声を掛けても、断るしよ」
「そんなに悪いの?」
「ああ、リスティリオ並みだな」
「それは、相当だな!」
リスティリオと同じなランなんて、想像出来ないよ。
「おい、貴様ら。堂々と人の悪口か」
おおっと、リスティリオの登場だ。
不機嫌そうに、私達を見ている。
「やっほー、リスティー!」
「何だよ、俺ら悪口なんか言ってねーよ?」
私はきっちりと挨拶し、ロイドは不満そうに言い返した。
「ふん、どうだがな。あと、その愛称止めろ。斬るぞ」
「まあ、恐ろしい人!」
私はロイドの後ろに隠れた。
「斬れるもんなら、斬ってみろー。ロイドが盾なんだぞ!」
しゅしゅしゅと、私はロイドの後ろから拳を突き出す。
「おい、俺を巻き込むなよ」
ロイドが迷惑そうに眉を寄せる。
リスティリオは深々とため息を吐き出した。
「貴様らには、付き合ってられんな」
気難しい顔でリスティリオは踵を返そうとする。
「ちょっと待ちたまえ、リスティリオ」
しかし、私はリスティリオを呼び止めた。
「……何か用か、ぬいぐるみ」
とりあえず、リスティリオは立ち止まってくれた。よしよし。
「ランが最近おかしいんだよ。何か知らんかね?」
ととと、と私はロイドの背後から、リスティリオの足元へと歩く。
「ラン、か……」
リスティリオの、元からある眉間のシワが更に深くなる。
もしや、何か思い当たる節が?
「何かあるのか?」
ロイドが立ち上がり、問いかける。
リスティリオはロイドを見た。
「……ここ最近のあいつは、神殿の蔵書を読みあさっているようだ」
「本だぁ?」
ロイドが嫌そうな顔をした。ロイド、本とか嫌いそうだもんね。
「俺が図書館に入っても、気付かないほど熱心に、な」
ランは、確か休日は本を読むと言っていた。それのどこが変わった事なんだろう。
「確かランのやつ、神殿の本は自分には合わないとか言ってなかったか?」
「古い文献が殆どだからな」
そうか。確かに、街の図書館で本を借りているって、ラン言ってた。趣旨替えでもしたのかな。
「鬼気迫るとは、ああいうのを言うのだろうな。まるで別人のようだった」
「そんなにか!」
リスティリオの言葉に、ロイドは驚いたようだ。
「ラン、どうしちゃったんだろう……」
私はしょぼんと肩を落とす。
皆の話すランが、何だか遠くに感じるよ。
「まあ、ミミ。そう気を落とすなよ! ランだってな、たまには人と接したくない時があるさ」
ロイドが慰めてくれるけど、気は晴れない。
「あー、その、なんだ」
落ち込む私に、ロイドは困ったように笑う。
「……そうだ! ランとは関係ねーけどよ、この間久し振りにレントの方から話しかけられたんだよ」
「レントが?」
レントの名前に食いついたのは私ではなく、リスティリオだった。いや、私だって、反応したけども。
まさか、レントの名前が出るとは思わなかった。不意打ちだよ!
「ああ。ほら、この間ジョンがミミを追っかけたって話。あれ、レントから聞いたんだわ」
「え……っ」
「レントのやつ、飼い主なら躾をちゃんとしろって、説教してきてさ。……まあ、俺が悪いんだけどな」
レントが、私の事をロイドに伝えてくれただなんて。
しかも、怒ってくれたんだ。
「ジョンとは、お前が拾ってきた犬か。確かにぬいぐるみには脅威だろうな」
「ははは、まあ、悪いやつじゃあないんだ」
「当たり前だ。犬の粗相は飼い主の責任だ」
「お前も、説教かよ」
「当然だろう」
「あー、はいはい」
二人の会話が頭に入ってこない。
レントが、気紛れだったとしても、私の為にロイドに忠告してくれた。
それが、凄く嬉しかった。
「……俺は、鍛錬に戻る」
リスティリオが、ため息を吐いてそう言った。
「お! なら久し振りに手合わせしようぜ!」
「何故、俺が……」
「いーから、いーから。たまには友好を深めてもいいだろー?」
「おいっ、肩を組むな! 馴れ馴れしい!」
リスティリオは普段のクールさから、想像もつかない程叫んでいる。
「まー、まー。んじゃ、俺らは行くから。ミミ、調査頑張れよー」
「俺は同意していない!」
二人は騒々しく去って行った。
「仲、良いなー」
私は手を振って、二人を見送った。
エーティアが世界樹の枝を復活させてから、エーティアの株は格段に上がった。
闇の精霊の事を知らない神官の間では、エーティアは素晴らしい神子だと噂されているぐらいだ。
それはとても喜ばしい事だ。
もう誰もエーティアを、蔑んだりしないのだから。田舎者の神子とは呼ばないのだ。
