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78話 半月

 フェイクは交互に休息と攻撃を繰り返すローブの集団の動きを観察しながら攻撃していた。


(……大した腕前だ。だが――そろそろ終わるな)


 ローブの集団の持っていた『月錬機』のシールドが弱くなり始めたのを目ざとく捉えたフェイクはさらに速度を上げて攻撃しようとしたが――その黒衣の背中に炎の玉が激突した。身に纏った『神月の光』によってダメージこそなかったものの予想外の方向から攻撃を受けたことに驚き立ち止まると振り返る。そして不意打ちを行ったものの正体をその赤い瞳は捉えた。


(……あれは……確かロンツェの報告にあった傭兵……)


 その瞳に映ったのは傭兵――ディーンだった。どうやら先ほどの炎弾は件の傭兵が放ったものらしい。だが地面に開いた穴から新たに増えた敵を前にしてもフェイクはたいして動じてはいなかった。一人増えたところで大差ない。そう考えたのだろう。しかし――現れたのは一人だけではなかった。次々に軍服を纏った騎士たちも傭兵と同じように穴の開いた地面や鉱山頂上へ通じる正規のルートから現れたのだ。その中にはウェルも混ざっており騎士たちを統率しているようだった。一瞬にして百人以上の敵に囲まれた仮面の男はため息をつく。


「……ダリウスの駐屯騎士か……無駄なことを……」


「――無駄かどうか、やってみなきゃわからないでしょッ……!」


 声が響くと同時に飛翔する刃がフェイクを襲うも、それを難なく弾き飛ばす。直後、それを放ったと思われる女騎士に仮面の男は鋭い眼光を向けた。


「……ブラッドレディス……まだ戦う余力があったとはな」


「ふん、あんなの全然効いてないしッ……! 勝負はこれからだよッ……!」


「……減らず口を。だがこれで――終わりだ」


 ガクガクと足を震わせ荒い息をしながら『月光』を纏うブレイディアに電撃を容赦なく放つ。臨戦態勢を取っているとはいえほぼ死にかけの女騎士には避けられないレベルの電撃が放たれた。だが直撃する寸前でツインテールの少女と青髪の少女が現れローブの集団と同じように特殊な『月錬機』を用いてシールドを張る。それによって電撃は軌道を変え彼方へと飛ばされて行った。


「……ベルディアスの娘にキングフローの娘まで前に出て来るとは。お前たちはラグナ・グランウッドやブラッドレディスを逃がすために現れたのだと推測していたのだが。……まさかこの程度の人数をそろえた程度で私に勝てると錯覚し任務を放棄したのか……?」


「……なるほど、私たちの目的は気づかれていたわけですか。しかし任務を放棄したわけではありませんわ。貴方を倒した後でラグナ達は連れ帰るつもりですから」


「……必ず倒す……」


 構えながら殺気を出し始めた少女たちを見てフェイクは呆れたように言う。


「お前たちでは何人集まろうと私に傷一つ負わせることなど出来はしない。私を倒し得るのはそこに隠れているラグナ・グランウッドくらいだろう」


 一人だけ未だに重機の後ろに隠れているラグナに視線を向けたフェイクだったが、ブレイディアや少女たちは挑発するように言う。


「アンタなんか私たちだけで十分だよッ……! ラグナ君が出るまでもないッ……!」


「ええ、副団長の言う通りです」


「……ラグナは休憩してても問題ない……」


 それを聞いたフェイクは鼻で笑うと体中から強力な電気を発し始める。


「――面白い。ではやってみろ」


 体中から眩い銀色の雷を発する仮面の男に向かって総勢百名を超える『月詠』たちは襲いかかった。



 ブレイディアたちがフェイクに食らいついていく様子を重機に後ろで見ていたラグナは壊れた剣の柄を右手で硬く握りしめる。


(……俺もみんなと一緒に戦いたい……でも駄目だ……俺には合図を送るっていう重要な役割がある……それにもう俺の体はまともに動かないんだ……今出て行っても足を引っ張るだけ……今の俺に出来ることは祈ることくらい……)


