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70話 和解の一歩

 フェイクは鉱山の一角にある場所にて三人の部下に指示を出していた。


「――いいか。この檻の中には絶対に入るな。お前たちは外から見張っているだけでいい」


 鉄の巨大な檻の中に入れられていたのは鎖で両手と足を拘束され壁に張り付けられていたブレイディアだった。どうも意識は無いようで目をつむって静かに拘束されている。だがフェイクの指示を受けた三人のうちのリーダーは納得がいかないのか眉を八の字にして口を開く。


「し、しかしせっかくブラッドレディスを捕らえたのですから拷問でもして騎士団の情報を引き出した方が良いのではないですか? フェイク様とレイン様は『αタイプ』の件でお忙しいようですし、よろしければ我々が……」


「この女はお前たちが手を出せるような相手ではない。余計なことはせず拘束しておけ。もし何か問題が起きた場合は私かレインのどちらかを呼べばいい。私かレインがいない場合は何があっても決して檻の中に入るな。いいな?」


「は、はい……わかりました……」


 男達にそう告げたフェイクはその区画から外に出たが、区画の入口で待ち構えていたレインが話しかける。


「……ブラッドレディスを捕らえたのか?」


「ああ。赤い鳥の様な生き物は取り逃がしたが……おそらくあの女を助けにもう一度ラグナ・グランウッドは現れるだろう」


「ずいぶんとご執心じゃねえの。アイツに何か用事でもあんのか?」


「…………」


「だんまりかよ……まあいいや。それより『αタイプ』だが、結局一号機しか完成しなかったみたいだな。二号機と三号機は一応撃てるが今のままじゃ王都までは届かねーぜ」


「そのようだな。だが予定は変わらない。一号機だけでも鉱山の頂上にあげておいてくれ。今日中に王都に撃ち込む」


「マジかよ……早すぎだろ……だが一機だけじゃ王都全てを吹き飛ばすのは無理だぜ」


「王城付近を消し飛ばせればそれでいい。用があるのはあそこの地下だ。出来れば全てを吹き飛ばし邪魔が入らないようにするつもりだったが致し方ない」


「……へいへいわかりやしたよー。部下達にはそう指示しとくぜ」


 レインはその場を離れようとしたが、フェイクの声が背後からかかる。


「――レイン、お前は私とラグナ・グランウッドたちが戦っていたあの場にいたか?」


「……一回見に行ったが、巻き込まれねーようにすぐに引っ込んだぜ。その後は別の部屋で待機してたっけなー」


「……そうか」


 そう一言だけ言ったフェイクは不敵な笑みを浮かべるレインを残し坑道の奥に消えて行った。



 地元民のみが知る洞窟内部にて――レスヴァルの術によって紫色の光がラグナの頭に吸い込まれた直後、その体に異変が起こる。全身から火が吹き出るような高熱が突如体の内側から発せられたのだ。


「――う……ぐ……あ……」


「ラグナ兄ちゃんッ……!?」


 あまりの熱さと息苦しさに思わず胸を手で押さえて座り込んでしまったラグナにテトアは駆け寄ろうとするもレスヴァルに止められる。


「大丈夫。術の影響で少しの間辛いかもしれないがすぐに落ち着く。ラグナ君、ゆっくりと息を吸って、それから吐いてみてくれ。繰り返すうちに落ち着いてくるはずだ」


「……わ、わかりました……」


 言われた通り深呼吸を繰り返していくと次第に熱は落ち着いていきやがて完全に消えると、その肉体から痛みも同じように消失する。その変化にラグナは驚くとゆっくりと立ち上がった。


「……痛みが……消えた……」


 ラグナはそのまま手や足を動かし正常に動くことを確認し終えると、レスヴァルに向き直る。


「……すごいですレスヴァルさん……本当にもう痛みもけだるさも感じずに動けます」


「ならよかった。だが勘違いしないでほしいんだが、あくまでこれは術によって君の脳に干渉し特殊な脳内物質やホルモンを過剰に分泌させ肉体を強制的に活性化させているだけに過ぎないんだ。決して怪我が治ったわけではない。むしろ悪化させかねないほどの危険を君の肉体に強いていると言える。動き続ければ当然怪我は悪化し、いづれは……肉体が崩壊するだろう」


