シベリア鉄道 (改訂版)
1945年夏。欧州戦線が終結し、ソビエト連邦の最高指導者ヨシフ・スターリンの視線は、ついに東方の満州国へと向けられていた。
赤軍はモスクワからの大部隊の極秘移動を完了し、シベリア鉄道を通じて数百万の兵員と数千両の戦車を国境線に集結させつつある。
大本営の情報部は、8月9日にもソ連が日ソ中立条約を破棄して怒涛の侵攻を開始するという情報を掴んでいた。
このままでは、関東軍はわずか数週間で満州全域を蹂躙され崩壊は免れない。
しかし、関東軍特殊情報部および第2課が極秘裏に立案した「計画・冬の壁スノー・ウォール」は、正面から迎撃するのではなく、「ソ連軍の侵攻時期そのものを数ヶ月遅らせる」という前代未聞の謀略戦だった。
ハルビンの地下工場の片隅で、一人の老練な整備兵曹長・中島は、ドイツから届いたばかりの青写真(ティーガー、三号突撃砲、フェルナンド、バンター)を眉間にしわを寄せて眺めていた。
「ドイツの野郎ども、こんな化け物の設計図を・・・ここには豊富な資源と優秀な設計士や工員、更には本土にもない加工機械まで。目の前には『ヘッツァー』数両分の実車パーツがある。手を動かせ!愚痴を言ってる暇はないぞ」
隣で青白い顔をした新兵の吉岡が、ドイツ製の複雑なギアパーツを手にしながらゴクリと喉を鳴らした。
「班長、本当にこんな鉄屑の山が動き出すんですか?」
「動かすのさ。赤軍の戦車が押し寄せる前に、俺たちがこの満州の大地を凍てつかせてやるのさ」
ソ連軍の満州侵攻における最大の生命線は、モスクワと極東を結ぶ単線の「シベリア鉄道」と、満州国境への補給路であるアムール川流域の水運であった。
関東軍の特務機関と、現地に残るドイツの諜報員(アプヴェアの残党で、どこかシニカルな笑みを絶やさないハンス中尉)が手を組み、ソ連の物流の根幹を断つための「見えない戦争」が仕掛けられた。
バイカル湖周辺の難所。暗闇の中、端山中尉の部下である工作隊の若者たちが、手際よくダイナマイトを鉄橋の橋脚に括り付けていく。
「おい、起爆のタイマーは確実だな。モスクワからの第6親衛戦車軍団の列車が通る、まさにその瞬間に盛大に花火を上げてやれ」
ハンス中尉が暗闇の中でタバコの火を赤く光らせ、不敵に笑った。
「Mein Gott(我が神よ)、ロシアの冬は早い。だが、我々の爆破工作はその冬よりも早く彼らの足止めをしてくれるだろう」
鉄道の要衝であるトンネルや鉄橋が一斉に吹き飛んだ。単線であるシベリア鉄道の動脈が断たれたことで、前線へ向かうはずの燃料弾薬列車は数百キロにわたって立ち往生を余儀なくされた。
さらに、アムール川の水位低下を見越した水利工作とゲリラ戦により、ソビエト極東軍総司令官ヴァシレフスキー元帥は「補給なしでの前進は自殺行為である」と判断し、当初8月上旬に予定していた総攻撃の日程を大幅に延期せざるを得なくなった。
1945年8月9日。史実であれば赤軍の鉄の洪水が満州平原を埋め尽くすはずの日、国境線に展開したソビエト軍の前線は、奇妙な静寂に包まれていた。
シベリア鉄道の復旧が遅れる中、追い打ちをかけたのは異常気象と、関東軍が極秘裏に仕掛けた人工的な放水・堤防決壊作戦だった。満州北部を流れる大河の支流が一斉に氾濫し、国境地帯一帯は底なしの泥沼へと変貌した。
ソビエト軍の誇るT-34中戦車や重砲の牽引トラックは、深い泥の中に車体を沈め、文字通り身動きが取れなくなった。
前線の塹壕から泥まみれの双眼鏡を覗き込みながら、田畑は息を弾ませていた。
「中尉、見てください! 赤軍の戦車が泥に足を取られて、完全に芋を洗うような格好になってますよ!」
端山は脂の浮いた顔をニヤリと歪め、ふん、と鼻を鳴らした。
「ざまあみろだ。ロシアの大地はな、俺たちに味方したわけじゃないが、あの赤い大軍にとっては最悪の墓場になりつつあるのさ。だが油断するな、奴らが泥から這い上がってくるまでに、俺たちはもっと準備をしなきゃならん」
モスクワのクレムリンでは、スターリンが地図を叩いて激怒していた。「なぜ予定通りに攻撃が始まらないのか!」しかし、物理的な泥の壁と補給の途絶は、いかに強大な赤軍といえども一朝一夕には解決できなかった。
ソ連軍の侵攻計画は、容赦ない「冬」の気配が近づく時期へと、大幅に遅延させられていったのだった。
1945年11月。満州の大地は氷点下30度を下回る極寒の季節、すなわち「冬将軍」の支配下に入っていた。
ソビエト軍はようやく物資の再集積を終え、凍結した大地を利用した冬季攻勢の準備を整えた。
しかし、この数ヶ月間の遅延こそが、関東軍にとっての「救国の時間」だった。
ハルビンおよび大連の地下工場では、ドイツから届けられた設計図を元に驚異的な突貫生産が行われ、それなりの車両が完成していた。
比較的構造が簡単だった三号突撃砲の構造をチハ(九七式中戦車)に活かし砲塔を撤去し固定戦闘室に変更。
その上でチト(四式中戦車)に使うはずだった、7.5cm対戦車砲と若干の装甲厚を増す改装をした"九七式特設突撃砲" 50両の迎撃部隊。
そしてフェルナンドと同等の火力、九九式八糎高射砲(ドイツ・クルップ製の8.8cmSK C/30を参考に開発)を改装した砲を持つ"四式砲砲戦車"が20両完成していた。
ティガーやパンターはその大重量に対応する、動力装置の開発が問題となったが、陸軍で開発していた五式中
戦車の設計にある程度落とし込む事で、近い物が数両のみ作れた。
先遣隊として実戦投入されていたヘッツァーに乗り込む端山は、かじかむ手をこすり合わせながら、車内の計器を叩いた。
「少尉、エンジン絶好調です! 冬期迷彩の白も、この雪原に完全に溶け込んでます!」
浅倉は戦車のハッチから身を乗り出し、地平線の彼方を見据えた。
「よし。ドイツの設計図と、俺たちの執念が形になった『鉄の亡霊』を見せてやれ!」
「ソビエト軍、ついに全面攻勢を開始! 国境線を越えて赤軍の機甲部隊が前進中!」
極寒の吹雪の中、地下司令部に緊張が走る。
しかし、もはや恐れはない。凍てつく満州平原の白銀の彼方から、ドイツの最新鋭テクノロジーと現地兵士たちの泥臭い奮闘が融合した反撃の火蓋が、今まさに切って落とされたの