 ラグナはブレイディアから借り受けた携帯を左手で握りしめながらフェイクと仲間たちの死闘を祈るように見つめる。



 ウェルは騎士たちに指示を出しながらフェイクに全力で斬りかかるもあっさりと刀身掴まれ防がれる。だがそれでもなお必死に刀身を押し食らいついてくる目の前の騎士に疑問を覚えたのか仮面の男は口を開いた。


「……解せないな……お前たちはすでにゴルテュス子爵たちや我々に屈したものと思っていたが……どういう心境の変化だ? 第一、仮にブラッドレディスたちに助力し私に勝ったところで他の騎士連中はともかく自発的に協力していたお前の罪は許されないだろうに」


「そんなことはわかってんだよッ……! こんなことしたって俺の罪は許されないッ……! だが俺は副団長に負けたッ……! 勝負に負けた以上勝った奴に従うのが俺の流儀でねッ……! 俺の罪が裁かれるまでは彼女たちに協力するって決めてんだよッ……! それに何よりお前らのことは最初から気に入らなかったんだッ……! 他の騎士たちも同じだと思うぜ、だから――ぶっ倒すッ……! 〈エル・ブラスト〉ッ……!」


 ウェルが唱えると刀身から巨大な氷が放たれフェイクに直撃すると破裂する。その衝撃でウェルは後方に吹き飛ぶが、仮面の男は氷の爆発によって生じた小さな氷の粒を全身に受け氷漬けになる。だがそれも一瞬だけのことだった。氷は身に纏った雷撃によって粉々に破壊される。


「……クソ……マジでバケモンだな……だが……諦めねえぞッ……! せめて最後くらいは真っ当な騎士になってみてえしなッ……!」


 倒れていた体を起こし飛びかかって行ったウェルに続くように騎士たちも各々が仮面の男に斬りかかって行った。



 騎士やローブの集団と共にフェイクに襲いかかって行ったディーンだったが、仮面の男の腕の一振りによって生じた衝撃波を受け弾き飛ばされ転がり倒れる。


「う……ぐ……いってぇ……マジかよ……なんなんだありゃ……」


「――大丈夫ですか?」


 隣のやってきたローブの女性はディーンに手を差し伸べ、それを取った傭兵は立ち上がるとフードの下に隠れた顔に気が付く。


「お、ありがとよ――って、アンタ、サラかよッ……!?」


「今更気づいたのですか、遅すぎです。バッシュも来ていますよ」


 よく見ると確かにローブの人物の中にバッシュと思われる動きの人物も混ざっていたため驚く。


「……なるほど……出し惜しみ無く精鋭を出してきたわけだ……」


「それだけレイナード様も本気というわけですよ。それより貴方、『月錬機』はどうしたのですか?」


 なぜか素手で戦っていたディーンにサラが問いかけると、傭兵はしどろもどろになりながら答える。


「……いや……実は……ちょっと……その捕まった時に取り上げられちまって……探したんだが……どこにいったのか……」


 それを聞いたサラは盛大にため息をついた。


「……まったく……そんなことだから貴方は『うっかりディーン』だの『がっかりディーン』だのとレイナード様に言われるのですよ」


「そんなこと言われてたの俺ッ……!?」


 顔を引きつらせ驚くディーンに対してサラは懐から取り出した『月錬機』を渡す。


「これを使いなさい。レイナード様から預かってきた貴方の分の『改良型月錬機』です。柄の部分のトリガーを引くとシールドが発生します。それを使えばフェイクの攻撃を多少は防げるでしょう。……詰めが甘いところがありますが貴方の実力は高い。戦力として期待していますよ」


 そう言うとサラは仮面の男に現在襲いかかっている集団に混ざって行った。それを見たディーンはため息をつくと『月錬機』に『月光』を吸わせ赤い大槍へ変形させ呟く。


「……やるっきゃねえよな……どんな化け物相手でも……それが俺の仕事だ。よっしゃ――男ディーン、今度こそ汚名返上してみせるぜッ……!!! おらああああああああああああああああッ……!!!」  