「……大丈夫です。全部わかったうえで、自分で決めたことですから」


「……そうだったね。ではここからは君の活動限界の時間や『月光』を纏って戦う際の注意事項について説明する。よく聞いてくれ」


 ラグナはレスヴァルの話に対して真剣に耳を傾けた。



 その後、話を聞き終わるとラグナは再び戦場に戻るための支度を始めた。まずここを出る前に置いておいた荷物の中から予備の軍服を取り出し着替える。次に予備の『月錬機』専用のホルスターを腰に取り付けるとその中に改良型の『月錬機』を収納する。一通り準備を終えると、レスヴァルと共にここを出ることになった。ブレイディアたちの身を案じたため一刻も早く出発したかったのである。そのためディーンやテトア、フィックスを含む町の住民たちに別れを告げることとなる。


 ラグナは最初にディーンと向き合う。


「――ディーンさん、皆さんのことよろしくお願いします」


「ああ、わかった。今度こそ任せとけ。何があってもここの住民たちを守ってみせるぜ」


「はい。それと、ここまで運んでいただいてありがとうございました」


「いやいや、気にすんなって。ぶっちゃけテトアが抜け出さなきゃ俺はお前のピンチに気づきもしなかっただろうからな。礼ならテトアに言ってやってくれ」


 それを聞いたラグナはテトアの方を向く。すると心配そうにこちらを見つめる小さな瞳と目が合った。


「――テトア君、本当にありがとね。君が心配して追いかけてくれなきゃ俺は敵に見つかってたかもしれない」


「ううん……そんなこと……でも……本当に行くの……? ……次はホントのホントに……死んじゃうかもしれないよ……」


 体を震わせて身を案じてくれる小さな少年の頭をラグナは再び優しく撫でた。


「大丈夫だよ。次は必ず勝つ。そして今度はみんなでここへ帰ってくるよ。約束する」


「……うん……気をつけてね……」


 テトアは何か言いたげだったそれを飲み込むと頷いた。それを見たラグナは微笑むと、フィックスの方に目を向ける。


「すみませんでしたフィックスさん。『ラクロアの月』を追い払うと言っておきながらこんな醜態を見せてしまって」


「いえ……そんな……我々の方こそ……貴方達が命懸けで必死に戦ってくれているのに……何も出来ずすみません……」


 それを聞いたラグナは目を瞬かせると、笑いながら首を横に振る。


「そんなことはありません。皆さんが俺達のことを心配してくれているっていうだけで十分嬉しいです。それに皆さんは今までずっと頑張って耐え続けてきたんですから、今度は俺達が頑張る番です」


「……ラグナさん……」


 フィックスや他の住民たちは辛そうな顔でうつむいてしまったためラグナは声をかけようとしたが、レスヴァルの声がその前に響く。


「ラグナ君、そろそろ行こう。あまり時間をかけてはいられない」


「……そうですね。それじゃあ皆さん、行ってきます」


 二人は町の住人達に会釈すると洞窟内部を通りラフェール鉱山に走って向かった。



 二人が洞窟を去ってから十分後、住民たちが心配そうにラグナ達が走り去っていった方を心配そうに見つめる中でディーンは携帯を取り出す。


(……そういえば敵に見つかんねーよーにマナーモードにしてたんだったな。何か連絡でも入ってるかな……げ……不在着信五十一件……誰からだよ……まさか腹黒サディストからじゃねーよね……生存報告メールでしてそれっきりだったからなぁ……って……こりゃ傭兵仲間からじゃねーか)


 ディーンはそれを確認すると急いで電話をかけ直す。


「――悪い、取り込み中で電話出られなかった。それでどうかしたのか?」


『い、いや、実は――』


 電話からその言葉が聞こえた瞬間――ディーンは顔を引きつらせた。


「な、なんだとッ!? ま、マジなのかッ!?」


 ディーンの大声を聞き、何事かと住民たちの視線が集中したため慌てて取り繕う。


「あ、いや、なんでもねえんだ! き、気にしないでくれ! あ、アハハ!」


 ディーンの様子はかなり不自然だったが、住民たちはラグナ達の方がやはり心配だったらしくすぐにラフェール鉱山に続く洞窟の奥に視線を戻した。それを確認するとホッとため息をつき再び電話に小声で話しかける。


「――それで……本当なのか……!? ロンツェが逃げ出したってのはよッ!? アイツは外にあった倉庫に鎖で拘束してたじゃねーか! しかも見張りが三人もついてただろ!?」


