閑話1
なんだこの異様な格好は。戦車というより、まるで鉄の兜か亀の甲羅じゃねえか」
補給廠の薄暗いコンクリートの陰に鎮座するその車両を前に、浅倉は思わず呆れたような声を漏らした。
ヨーロッパ戦線での戦訓を取り入れるため、極秘裏に帝国陸軍へ引き渡されたというドイツ製の駆逐戦車「ヘッツァー」
日本軍がこれまで使い慣れてきた九七式中戦車「チハ」や一式中戦車とは、シルエットからして何もかもが異なっていた。
砲塔というものが存在せず、車体そのものが低く傾斜した装甲板で構成されている。
まるで地面に這いつくばる鋼鉄の獣のようだ。
物珍しそうに近づいた浅倉は、その小さな車体に開けられた狭小なハッチを見上げて、早くも嫌な予感を覚えた。
「少尉どの、ドイツ側の教官が言うには、これでも前面装甲の傾斜角は六十度あって、小銃弾や対戦車ライフルはもちろん、ソビエトの七十六ミリ砲すら弾き返すそうです」
無線手兼装填手を務める伊沢曹長が、配給されたばかりの取扱説明書の和訳冊子をパラパラとめくりながら言った。
だが、その声のトーンには頼もしさよりも困惑の色が濃い。
「装甲が厚かなかろうが何だろうが、問題はこの狭さだ。俺たちの体がこの鉄の箱に収まるのか?」
浅倉は意を決して、狭い車長用ハッチから身を滑り込ませた。――瞬間、息が詰まった。
「ぐっ・・・狭いっ!」
身をかがめなければ天井に頭を打ちつけ、両肩は頑丈な鉄板にピタリと挟まれる。
無駄な空間が徹底的に削ぎ落とされた戦闘室は、戦車というよりもまるで「鉄の棺桶」だった。
車内はむせ返るようなディーゼル燃料と、ドイツ特有の無煙火薬の臭いで満ち満ちており、小柄な日本人兵士であっても手足の置き場に窮するほどだった。
何より厄介だったのは、その独特の操作系である。
日本の戦車にあるような、馴染み深い操向クラッチのレバーは見当たらない。
代わりに鎮座していたのは、まるで自転車のブレーキかピアノ線のような細いステアリングレバーだった。
「おい、伊沢! このピアノ線みたいなレバーはどうやって引くんだ? それに、この計器盤の文字は全部ドイツ語表示だぞ。速度計も油圧計も、どこをどう読めばいいのかさっぱり分からん!」
操縦士の芳川が途方にくれている。
「こっちもだ! 無線の周波数合わせのツマミ一つ取っても、勝手が違いすぎる。これじゃあ実戦で被弾したとき、慌てて脱出できるかどうか」
皇軍の戦車とはあらゆる勝手が違う。
ペダルの踏み心地も、ギアの噛み合わせも、すべてが異国の荒々しい気性を帯びていた。
エンジンを始動させれば、車体全体が激しく共振し、歯がガチガチと鳴るほどの凄まじい振動が吉岡の全身を揺さぶ。
しかし、文句を言っている暇はなかった。
幾重にも重なる重油と汗の臭いに耐えながら、浅倉はゴム製の照準フードに額を押し付ける。
視界の端には、まもなく始まる過酷な実戦を告げるかのように、冷徹な冬の地平線が広がっていた。
「体が慣れる暇もねぇか。上等だ。この狭さなら、敵弾もそうそう当たりやしないだろうよ!」
浅倉は笑うに笑えない顔で歯をむき出し、唸るような轟音を上げるドイツ製の魔獣を手なずけるべく、ガリガリと重いギアを無理やり叩き込んだのだった。
浅倉少尉達が、ヘッツァーに初めて搭乗した時の様子を書いて見ました。
装甲については、正面以外は側面20ミリ、後面に至っては8ミリしかありませんでした。
基本、待ち伏せ専用の車両とは言え・・・




