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79話 神の輪郭

 ラグナが空中に浮かぶフェイクと睨み合っていると頂上に出る正規の道からレスヴァルとフィックスを含むダリウスの町の住人たちが現れる。頂上の惨状やまだ生きている仮面の男を見て動きを止め顔を曇らせる住人が大半だったが、小さな少年――テトアは極限まで圧縮された黒い光を纏った少年騎士に驚きながらも駆け寄ろうとした。


「……なんだあの黒い光……ラグナ兄ちゃんそれって――」


 だが駆け寄ろうとしたテトアをレスヴァルは手で制すると、ラグナに話しかけた。


「……ラグナ君。状況はだいたい理解した。そのうえで聞くのだが……ブレイディアさんたちや我々は今この場にいない方がいいのかな?」


 レスヴァルの問いかけに対してラグナはフェイクから目を離さずに答える。


「……すみませんレスヴァルさん。出来れば皆さんをこの場から連れて行っていただけると助かります。このまま戦えば……きっと巻き添えにしてしまうと思うので」


「そうか、了解したよ。……ダリウスの皆さん。手を貸してください。倒れているブレイディアさんたちをここから連れ出します」


 その声を聞き我に返った住人たちは戦闘不能になっている戦士たちに肩を貸し立ち上がらせ避難させようとする。しかしレスヴァルの肩を借りたブレイディアはラグナの方を悲しそうに見つめ呟く。


「……ラグナ君……」


 その声が届いたのかラグナは眼をフェイクに向けたままブレイディアたちに話し始める。


「俺なら平気です。先に行っててください。大丈夫、皆さんの思いは絶対に無駄にはしませんから」


「……うん……」


 ブレイディアは辛そうな顔で呟き、ジュリアやリリスも同様の顔をしながらダリウスの駐屯騎士やディーン、貴族の私兵たちと共にその場から連れ出される。


 テトアはボロボロのラグナを見て離れることを最後まで躊躇していたが、町の女性にブレイディアの事を任せたレスヴァルに声をかけられる。


「行こうテトア君。我々がいては彼が全力で戦えない。君は初めて見るだろうが、あの黒い光はとても強力な力なんだよ」


「……黒い光……――ッ! ……今まで忘れてたけど……思い出した……『ラクロアの月』が持ってた新聞を盗み見た時に書いてあった……王都を救った伝説の力の持ち主……『黒い月光』の使い手……確か名前が……ラグナ兄ちゃんと同じ……そういえば写真も載ってた……レスヴァルさんがラグナ兄ちゃんと『黒い月光』がどうのって話をしてた時はよくわからなかったけど……ようやくわかった……あの記事って……本当の事だったんだ……」


「ああ、彼が『黒い月光』の使い手というのは本当の事だよ。そして王都を救ってくれたように、今回もまた君たちを救うために戦おうとしているんだ。だから邪魔にならないよう我々は避難しよう。君も自分のせいで彼が負けるところは見たくないはずだ。そうだろう?」


「……う……」


 言葉に詰まり考えるも、一瞬で自分がいても意味などないという事を理解したのか拳を握りしめラグナの背中に向かって叫ぶ。


「ラグナ兄ちゃんッ……! 絶対勝ってねッ……! そんなやつぶっ倒してッ……! 俺、何も出来ないけど応援するからッ……! だからッ……!」


 テトアの言葉を聞き一瞬だけ口元を緩めたラグナは静かに言う。


「ありがとう。必ず勝つよ。だから待ってて」


「……うん」


 涙をためてそれを拭ったテトアは振り返らずにフィックス達のもとに駆け出す。それを見届けたレスヴァルもまたフェイクを一瞥した後ラグナに背を向け呟く。


「……健闘を祈るよ」


「ありがとうございますレスヴァルさん」


 レスヴァルも離れていき全員が自身のそばからいなくなったこと確認したラグナはフェイクに言う。


「……なぜ攻撃してこなかった」


「確かに私は奴らを敵として認め敬意を払い全力で殺すことにした。今も奴らを敵として見ていることに変わりはない。だが今はお前一人に集中するべきだと思った。それだけのことだ」


