最終話「ふたりのせかい」
ルークに告白したあとも、私の心臓は暴れ続けていた。
けれど、肝心のルークは固まったまま何も言わない。
(も、もう……早く何か言ってよ……!)
胸の奥で叫んだ瞬間、ようやくルークがぎこちなく口を開いた。
「リシェル……その、ありがとう。でも……それはきっと、他を知らないせいだ。ずっと俺しかそばにいなかったから――」
その言葉は、私の期待とはまるでちがうものだった。
それは、私の気持ちが“勘違い”だと決めつけられているようで。
胸の奥で、くつくつと怒りが沸き立つ。
「……ルークの、ばか」
「えっ?」
「私の気持ちを勝手に決めつけないで……! 本気なんだよ。ずっと、ずっと……大好きなのに……」
「ありがとう。でもな、リシェル――」
また否定しようとする気配。それはもう聞きたくなかった。
「“でも”じゃないの!」
きっぱり遮って、私はルークの瞳をまっすぐに射抜いた。
ゆっくり息を吸い込む。
そして。
「ねえ、ルーク……ちゅーして?」
ルークの瞳が見開かれ、息が止まった。
「……本気で、言ってるのか?」
「うん。本気。ルークに嘘をついたことなんて、一度もないよ」
その言葉で、ルークの喉が小さく鳴った。
「…………せっかく我慢してたのに」
「え? なに?」
「いや、なんでもない」
ルークは首を振った。けれど、その目はもう覚悟している光を宿していた。
「……リシェル。後悔しても、もう離してやれないからな」
低く、熱のこもった声。
ルークの顔が近づいた瞬間、空気さえ震えるように感じた。
最初はただ、触れ合っただけ。
でも、その一瞬で全身の力が抜けそうになる。
……甘い。
胸の奥がひっくり返るほど、甘い。
離れたくない――そう思った次の瞬間。
ルークが、そっと私の顎を指で持ち上げた。
低い声が耳に落ちてきた。
「……本当に、後悔しないんだな?」
こくりと頷いた瞬間、もう一度、唇が重なった。
さっきよりも少しだけ長く、だけどやっぱり軽くて、優しくて……
大切なものを確かめるような、そっとしたキス。
指先が頬に触れた。
触れたところだけ、ゆっくり溶けてしまいそうになる。
「……リシェル」
その囁きが、胸の奥で静かに広がる。
ルークの息がさっきよりも荒い。
どきん、と大きく心臓が跳ねた。
でも、痛くはなくて……とても、あたたかかった。
ルークがほんの少しだけ微笑む。
その顔が、ずっと好きでいたいと思えるほどに優しい。
私はもう、この人からは離れられない。
***
――あれから、もう五年が経った。
今も私は、この家でルークと一緒に暮らしている。
変わらない日々。変わらない場所。
ときどき、ほんの気まぐれみたいに、ルークは魔法で外へ連れ出してくれる。
森の奥、人気のない湖、夜明け前の丘。
どれも綺麗で、静かで、誰にも見つからない場所だ。
今なら、少しだけわかる気がする。
この状況を他の人が見たら――きっと、かわいそうだと思うのかもしれない。
あの時のシリルも……
きっと、私の世界を「広げよう」としてくれたんだよね。
でもね。
私は、これでしあわせなんだよ。
お城にいた頃の私は、誰とも関わらず、ただ部屋に閉じこもって生きていた。
感情の名前も知らず、疑問を持つこともなく、日々を生きるだけ。
振り返れば、あの時こそが――
本当に、閉ざされた世界だった。
そこから私を連れ出してくれたのが、ルークだった。
言葉を教えてくれて、気持ちを教えてくれて、世界を色づけてくれた人。
ルークと一緒に過ごす毎日は、きらきらしていた。
胸があたたかくなって、息をするだけで満たされる。
(これが、しあわせじゃないはずないでしょう?)
あの頃の私は、何も疑わなかった。
今の私は、選んでここにいる。
私の世界は、もう閉じられていない。
ルークによって、大きく広がったの。
――ありがとう。
――だいすき。
隣で眠るルークの頬に、そっと口づけを落とす。
(ああ……ほんとうに、しあわせ)
大切な人と、この家で、ずっと一緒にいられる。
それだけで、心は満たされる。
そのとき、ルークの身体がわずかに動いた。
半分眠ったままの瞳が、ゆっくりと開く。
「おはよう、ルーク」
「……リシェル。それは、煽っているのか?」
低く掠れた声。
近づく気配と、熱を帯びた視線。
次の瞬間、唇が重なった。
触れるだけだったはずなのに、ルークは離れない。
私の呼吸の間に、自分の息を押し込むみたいに、
ゆっくり、深く、塞いでくる。
逃げようとしたわけじゃない。
でも、気づけば背中を支えられていて、
指先が頬を包み込む。
――ああ、世界がルークで満たされる。
唇が離れた瞬間、名残惜しそうに額が触れる。
吐息が混じり合ったまま、ルークが低く囁いた。
「……リシェル、幸せか?」
問いかけじゃない。
確認でもない。
私は、小さく笑って、彼の胸に顔を埋めた。
「うん。ここが、私の世界だもの」
その答えを聞いた瞬間、
ルークの腕が、逃げ道を完全に塞ぐ。
もう一度、今度は迷いなく。
深く、長く、すべてを閉じ込めるように。
――世界が、甘く包まれていく。
吐息が絡み、身体の奥まで熱が伝わる。
私も、同じ熱に包まれていく。
もう、引き返せない。
ずっとこの家で。
ずっと、この人と。
ここに――
私たちの、しあわせがあるのだから。
リシェルがルークの歪みを育てちゃったんですよね。
無自覚に。
純粋であるがゆえに、彼だけを真っ直ぐに見てしまうから。
そしてルークも、きっと他の相手なら
もう少し“普通”の恋愛ができたんだと思います。
けれど――彼が恋をしたのはリシェルで、リシェルにとってもルークだけが特別で。
つまり二人は、相性が良すぎたんです。
逃れられないくらいに。
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