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第70話

「つまり、カルロが処刑され賭けたときに街を襲ったドラゴンはカゲツだった?」

「…………まず真っ先に気にするところはそこか」


 腕を緩めて僅かに顔を上げたカルロが、呆れた口調で言った。


「だってねえ……あのころは色々あったから。セツを拾ったのもあの街だし」

「……まあ、今だから言えるが、当時あそこが安息香の生産拠点の一つで、領主とギルドマスターが噛んでたからこそ、冤罪かけられて殺されそうになったんだよなあ」

「わあ。あれってそういうことだったの……。なるほど、当時のカゲツがぶち切れてたのはそのせいか。カゲツにも安息香にも縁があったんだね、昔から」

「俺も知ったの最近だけどな」


 頭の上に顎をのせてカルロが力を抜く。

 傾きかけた身体を支えて、ニクスは喉の奥でうなる。

 とりあえずの疑問は解消された。残りの本題なのだが。


「初手のそれに驚きすぎて内容が頭から抜け落ちたから、もう一回教えてください」


 聞きたくない気はするが、さらっと流していい話でも知らないで済む話でもなかった気がする。

 心構えをして、ニクスは耳に意識を傾けた。


「現ユリーシアン王国国王がニクスの父親。だからニクスはユリーシアン王国唯一の王女。わかったか?」

「わかったけどわかんない」


 ぽつりと呟いて、ニクスは投げ出していた足を引き寄せた。


 王女? 誰が? 私が? なんで? 生物学上の父親が国王をしているからです。拒否権在りません残念なことに。

 えぇぇぇぇぇぇぇ…………。


「ニクスの言う、帰りたい"家"ってどこのことなんだ」

「あの山のあの洞窟内部」

「…………そうか……あれがニクスにとっての家か…………」


 あからさまに落ち込んだカルロに慌てふためいた。けれども、それ以外に家と表現したいと思える場所を持ち合わせておらず、なにも言えない。

 カルロはいくつかの国に家があるが、あくまでカルロが活動するための拠点。家ではない。

 そして、今回判明した父が居る場所を家と呼べるかと言われると呼べないし、呼びたくはない。だが。


「私、国に帰らなきゃだめだよねえ…………」


 帰りたくない。正しくは、王女として扱われるようなところにいたくない。

 でもそんなわがままを言ってはいられないのが現実。

 投げ出そうものならば、真っ当な理由がない限り後ろ指を差されながら過ごすことになる。考えただけでも身体が重い。


「その話が出たということは、アンジェリカが王女ってことは周知の事実なんだよね」

「みたいだな。色々と調べはついているみたいで、ニクス扱いをどうするか絶賛論争中だと、手紙に書いてあった」


 手紙。言われてみれば何日か前にカルロ宛に届いていた。こんなすぐに起きると思っていなかったので、驚きのあまり頭の片隅からも追いやってしまっていた。


「療養目的と言えば、他の国もそれを大義名分に籠絡人材を送り込んでくるだろうし、例外を認めれば、ユリーシアン王国を贔屓してるって言われかねないからな。かといって、俺はニクスを国に返す気ないし」

