Scene:03 狙われる姫君(2)
キャミルは、昨日、歓迎レセプションが行われた離宮の裏に広がる庭園にいた。
キャミルと手を繋いで、ご機嫌のセルマは、前方には鬱蒼とした森が広がり、後方には小さく離宮の建物が見える、芝生が植えられた広場の真ん中で立ち止まった。
「この辺りが良いの。ここにしようぞ」
セルマがそう言うと、まず男性の召使い二人が持っていた、パラソルの付いた丸い小さなテーブルと椅子二脚がセットさせ、その上に三人の侍女が、食べ物や飲み物を綺麗に置いた。
その間、セルマは森の方を向いて、小さな声で呟いた。
「風が気持ち良いのう。わらわも風に乗って好きな所に行ってみたいものじゃ」
「はい?」
「……キャミル少佐、準備ができたようじゃ。とりあえず乾杯をしようではないか」
セルマは、小さなテーブルの対面にキャミルを座らせると、赤い液体が注がれたグラスを持った。
「これはの、我がアルダウ帝国では、めでたい時にいただく、『モルカ』と言う飲み物なのじゃ」
「昨日のレセプションでも出されていましたな」
「そうじゃ、……それでは、キャミル少佐。わらわとそなたとの出会いを祝して乾杯!」
セルマが掲げたグラスに、キャミルも持ったグラスを軽く当てた。
セルマは、キャミルのことに興味津々のようで、食事をしながら、ありとあらゆることを質問してきた。
「キャミル少佐の親兄弟は、今、どちらにいるのじゃ?」
「親は……、二人とも亡くなっております」
「そうなのか。若くして亡くなられたのじゃなあ」
「はい」
「兄弟は?」
「姉妹が一人います」
「姉か? 妹か?」
「それが、……異母姉妹なのですが、生年月日が同じで出生時間もはっきりとしないものですから、どちらが姉でどちらが妹か分かりません」
「そんなこともあるのじゃなあ。その姉妹は何という名じゃ?」
「シャミル・パレ・クルスと申します」
「そのシャミルとやらもキャミル少佐に似ておるのか?」
「どうでしょうか。顔は良く分かりませんが、性格や見た目の雰囲気はかなり違うような気がいたします」
「そうか。ぜひ会ってみたいものじゃ」
事前のレクチャーで、セルマは皇帝の唯一の子供で、また母親である皇后もセルマの誕生後、間もなくに亡くなっていることを知っていたキャミルは、セルマがその時に浮かべた、少し寂しげな表情に、シャミルと出会う前の自分の気持ちを重ね合わせていた。
現皇帝メヒトス九世は病弱であったことから、世継ぎは生まれないのではと噂されており、その場合には弟のカリアルディ公爵が皇帝位に就くはずであった。しかし、十七年前にセルマが生まれ、男女問わず長子が皇帝位を継ぐという不文律に従い、セルマは、将来のアルダウ帝国皇帝になる宿命を背負っていた。
キャミルもそう言うセルマに少し興味が湧いてきて、逆に質問をしてみた。
「殿下は学校にも行かれていたとのことですが?」
「行っておった」
「そうですか。そうすると学校が閉鎖された今、お寂しゅうございますね」
「そうじゃな。……でも、キャミル少佐が来てくれたから良いのじゃ」
「殿下には、学校で、ボーイフレンドとかは、いらっしゃらなかったのですか?」
「お、おらぬ!」
キャミルは、予想外にむきになったセルマが微笑ましく感じた。
「しかし、殿下は、将来はアルダウ帝国を背負い、お世継ぎも設けなければなりませんが」
「良いのじゃ」
「はい?」
「わらわのことは良いのじゃ。そう言うキャミル少佐はどうなのじゃ? 付き合っておる殿方はいるのか?」
「私は、軍務が忙しくて、それどころではありません」
「そうなのか? キャミル少佐ほどの器量であれば、引く手あまたであろうにのう」
「そんなことはございません。今、一番、仲が良いのは、先ほど申しましたシャミルでございます」
「そうか。姉妹とは、そんなに良いものか」
キャミルは、今日、自分を宮殿に呼んだセルマの気持ちが少し分かってきたような気がしてきた。姫君の我が儘とは言い切れない、その気持ちが。
――その時!
キャミルは、何かが発射される音と、それに続く飛行音に気がついた。
その音がした方向を見上げてみると、ロケット弾と思われる飛行物体が煙の軌跡を残しながら、上昇しており、昇りきったところでその弾頭を下に向けた。
「殿下!」
キャミルは立ち上がり、隣に座っていたセルマを抱き寄せ、お姫様抱っこをした。
「みんなもついて来い! 急げ!」
側に立っていた侍女と召使い達にそう言うと、キャミルは、テーブルが設置された場所から走って離れた。
「みんな、伏せろ!」
少し離れるとキャミルは、セルマを地面に降ろし、俯せにさせて、その上に覆い被さるように自らの体を横たえた。侍女達もキャミルの近くで、うつぶせになった。
ロケット弾は、寸分の狂い無く、テーブルの位置に着弾すると爆発をし、テーブルや椅子を吹き飛ばしてしまった。
キャミル達にも爆風が襲って来たが、伏せていたキャミル達の頭の上を通り抜けて行った。
キャミルは、すぐに立ち上がり、再び、セルマをお姫様抱っこし、侍女達に言った。
「次がすぐに来るぞ! 早く森の方に逃げるんだ!」
離宮の建物よりも移動距離が少なくてすむ森に逃げ込んだ方が安全であると判断したキャミルは、建物と反対側にある森の中に逃げ込むこととした。
少なくとも、生い茂った樹木は、ロケット弾の直撃を防いでくれるはずであった。
「殿下! 殿下は、私が必ずお守りいたします! お気を確かに!」
恐怖で声が出なかったようで、セルマは、ただ、キャミルの顔を見て、うなづくだけであった。
キャミルは、セルマをお姫様抱っこしたまま、森の方に走った。侍女達も慌ててキャミルの後を追って来た。
果たして二発目、三発目と、キャミル達が走り去った地点にロケット弾が着弾していた。相当に正確な着弾計算ができているようだ。
キャミル達が森の中に入ると、ロケット弾は飛んで来なくなった。樹木が邪魔をして、キャミル達の正確な位置が把握できなかったのであろう。