 雄叫びをあげたディーンは再びフェイクに突っ込んでいった。



 ジュリアはリリスと交互にシールドを使い味方を守りながらうまく立ち回っていた。一瞬の隙や緩みも見せられないそんな状況だったもののその心の中は喜びで満たされていた。


(――こんなにも早くラグナの役に立てるとは思いませんでしたわ。ですがようやく貴方に少しだけ借りを返せる。本当に返しきれないほどの恩を受けてしまいました。でも貴方はそれを特別なことではなくやって当たり前のようにしてくださった。言葉に出来ないほど感謝しています。貴方の友人になれたこと、王都や民衆を守るため今まで必死に戦ってきた貴方と共に戦場に立てる事、誇りに思います)


 ジュリアは誇りを胸に強大な敵に立ち向かって行った。


 

 戦闘の最中――リリスもまたジュリアと同じようにこの戦いには思うところがあった。


(……ジュリと友達でいられたのはラグナが頑張ってくれたおかげ……ラグナは色んな意味で恩人……だから力になりたい……それに……私もジュリもまだ騎士じゃないけど……騎士になったらラグナと一緒にもっと仕事したり遊んだりしたい……だからこの戦いは絶対に勝つ……それで……三人一緒に生きて帰るッ……!)


 リリスは電撃を受け流しながら痺れる手を強引に止め決意を新たにした。



 全員がフェイクに向かって行ってから十数分が経過した。


 戦いもやがて佳境に入り、そして決着がつく。


 ブレイディアが雷撃を大剣で受け止め、銀の雷を受けた剣の上半分が消し飛びその反動で弾き飛ばされたその瞬間に。周りにはすでに大量の戦士たちがフェイクを囲むように数十メートル間を開けて倒れている。その体からはすでに光が消えていた。皆意識はあるようだがダメージや体力の限界が原因で動けない様子。無傷で立っていたのはやはり仮面の男ただ一人。



 フェイクは倒れながらもまだ意識のあるブレイディアに話しかける。


「――よくやった方だが、終わりだな。やはりお前たちでは私には勝てなかったようだ。結局お前たちのやったことはただの徒労」


「……徒労? ……アハハ……それは……違うよ……」


「……違う? 何が違うと言うんだ」


「……だって……私たちの目的は無事……達成されたんだから……」


「目的……? お前は何を言って……――ッ!」


 フェイクはここに来て初めて態度で驚きを露わにする。なんとブレイディアの言葉に合わせるように突然鉱山全体が揺れ始めたのだ。女騎士は種明かしするように喋り始める。


「……ここは鉱山頂上の中央……アンタをここにおびき寄せることが私たちの目的だった……そして今……ようやくそれが達成されたんだよ……みんなのおかげでね……」


「……まさか……これは……」


 フェイクが何かに感づいたその瞬間、轟音と共に地面が破壊され黒いエネルギーで出来た球体が現れると仮面の男を呑みこみ空へと舞い上がった。



 味方を除く中央部分だけをくりぬいて空へ射出された黒いエネルギーを見てブレイディアは安堵する。


(……廃棄されたはずの『αタイプ』二号機と三号機を使って虚をつきフェイクを倒す作戦……レスヴァルさんに提案された時は成功するかわからなかったけど……どうやらうまくいったみたいだね……これも命懸けで戦ってアイツを中央まで誘導してくれたみんなと……二号機と三号機が廃棄される前に鉱山内部の敵を倒してくれたレスヴァルさんのおかげ……まさか研究者たちの脳を操って『αタイプ』の使い方を喋らせるなんてね……あとダリウスの人たちが発射準備を手伝ってくれたおかげでもあるんだから彼らにも感謝しないと……でも二号機と三号機は撃てても王都に届かない失敗作……しかも発射できる回数はそれぞれ一発が限度……今撃たれたのは二号機のものだけど…出来ればこれで決まって……――!?)


 だが空に撃ちあがった球体が突然空中で静止したたためブレイディアは驚愕する。そしてよく見てみると飲み込まれたはずのフェイクが両手で球体を押し返している姿が眼に入ったのだ。さらにその背中から巨大な電流で出来たリングが突如出現しそのリングの周辺に同じく銀の雷で出来た一対の翼が生え始める。それを見た女騎士は叫んだ。


「ラグナ君ッ……! 第二射の合図を急いでッ……!」


「わ、わかりましたッ……!」


 ブレイディアの声を聞きラグナはすぐに携帯を使いレスヴァルに電話をかける。程なくして第二射が放たれるとフェイクが押さえつけていたエネルギーにぶつかるようにして交わり巨大なエネルギー体はさらに膨れ上がった。すると押し返されていた球体は勢いを取り戻し上空へ仮面の男を再び押し上げる。


(今度こそ決まって……お願いッ……!)