「え、ないの?」

「なんであると思ってんだよ。目を離したら厄介なことになるくせに」


 頬を引っ張られた。

 ずいぶんと手のかかる居候と認識されてしまった。残念なことに否定できる要素がどこにもない。

 ニクスは文句を垂れた。


「私のせいじゃないもん。厄介事が私を巻き込んでいくんだよ」

「そうだな。だから余計にニクスを手放す気はない。俺がいても散々だったのに、ほかの奴らでどうにかなるとは思えない」

「……今後は落ち着くのではないかと」

「そういう希望だろ」


 一刀両断。

 王女という肩書きが増やす迷惑を減らそうと悪あがきをしたが、悪あがきにもならなかった。

 がっくりと項垂れる。


「手っ取り早く解決できるのは、婚姻関係を結ぶことなんだが」


 カルロが中途半端に口を閉ざす。

 しばし考え込んだニクスは、はっと顔を上げた。


「あ、結婚か。それは申し訳ないので却下でお願いします」

「なら別の方法を考えないとなあ」

「私が父と縁を切って野に下る」

「ニクスが悪く言われるから却下だ」

「…………カルロがSランク返上する」

「ああ、その手が」

「いや、だめだから。それでなにかあったら私が落ち込むから却下します、駄目です」


 手段として挙げたものの、軽く肯定されそうで肝が冷えた。


「じゃあ、私がカルロみたいな地位を得る……無理だな」

「…………いや、案外いけるかも」


 今までの捕縛が嘘のように解けた。

 準備を促すカルロを唖然と見つめ、首を傾けながらニクスもいそいそと身だしなみを整えた。












 結論からして、認められた。


 ニクスからすれば押しつけられたに等しい文書を手に握りしめて、悶々とする。

 一番上の紙には、『ポーションの利権書』と大きく表題が書かれており、利権者の名前には"アンジェリカ=ディルバルド"の名が記入されている。


「カルロにあげるって書いたのに……これはカルロにあげたのに……」

「じゃあ貰いますって貰えるほど、恥知らずじゃねえよ」


 滅亡した国の土地の割り当てについて、隣接する各国の代表が集い話し合っている場に、乱入したカルロがその場で取り出した巻紙。

 訳も分からぬまま受け取ったそれを読み上げた言葉は、静まりかえった室内に大きく響いた。

 加えて何枚か出された紙の束を恐る恐る受け取れば、今度は"ニクス"の名でいつの間にやら申請されていた蘇や兵糧丸もどきなどの利権書。

 目の前で作ったことはあるし、それを食料として凌いで過ごしてきた事もあるが、兵糧丸が軍事利用されていたり冒険者の間でちょっとした非常食扱いされていたりすることは知らなかった。確かにかつて戦場で生み出されたものであるため、おかしな事ではないが、それにしても本人の置いてけぼりがひどい。


 一番は、カルロに上げたはずのものが手元に帰ってきた事実をどう受け入れたらいいのかが良いのかが分からない。


「なんでそれだけで、各国から認められるのかわかんないし、なにより結局理由として大きかったのは神聖国が神の子に手を出したら全面戦争っていう表明だし。帝国の神獣が出てきたのもびっくりしたけど」

「……あそこからしたら、俺らが神話を証明する重要人物だからなあ。取り込みたいができないと判断したから牽制したってところだろう。守護神獣を持つ帝国も無碍にはできないしな。その二つが頷けば、な」


 丸く収まったからいいじゃないか。

 そう言って笑うカルロに、ニクスは納得のいかない顔で唇を尖らせた。


 その上で、ニクスはやらん、とカルロが宣言したときの各国の代表の顔と言ったら。

 用事は済んだと言わんばかりに、難しい顔をする彼らを放置して連れて帰られた、これを丸く収まったとは言えないと思う。


「カルロ、いるかしら」

「おう。どうしたリーザベル。ファインもか」


 扉を叩いた音にカルロが応えた。

 戦いの時に青く染まっていたリーザベルの髪は、今は生来の色であるらしい赤に戻っている。それでも主張したいのか、一房だけ青く変化した髪はどうしても染められないのだと嘆いていたそうだ。ファインが言っていた。


 部屋に入り促された椅子に座る二人を、ニクスは会釈をしてじっと見つめる。


「あんたが目覚めたことだし、私たちは戻ろうと思ってね。ロイスも待ってるし」

「おかげさまでこれからもいい商売ができそうです。ニクスさん、また面白いものを作り出したらぜひ我が商会をご利用ください」


 目を瞬かせてカルロを見上げた。

 カルロが無言で笑みを深める。


「ニクスのしたいように」

「……機会があればよろしくお願いします?」


 そんな機会はあるとは思えないのだが。

 あったとしても、カルロの知り合いだから大丈夫だとは思うのだが、たぶん。


「おや、警戒されてしまいましたか」

「その時は俺が矢面に立つから気にするな」

「……………………それはなんか、めちゃくちゃ甘やかされてる気がする……!」


 頭を抱えた。そしてすぐさま顔を上げて、カルロに向き直った。


「あのですね、心配なのは重々承知ですが、やっぱりこのままだとだめ人間になってしまいそうなので、自立を図るための第一歩として、所構わずお膝に乗せられるこの状況を改善したいです」