「……戦う前にもう一つだけ聞きたい。……どうしてわざわざ魔獣や『αタイプ』を用いて王都を攻撃しようとしたんだ。王都の防衛機能が完全に回復している時ならまだしも、今の不完全な状態ならお前一人で攻め落とせたんじゃないのか。その強大な力を使えば可能だったはずだ。それなのにどうして……」


「……そうだな。色々と理由はあるが……主な理由は二つ。まずこの力についてだ。この『神月の光』は強力だがそれ相応のリスクがある。ゆえにそのリスクを背負って戦うよりも安全な手段を選んだまでのこと。……お前もそのリスクの一つを今身に染みて感じているのではないか?」


「…………」


 ラグナがそれについて黙殺すると、フェイクは二番目の理由を話し始める。


「そして二つ目の理由、それはお前だ」


「……俺……?」


「そうだ。お前が王都を救うために戦ったハロルドの反乱の時、空には『黒い三日月』が昇っただろう。あの時私も空を見ていたため直感的に『黒い月光』の使い手が事件に関わっていることに気づいた。だが同時に疑問にも思った。なぜ三日月なのかとな。本来『黒い月光』が真価を発揮するには空に浮かぶ『黒い月』を満月にする必要がある。だがお前は決してあの月を満月にすることはなかった。ゆえに我々の計画である魔獣による王都制圧作戦を用いてお前を再度試させてもらったがやはりこの時も三日月のままだった。結局疑問は解消されなかったが、ある推測はたった」


「……どんな推測が立ったって言うんだ」


「お前が周囲を気にして全力で戦えないのではないかという推測だ。いづれも戦いは王都付近で起きていた。それゆえ被害が出ないように手を抜いているのではないかと思ったわけだ。だからこそ次の『αタイプ』を用いた作戦で確かめることにした。魔獣による王都制圧が失敗したとしてもお前は必ずラフェール鉱山を訪れることはわかっていたからな。ここならば被害を気にせず戦えるだろうと考えたわけだ。アルシェ付近にある館での我々の会議をお前が盗み聞きしていたことはわかっていたのでな。それを利用させてもらった」


(……こいつ……レインと同じようにあの時気づいていたのか……それに……俺をおびき寄せるためだけに王都制圧のために準備していた作戦を二つも犠牲にしたっていうのか……)


 ラグナは不気味に思い困惑しながらも口を開く。


「……なぜそうまでして俺に力を使わせたがる……」


「私自身の私情や事情もあるが、『ラクロアの月』にとってもお前の力の覚醒は必要不可欠だったからな。やったまでのこと。……そろそろいいだろう。お前の大切な者たちもここから脱出する準備が整ったようだ。質問のフリをした時間稼ぎの必要はもうないぞ」


「ッ……!」


 魂胆を見抜かれていたことによる驚きと悔しさで表情を歪めたラグナはフェイクを無言で睨みつけるも、仮面の男は気にせず喋り続ける。


「もはやここには私とお前しかいない。周りを気にする必要など無いのだ。本能の赴くままに力を使え」 


 フェイクから放たれ始めた殺気と威圧をその身に受けながらラグナは構えた。


 

 ラグナとフェイクが戦闘態勢に入る数分前、頂上の端にやってきた皆にレスヴァルは衝撃的なことを言い放つ。


「ここから降りましょう」


 それに対して真っ先に反応したのはディーン。


「降りましょうって……はああああああああああああああッ!? なに言ってんだよ!? ここから地上まで何百メートルあると思ってんだよ!? パラシュートもねえのにこのまま飛んだら確実に死んじまうぞ!? ってか普通に正規のルートから帰るんじゃだめなのか!?」