『……見張ってた奴らは全員殺されてた……』


「嘘だろ……だって見張りについてた奴らは雇われた傭兵の中でもかなり強い連中だったはずだぜッ!? いくら石化の影響があったからってこんな簡単に殺されるとは思えねーよ!」


『俺だって信じられねーよッ! だが事実だ! 全員殺されてた! 死体を確認したから間違いねーよ!』 

 電話越しに聞こえる必死な声から間違いない情報だと理解させられたディーンは目をつむり冷静になった後、再び喋り始める。


「……死体の傷から敵の能力はわかりそうか?」


『……焼けこげたような傷がいくつかあった。たぶん赤月の能力だ。鎖も焼き切られてた形跡があったぜ』


「そうか……わかった。知らせてくれてありがとな。引き続き町の住民の護衛を――」


 言っている途中で洞窟の入口の方から大勢の足音が聞こえて来た。ディーンはそれを聞き歯噛みすると町の住民に向かって叫ぶ。


「全員洞窟の奥に隠れろ!!! 急げ!!!」


 ディーンの声を聞き体をビクつかせた住民たちは急いで洞窟の奥にさがる。すると間もなく大勢の男たちが現れた。五十人以上いる男達の中にはサングラスをかけた二ヤケ面のドレッドヘアの男も混ざっている。その顔触れを見るにどうやらラフェール鉱山付近を警備していた者たちを引き連れて来たらしい。それを確認すると、早口で電話の向こうにいる傭兵に告げた。


「……こっちにロンツェの野郎が来やがった。応援を頼んで平気か。敵の数は五十五人だ」


『わ、わかった! すぐに向かわせる!』


「……頼んだ」


 そう言うとディーンは電話を切りロンツェを睨み付けた。


「……てめえ、どうやって脱出しやがった」


「俺の副官にベティって最高の美女がいただろ? そいつが俺を助け出してくれたのさ。あいにく今はフェイク様のところに報告に向かってるがな。んで、俺はその間に自分の失敗を取り戻さそうと思ってるわけよ」


「……なるほどな。大方、また町の住民を人質に取ってラグナたちの身動きを封じようって魂胆か」


「ま、そういうことだな。前は油断したが今度こそ俺の手で奴を倒してやる。本当はコンサートホールにいた連中を人質にしてやろうと思ったんだが、傭兵どもが邪魔だったんでな。護衛が一人しかいないここの連中を狙わせてもらうぜ」


「……どうやってここに町の住民がいることを知ったんだ。しかも護衛が一人だけって情報まで……」


「それもベティからの情報さ。本当に優秀な副官で助かるぜ。……しかし話とちょっと違うみたいだ。レスヴァルって女がここを守ってるっつー話だったんだがな。どうしててめえがここで連中守ってるかは知らねーが、まあどうでもいい。さ、そろそろお話は終わりにしようやディーンさんよぉ」


「……ケッ、上等だよ! てめえらなんて俺一人で全員片付けやるぜ!」


「おーおー言うねぇ。だがまだ石化の影響で満足に動けねーんじゃねーの? そんな状態でこの人数を相手にどれだけ持つかな。そのうえ今お前が呼んだ傭兵どもも石化の後遺症でここまで来るのに相当時間がかかると思うぜ。ククク」


「く……」


 ロンツェの笑い声を聞いて苛立ちながらも言われたことは事実であった為、ディーンは口ごもる。どう考えても絶体絶命の状況に心の中で毒づくが――。


(……クソッタレ……雑魚だけならともかくロンツェの野郎がいるとなると……今の俺には相当厳しい……だが……)


 ――直後、死にかけながらも再び戦場に向かった少年の顔が浮かび吹っ切れる。 


(――託された以上引くわけにはいかねえんだよ!)