 だがブレイディアの祈りを嘲笑うようにフェイクの背中のリングに六つの電撃の翼が生え、その数を八つに増やすと同時に仮面の男を中心にして銀色の球体型の電磁バリアが発生する。すると再び黒いエネルギー体は空中で止まってしまう。それを見た女騎士は歯噛みする。しかしジュリアとリリスがここで声をあげ『月光』を纏うと立ち上がった。


「……まだ……です……まだ終わっていませんッ……! 〈ウル・ゴレム〉!」


「……まだ……やれる……〈エル・フェンリル〉!」

 

 今回は身に纏わずそのままゴーレムを射出したジュリアは遠隔で操作するとその巨大な体は岩石の塊に姿を変えフェイクに激突する。同様に氷の巨大な狼も天を賭けバリアに食らいついた。それを見た戦士たちは各々が最後の力を振り絞り術を繰り出していった。だがそれをもってしても決定打にはならず徐々に球体の軌道がずらされ始める。このままではと誰もがそう思った時、ラグナが足をふらつかせながらブレイディアのもとにやってきた。


「……ブレイディアさん……お願いがあります……自力じゃもうあそこまで跳べないんです……だから『月光術』を使って俺を空へ……俺が上から『黒月の月光術』を奴に撃ち込みます……」


「だ、駄目だよラグナ君ッ……! 君の体はもう限界なんだよ!? そんな無茶――」


「みんなの頑張りを無駄にしたくないんですッ……! 命をかけて戦ってくれたみんなのために最後の最後まで戦わせてくださいッ……!」


 弱弱しい黒い光を未だに纏い続けるラグナの懇願を聞いたブレイディアは唇を噛むも、その言葉の意味することを良く分かっていたため力なくうなだれる。と同時に呟いた。


「……今からあそこまで行かせるとなると空気の膜を作る術じゃ間に合わない。だからかなり強引な方法になるけど……それでもいい?」


「はい、望むところです!」


 嬉しそうに笑うラグナを見て苦笑したブレイディアは折れた大剣を強く握りしめると『月光』を纏い唱える。    


「――〈イル・ウィンド〉」


 折れた刀身に風の渦が巻き付き小さな竜巻が出来上がるのを見届けたブレイディアはラグナに告げる。


「これで君を上まで弾き飛ばす。構えてラグナ君」


「わかりました!」


 腕でガードを作ったラグナに向けてブレイディアは叫びながら全力で剣を振るう。


「――お願い、これで決めてきてラグナ君ッ……!!!」


 ラグナの両腕に竜巻をぶつけるとそのまま少年の体を巻き込み自身を回転させる形で剣を上空へと向けその肉体を弾き飛ばす。結果、少年騎士の体は大空へと舞い上がった。


「……頼んだよ……ラグナ君……」


 それを見届けたブレイディアは片膝をついた。



 黒い光の衣を纏いながら上空へと舞い上がったラグナはグングンと高度を上げていくとついにフェイクの上に到達した。


「フェイクッ……!!!」


 叫ぶと同時に途中で消えていたエネルギー状の刃を上からバリアに突き立てる。だが黒い刃は銀の防御壁に阻まれ通らない。


「くッ……!」


「――無駄だ。この障壁はその程度の刃では貫けない」


「勝手に決めるなッ……! 必ず貫くッ……! みんなの努力を、ブレイディアさんの思いを、絶対に無駄にはしないッ……!」


 ラグナはトリガーを引き刃に残り少ない『黒い月光』を注ぎ込む。そしてここにはいない育ての親に祈った。


(……先生……先生の作ってくれたこの武器なら出来ますよね……きっと……)


 ラグナはハロルドの作った武器を信じさらにトリガーを強く引いた。すると『月光』を吸収したエネルギー状の刃がフェイクの障壁にめり込み始める。それを見た仮面の男は信じられないようなものでも見るように呟いた。


