59話 真相2
ラグナはテトアの告白を聞き思わず聞き返す。
「殺されたって……どうして……」
「……父ちゃんと母ちゃんは建築家だったんだ。それで新しい町を作る計画の際にも関わってた。だから町を作る計画が突然中止になった時は真っ先に声をあげた。それに『月光石』の密輸の件も、町の人たちの中心になってゴルテュスたちを告発しようとしたんだ。でも……それが仇になった。ゴルテュスたちに屈することなく抵抗する姿勢を見せた俺の両親は……町の人たちの心を折るための見せしめになったんだよ」
「…………」
ラグナは悲痛な表情を浮かべるテトアとミリィになんと言っていいかわからず同じように悲し気な顔で黙ってしまう。その直後、代わりにブレイディアが口を開いた。
「……君たちは最初私たち騎士を異様に警戒してたよね? それって単純に騎士が敵に下っていたからって理由なのかな? ……もしかして他に騎士を忌避するような理由があったからじゃない?」
「……お前、本当に鋭いんだな。……そうだよ――俺達の両親を殺したのは――騎士だ」
「な……」
その言葉聞いたラグナは絶句し、ブレイディアも悲しそうに目を伏せる。テトアは二人の反応を気にすることなく話を続ける。
「……公衆の面前で処刑するみたいに父ちゃんと母ちゃんは騎士に斬られたんだ。それからさ……町の皆が大人しくなったのは。抵抗してた連中もその後はあっさり従うようになったよ。効果は覿面だったってことだろうね」
吐き捨てるように言ったテトアにブレイディアは問う。
「……騎士が憎い……?」
「当たり前だろッ……! 父ちゃんも母ちゃんも、何も悪い事はしてないのにッ……! それなのに……クソッ……!」
テトアはテーブルを拳で殴り、ミリィも静かに泣き始める。幼い兄弟の怒りと悲しみを知った二人の騎士は何もすることが出来なかった。しかし怒り以外の感情を小さな少年はここで見せ始める。
「……尊敬してたんだ……町を守ってくれる騎士を……そんな騎士になりたいとも思ってたよ。悪い奴らをやっつける……それが俺が思い描いていた騎士だったから」
テーブルに付けられた小さな握り拳には赤い鳥の痣が刻まれていた。ラグナはここに来てようやく目の前の少年が『月詠』であることに気づく。
(……そうか……この子は……俺と同じように騎士に憧れてたんだ。自分の思い描いていた理想を信じて、そして――)
「でも……現実は違った。騎士は……正義の味方なんかじゃなかった。ただの……道具だ。権力者の言う事を聞くだけの道具だったんだ」
(――現実を知った……酷い……現実を……俺と同じように……)
ラグナの脳裏にはかつてのディルムンドとの会話や自身の育ての親を人質に取られ利用された過去が蘇り表情が硬くなる。
その後、思いの丈を話したテトアは立ち上がり二人の騎士に背を向けた。それを見たラグナは咄嗟に立ち上がり口を開く。
「て、テトア君! あの……」
しかし言いかけた途中でブレイディアに袖を引っ張られる。何事かと思い顔をそちらに向けると、女騎士は首を横に振っていた。おそらく何も言わない方がいいと暗に示しているのだろう。そうこうしているうちにテトアは歩き出し、途中で止まる。
「……今夜はここに泊まってくといいよ。ここなら安全だからさ。俺はもう寝る。ミリィもさっさと寝るんだぞ」
そう言い残すとテトアは横についていた扉の中に入って行った。残された三人の間に重苦しい沈黙が数秒続くも、それをミリィが破る。
「……ごめんなさい。お兄ちゃんたちが悪い人達じゃないってことはテトアお兄ちゃんもわかってると思うんだけど……その……」
それに対してブレイディアは表情を崩して頷く。
「わかってるから大丈夫だよ」
「うん……私もテトアお兄ちゃんもパパとママが大好きだったから……」
「そうだよね……同じ騎士をそういう目で見ちゃうよね」
その直後ブレイディアは扉を見つめたまま立ち尽くすラグナに諭すように話しかける。
「……ラグナ君、気持ちはわかるけど今はそっとしておこう。謝罪や励ましの言葉なら『ラクロアの月』やゴルテュス子爵たちをなんとかした後にした方がいいよ。今の私たちが何を言ったところできっとあの子の心には届かないと思うからさ」
