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81話 黒い悪夢

 フェイクとの戦いが終わり何か月か経過したある夜、眠りについたラグナは夢の中で白い部屋を訪れていた。


(……なんだかここに来るの久しぶりだ。フェイクとの戦いの後、お礼を言おうとして何度もこの夢を見ようと思ったけど結局見れなかったんだよなぁ。でもようやくこれた。ロア君、いるかな)


 ラグナが視線を彷徨わせていると背後から聞き覚えのある声が響いた。


「――久しぶり。突然呼び出してごめんね」


 急いで振り向いたラグナは白い少年を見ると顔をほころばせる。


「ロア君! よかった、また会えて。フェイクとの戦いの時のお礼をずっと言いたかったんだ。本当にありがとう。君のおかげで奴に勝てたよ」


「いや、気にしないで。ボクはちょっと手伝っただけだから。……それにまだ勝ったとは言い難いしね」


「……え、それってどういう……」


「いや、ごめん。なんでもない。それより突然呼び出した理由について説明させて欲しいんだ。実はフェイクとの戦いの時にちょっと無理をしちゃってね。本来ならまだ現実の君に干渉できるほどの力は無かったんだけど、あの時無理矢理君に干渉した反動でボクの力が弱まっちゃったんだよ。それでこうして会うのが遅くなっちゃったんだ」


(……力が弱まった、か……そもそもロア君って何者なんだろう……あの時ははぐらかされちゃったけど……また聞いてみようかな……でも前と同じような問答になるだけのような気がする……)


 ラグナが考え込んでいるとロアが首をかしげて問いかけて来た。


「どうかした?」 


「あ、ううん……ちょっと考えてただけ。会えなかった理由はわかったよ。無理させちゃってごめんね。でもまたこうして会えたってことはもう大丈夫になったってことでいいのかな?」


「いや……残念ながらそうじゃないんだ。……今日はそのことで話があってこうして君の前に現れた。聞いてほしい。実はまだ無理した影響が続いているんだ。そのうえ君の『黒月の月痕』が成長したことによる弊害が出始めててね。ボクはそれを抑え込まなきゃいけない。それで、今の弱ったボクの力でそれをやろうとするとその仕事にかかりきりにならなきゃいけなくなる。だから君の前にはしばらくの間出てこれなくなりそうなんだ」


「えっと……無理した影響が続いているっていうのはわかったんだけど……『黒月の月痕』の成長の弊害っていうのはいったい……」


「……前に君に話したことがあったよね。君は世界の命運を左右する特別な力を得ることになるって」


「うん、覚えているよ。確かその力には別の者の意思が介在してるとかも言ってたよね。えーっと『支配』の意思だったっけ……」


「そう。そしてフェイクとの戦いによって成長した君の『黒月の月痕』と共に小さかったその意思も明確な形を持ち始めた。そしてそれは君を支配しようとしてるんだ」


「小さかったって……それじゃあまるでその意思が最初から俺の中にあったように聞こえるんだけど……」


「そう言ってるんだ。君の中に最初からその意思はあった。思い返してみて。ゲイズたちに襲われて初めて『黒い月光』を使った時のことやディルムンドと戦った時のことを。二つには共通点があるはずだ」


「…………」


 ラグナはロアに言われて二つの戦いの時に起こったことを思い出し口に出す。


「……もしかして意識がなくなって暴走した時のことを言ってるの?」


「そうだよ。その暴走はね、君の精神が追い詰められて弱くなった時にその意思が君の体を乗っ取ろうとして起きた副産物のようなものなんだ」


「ッ……!」


 ラグナが思わず絶句してしまうとロアは続きを話し始める。


「君の中の『支配』の意思と『黒月の月痕』は連動しているんだ。今までは君の左手の力が弱かったことが影響してその意思は明確な力を持たなかった。だから干渉を受けてもその意思は君を思うよう操れず結果として獣のように暴れ回る暴走になってしまったんだ」