 ディーンは赤い『月光』を纏うと腰に下げていたホルスターから『月錬機』を取り出しそれを片刃の剣に変形させると構えた。それを嗤ったロンツェは『月光』を纏うと同時に部下に顎で指示を出すと、自身を先頭にしてたった一人の傭兵に向かって襲いかかる。



 それから三十分後――。


 ――孤軍奮闘しながら敵を三十人倒したディーンだったが、ついに力尽きその場に倒れ込む。それを見下ろしたロンツェは称賛するように口笛を吹いた。


「大したもんだな。やっぱつえーわお前。まだ体も万全じゃねーのに俺を相手取りながら部下を三十人も倒しちまうとはな。だが――それもここまでだ」


 うつ伏せで倒れたディーンの頭を踏みつけたロンツェは勝者の笑みを浮かべたが、そんな悪漢に向かって小さな赤い光が突撃していった。


「その人から離れろこのクズ野郎ッ!!!」


 赤い『月光』を纏ったテトアがロンツェの顔目がけて殴りかかるも――。


「――なんだこのガキ」


「――ぐッ……!」


 ――あっさり受け止められ空中で固定されると――。


「いっちょまえに戦士気取りかよ。じゃあ――しっかり戦えよオラッ!!!」


「――がはッ……!?」


 ――逆に殴り飛ばされる。地面を転がった小さな少年を見たフィックスは顔面蒼白になりながら駆け寄った。


「て、テトア!? だ、大丈夫かッ!?」


「う、つぅぅ……へ、平気だよ……これくらい……」


 そう言って立ち上がったテトアはまた向かって行こうとしたが、フィックスに腕を掴まれる。


「もうやめろ! お前が向かって行ったところで勝てるわけがない!」


「だからって……このまま大人しく隠れてるわけにはいかないだろッ……! このままじゃ、ディーンさんが殺されちまうッ……!」


 再び向かって行こうとするテトアに今度はディーンが叫んだ。


「やめろテトアッ……! そんなことはしなくてもいいッ……! お前たちだけでも逃げろッ……! 俺がその間の時間くらいは稼ぐッ……! ディーンさん、テトアを連れて早く行けッ……! ――がはッ」


「おい、誰が喋っていいって言ったよ。つーか逃げるなんざこの俺が許さねえ」


 ロンツェに強く踏みつけられたディーンの頭は深く地面にめり込み、それを見たテトアはフィックスの手を振り払い再び突撃するも――。


「しつっけえんだよッ!!! このボケカスがッ!!!」


「ぐふッ……」


 腹を殴り飛ばされ再び苦しそうに地面を転がる。それを見たフィックスは泣きそうな顔で駆け寄るとその小さな体を抱き起す。


「も、もうやめるんだテトアッ……! ディーンさんの言う通り逃げようッ……! 我々では奴らには勝てないんだッ……!」


 フィックスの言葉を聞き悔しそうに唇を噛んだテトアは訴えかけるように喋り始める。


「……だから……どうして決めつけるんだよ……やってもいないのに……それに……逃げたってどうせ捕まる……相手は『月詠』なんだ……『月光』を使われたらどんなに逃げたってすぐに追いつかれる……おじさんだってそれくらいわかるだろ……」


「……それは……」


「……もうやめようよ……逃げるの……逃げて、逃げて、逃げて……それで結局無抵抗で捕まって……散々馬鹿にされて……利用された後に……きっと俺達は殺される……そうだろう……?」


「…………」


「……だったらさ……どうせ捕まるなら……戦いたいんだよ……利用されて後で殺されるくらいなら……戦って死にたいんだよ……どんなに無様でも……カッコ悪くても……抗いたいんだよ……父ちゃんと母ちゃんもそうだったんだろ……?」


「ッ……!」


 フィックスはその言葉を聞き大きく目を見開く。後ろに隠れていた町の住民たちもその声を聞きそれぞれ表情を一変させた。テトアは自身を抱く腕の中から強引に出ると口から流れ出る血を強引にふき取り呼吸を整えながら言う。


「――父ちゃんと母ちゃんは諦めずに戦った。なら俺も戦う。そう決めたんだ。父ちゃんと母ちゃんが死んだその日に。ゴルテュスとジョセフへの復讐はラグナ兄ちゃんたちが代わりに果たしてくれたけど今でもこの気持ちは変わらない。……そしてもう一つ最近決めたことがあるんだ」


 テトアの脳裏に焼き付いていたのはボロボロになりながら立ち上がる少年騎士の姿。先ほど死にかけ、なんとか生存した直後、さらに死ぬ覚悟を問われながらも即決したその顔を思い出しながら立ち上がると叫ぶ。