「……はい……」
忠告を聞き入れたラグナは静かに腰を下ろしうつむく。その様子を心配そうに見つめていたブレイディアだったが、やがてミリィの方に視線を移した。
「ねえミリィちゃん。さっき新しい町を作る計画に君達の両親が関わってたってテトア君が言ってたけど、もしかしてそれでこういう隠れ家みたいな施設を知ってたの?」
「うん。ダリウスにあるお家にこの廃墟全体の設計図みたいなものがあったんだって。それでテトアお兄ちゃんはここのことがわかったって言ってたよ」
「そっか、なるほどね。ありがとう。これでだいたいの疑問点は解消したよ。よし、それじゃあ行こうラグナ君」
「え……行くって……どこにですか?」
「決まってるでしょ。『ラクロアの月』が潜伏してるコンサートホールだよ。アイツらをまとめてぶっ倒してこの廃墟にいる人たちだけでも先に解放しよう。町の人たちの大部分はラフェール鉱山に連れてかれたみたいだからその人たちの解放はまだ無理そうだけど、出来ることからやっていこう。そうすればテトア君にも少しは顔向けできるしね」
「ブレイディアさん……」
「騎士はただの道具じゃないってこと、騎士に憧れてた男の子に教えてあげなくちゃね」
片目をつむって微笑むブレイディアの言葉を聞き、暗い表情から一転決意に満ちた顔つきになった少年は頷く。
「はいッ……!」
「いいお返事だね。そんじゃあ行こう」
立ち上がった二人の騎士はそのまま来た道を引き返して行こうとしたが、その前にミリィが声をあげる。
「ま、待って! あのコンサートホールにはたくさん悪い人達がいるってテトアお兄ちゃんが言ってたの! 危ないよ! やられちゃうよ!」
その言葉を聞いたブレイディアは表情を崩すとミリィに近づき頭を撫でる。
「大丈夫! 私たち、ちょー強いから!」
ミリィの頭をワシワシと撫でた後ブレイディアは外に通じる扉を先にくぐり、ラグナも呆然とする幼女に向かって声をかける。
「もう少しだけ待っててね。必ず普通の暮らしが出来るようにするから」
そう言い残すとブレイディア同様扉をくぐって部屋を出て行った。
廃墟に佇むコンサートホールの内部――薄い照明が付けられた広い劇場の舞台にてサングラスをかけたドレッドヘアの男ロンツェが目の前でうつむくフィックスの襟首を掴んだ。
「てめえざけんじゃねえぞ! 監視も碌に出来ねえのかてめえはよ! ああ!? 」
「す、すみません……後をつけてはいたのですが……」
「チッ……グズが。……まさかラグナ・グランウッドたちを見失うとは思わなかったぜ。どんだけ無能なんだよ。怪しまれるとマズイからってんで町の連中を監視に使ったっていうのによぉ。こんなことなら俺の部下を使って監視させとくんだったぜ」
ロンツェが強引に手を離すとフィックスは咳き込みながら尻餅をついてしまう。そんな様子を三十人近い部下達と共に見ていた踊り子のような格好の女――ベティが口を開く。
「……それで、どうするのロンツェ。寝込みを襲うつもりだったのに、居場所がわからないんじゃ襲い様がないわよ」
「……ったくよぉ。傭兵どもの時みたいにはいかねえかぁ。……だがいいさ。この廃墟群にいることは間違いねえんだ。なにせ入口は常に見張ってるんだからな」
「けどあまり時間をかけてもいられないのでしょう? フェイク様に任せろって言ってしまったわけだし」
「……まあな。ベティ、何かいい手はねえか……?」
「一応、見失ったって連絡が来た時点で部下達を彼らが隠れそうな場所に送ったわ。ジョセフにも騎士を送るように要請したし。それにこの廃墟群の地図を見つけてね、怪しい場所があったからそこにも行くよう命令しておいたわ」
「へえ、さすが俺の副隊長。仕事の早い出来る女だぜ。どうだ? 奴らを見つけてぶっ殺した後、祝杯でもあげねえか。俺とお前の二人きりでよ」
「どうせ酔わせてベッドへ連れ込む気でしょう? 前にも言ったけど貴方と同じベッドで夜を明かす気は無いわ」
「チッ……つれねえな」
舌打ちしたロンツェは再びフィックスの方に目を移し見下ろす。
「さて……とりあえず監視も出来ねえグズには罰を与えとくか。他の連中への見せしめにもなるしよぉ」