「……馬鹿な……こんなことが……」


「――貫けぇぇぇぇぇぇぇッ……!!!!!」


 ラグナの叫びと共に障壁は破壊され『月錬機』も砕け散ったが、少年は真下にいるフェイクに向けて最後の『月光術』を唱える。


「――〈ゼル・エンド〉ッ……!!!」


 その途端、左手から放たれた黒い螺旋状のエネルギー波がフェイクの背中に直撃しそのまま真下にあった球体上のエネルギーと挟み込む形で仮面の男を押しつぶす。


「ぐ――がぁああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ……!!!!!」


 流石のフェイクもそれを受けて絶叫をあげる。上と下から放たれたエネルギーは仮面の男を挟みながら激突すると混ざり合いやがてすさまじい爆発が空中で発生した。その余波を受けて吹き飛んだラグナは上空から落下する。なんとかラフェール鉱山の頂上に戻って来れそうではあったがこのまま落下すれば即死するであろう高さから少年を救ったのはブレイディア。


「ラグナ君ッ……!!!」


 文字通り最後の力を振り絞り『月光』を纏うとラグナの体を間一髪受け止め倒れる。受け止めると同時に女騎士の体から『月光』が消失した。


「……ま、間に合ったー……」


「あ……ありがとう……ございます……ブレイディアさん……」


 直後フェイクと戦った面々は爆発によって上空に生じた煙を倒れたまま固唾をのんで見つめる。これでも駄目ならばもはやどうしようもないが、煙の中からは誰も出てこない。ゆえに皆の緊張は徐々に抜けて行った。最初に声をあげたのはブレイディア。


「……これで終わったのかな……」


 その声に反応したのはジュリアとリリス。


「ええ。流石にアレの直撃を受ければ終わりでしょう」


「……生きていられるはずない……」


 二人の少女の言葉を受け安心したのかブレイディアは大の字に寝転がる。


「……だよね……ようやく終わった……私たちの勝ちだよラグナ君」


「はい、やりましたねブレイディアさん!」


 寝転がりながら喜びあっていると皆も勝利の実感がわいて来たのか手を挙げて叫び始める。今までにないほどの強敵に勝利した高揚感によって初対面同士にかかわらず皆に妙な仲間意識さえ芽生えるほどであった。勝利の余韻に皆が浸っていると突然、轟音を立ててラフェール鉱山の一部が崩落を始める。その崩落に巻き込まれ『αタイプ』一号機はバリアと共に地上へと落下していった。ラグナはそれを見ながらつぶやく。


「これって……下から『αタイプ』を撃った影響でしょうか……」


「かもしれないね。かなり無茶したし……鉱山全体がやばくなってるのかも……急いで脱出した方がいいと思うけど……」


「体が……動かないですよね……どうしましょう……」


「終わったらレスヴァルさんやダリウスの人たちが頂上に来てくれる手筈になってるし、それを待つしかないかもね……情けないけど……」


「アハハ……そうですね……でも本当に良かった……これで……――ッ!」


 皆が口々に終わったことを口にする中でラグナは突然大きく眼を見開き上空を見つめる。そしてその頬から一筋の汗が流れ落ちた。安堵から一転、少年が豹変したことを感じ取ったブレイディアは問いかける。


「ラグナ君、どうしたの……?」


「……嘘だ……そんな……」


 ラグナの恐怖に慄くその様子を見て全員が異常を感じ取り再び空を見上げた。直後、ようやく少年の言葉の意味を理解した。煙が晴れたその中心に人型の影のようなものが見え始めたのである。影がやげてその正体を現すと全員が絶望に顔を染める。


 煙から出て来た人物の様子は酷いものだった。リングについていた翼は一対になりその肉体はすでにボロボロ。穴が開きつつも下半身の服は辛うじて残っていたが上半身の服は帽子共々吹き飛び全身に巻いているらしい包帯だけが肌を包んでいる。その包帯からも血が滲み深刻なダメージを受けていることは見て取れた。だが光を纏いまだ生きている。その事実が全員を絶望のどん底に叩き落したのだ。ひび割れた仮面の下で荒い息をしながらその男――フェイクは静かに喋り始める。


「……人間とは本当に面白い生き物だ。力及ばずとも皆で手を取り合い強大な相手にも立ち向かって行く。そして時に予測を上回る奇跡さえ起こす。よもや『神月の光』を纏った私が傷つけられるとは。……だが惜しかったな。後一歩及ばなかった」