「それでは間に合わないでしょう。彼らの戦いはもう間もなく始まってしまいます。そうなれば我々の体は肉片残らず消し飛びますよ」


「うぐ……だ、だけどよぉ……」


「ええ、わかっています。このまま飛んだところで死んでしまうのは変わらないでしょう。ですから私の『月光術』を使います」


 レスヴァルはそう言うと緑色の光を纏った。それを見たブレイディアは驚愕する。


「……もっと持ってるんじゃないかとは思ってはいたけど……まさか本当に『トリプルホルダー』だったなんてね……いや、もしかして他にも隠し持ってるの……?」


「言ったはずだよ。企業秘密だ、とね」


「……そうだったね。……答えたくないことだってあるもんね……」


 にこやかに言うレスヴァルを見てブレイディアは右腕の包帯をさすりながら追及を止め静かに待つ。


 それを確認したレスヴァルは皆を一瞥した後口を開く。


「――では皆さん、眼をつむっていただけますか。これから行う術は発動の際に強く発光するので眼を痛める可能性があります。ですのでどうかお願いします」


 指示に従った者たちは皆眼をつむり、それを確認したレスヴァルの瞳が金色に輝く。すると全身を覆う光が爆発的に広がった。と同時に唱える。


「――イル・ウィング」


 その途端、光は消えその場に空気を固めたような透明の巨大な一枚の鳥の羽のようなものが大量に出現する。


「もう大丈夫です。眼を開けてください。そして急いでその羽の上に乗ってください。自力で動けない人は手を借りてください。一枚につき最大で五人までは乗ることが出来ます」


 若干ディーンは震えていたがレスヴァルの指示通り全員が羽の上に乗り、羽は空に浮くとラフェール鉱山の頂上から地上へ向けて滑空し始める。



 ダリウスの住人の手を借りディーンと同じ羽に乗ったサラはホッとため息をついた。


「……用意していたヘリは全員乗せられるだけの大きさですがここまで呼ぶのに多少なりとも時間がかかりますからね。助かりました。しかし逃がすはずだったラグナ様に後を託すことになるとは……情けない限りです。……聞いていますかディーン」


「怖くねえ怖くねえ怖くねえ怖くねえ怖くねえ怖く――」


 青い顔で眼をつむりガタガタと震えるディーンを見てサラはため息をつく。


「……貴方、高所恐怖症だったのですか?」


「ち、ちげえよ! た、ただこう剥き出しの状態で高いところにいるっていうのがちょっと苦手なだけだ! だから別に高所恐怖症ってわけじゃねえよ!」


「……そうですか」


「あ、信じてねえな!?」


 言い訳を続けるディーンを無視したサラはラフェール鉱山の頂上を見据えた。



 リリスとジュリア、レスヴァルと同じ羽に乗ったブレイディアはラフェール鉱山の頂上を見ながら同乗者に問いかける。


「……ねえレスヴァルさん。どこまで離れるの?」


「……そうだね。最低でもあそこから十キロは離れるつもりだ」


「十キロって……いくらなんでも離れ過ぎじゃ……」


「いいや、十キロでもギリギリだよ。彼らの戦いは苛烈を極めるだろうからね」


 まるでこの先何が起こるのか理解しているかのように呟いたレスヴァルに対して疑問を感じながらもブレイディアは鉱山の頂上を見つめた。直後、鼓膜を震わせる巨大な音と共にラフェール鉱山全体にヒビが入った。頂上から発せられた衝撃波によって羽が揺れほぼ全員が悲鳴をあげる中、羽の操縦者は静かに呟く。


「……どうやら始まったようだ。急ごう。ここも危険だ」


 レスヴァルの言葉に合わせるように羽はスピードを上げ空を滑る。ブレイディア、ジュリア、リリス、テトアの四名はいつまでも遠ざかる鉱山頂上を心配そうに見つめていた。



 鉱山の頂上――ラグナとフェイクは眼にも止まらぬ速度で戦い合っていた。ぶつかり合うたびに遠方に衝撃波が発生し鉱山にヒビが入るような凄まじい攻防である。しばらくは殴打や蹴りなどの単純な物理攻撃の応酬が続いていたが、単純な殴り合いにおいてはやはり『黒い月光』を用いた『神月の光』が優勢のようでガードしたもののフェイクは殴り飛ばされ空中へと吹き飛ぶ。痺れる腕を見ながら電気の翼を羽ばたかせ空中で静止した仮面の男は冷静に呟く。