「――誰よりもカッコいい、自分の理想の騎士になるってッ……!!!」


「て、テトアッ……!」


 制止するフィックスを振り切り再び駆け出したテトアは再びロンツェに飛びかかる。


「――ハ、わーったよ、そんなに死にてえなら殺してやるよガキがッ!!!」 


 しかし顔目がけて殴りかかるも再び手首を掴まれ宙吊り状態にされてしまう。


「てめえみたいなガキのすっとろい攻撃なんざ余裕で受け止められるんだよマヌケッ!」


「――マヌケは――お前の方だ!」


 そう言うとテトアは手のひらをロンツェの顔へ向け呟く。


「――〈オル・ファイア〉!」


「――ッ!? ――ぐ、ああああああああああああああああああああああッ!!!!」


 小さな手のひらから放たれた五十センチほどの火球はロンツェの顔面にぶつかると同時に爆ぜその巨体を後方へと大きく弾き飛ばした。拘束から逃れたテトアは地面に足を下ろすと同時に叫ぶ。


「どうだッ! 一撃かましてやったぞクソ野郎ッ! ガキだからって油断しすぎなんだよバーカッ!」


 荒い息をしながら言い放ったテトアにディーンは呆れたような顔で若干嬉しそうに呟く。


「……まったく……とんでもないガキだな……ったく……」


 だが顔を焼くことには成功したものの戦闘不能にまでは追い込むことは出来なかった、ゆえに負傷したロンツェは焼けこげた顔を押さえながら身に纏った光を強めると怒りに我を忘れ吠える。


「こ、このクソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁッ……!!!!! ぶ、ぶっ殺してやるッ……!!!!!」


「やれるもんならやってみろ!」


 再び飛びかかって行こうとしたテトアだったが、その前にフィックスが少年の前に出る。


「な、なんだよおじさん! 止めるなよ!」


「――いいや、止める。子供のお前にこれ以上危険な真似はさせられない。もしお前に何かあったら兄さんたちに顔向けできないからな」


「でも――」


「――ああ、わかっている。……お前の言う通りだよ。確かに私たちは逃げ続けて来た。兄さんたちが必死になって戦ったあの姿を忘れて……恐怖に屈した。……だが思い出したよ。最初にゴルテュスたちに抗おうとしていたあの時の気持ちを。ブレイディアさんやラグナさん、そしてお前の姿を見てな。だから――」


 フィックスの言葉に続くように後ろから大勢の町の住民たちが現れた。皆一様にその瞳には決意の光を宿らせている。


「――今度は私たちも抗おう。たとえ殺されるとしても、無抵抗で捕まることなどもうしない。私たちのために命懸けで戦っているラグナさんたちに迷惑をかけるわけにはいかないからな。そうだろう、みんな」


 フィックスの声に呼応するように全員が叫びロンツェはたちを睨み付けた。それを見たテトアは口をポカンと開けた後呟く。


「……おじさん……みんな……」


「お前はさがっていなさい。ここから先は大人の仕事だ」


「……だな。俺も自分の仕事を果たさねえと。つーかフィックスさんたちには隠れるか逃げろって本当は言うべきなんだろうが……」


 覚悟を決めたフィックス達の顔を見てディーンはため息をつく。


「……言っても聞かなそうだなこりゃ。仕方ねえ……死ぬ気で守るか」


 住民同様覚悟を決めたディーンは立ち上がると身に纏った赤い光を強めた。そんな町の住民たちや傭兵の様子を見たロンツェは鼻を鳴らすと叫ぶ。


「いい度胸だッ!!! 人質なんざ一人か二人いりゃあいいからな!!! てめえらの大半は死んでも問題ねえんだよ!!! この場でほぼ全員ぶっ殺してやるぜッ!!! やっちまえ野郎どもッ!!!」


 命令に従った者たちは駆け出そうとしたが、その前に入口の方から青い光が凄まじい速度でやって来ると住民を殺そうとしていた悪漢達を次々と切り伏せついにはロンツェに斬りかかる。だが寸前でそれをかわし距離を取ったため凶刃から逃れることの出来たサングラスの男は青い光に包まれていた者の名を叫んだ。


「て、てめえは――ウェルッ……!?」


「――よお、ちょっとぶりだな」


 ブレイディアに敗れ倒れた男――ウェル・フェザーが住民たちの危機に彗星のように現れた。その男の姿を見たテトアは思わず唇を噛んで睨み付けてしまうも、対峙した男二人は気にせずに話し始める。


