とある英雄譚の1章
悠月と申します。
厳しいお言葉含め、感想・アドバイスお待ちしております。
第24話 とある英雄譚の1章
雨のあとの墓石はよく光る。
決して石そのものが光を持つわけではない。空が落とした水を、しばらく表面に抱えているだけだ。雲の切れ間から薄い日が差した時、その水が小さく反射して、刻まれた名が一瞬だけ呼吸を取り戻したように見える。
しかし、それは錯覚である。
石は呼吸しない。
名前は返事をしない。
供えられた花は、置かれた瞬間から枯れ始める。
それでも、人は墓を作る。
死んだ者はもうそこにいないと知っているのに、そこへ向かう。灰は風に撒かれ、声も体温もすでに失われている。それなのに、人は石の前に立ち、名を見つめ、花を置く。ときには、今日あったことを報告する。
聞こえるはずがないと知りながら、昨日より少し寒くなったとか、あの子がまた失敗したとか、どうでもいいことを話す。
そう、人間はいない者に話しかける生き物である。
愚かだと言えば、愚かだ。
けれど、その愚かさを失った世界では、生きている者もまた、すぐに数へ変わる。
何年何月何日、誰が死んだ。死因は何か。確認者は誰か。手続きは済んだのか。
社会は、残酷なまでに死を整理する。整理しなければ、生きている者たちの生活が止まるからだ。誰がいなくなったのかを記録し、何を引き継ぐのかを決め、残された者が明日も食事をし、働き、眠れるように整理する。
それはたしかに、重要なことだ。
だが、死はそれだけでは足りない。
一人の人間が死んだということは、単に一つの生命活動が停止したということではない。
その人が朝に選んでいた茶の濃さが消えるということだ。雨の前に膝が痛むと言っていた声が消えるということだ。台所のどこに古い布をしまっていたか、嘘をつくとき左手の親指をこすること、子どもの頃に覚えた歌の二番だけをいつも間違えること。
そういう、役に立たない細部が消えるということだ。
世界は、そういう細部でできているけれど、世界はそれを長く抱えてくれるわけではない。
声は空気に溶ける。
記憶は眠りのたびに形を変える。
残された者もまた老い、忘れ、別の悲しみを抱え、やがて死ぬ。
人間の中にしか残らないものに、人間の寿命を超えられない。
だから、人は外に出す。
石に刻む。歌にする。紙に書く。誰かに語る。
内側に閉じ込めたままでは、一緒に消えてしまうものを、少しだけ世界の側へ押し出す。
ただし、残すことは、常に清らかな行いというわけではない。
何かを残すとき、人は必ず何かを選ぶ。選ばれたものだけが残り、選ばれなかったものはセカイに沈む。
優しさを書けば、優しくなかった夜が落ちる。勇敢だったと書けば、死にたくないと震えていた指が落ちる。幸せだったと書けば、幸せではなかったかもしれない沈黙が落ちる。
書くことは、救いである前に切断である。
一つの文を書くたびに、無数の文が書かれないまま消える。読者は書かれたものを読む。書かれなかったものは読めない。すると、いつの間にか、書かれた姿だけがその人の名前を騙りだす。
死者は反論できない。
違う、そんなふうに覚えないでくれ、と言えない。そこだけを残さないでくれ、と言えない。私の人生を、お前の悲しみに都合よく整えるな、と言えない。
生きている者は、死者を語るとき、常に少しだけ死者を奪っている。
死者のために書くと言いながら、本当は自分が耐えられる形に死者を作り替えているのかもしれない。記憶するという名で、自分に都合のよい人形を作っている。
弔いの言葉は、死者を守る布ではない。
それなら、書かない方がいいのか。名前を呼ばない方がいいのか。思い出を語らず、墓石の前で黙ったまま立ち尽くす方が、死者に対して誠実なのか。
分からない。本当は、分からない。
書くことが死者を歪めるなら、書かないことは死者を消す。けれど、その一文で簡単に答えを出してしまうのも、どこか嘘に似ている。
歪めて残すことと、消えるに任せること。どちらが残酷なのか。
答えは、たぶん出ない。出ないまま、人は紙の前に座る。
◇
ある夜、一人の人が、母の名前を書こうとしていた。
雨が降っていた。
強い雨ではない。
窓の外を、細い針のような雫が、夜の中へまっすぐ落ちていた。部屋には小さな明かりがあり、机には紙が一枚あった。紙は白すぎて、こちらを少し、責めてくるように見えた。
その人は、まず「母」と書いた。それだけなら書けた。
「母は死んだ」。その一文も、書けた。
書けてしまった。
人が一人死んだことを、五文字で書けてしまうことに、少しだけ腹をたてた。短すぎると思った。足りなすぎると思った。けれど、ではどれだけ書けば足りるのかと考えると、何も思いつかなかった。
母が死んだ。
それは事実だ。
しかし、事実はときどき、いちばん大切なものを含まない。
その人が覚えていたのは、死の瞬間ではなかった。葬儀の日に出された冷えた茶だった。親戚の誰かが靴を揃えずに上がったことだった。焼香の順番を間違えないように、そればかり気にしていた自分の小ささだった。泣いている妹の肩に、手を置けなかったことだった。