「……やはり単純な殴り合いでは『黒い月光』には敵わないか。だがお前の力……まだ足りないな」


「……何が足りないって言うんだッ……! さっきまでと違って俺はもうお前と対等に戦えているはずだッ……!」


「戦いになっている時点で『黒い月光』を使いこなせているとは言い難い。それが真価を発揮した場合、戦いにすらならないだろうからな」


 そう言うとフェイクはおもむろに手を天に掲げラフェール鉱山を呑みこもうとした巨大な雷の剣を再度作り出すもラグナにとってそれは恐るるに足らないものだった。


「無駄だッ……! その剣は俺には効かないッ……!」


「確かに今のままではそうだろう。だがこれならばどうだ」


 フェイクが言った瞬間、剣が一瞬にして圧縮され通常サイズの四本のロングソードに変化する。そして仮面の男の手に合わせるように剣たちは踊りラグナに襲いかかる。少年は飛びかかってくる剣に対して拳で殴りかかるもひらりとかわされ別の剣にわき腹を切り裂かれる。


「ぐぅッ……!」


 電流が体に流れ吹き飛ばされるもこれを堪える。だが次々に剣たちはラグナに襲いかかり同様のダメージを与えていった。黒い『神月の光』のおかげか一回一回のダメージ自体はさほどなかったが、塵も積もれば山となるとでも言うべきか。高速で変幻自在に襲い来る電撃の剣によって徐々にその体にダメージが蓄積されていく。このままでは流石にマズいと思ったのか少年騎士は剣を操るフェイクに左手を向け無詠唱で黒い巨大なエネルギー波を放ち起死回生の一手とするも――。


(……く……当たらないッ……!)


 翼を用いて空中を自由に飛び回るフェイクには何度エネルギー波を放っても当たらず歯噛みする。しかもその間にラグナの肉体には絶えず四本の剣が襲いかかりダメージを与えて行くのだ。やがて四本同時に攻撃を受け吹き飛んだ少年は痛みに耐えながら荒い息をし始める。


(……力自体は『黒い月光』を使った『神月の光』の方が上だ……でも奴の方が『神月の光』をうまく使いこなしてる……経験の差か……使う武器がどれだけ強力でも使いこなせなければ意味なんて無い……このままじゃマズいぞ……どうすれば……)


 ラグナが焦っていると再び脳内に白い少年ロアの声が響く。


『落ち着いて。焦れば焦るほどうまくいかなくなるよ。月光は月詠の精神の力によって支えられているんだ』


(でも……落ち着いてるだけじゃ勝てないよ……)


 飛びまわり自身をかく乱するように動く剣を見ながら焦るラグナにロアは語る。


『大丈夫。奴と同じように術の性質を変化させることが君にも出来るんだ。レインとの戦いを思い出してみて。君はもうあの時点で出来ていたはずだよ』


(……レインとの戦い……)


『そう。あの時は無意識にやっていただけみたいだけど、今度は意識的にやってみるんだ。平気さ、何も難しい事なんて無い。今の君なら月光を手足のごとく操るくらい容易いはずだ。フェイクのあの翼や剣は元をただせば同じ術。奴がやっているように術の形を変えてみるんだ。イメージしてみて』


(……術の性質を変化……形を……変える……)


 ラグナが眼を閉じ集中したその瞬間――四本の剣が四方八方からその肉体に襲いかかるも、刃が肉体を貫くその刹那――少年の体の闇から四匹の黒いエネルギーで出来た蛇が飛び出し雷の剣を食いちぎる。黒蛇は剣を食らうと消滅したが、それで何かを掴んだのか少年騎士は眼を開け空を飛ぶフェイクを見据えた。直後、少年の背中からコウモリに似た黒い翼が生え上空へと飛び上がる。漆黒の翼を見た仮面の男は眼を細め言い放つ。