「な、なんでてめえがここにいやがるッ……!?」


「気絶から目覚めた後、コンサートホール近くに戻ったら傭兵連中がえらく騒いでてな。話を聞いたらここにいる住民がピンチらしいじゃねえか。だから助けに来たんだよ」


「……はッ……助け? よくそんなことが出来るもんだなぁ。てめえは俺らと同じようにそこのクズ共を虐げてた側の人間だろうがよ。今更善人面してんじゃねえよボケ!」


「……わかってるよそんなことは。俺が今更何をしようがしてきたことが許されるなんざ思ってねぇ。だがな……住民たちがてめえみたいなクズ野郎にこれ以上危害を加えられるところなんざもう見たくねえんだよ!」


「チッ、今更エセ正義に目覚めたのかよ偽善者野郎がッ! だがな、てめえ一人加わったところでどうなるよ! 数はそっちの方が上かもしれねえが、ほとんどが非戦闘要員! そんな連中を守りながら俺らと戦うってのか! 無謀なんだよカス!」


「――無謀? どうやらわかってねえのはお前の方みたいだな」


 ウェルが喋った瞬間――入口の方から大勢の人間の足音が聞こえて来た。それを聞いたロンツェは顔を引きつらせる。


「ば、バカな……石化の影響を受けた傭兵どもがこんなに早く来られるはずは……」


「ああ。傭兵は、な」


 入口から現れたのは百人近い騎士。テトアは見覚えのある顔に驚く、なんと全員がダリウスの駐屯騎士たちだった。驚愕するロンツェにウェルは言う。


「俺を含め副団長殿に全員ノサレたが、傭兵たちに比べれば症状は軽くてね。ここまで来るのにそこまで時間はかからなかったぜ。さあ――今度はてめえらが怯える番だぜロンツェ」


「チィィィィッ……!!!」


 騎士たちに包囲されたロンツェは悔しそうに歯噛みすると手のひらを洞窟の天井に向けた。


「クソがッ……!!! 〈ウル・ストーン〉!!!」


 ロンツェが叫んだ瞬間、その手のひらに金色の光が集まり巨大な岩へと姿を変える。そして手のひらから放たれた岩石は天井に激突し、ぶつかった天井は崩落を始める。崩れ落ちてくる岩の雨は町の住民たちに降り注いだが、騎士たちや傭兵によってすべて砕かれる。それから十数分後――傭兵や騎士たちによって誘導された町の住民は一人も欠けることなく洞窟から外に脱出出来た。



 ディーンは崩れ落ちた洞窟の入口を見つめながら文句を言う。


「……ちくしょう。ロンツェの野郎。なんてことしやがる。しかも混乱に乗じて自分だけトンズラしやがった。自分の仲間まで生き埋めにしてよぉ。マジでムカつくぜ」


 苛立つディーンにウェルは横からそっと話しかける。


「……だが町の住民は全員無事だ。住民に一人も死者が出なかっただけマシな結果だよ」


「……かもな。にしても助かったぜ。ありがとな」


「……いいさ。それに大したことは出来てねぇ」


 ウェルは町の住民たちの様子を窺ったが、やはり全員怯えた目で騎士たちを見つめていた。それを察知するとディーンに告げる。


「……悪いな。俺達は離れた場所で警戒にあたる。ここはアンタに任せていいか?」


「……ああ、わかった」


 ディーンの了解を得ると、ウェルを含む騎士たちはその場を離れようとした。それを黙って誰もが見つめるそんな中で、ただ一人小さな少年が声をあげる。


「――待って!」


 テトアの声を聞いたウェルと騎士たちは驚き立ち止まる。そして小さな少年は怒りを堪えるような複雑そうな顔をしながら、親の仇に向かって喉から練り出すような小さな声で言った。


「……助けてくれて……ありがとう……」


「……坊主……」


 その言葉を聞いたウェルは声を出して驚き騎士たちも呆気に取られるも、テトアに続くようにフィックスや町の住民たちも静かに頭を下げ始める。それを見た騎士一行は今にも涙を流しそうな顔をした後、背を向けると住民たちから離れて行った。その様子を目撃したディーンは心の中で独り言ちる。


(……完全に和解するのはまだ無理そうだが……小さな一歩には、なったのかもな……)


 町の住民たちと騎士たちが和解し合う、そんな未来の様子に思いを馳せるディーンだった。   

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