 フェイクの言葉を聞きブレイディアは悔しそうに表情を歪めると拳を地面に叩き付ける。


「――クソッ……!!! なんで……こんな……」


 何を言っていいのかわからないほどに悔しがるブレイディア同様他の者たちも現実に打ちのめされ様々な反応を見せた。怒り、失望、嘆き、悲しみ――それらを見下ろしながらフェイクは喋り始める。


「――正直お前たちのことを舐めていた。十分の一以下の力でも対処できると思っていたのだが」


 その言葉を聞き全員が呆然自失となりラグナは思わずその言葉を反芻する。


「……十分の……一以下……だと……」


「――そうだ。本気でやった場合――『αタイプ』の足場であるこのラフェール鉱山を壊しかねなかったのでな。落下した場合、別の場所に設置し直さなければいけないうえ王都までの座標を入れ直すのが面倒だったが、『αタイプ』が落下した以上もうその心配をする必要もなさそうだ。ラフェール鉱山は王都を攻撃するには最適な高さだったのだが致し方ない」


 フェイクはそう言うと手を天に掲げた。すると雲が天を覆い始め、七つの月を除く空を雲が満たし始める。暗雲立ち込める中でやがて雷鳴が轟き雲からゆっくりと巨大な銀色の剣が出現する。銀の雷で出来たその大剣は容易にラフェール鉱山全体を呑みこむ大きさを誇っていた。それを見せつけられた面々は仮面の男の言葉が虚言では無い事を悟る。


「――お前たちに敬意を表する。私の行いは確かに礼儀を欠いていた。ゆえに――ここから先は全力で戦おう」


 ブレイディアはその様子を見た後、力無く笑う。


「……ジュリアちゃんとリリスちゃんだったよね……言いそびれてたけど……さっきは助けてくれてありがとう……それとごめんね……逃がそうとしてくれてたのに……みんなも巻き込んじゃって……これは完全に私の判断ミスだよ……」


「……いいえ。貴方のせいではありません。私たちが勝算ありと思い決断した結果です。悔いはありませんわ。それにこれがフェイクの全力だと言うのならあのまま逃げていたとしてもおそらく逃げ切れなかったでしょう」


「……全力でやるだけやった……誰も悪くない……」


 少女たちの言葉には誰も反論せずその顔には諦めの笑みが浮かんでいた。


「……そっか……ラグナ君、間に合うかどうかわからないけど……ダリウスの人たちだけでも逃げられるようにレスヴァルさんに連絡を……ラグナ君……?」


 ブレイディアの言葉を黙殺したラグナは這いずるように彼女や他の面々から離れ距離を取ると再び立ち上がろうとする。しかしやはり倒れてしまった。それを見たブレイディアは悲しそうに呟く。


「……ラグナ君……もういい……君は十分やったよ……アレにはもう……勝てない……」


 その現実を言葉にされ全員が俯くも少年は諦めず倒れる体に力を入れようとする。


(――立て……立ち上がれ……無様でも何でもいい……みんなを守るんだ……立てラグナ・グランウッドッ……! お前は『黒い月光』なんてデタラメな力を持ってるだろうッ……! それなのになんだこのザマはッ……! レスヴァルさんにドーピングまで施してもらってここに来たんだろうッ……! ここで諦めたら来た意味なんて無いじゃないかッ……! 立つんだ、立ち上がれぇぇぇぇぇぇぇぇッ……!!!!!)


 フェイクはそれを見ながら手を振り下ろす。すると剣は轟音を上げながら落下を始めた。力を入れた結果なんとか膝立ちになったラグナはそれを見ながら左手を天に突きだす。


(……体が壊れてもいい……もう一度……『黒い月光』を……)


 レスヴァルによって安全装置を外された結果、望みを叶えるように黒い三日月が輝きその肉体に『黒い月光』が落下する。望み通り黒き光は少年の体を覆ったが――その瞬間にその肉体から血が噴き出す。それを見たジュリアやリリス、ブレイディアは小さな悲鳴をあげ少年を止めようとした。だが彼女たちも体が動かないうえ、集中する少年の耳にその声は届かない。だからこそその蛮行をラグナは続けた。しかし肉体が悲鳴をあげるように目から血涙が流れ出し、鼻や口からも血が出始める。


