閑話2
「おい吉岡、技術本部から無茶な沙汰だ。『ドイツのシュトゥルムゲシュッツ(突撃砲)の思想に習い、既存のチハを改修して大口径の自走砲に仕立て上げよ』とよ」
補給廠の薄暗い片隅、粉塵と溶接の青白い火花が舞う中、中島整備班長が煤けた図面を広げてそう呟いた。
ドイツでの、三号突撃砲の実戦運用に触発された陸軍上層部が、国産車体の現地改修に乗り出したのだ。
標的となったのは、今や旧式化著しい九七式中戦車「チハ」の車体だった。
まず断行されたのは、特徴的だった回転砲塔の完全な撤去である。お椀型の重い砲塔を取り払うと、車体の上部は驚くほどすっきりとした。
代わりに溶接とリベット留めで構築されたのは、傾斜を帯びた低く武骨な戦闘室――いわゆる固定戦闘室の骨組みだった。
「砲塔がないだけで、これほど見た目が変わるか。まるで別物のだな」
中島はむき出しの溶接痕を撫でながら、低く構えたそのシルエットに目を細めた。ドイツの三号突撃砲が持つ、あの研ぎ澄まされたような低姿勢の猛々しさが、見慣れたはずのチハの車体に再現されようとしている。
最大の問題は主砲の選定と搭載方法だった。
九七式に元々搭載されていた低初速の九七式五十七粍砲では、ソ連軍の厚い装甲を撃ち抜くことは到底できない。
会議では最初、海軍の超10cmを使えないか?なんて無茶苦茶な案もでた。
そんな物を、載せたところで一方も動けないハリボテが出来上がるだけだ。そもそも、超10cm自体数が無い。
そこで選ばれたのは、スウェーデン・ボフォース社製の75cm対空砲を元に開発した四式7.5cm高射砲を車載化した物。
限られた狭い車内空間でその巨砲を支えるため、防盾の構造は幾重にも補強され、重厚な鉄の装甲が前方を睨みつける。
「おい、これじゃあ車内はヘッツァー並みに窮屈になるぞ。ただでさえ砲塔バスケットがないんだ、乗員の足の踏み場すらありゃしない」
自分達の相棒となる、車両の制作現場の見学に来ていた搭乗員から苦情が出る。
「うだうだを言うな、これでも旋回砲塔が消えた分、車高が下がって被弾率は格段に減る。それに、重心が低くなったおかげで悪路での踏破性も悪くないはずだ」
(まぁ、トップヘビーにはなるがな)
中島が新しい手製の計器盤をビス留めしながら、苦笑交じりに言い放った。計器の多くは急ごしらえであり、配線はむき出しのまま結束バンドで無造作に縛られている。
だが、その無骨で泥臭い佇まいこそが、本土決戦や満州の凍てついた原野を生き抜くための、皇軍なりの泥縄式回答だった。
エンジンが轟音を上げて唸りを上げ、改修された「九七式特設突撃砲」がコンクリートの床を軋ませてゆっくりと前進する。
回転しない主砲を敵に向けるため、車体そのものを旋回させなければならない不器用な兵器――
しかし、その低く這いつくばるような威容は、確実に搭乗員たちの胸に新たな闘志を火花のように散らせていた。
「上等だ。ドイツの魔獣に負けていられねぇ。この生粋の国産崩れで、ソ連軍自慢の鉄の盾をブチ抜いてやろうじゃねえか」
事実上の主力となる、特設九七式突撃砲のエピソードを書いてみました。




