表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/69

第69回 / 銃(ガン)を枕(ピロー)に



テキサス州、荒野のど真ん中にある町『フォート・アイアン(鉄の砦)』。

そこは、合衆国憲法修正第2条(武装権)を宗教のように崇める、国内でも最も警戒レベルの高い「自警団の聖地」だった。


乾いた風が吹き抜け、タンブルウィード(回転草)が転がるメインストリート。

しかし、西部劇のような静寂はない。

あるのは、金属が擦れる音と、張り詰めた殺気だけ。


「……物々しいですわね」


リムジンから降り立った私は、日傘を差しながら周囲を見渡した。

町を行き交う人々――カウボーイハットを被った男性、買い物袋を持った主婦、さらにはランドセルを背負った子供まで。

全員が、腰や背中に銃器を携帯している。

ライフル、ショットガン、自動拳銃。

ショーウィンドウには「今日のおすすめ:対戦車ライフル」というポップが踊っている。


「止まれ! 怪しい奴らめ!」


町の入り口で、行く手を阻む男たちが現れた。

保安官バッジをつけた巨漢、ビッグ・ビルと、その部下の自警団員たちだ。

彼らは一斉に、私たちに銃口を向けた。


「ここは『自由と自衛』の町だ! 軟弱な『全肯定』の魔女はお断りだ!」

ビルが唾を飛ばして叫ぶ。

「我々の銃を取り上げに来たんだろう! そうはいかんぞ! これは我々の魂だ!」


          ◇


私は銃口の森を前にしても、眉一つ動かさずに微笑んだ。


「ごきげんよう、保安官。……取り上げる? まさか」


私は扇で口元を隠し、彼らの銃を一瞥した。


「そんな重くて、冷たくて、硬い鉄の塊……。欲しくもありませんわ」


「なっ……! これは最新鋭のアサルトライフルだ!」

若い団員――ジミーという少年が、震える手で銃を構え直す。

「これで家族を守るんだ! 悪い奴らが来たら、撃ち殺すんだ!」


「守る、ねぇ」


私はジミーに歩み寄った。

「来るな!」と彼が叫ぶが、ベルナデットが私の前に立ち、無言の圧力で彼を萎縮させる。


「ジミーさん、でしたか」

私はベルナデットの肩越しに、少年の目を見た。

その目は、猛禽類のように見開かれているが、瞳孔は恐怖で収縮し、目の下には濃いクマがある。


「貴方、最後にぐっすり眠ったのはいつ?」


「え……?」


「夜中に物音がするたびに飛び起きて、銃を握りしめているのではありませんか?

……隣人が敵に見え、配達員が暗殺者に見え、風の音さえも侵入者に聞こえる」


私は彼の銃身に、そっと指を触れた。

熱い。砂漠の太陽で焼けた鉄の熱さ。


「貴方が握っているのは『安全』ではありません。

……『恐怖』という名の重りですわ」


「ち、違う! これは自由の象徴だ!」

ビル保安官が割って入る。

「武装していれば、誰も我々を支配できない! 自分の身は自分で守る、それがアメリカの流儀スタイルだ!」


「自分の身を自分で守る。……聞こえはいいですが、それはつまり『誰も助けてくれない』という絶望の裏返しでしょう?」


私は保安官の目の前に立った。

彼は身長二メートル近い大男だが、私に見下ろされているように感じたのか、後ずさった。


「見てご覧なさい。この町の様子を」


私は通りを指差した。

カフェのテラスでは、客たちが背中を壁につけて座り、入り口を警戒しながらコーヒーを飲んでいる。

公園では、母親たちが子供を遊ばせながら、常に周囲をキョロキョロと見回している。


「誰も笑っていない。誰も心を開いていない。

……隣人を撃つ準備をしている人間が、どうして隣人と手をつなげますか?」


「……っ」


「貴方たちは、壁を作ったのよ。

……『自分以外は全員敵』という、孤独な壁を」


「黙れ! 綺麗事だ!」

ビルが引き金に指をかけた。

「世界は危険なんだ! 狼だらけなんだ! 羊は食われるだけだ!