「やだ」

「……じゃあ餌付けじゃなくて自分で食べる」

「やだ」

「カルロ、あんた……」


 リーザベルが呆れた声で呟いた。

 それをカルロはいい笑顔で黙殺する。


「…………なら抱っこなしを」

「無理」

「やだじゃなくて無理って言われた……」


 無理と言われても、移動にも食事を摂るにも普通に座るにも抱えられ続けていれば、体力がつかない。

 利権による収入があるためお金の心配はないが、このままだと確実に、甘やかされるがままに堕落させられる。

 それは違う。ちょっといいかもしれない、と思ったことは確かにある。流されてもいいかなって思っていた。でも甘やかされている現実を前に、そんな思いは吹き飛んだ。


 私は自分の意志で、自分で選んで堕落する。そのためにはまず自立が必要なのだ。


 説得する方法はないか、と必死に頭を廻らせる。


「ニクスが自分で言っただろ、巻き込まれただけって。何があるか分からないんだから、大人しくここにいろ」

「はい」


 カルロの真剣な顔に、ニクスはあっけなく白旗を振った。大人しく正面を向いて座り直す。

 カルロの捕獲からは逃げられる気がしない。

 もとはといえば、カルロの安心要素のために大人しくしていたことを思いだし、ニクスは自立してから自分で堕落するという計画を即座に投げ捨てた。


「そうだファイン。腕のいい建築士をあとで紹介して欲しい」

「建築士、ですか。……心当たりはなくはないですが、なにを建てるおつもりで?」

「家。少し前に山を買っただろ。建てる」

「そういうことでしたか。変わりましたね、いえ、ようやく取り戻したと言うべきなのでしょうか」

「なにがだ」


 カルロの問いに、ファインは答えなかった。

 代わりに、穏やかな瞳をニクスに向けて、言う。


「どうか、これからもカルロの傍にいてあげてください。こう見えて、繊細な人ですから」

「それは、理解しているつもりです」


 ファインはそれでいい、と言わんばかりに頷いた。


「どのような家をご希望でしょうか。それ次第で、押さえておく職人の人数の目安をだしたいのです」

「どうがいい、ニクス」


 突然、話を振られて目を丸くした。

 咄嗟に見上げたニクスに、カルロが呆れたように告げる。


「お前に"自分の家"だと思って貰わないと意味がない」


 思ってもみなかった発言に、ニクスは口を閉ざした。

 両手を頬に添えて俯いて、身体を左右に揺らす。


 家。建てる。建築。……持ち家はちょっと、羨ましいからそれは嬉しい。

 でも。


「そういえば水鏡の世界なるものをカゲツから貰ったなって」

「ニクス」

「はいごめんなさい避難場所にします。ただあそこのお風呂が欲しかっただけです」


 背中を駆け上った寒気に、ニクスは即座に謝罪の言葉を発した。

 目の前に座っている二人がわずかに顔を引き攣らせていた。そうであろう。顔が見えなくて良かった。


「お風呂……ああ、あれか。作れば良い」

「……温泉がよかったなっていうちょっとした欲があっただけで大丈夫です……」

「おんせん?」

「温かい泉で温泉です。こう、地面からお湯が沸くことが極まれにあってね」

「ああ、大地の恵みのこと」


 リーザベルが納得したように声を上げた。

 それにニクスは目を瞠って凝視する。


「大地の恵み、ですか。寡聞にして知らないですね。リズの故郷にはそういった場所があったのですか」

「ええ。村からも街道からも外れていたから、村の人しか知らない場所だけど。たぶん恵みそのものはまだあるんじゃないかしら」


 身体を前のめりにさせて話を聞いていたニクスは、緩む頬を両手で押さえた。

 それは、いつか是非とも行ってみたい。


「家のことが終わったら行こうな」


 カルロが頭を撫で回した。

 見上げれば、行きたいんだろ、とカルロが告げる。

 少し迷ったのち、素直に頷いた。カルロが嬉しそうに顔をほころばせる。


 その笑顔がむずがゆい。

 ニクスは顔を下げて、二人の生暖かい目に視線を彷徨わせた。


「見てて胸焼けするわねえ」

「ニクスさん、カルロ、家の詳細が決まりましたら連絡をください」