「……性質変化を覚えたか。その翼が見かけ倒しかどうか見せてみろ」


 フェイクは電撃を圧縮させ再び剣を二本作り出し両手で持つと高速で飛び去った。それを追うようにラグナは左手から黒いエネルギーを圧縮した剣を生成し漆黒の翼を羽ばたかせ飛ぶ。鉱山の側面をなぞるように高速で飛び回る黒と銀の翼や剣はぶつかり合うごとに鉱山を破壊し、両者から放たれるエネルギー波は周辺の大地を容赦なく削り取っていった。やがて二人の人知を超えた戦いによって鉱山が見るも無残な形に代わり、鉱山の周囲が大穴だらけになるほど変形した後、再び少年と仮面の男は鉱山頂上の空へと戻ってくる。


 両者は互いに負傷しながら荒い息をしていた。地力ではラグナの方が圧倒的に有利だったものの、それを補って余りあるほどにフェイクの性質変化の技術は凄まじかった。ゆえに未だに決着が着いていなかったのである。だがここで少年が新たな手を打つ。不意に左手を再び仮面の男に向けたのだ。すると身に纏った手の闇からカラスに似た黒いエネルギー体が出現し飛び立った。


 フェイクに向けて飛びかかった黒い鳥は避ける仮面の男を執拗に追いかけると、やがてその右腕に取りつきそして破裂した。そのダメージは『神月の光』の鎧を貫通し右腕に甚大な被害を与える。焼けただれたその腕を見たラグナは深呼吸し、次の瞬間少年の体中――『神月の光』の中から無数のカラスが出現する。千を超えるカラスは飛び立つとやがて空を埋め尽くし最初の一羽同様仮面の男へ襲いかかった。


 だがフェイクも負けじと周囲に五重の巨大な電磁バリアを展開し準備を整えた後、障壁の外側からレーザーにも似た電流をカラスに照射する。おそらく限界まで圧縮されたであろうその電流は黒鳥の胴体を次々と貫き破裂させていったが、やはり数が違いすぎるのか徐々にバリアに取りつくものも現れはじめる。やがて仮面の男を覆っていた球体状の銀色の障壁は完全に漆黒に染まりそして巨大な黒い爆発が起きた。



 周囲を煙が漂う中、フェイクは健在な姿を現す。バリア自体は外側の四つが壊され最後の一枚に至っては消えかけていたがそれでも本体にダメージはいっさいなかった。だが仮面の男はここで違和感を覚える。いつの間にかラグナの姿がどこにもなかったのだ。しかし上空から風を切るような鋭い音が聞こえたため空を見上げる。すると黒い半月に紛れるようにして真上から少年が空気を切り裂き飛び込んできたのだ。


 黒い半月に紛れていたためか一瞬認識が遅れ、フェイクが気づいた時にはすでにラグナは電磁バリアに漆黒の剣を突き立てていた。直後勢いよく障壁を突き破るとその黒衣の胴体目がけて刃を突き立てる。少年は喉が潰れるほどの勢いで叫び全身に力を入れながら仮面の男をそのまま落下させる。その結果、両者はラフェール鉱山の頂上から鉱山を破壊する形で下へ下へと突き進みついに鉱山の最下層に激突すると衝撃によって鉱山やその地面を消し飛ばす。



 それによってラフェール鉱山は完全に消滅し、その周囲一キロにわたって巨大なクレーターが出来上がった。膨大なエネルギーが爆発したことによるものか、クレーター内部から蒸気が上がる中ゆらりと二つの影が立ち上がる。もはや上半身の服は消し飛び翼や剣が消失した血まみれの二人――ラグナとフェイクは互いに睨み合いながらゆっくりと歩き出し、間合いを詰めて行ったが――。