……撃つぞ! 本当に撃つぞ!」


彼の指が震える。

撃ちたくて震えているのではない。

撃たなければ自分が壊れてしまいそうだから、震えているのだ。


「……ベルナデット」

「ああ」


ベルナデットが一歩踏み出した。

彼女は剣を抜かず、丸腰のまま、ビルの銃口の前に胸を晒した。


「う、撃つぞ……!」

「撃てばいい。……だが、その弾丸で『不安』は殺せるか?」


ベルナデットの静かな問いかけに、ビルが硬直する。


「敵を殺しても、また次の敵が現れる。

夜になれば、また闇が来る。

……貴様は死ぬまで、その引き金から指を離せない。

それが貴様の望んだ『自由』か?」


「……う、うぅ……!」


ビルの呼吸が荒くなる。

過呼吸気味だ。

長年の緊張状態ハイ・ストレスが、彼の精神を限界まで摩耗させている。


「……私は……怖いんだ……」

ビルが掠れた声で漏らした。

「……妻を守らなきゃいけない……娘を守らなきゃいけない……。

私が弱かったら……全部奪われる……!」


「そうね。……怖かったわね」


私はビルの横に立ち、マリアに手を出した。

マリアがバスケットから取り出したのは、真っ白で、ふかふかの物体。


最高級羽毛枕ダウン・ピロー、キングサイズです」


「……ま、枕?」

ビルが目を白黒させる。


「ビル。……その銃を、これと交換しましょう」


私は枕を、彼の胸に押し付けた。

ライフルと、私の体の間に、柔らかいクッションが挟まる。


「銃は、貴方の体を守るかもしれないけれど、貴方の心を冷たくする。

……でも、この枕は、貴方の涙を吸い取って、温めてくれるわ」


「……」


「ここには敵はいません。

いるのは、貴方と同じように怯えている、ただの人間たちだけ」


私は彼のライフルを、優しく掴んだ。

「離して。……もう、重いでしょう?」


ビルの指が、強張ったまま動かない。

しかし、枕の柔らかさが、彼の胸を圧迫し、そこから伝わる「安全」な感触が、脳に指令を送る。

『休め』と。


カチャッ。

彼の手から、ライフルが滑り落ちた。

砂埃を上げて地面に転がる凶器。


ビルは、代わりに枕を両手で抱きしめた。

ギュッ。

赤ん坊が母親にしがみつくように。


「……あ……柔らかい……」

「ええ。……いい匂いでしょう? ラベンダーよ」


「……俺……寝てないんだ……。ここ数年……熟睡なんて……」

大男の目から、涙が溢れた。

彼はその顔を、枕に埋めた。


「……疲れた……。本当に……疲れたんだぁぁ……!」


保安官の慟哭が、荒野に響いた。

それは敗北の叫びではなく、張り詰めていた糸が切れた、安堵の泣き声だった。


それを見て、周囲の団員たちも動揺した。

「保安官が……泣いてる?」

「あの鉄人ビルが……」


「ジミー」

私は、呆然としている少年に向き直った。


「貴方もよ。……その銃は、貴方には大きすぎる」


「……でも、これがないと……僕は弱虫で……」


「弱虫でいいのよ。

……強がるために銃を持つくらいなら、弱さを認めて、誰かと手をつなぎなさい」


マリアが、ジミーにも枕(スモールサイズ、クマの柄入り)を渡した。

ジミーはおずおずと銃を置き、枕を受け取った。


「……ふわふわだ……」


「さあ、皆様!」

私は声を張り上げた。


「本日は『フォート・アイアン』改め、『フォート・ピロー(枕の砦)』の建国記念日です!

銃は倉庫へ! 代わりに枕を持ちなさい!

今からこの広場で、史上最大の『お昼寝大会』を開催します!」


「お、お昼寝……?」

「この真昼間に……?」


住民たちが戸惑う中、ソフィアちゃんが広場の真ん中に巨大なホログラムを展開した。

『危険度レベル:ゼロ』

『現在の推奨アクション:爆睡』


「警備は、ベルナデットが担当する」

ベルナデットが、ビルの落としたライフルを片手で拾い上げ、グニャリと飴細工のように曲げた。


「ヒッ……!」


「外敵が来たら、私が素手で叩き潰す。

……だから、貴様らは安心して泥のように眠れ。

いいな?」


その圧倒的な説得力(物理)と、頼もしさに、住民たちの肩の力が抜けた。


「……あの姉ちゃんがいれば、銃なんていらねぇな……」

「なんか……急に眠くなってきた……」


一人が座り込むと、連鎖反応が起きた。

カウボーイたちが、銃を枕元に置くのではなく、銃を投げ捨てて枕を抱き始めた。

主婦たちが、買い物袋を置いて、ベンチに横になった。

子供たちが、武器屋の前の芝生で転がり始めた。


荒野の町が、静寂に包まれる。

それは、殺気立った静寂ではなく、何百人もの寝息が重なる、平和な静寂だった。


「……Zzz... Mama...」

ビル保安官が、枕を抱きしめたまま、幸せそうに寝言を漏らす。


「制圧完了ですね」

マリアが、寝ている人々にブランケットを掛けて回る。


「ええ。……銃社会ガン・ソサエティなんて、本当は『不眠社会』だったのよ」


私は日傘を回し、西の空を見上げた。

ここからさらに東へ行けば、いよいよ首都ワシントンD.C.だ。


「……レティ様」

レンがタブレットを見せる。

「ここでの『武装解除』のデータ、ワシントンにも届いてるみたいだよ。

……大統領ストロング、めちゃくちゃ焦ってる。『私の国民が腑抜けにされた!』って」


「腑抜けではありませんわ。……『リラックス』です」


私はビルの横に落ちていた保安官バッジを拾い上げ、彼の枕元に置いてあげた。


「力で守れるのは『体』だけ。

……でも、『心』を守れるのは、安心できる場所サンクチュアリだけよ」


リムジンに戻る前、私はもう一度、眠る町を振り返った。

夕日が、彼らの寝顔を優しく照らしている。

鉄の匂いは消え、今はラベンダーと、乾いた土の匂いだけが漂っていた。


「行きましょう。……最終決戦へ」


ストロング大統領。

貴方が身に纏っている『ゴールデン・イーグル』とかいうオモチャも、きっと重くて、暑くて、脱ぎたくて仕方がないはず。

私がそのジッパー、下ろして差し上げますわ。


『クイーン・レティーティア号』が再び空へ舞い上がる。

目指すはホワイトハウス。

そこには、世界で一番大きな「子供部屋」が待っている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