「……ま、待って……ホントにちょっと待って……き、君の話が本当なら……俺が孤児院のみんなを殺してしまったその原因は……」


「……うん。君の中にあるもう一つの意思だ。そしてその意思を植え付けた存在が現実世界にいる。君はそいつと戦う運命にあるんだ」


(……相変わらず抽象的だし説明不足すぎて聞きたいことは山ほどある……いつどうやってその意思を俺に植え付けたのかとか……なぜ俺を操ろうとするのかとか……どうしてそいつの意思が俺の『黒月の月痕』と連動しているのかとか……でもこの子の話が本当だとしたら……まず最初に聞かなきゃいけないのは……)


 ラグナは克服したかつてのトラウマを思い出し拳を硬く握りしめるとロアに問いかける。


「……現実世界に存在しているっていうなら……その意思を植え付けて俺を操ろうとしたっていう奴の名前は……?」


「……今は言えない」


「な、どうしてッ!? ここまで教えておいてそんなの酷すぎるよ!」


 肩を掴んで食って掛かるラグナにロアは視線を落として辛そうに語り始める。


「……ごめんね。そいつは君にとってはゲイズとは違った意味での仇になるのに。でも教えられないんだ。教えれば君は必ずそいつのところへ行くだろう。そして真実かどうか確かめるはずだ」


「当たり前だろ!? もし本当にそいつのせいなら俺は……」


 歯噛みしたラグナの反応を見たロアはため息をつくと呟く。


「――きっと戦いになるのだろうね。そいつは悪意を持って君を操ろうとしているのだから。でも今の君では絶対に勝てない。確実に負けるよ。その結果君はそいつに完全に操られることになる。だから教えられないんだ」


「確実に負けるって……そんなのやってみなきゃわからない! 俺は確かにまだまだ未熟だけど『黒い月光』の力だって少しずつ使えるようになってきてる! この力を使いこなせるようになればきっとどんな兵器や魔獣、『月詠』にだって負けないはずだよ!」


「――相手が君と同じ『黒い月光』の使い手だったとしても?」


「え……」


 固まるラグナにロアは申し訳なさそうに話し始めた。  


「本当にごめんね。君にこの話をすればそういう反応になるってことは予想できた。だからまだ話すつもりはなかったんだ。もっと君が強くなってから打ち明けるつもりだった。けど『黒月の月痕』が成長したことで君の中の『支配』の意思も予想以上に大きくなってしまった。ボクが全力で抑え込んでもきっとそいつは内側から君に語り掛け心を揺さぶってくるだろう。だから事前にそいつについて知っておいて欲しかったんだ。敵意と覚悟を持ってほしかった。どんな甘言でそいつが君を誘うかわからなかったからね」


「…………」


「……なんだかフェイクの時と同じになっちゃったね。情報量は多いのに内容は抽象的。君が混乱しているのはわかってる。でも一つ約束してくれるだけでいいんだ。その約束を取り付けたくて今までの話をしたからさ」


「……約束……?」


「そいつの口車には絶対に乗らないでほしいんだ。たとえどんな些細な事でも。ボクは君が強制的に操られないように一種の『保険』をいくつかかけておいた。けど君の意思次第でその『保険』は意味を成さなくなる。きっとそいつは君にその『保険』を壊すように誘惑してくるはずだ。でもその言葉に惑わされないでほしい。もしその『保険』を君が壊してしまったら……君はそいつの支配下に置かれてしまうだろう。でも逆に言えば君がそいつの言葉を跳ね除けていればそいつは君に絶対に手出しが出来ない」


「……でも、もし俺の内側から働きかけても無意味だと悟ったら、現実にいるっていうそいつの方から直接俺に接触してくるんじゃないの……? そうなれば結局君が言ったように戦いになるだろうし、『保険』とかも意味なくなるような気が……」


「いや、どうも現実の奴は周囲を非常に警戒しているようでね。直接君に何かをしてくるってことはないと思う。今まで接触して来なかったのがその証拠だよ。だから約束してほしい。ボクの力が回復するまでは何があってもそいつの言葉に従わないと」