「っく……」


 ここで少年が膝をついてしまう。それを見た仮面の男は冷たく言い放った。


「……判断を誤ったなラグナ・グランウッド。お前は『神月の光』を纏う前に『血』の力を用いて細胞活性を行い傷の回復をはかるべきだった。この『神月の光』は通常の『月光』とは比較にならないほどの負担を肉体に強いる。ゆえに『血』の恩恵によって得られる細胞の活性を全て『神月の光』の維持にまわさなければいけない」


「……だから……『神月の光』を発動中は超回復は使えない……か……」


「そうだ。そのうえ負った傷は『神月の光』を発動している間は時間が経つにつれ通常よりも速いスピードで悪化していく。通常の『月光』を用いた場合ですらそうなのだ。お前の使う『黒い月光』は通常の『月光』よりも遥かに強力だが肉体にかかる負担もまた比ではない。さらにそれを用いた『神月の光』ともなればその負荷は次元の違うものだ。だからこそお前の肉体は私よりも先に限界を迎えた。その負担を証明するように先ほどの刃も私の胴を貫く前にはすでに消えていた。すなわち『神月の光』の使役に肉体が付いていけなくなったという証。お前もこうなることは最初から気づいていたはず」


「…………」


「『血』が完全に目覚めていたあの時のお前ならば『神月の光』を使わずとも最初の雷撃の剣による攻撃にも耐えられていただろう。攻撃を耐えきった後に回復をはかり『神月の光』を纏うべきだった。そうすれば傷によって崩壊し始める肉体の痛みに耐えつつ『神月の光』を維持するというハンデを負わずに私を終始圧倒出来ていたはずだ。結果も違ったものになっていただろう。……なぜそうしなかった?」


「……あの時『神月の光』を使っていなければみんなが……死んでいた……」


「だろうな。だがそうしていればお前はこうなる前に私に勝つことが出来ていた。その甘さがお前を追い詰めたと言っていい。お前の選択は間違いだった」


 フェイクの言葉を聞いたラグナは首を横に振って否定した後、震える足に力を入れ立ち上がり仮面の男を見据える。


「……何も……間違ってなんかいない……みんなが生きている……それ以上に重要な事なんて何もない」


「くだらないな。他者の存在がなければ生きていけないなどというのは弱者の考え方だ。お前は違う。特別な力を授かったものは常に孤独であるべきだ。ゆえにお前もそうするべきだった」


「……俺は……特別なんかじゃない……ただの弱い人間だ……みんながいてくれたからこうして戦えただけ……だから……俺を支えてくれた人たちの為にも……絶対にお前に負けるわけにはいかないッ……!」


 ラグナの折れない姿を見たフェイクはため息をつくと膨大な電流をその身に帯びる。


「……では口だけではないことを証明してみせろ。どのみちこの傷ではお前も私もそう長くは戦えない。次で決着としよう。全ての力をぶつけてこい」


 膨れ上がった電流はフェイクを呑み込むと五十メートルほどの巨大な人型の怪物に姿を変える。二本の剣を持ち鳥のような仮面を顔に付けた怪物は腰を落とし剣を構える。ラグナはその巨人を中心にして周囲に発せられる膨大なエネルギーからすぐにその術の危険性を把握した。


(……来る……おそらくアレが奴の最強の術……迎え撃つためにはこちらもそれ相応の力が必要だ……アレを打ち倒せるだけの力が……)


 目をつむったラグナの脳裏をよぎったのはフェイクに見せられたビジョンの中にいた黒騎士。そしてその黒騎士が持っていた異形の大鎌。


(……アレだ……アレがほしい……)


 無意識にそう思った瞬間――左手から螺旋状のエネルギーが放射されその手にはいつの間にか黒いエネルギーで出来た大鎌が握られていた。腰を落としたラグナは大鎌を後ろへ引き準備を整える。