(……もう……限界なのか……これ以上は……無理なのか……)


 出血や壮絶な痛みにより意識が飛びそうになる中――。


『――そんなことないよ』


 ――もう何も出来ないのかと絶望する少年の耳に突如声が響く。それは内側から聞こえるような不思議な声だった。エネルギーに耐え兼ね意識が朦朧とする中で響いた聞き覚えのある声によってラグナの気絶しかけた意識が繋ぎ止められる。


(……この声は確か……夢の中で……)


 ラグナは白い夢の中で聞いた白い少年――ロアの声を思い出す。今までに何度も感じた時間がゆっくりと流れる現象が再び少年に訪れると、それを見越したようにやがてロアは諭すように少年騎士に話し始めた。


『――いいかい? 君にも奴――フェイクと同じことが出来るはずなんだ。君の肉体に流れる血がそれを可能にしてくれる。彼女――レスヴァルが君にかけた術はあくまで血の覚醒によって得られる能力の一部を解放したに過ぎない。今の君ならそんな小細工に頼らなくとも月詠に隠されている能力全てを己の意思で引き出すことが出来るはずだ。そうなれば君の肉体はさらに活性化しフェイク同様超回復だってできるようになるし体は今以上に強靭になる。もっと強力な月光を纏うことだって可能だ。そう、神月の光だって。つまり君はまだ十分に戦えるという事だよ』


(……俺だって戦いたい……でも……どうすれば……)


『簡単だよ。恐れを捨てるんだ』


(……恐れを……捨てる……? ……俺は……何も恐れてないよ……)


『いいや、君は恐れているよ。確かに過去のトラウマを乗り越えたことで君は月光への恐れを捨て去った。その結果、黒い月光や銀月の月光を使えるようになったよ。けどね、それは今使えている範囲での力への恐れを捨て去ったに過ぎない。君は新たに手に入れようとしている強大な力を恐れ無意識に肉体の機能にセーブをかけてしまっている。だから中途半端な活性化しか出来ていないんだ。片方の瞳しか輝いていないのがその証拠だよ』


(……新しい力……それって夢で言っていたもの……?)


『そうだよ。アルシェ付近の館でフェイクに出会ったことにより君の中で血が目覚め始めそれに合わせて黒月の月痕も成長を始めた。覚えているかな、フェイクと接触した直後に黒い月光が使えなくなった時のことを。アレは成長が始まった証なんだ。黒月の月痕は成長するたびに一時的に不安定な状態に置かれる。あの時は最初の扉が開いたことによって生じた第一成長期。君の中で血が目覚めたことによって迎えたものだ。そしてそれから君は数々の激戦を潜り抜けていったね。それによって君の血は今完全に目覚めようとしている。だがさっきも言ったように君は無意識に恐れてしまっているんだ。君の魂は本能的に理解してしまっている。これから君が出来るようになることを』


(……俺は……何が出来るようになるの……?)


 その問いかけに対してロアは即答できなかった。だがゆっくりと話し始める。


『……とても恐ろしいことが出来るようになる。だけどね、君は遅かれ早かれそうなる運命なんだ。だからそれに関しては受け入れるしかない。受け入れて己のモノとするほかに方法はないんだ。それに今の君には力が必要なはずだ。違うかい?』


(……どうすれば……恐れを捨てられるの……?)


『自覚するんだ。君はもう一人じゃないって。トラウマを克服する前の君はその力と秘密を抱えて孤独に生きて来た。そうだよね?』


(……うん……拒絶されるのが怖かったんだ……化け物と思われるのが怖かった……だから先生以外の人には絶対に言えなかった……)


『でも、今の君は違う。君の周りには大勢の人がいる。君の力を利用しようとする悪い人達もたくさんいるけど、ありのままの君を受け入れてくれる心優しい人達もいるはずだ。思い浮かべてみて、彼らの顔を』


(…………)