「わかった」

「ご迷惑を、おかけします……っ」


 いたたまれない。違うんだよ、これはペット感覚なんだよ、と声高に叫びたい。

 二人が退室したあとも、カルロは解放する様子はなく、ニクスは大人しく腕に抱かれる。


「ニクス、逃げるのはだめだからな。迷惑とかそんなことを気に病むくらいなら、ずっと傍にいろ。隣でお前らしく笑っててくれ」


 ニクスは目を瞬いた。意味を掴みあぐねて、首を傾ける。

 後頭部にカルロの顔が当たる。


「引きこもりたいなら引きこもればいい。自堕落に過ごしたいならそう過ごせばいい。ただ、ニクスが過ごす時間と場所の一部に、俺がいることを許して欲しい」


 懇願するような声音が心を揺さぶる。

 嫌だと言えば、そうかと諦めてしまいそうな空気はある。言うつもりはないが。


 本音を言うならば、そこまでカルロが考えているとは思ってもいなかった。単に、経験から不安が強く出ているだけかと思っていた。

 頷くのは簡単だ。だが、自分に付き合う時間の価値がそれほどあるのかといわれると、甚だ疑問である。


 無言で思案に暮れていると、沈んだ声でカルロが嘆いた。


「やっぱり、だめか」

「だめじゃないです」


 背後で花が開いた気がした。

 そうか、とかつてないほどの嬉しさを隠しきれない声でカルロが呟く。控えめにカルロの頬がこめかみ近くに当てられた。


(私がペットじゃなくて、逆だな。大型犬がじゃれついてるみたいな。飼ったことないけど)


 性差にまつわる世間一般的な認識とカルロの認識とでは乖離がありそうだが、カルロがそれで心穏やかに過ごせるならいい。自堕落に過ごして良いよって言質もいただいたことなので、様子を見ながら被っている皮を少しばかり剥いでいこう。


 そう、思ったら、肩から不要な力が抜けた気がした。


 今まで色々あった。本当に色々ありすぎた。紆余曲折あってようやく、本当に心から息をつけた気がする。

 やっと、ここにいて良いのだと思えた。


(――そうか。私はずっと、"余所者"だったのか)


 それはあくまで個人の認識だ。確かに、いらないとか不要とか言われていた時期もあるが、その影響を除外したとしても自身は異物であると認識していた。

 殺された理由はあっても、ここに流れ着いた理由を今でも知らない。けれど、蘇ると言う形でここにいて良いのだと彼らも示してくれている。

 これ以上、過度に自分を度外視するのは、彼らにも失礼だ。


 手探りでカルロの頭を撫でた。小さく息を飲む音がする。


「――やっと捕まえた」


 穏やかな声でありながら不穏な内容に、一瞬手を止めた。

 すぐに口元を綻ばせて笑う。


 まるで、いなくなった飼い主を探し続けていたペットようだ。それが悪いとは思わない。


「捕まえたもなにも、『一緒に生きろ』って言ったのはカルロだからね。捕まえられてなきゃここにはいないよ」

「そうか」

「そうです。カルロはしたいことの希望ある?」

「したいこと……?」

「今思い浮かばないならいいよ。そのうち出てくるだろうし」


 今まで気を張るような事ばかりで、リクハとの旅はリクハの意見重視だったのだ。いきなり自分がなにをしたいのかなんていう問いに応えられないのも無理はない。

 遠い未来を考えるよりも、カルロに必要なのは今こうして穏やかに過ごす時間だったりするのだろう。


「どんな家がいいかなあ」


 上機嫌な声で、想像を巡らせる。

 筆記具を鞄から取り出して、ニクスは背中をカルロに預けた。


 生きたいように生きるのはこれからも変わらないが、その中で彼がいたならば、いないよりはきっと楽しい人生になることだろう。そう思う。
























「あ。破壊神じゃなくて魔神って言えばよかった……」

「は?」

「だって『破壊神に転生しました』より『魔神に転生しました』の方が面白かった。訂正できないかな」

「よくわかんねえけど、破壊神で通ってるから諦めろ」

「一生の不覚……!!」


















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