 フェイクは巨人の中からラグナに起きた異変に気付いていた。黒い大鎌を出現させた直後、少年の体から黒い蒸気のようなものが立ち上り始め形を成し始めたのだ。蒸気が作り出したのは六本の腕を持ち、頭部から山羊のような角を二本を生やした巨人だった。その手には主同様背丈よりも巨大な大鎌が握られている。まだはっきりとした姿ではなくおぼろげなものだったが、作り出した雷の巨人に負けないほどの大きさの黒い幻影を見て仮面の下の口を嬉しそうにつり上げる。


(……ようやく出て来たか――神の輪郭が……これならば追い詰めた甲斐もあったと言える。このままいけばそう遠くないうちに『黒い月光』は『神月の光』を超え最終段階に入る)


 それを確認したフェイクは雷の巨人を動かしながら言い放つ。


「――ではいくぞ、この一撃――今のお前に超えられるか。楽しみだ」


 仮面の男の楽し気な声の後、雷の巨人は吠えその咆哮は大地を揺らした。しかし目の前の少年はいっさい動じず黒い鎌を後ろに引いたままじっと時が訪れるのを待っている様子だった。


 それに応えるようにフェイクが雷の巨人を用いてラグナに攻撃した瞬間、黒い幻影は少年騎士と同じような態勢で六本の腕を使い鎌を構えそして主の動きに合わせるように大鎌を振るう。同時に繰り出されたエネルギーを纏ったその攻撃はぶつかり合った瞬間に拮抗し始めた。さらに黒と銀の巨大なエネルギーが衝突したことによってただでさえ抉れていた地面がさらに破壊される。と同時にエネルギーがドーム状に膨れ上がっていった。膨大なエネルギーの衝突によって生まれた奔流はあらゆるものを呑み込み消滅させる。


 だがいつまでもそのままというわけではなくエネルギーの中心にいた二人の間で次第に優劣が付き始める。銀と黒のエネルギーが押し合う中で幻影の巨人からさらに巨大な漆黒のエネルギーを放ち始めたのだ。それによって均衡は崩れ、黒い光が優勢になる。押し切れると判断したラグナは巨人の力を知らずに引き出しながら叫ぶ。


「――消し飛べぇぇぇぇぇーーーーッ……!!!!!」


 なりふり構わず全ての力を出し切ったことによるものかラグナの大鎌と幻影の巨人の大鎌はシンクロするように輝きを増していった。そしてぶつかり合っていた雷の剣を二本とも両断するとそのままの勢いで振り抜く。勢いを増した大鎌の一撃によってフェイク諸共雷の巨人は切り裂かれ轟音と共に消し飛ばされる。これにより勝負は完全についたものと思われた。だが黒いエネルギーに呑まれながらも仮面の男は嬉しそうに高笑いをあげ始める。


「ククク……アハハハハ! これでいい、これでお前はようやく神と神器を――」


 最後まで言い切ることなくフェイクは黒いエネルギーの波に呑まれその場から消失した。やがて膨大なエネルギーの衝突が収まり半径十キロにも及ぶクレーターの中心で大鎌を振り抜いた状態のラグナが制止した状態で姿を現す。いつの間にかその身からは『神月の光』が消えていたが、少年は気にも留めずに半開きの眼でなぜか上を見上げる。するとその眼には燃える七つの月の幻影が見えた。それを見た直後、手から鎌が消失すると同時に体が前のめりに倒れる。


 こうしてフェイクを打ち倒した少年は意識が消える直前に呟く。


「……やりま……した……ブレイディアさん……みんな……フェイクを……倒し……ま……し……た……」


 言い終えると意識を消失したラグナは深い眠りの底に落ちた。しかし直後、突然左手の手首に黒い炎が出現し第一の術〈ゼル・エンド〉の下に新たな黒い月文字が焼き付くように刻まれる。だが意識を失った少年は新たな黒月の術の獲得に気づくことなくそのまま眠り続けたのだった。   


 激戦の末、少年は過去最強の敵に打ち勝ったのである。


 だがこれが新たな試練の始まりだった。      

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