「…………」


 ラグナは真剣な表情で見つめてくるロアを見て数十秒ほど考えた後、深く息を吸い吐き出すと口を開いた。


「……わかった。約束するよ」


「……ありがとう。納得できないこともあると思うのに……約束してくれて嬉しいよ」


「いいんだ。君にはフェイクとの戦いの時にお世話になったからね。それに君が俺の事を本気で心配してくれてるってことも君の口調から伝わってきたから。きっと俺の為を思って情報を小出しにしてくれてるんだろうし。俺を操ろうとしたっていう奴の素性も今は聞かないよ。けど……教えられる範囲でいいから捕捉説明してくれないかな? まずさっき言った俺を操ろうとした奴が『黒い月光』の使い手っていうことについて聞きたいんだけど」


「……わかった。君はボクを信頼してくれた。ならボクも君に応えなきゃ不公平だ。全てはまだ話せないけど話せる範囲で話そう。実はね、『黒い月光』の使い手は――」


 話そうとした瞬間――周囲にノイズが走り白い空間が揺れ始める。それを見たロアは眼を大きく見開くと悔しそうに歯噛みした。


「……まさかもうここまで浸食してきたのかッ……! くッ……!」


「ろ、ロア君……!? これはいったい……」


「聞いて! 時間が無い! ボク……浸……を抑……る! だから君は……約束――守――って……」


「ロア君ッ……!」


 ロアの体が透け始め声も聞こえなくなってきたためラグナは狼狽えながらも白い少年の体を掴もうとしたがその手は空を切る。やがて白かった空間が黒く濁り始め辺り一面が漆黒に包まれてしまう。


「どうなってるんだ……ロア君はどこに……」


 一人暗闇に取り残されたラグナが周囲を見渡していると不意に背後に気配を感じ思わず振り返る。


「ッ……!」


 するとそこには黒いモヤのようなものに包まれた巨大な何かが立っていた。辛うじて輪郭だけは確認できたそれは六本の腕と山羊のような巨大な角を生やした巨人。


(……な……なんだ……これ……いつの間に……)


 突然の出来事に加え、巨人から放たれる威圧感に圧倒されて動くことが出来なかったラグナの体を六本の腕のうちの一つが掴み上げた。そして少年の体を正面まで持ってきた巨人の体に異変が起きる。体中のあちこちから目玉のようなものが開きそれらが一斉に見つめて来たのだ。


「う……あ……」


 あまりのおぞましさにラグナが体を震わせていると不意に声が頭の中に響いた。


『――見つけた』


 その声が響いた瞬間――ラグナの脳裏にフェイクに見せられた異形の大鎌を持った黒騎士のイメージが甦る。だがイメージは途中で中断される。突然巨人の立っている地面から無数の白い鎖が生え巨人の体に絡みついたのだ。その鎖に巻き付かれた巨人は獣のような咆哮を上げ苦しみ始めると、手に持っていた少年の体を離してしまう。


 空中で手を放されたラグナの体は当然真っ逆さまに落ちどこまでも続く暗闇の底へと落ちて行った。


 そして――。


「――うわああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」


 ――ラグナはベッドから跳び起きた。


 寝汗でびしょびしょになった寝間着と見慣れた部屋を荒い息をしながら見渡したラグナはここがブレイディアの家の一室であることを確認する。


「……今のは……夢……だよな……」


 顔中にかいた汗を袖で拭ったラグナは息を整えると時計を確認する。時間はまだ朝の六時前だった。深呼吸してからカーテンと窓を開けると心地いい日差しとひんやりとした空気が嫌な気分をやわらげてくれたものの、やはり気分の悪さは残った。巨人と黒騎士のイメージが頭からこびりついて離れなかったのだ。ゆえに少年はため息をつくと独り言ちる。


「……なんだったんだろう……さっきのアレは……」


 しかしいくら考えてもわからなかったため顔でも洗って気分を変えようとラグナは一階に下りて行った。


 少しでも早く黒い悪夢を忘れるために。      

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