 ラグナの脳裏にアルフレッド、セガール、ジュリア、リリス、ジョイ、そしてブレイディアの顔が浮かぶ。すると自然と笑みがこぼれた。


『そう、その穏やかな気持ちを忘れないで。君はもう一人じゃない。たとえ力を手に入れたって大丈夫。彼女たちは君から離れて行ったりなんてしない』


(――ッ!……そうか……恐れっていったいなんのことか最初はわからなかったけど……俺は……みんなが離れていくのが怖かったのか……確かに……これ以上左手の力が強力になったらみんな離れて行ってしまうんじゃないかってそう思うよ……)


『……一人は怖いよね。けど周りを見てごらん』


 ラグナが言われた通り周りを見てみると心配そうな顔でこちらを見つめるブレイディア、ジュリア、リリス、その場にいた他の者たちの姿が目に入る。


『……もう言わなくてもわかるよね』


(……うん……俺は一人じゃない……この先もきっと……それに……たとえ思い通りの未来じゃなくても納得できる……拒絶されたとしても……俺のことをこんなにも心配してくれた人たちのことは忘れない……色々ひっくるめて覚悟は出来た……もう大丈夫)


『守ってあげて。君の力で。みんなを』


(……そうだね……みんなが死ぬところなんて見たくないッ……!)


『じゃあ、行こう。及ばずながら僕も手を貸すからさ』


 ロアの声が響いた瞬間、時間は元の速さで進み始める。やがて血まみれのラグナは眼をつむった状態でゆっくりと立ち上がると左手を黒い三日月に掲げた。その時、六つの月が放電を始め巨大な黒い柱が三日月から放たれるとラフェール鉱山全体を一瞬にして呑みこむ。ブレイディアたちは驚きのあまり身構えたがその黒き光はいつもと違い彼女たちを害することはなかった。その後柱状の光は少年を核として丸く膨張するとその周囲に黒い粒子の嵐が発生し嵐は徐々に黒い『月光』を圧縮するように包み込んでいった。



 ブレイディアはその光景を見たことがあった。


(……これはフェイクがやったやつと同じ……)


 驚くブレイディアを尻目に黒い粒子と黒い光がラグナを中心にして小さく圧縮されやがて融合すると同時に破裂する。黒い閃光に包まれ周囲の人間が眼をつむった数十秒後、女騎士はいち早く眼を開け少年騎士の安否を確認した。すると――。


「……そんな……だって……もう限界だったはずじゃ……」


 ――そこにはフェイクと同じように肌に貼り付くような極薄の黒い光の衣を纏ったラグナの姿があった。黒い雷が表面を走るその光の膜を見て驚いていたブレイディアと他の面々だったが、上空から鉱山を破壊せんと迫る銀色の雷で出来た剣が目と鼻の先に迫っていることに気づき体をこわばらせる。轟音が鳴り響く中、いよいよ直撃というところ、皆が死を覚悟する中で圧縮された黒い光を纏った少年は不意に左手を軽く上げた。


 そしてラグナの手が雷の剣に触れた瞬間だった――。


「……え……」


 ――ブレイディアの間の抜けた声が響いた時――その頃には雷は霧散してその場から消滅していたのだ。驚くブレイディアだったがさらなる衝撃が彼女を襲う。それは上空、六つの月の中央に鎮座していた月の変化。欠けていた月はいつの間にか満ち姿を変え皆を見下ろしていた。女騎士は唇を震わせ黒き月に生じた変化を口にする。


「……半月……」


 三日月から半月へと姿を変えた『黒い月』は次の段階へ至った主を祝福するように輝いた。



 一方、目をつむっていたラグナは声に導かれるように――。


『さあ、眼を開けて』


 ――ゆっくりと両眼を開け――。


『君の中の血は――今完全に目覚めた』


 ――そしてその両の瞳を赤く輝かせた。


 ラグナはその真紅の眼で空を飛ぶフェイクを静かに見据えた。見つめられたフェイクは変化した月を見上げた後、口元を緩ませ話し始める。


「ようやく『神月の光』へ至ったか。だがまだ黒い月は満月では無い。完璧な状態ではないということだ。それで果たして私を倒せるか、確かめさせてもらおう」


 赤い瞳を輝かせ睨み合うラグナとフェイク。


 両者とも服は裂け傷だらけだったもののその闘志は未だに健在。


 そしてついに二人の間で最後の戦いが始まろうとしていた。         

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