病室の白さも覚えていた。薄い布団。水の減った花瓶に廊下を歩く看護師の靴音。
それでも母の顔は、なぜか遠かった。
最後に見たはずなのに、思い出そうとすると、周辺ばかりが浮かんだ。顔の輪郭はぼやけ、声は少しずつ別の声と混ざっていった。
そのことが怖かった。
忘れたくないと思っていたのに、もう忘れ始めている。忘れたくないという気持ちだけが強く残り、何を忘れたくなかったのかが、先に薄れていく。
その人は、母の名前を書こうとした。
紙の中央ではなく、少し左に寄った場所だった。なぜそこを選んだのかは分からない。
雨の音が、少し大きくなった。
ペン先は紙に触れたまま、インクが、点のように滲んだ。手を動かせば、いつだって次の線が書けた。
書けるはずだった。名前など、これまで何度も書いてきたのだ。書類に。学校からの封筒に。病院の受付で。葬儀のときの何かの紙にも、たぶん。
でも、その夜は書けなかった。
ペン先に力が入りすぎて、紙の表面が少し破れた。白い繊維が、毛羽立った。
その小さな破れ目を見た瞬間、名前を書く、それだけのことがとても乱暴なことに思えた。
名前を書けば、母が紙の上にあらわれてしまう気がした。紙の上に来た母は、あまりにも
平たく、あまりにも小さく、あまりにも自分の都合で呼び出されただけのものに見えた。
ふと、名前を書かなければ、まだ母はどこかに広がっている気がした。
台所にも。病室にも。古い写真の中にも。
名前を書いた瞬間、その広がりが一つの記号に閉じ込められるようで、手が止まったんだ。だから、紙の上には「母」と、書きかけの線だけが残った。
その曖昧さは、卑怯だった。けれど、その人にできる精一杯でもあった。
◇
人は、書けないものを抱えている。
書かなければ消えてしまうと分かっていても、書いた瞬間に壊れる気がして、手を止めるものがある。
言葉にすると小さくなる。説明すると嘘になる。美しくすると裏切りになる。醜く書けば、自分の中にまだ残っている愛情まで汚してしまう。
そういうものがある。
だから人は、遠回りをする。母と書けないから、雨と書く。雨とも書けずに、窓と書く。窓とも書けないなら、冷えた茶を書く。茶碗のふちに残った薄い染みを、親戚の靴を、妹の肩に伸ばせなかった手を、書く。
書きたいものに、まっすぐ届かない。届かないまま、周辺をなぞる。
けれど、その周辺に、本当の経験が残ることがある。
母は死んだ、という情報よりも、葬儀の日の冷えた茶の方が、その人にとっては死に近かった。妹の肩に手を置けなかったことの方が、後悔に近かった。名前を書けなかった空白の方が、愛情に近かった。
情報は、出来事の骨を残す。
経験は、その骨に触れたときの手の震えを残す。物語が必要になるのは、骨だけでは運べないものがあるからだ。
文字は、冷たい。
紙の上に並んだ線は、書いた者の体温をそのまま伝えない。泣きながら書いても、怒りに任せて書いても、指先が震えていても、乾いたあとには同じインクの色だ。
声なら震えたはずの場所も、文字では整って見える。
沈黙も、書かれなければ残らない。
しかし、その冷たさが、時に人を救う。
声で言えば崩れてしまうことを、文字なら置けることがある。相手の顔を見たら言えないことを、紙になら預けられることがある。生きている間には届かなかった言葉が、死んだあとになって誰かの手に渡ることもある。
文字は、生きた声の代わりにはならないけれど、声が届かない場所へ行くことがある。
そこが奇妙なのだ。
文字は声より貧しい。なのに、声より遠くまで届くことがある。
文字は記憶より冷たい。なのに、記憶より長く残ることがある。
人間は、その矛盾に賭けている。
完全には伝わらない。正しくは残らない。いつかは失われる。
それでも、何も置かないよりは、少しだけ遠くへ行けるかもしれない。
確信ではない。保証でもない。
読者がいるとは限らない。読まれたとしても、理解されるとは限らない。理解されたとしても、書いた者が望んだ形だとは限らない。
本は、書いた者の手を離れる。離れた本は、もう作者だけのものではなく、読む者は、読む者自身の傷をそこへ持ち込む。自分の孤独を重ね、自分にとっての死者を見つけ、自分の怒りで読み違える。作者が置いたはずの意味は、別の意味に組み替えられる。
それは失敗だろうか。
残るとは、保存されることではない。変わりながら、誰かの中に入り直すことである。
死者は、死者そのものとしては戻らない。過去は、過去そのものとしては保持されない。
だが、誰かが語り、誰かが読み、誰かがまた別の言葉で思い出すとき、消えたはずのものは別の形で世界に触れる。
それを永遠と呼ぶには、あまりにも不安定だ。
しかし、無と呼ぶには、あまりにも温かい。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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続きは明日19時ごろ更新予定です。