でも、それはレントの劣等感を刺激する事にも繋がった。
今のレントは静かだ。
会議の時も、以前は積極的に意見を述べていたのに、今は全くと言っていいほど発言をしない。
先代に話を振られれば、答える程度だ。
レントの様子の変化は、神殿内でも噂になっている。
レントを支持していた神官も、声は小さいけれど噂しているのだから、レントの変貌はよほどの事なんだと思う。
以前、エーティアを襲った賊は、神殿の人間から話を聞き馬車を襲うことにしたと、騎士団で自白したそうだ。
神殿に内通者が居る。衝撃が、神殿内に走った。
レントにまつわる噂で、レントこそがその内通者ではないのかという酷い内容のものがあった。
そんな馬鹿な話があるかと、怒りが湧いた。
だって、レントは良いやつだ。
ジョンから逃げてた私を助けてくれた。
ジョンの飼い主であるロイドに、注意してくれた。
……精霊姿の私に、笑いかけてくれた。
あんな優しい笑顔をするレントが、内通者な訳が無い。
おかしな話だと思う。
ちょっと前まで、私はレントを敵視していた。エーティアに攻撃的な、酷いやつだと。
エーティアの心に傷を付ける側の人間だからと。警戒していたのに。
レントに笑いかけられた夜から、私はおかしくなってしまった。
今までの私は、エーティアが一番で、エーティアが笑ってくれるなら、それでいいと思っていたのに。
なのに、今の私の心には、レントという存在も住み着いてしまった。
ロイドの話を聞いて、嬉しいと思ってしまった以上、もう隠せない。
私は、レントの事が気になっているのだろう。
エーティア以外のその他大勢の人間ではなく、一人の人間として……。
「はあ……」
私は歩きながら、ため息を吐く。
自覚したところで、何になるというのだろう。
レントは変わらずエーティアを目の敵にしているし、私はエーティアを大切に思っている。
エーティアは、レントに歩み寄ろうとしているが、レントは遠ざかっていくばかりだ。
レントの意識が変わらない限り、私達の道は交わらないのだろう。
少しでいい。レントが、エーティアを認めてくれたのなら。私は……。
「……関係が、変わるのかな」
私は一人ごちる。
今の険悪な関係が、変わるのなら。私は、レントともっと話す事が出来るのに……。
レントの事を、もっと知る事が出来るのに。
考えても仕方ないのに、私はそう思ってしまう。
ふと気付けば、私は庭園に来ていた。
最近、エーティアがランを探しによく来るから、無意識に来てしまったようだ。
「お花でも見て、心を落ち着けようかな」
結局、ランの調査も不穏な情報を得て終わってしまった。
ランも、変わってしまったのだろうか。
とぼとぼと、私は庭園に入っていく。
咲き誇る花々に、心癒される。
思いっきり花々の匂いを吸い込んだ。
そうしていると、足音がした。誰か来たのだろうか。
足音は一つじゃない。二つ、二人の人間が霊園へと続く道からやってくるようだ。
今は誰にも会いたくない気分の私は、花の陰に隠れた。
「……まさか、お前から話し掛けられるとは」
「ええ、久し振りですね」
聞き覚えのある声だ。
しかも、どちらもさっきまで考えていた人物だ。
私は、そっと声の方を覗き込む。
やっぱりだ。声の主は、レントとランだった。
意外な組み合わせだな。
「……まさか、お前もとはな」
「……」
レントの嘲る声に、ランは無言だ。
「お前にも、声は聞こえているのだろう」
「……」
声? 声とは、何だろう。
ここからじゃ、二人の会話は聞き取り辛い。
しかし、身を乗り出しても、見つかる危険性が増す。
何故か、今は二人に見つかってはいけない気がした。
「……貴方も、抱えているのですね」
「ふん」
抱えている……?
何かの比喩だろうか。
ラン達は、それから何事か話すと、庭園から出て行った。
私は、花の陰から出る。
「……二人とも、暗い目をしていた」
まるで世界全てに絶望しているかのようだった。
二人は、霊園から出てきた。
霊園で偶然会ったのだろうか。
エーティアがあれだけ探しても見つからなかったランが、こうも簡単に発見出来たのは、今がエーティアの勉強の時間だからなのだろうか。
やっぱり、ランはエーティアを避けている。その事実は、私の心を重くした。
そして、そんなランと一緒に居たレント。
霊園から出てきた二人には、何かがあるような気がして。
私は不安なまま、四角い空を見上げた。