「っひ……」
犬歯を見せて笑うと同時に黄色い『月光』を纏ったロンツェを見たフィックスは怯えながら座ったまま後ずさりする。しかしあっという間に追いつかれ、胴体を踏みつけられた。
「うぐ……」
「へへ。とりあえず死なねえ程度にボコボコにしとくか。加減できっかなぁ。……ま、仮に死んでも代わりは山ほどいるし問題ねえよな」
ロンツェ同様周囲の部下達が楽しそうに声を上げる中、ただ一人だけベティはため息をつく。
「……ねえ、やめなさいよ。そんな無駄な事」
「無駄? そいつは違うな。こいつをボコることで俺のイラついた心は平穏を取り戻すことが出来るんだ。つまり――無駄なんてことはねえのさッ!」
ロンツェが倒れたフィックスを踏みつけていた足を上にあげ、もう一度強く下ろそうとした瞬間だった――天井から銀色の光が二人のもとに高速で落下してきた。
落ちて来た銀色の物体がドレッドヘアの脳天目掛けて衝突するも、直前でそれを目ざとく捉えたロンツェは腰に下げたホルスターから『月錬機』を取り出し変形させると同時に上にかざし落下してきた物体を防ぐ。甲高い音が鳴り、火花が散る中、降ってきたそれを展開した大盾の『月錬機』で防いだ瞬間――盾に開いた小さな覗き穴を覗くことによってようやく降って来た物体の正体を理解する。落下してきたのは人間、それも銀色の剣を下に向けている黒衣の少年だった。
とっさに展開した黄色い大盾で奇襲を防ぎよろけながらも上にあげていた足をなんとか地面に下ろしたロンツェだったが、盾から飛び降りた少年は間髪入れずに呟く。
「〈アル・グロウ〉」
その瞬間――剣の切っ先から放たれた光弾がロンツェに激突する。それ自体はなんとか再び大盾で防いだものの、着弾した時の衝撃で盾ごと大きく後方へ吹き飛ばされる。その後十メートルほど吹き飛ぶも足で強引にブレーキをかけ止める。間髪入れず術によって銀の光を失った少年に続くように緑色の光を纏った小さな物体も遅れて落下してきた。さらに落下途中、緑色の光から細長い鞭のようなものが目にも止まらぬ速度で何度も振るわれ、避けたベティを除き周囲にいた部下達を斬り刻んだ。ベティ以外の全ての構成員が血を吹き倒れる中、緑色の光の正体である白い軍服を着た小さな幼女のような騎士は少年の隣に降り立つ。
ロンツェはフィックスを守るように立ちはだかった二人の騎士を見ながら嬉しそうに呟いた。
「へッ……探す手間が省けたぜ」
探していた獲物の登場にロンツェはほくそ笑む。
ラグナは倒れていたフィックスに手を貸し立ち上がらせた。
「大丈夫ですか……?」
「は、はい……でも……どうしてここに……」
「『ラクロアの月』がここに隠れてるっていう確証を得て、それで来たんですが……すみません、俺達が消えたばかりに酷い目に遭わせてしまって……」
「い、いえ……そんな……私の方こそ……貴方たちを騙そうと……」
「謝らないでください。事情は全部知ってるので。今回の件はフィックスさんたちのせいじゃないですよ」
「そうそう。悪いのは全部ゴルテュス子爵とジョセフ支部長、それにアイツらだよ」
ブレイディアが顎をやると、その方向にいたロンツェは鼻を鳴らした。
「まさかてめえらからここに来てくれるとはな。寝込みを襲う作戦が失敗した場合はここへおびき寄せることになってたんで助かるぜ。しかしやりあう前に一つ聞いていいか? なんでダリウスで襲われた時に『黒い月光』を使わなかったんだ? 使えば町から強引に脱出することも出来たろ。だがラグナ・グランウッド、てめえは使わなかった。こっちはそういう可能性も視野に入れて町の外に大量の兵器やら魔獣を用意させてたってのによ」
「……町中で使えば町に被害が出る。だから使わなかっただけだ」
「へえ……町を気遣ったってことか? それはそれはお優しいことで」
ラグナの嘘を本気に受け取ったらしいロンツェはその心遣いを小馬鹿にする。そのやりとりを聞いていたブレイディアはこれ幸いとそれを利用することにした。
「でももう気遣う必要は無さそうだね。ここならラグナ君の『黒い月光』が思う存分振るえそうだし。ここはボロいし作りかけみたいだから『黒い月光』を使えば確実に崩落するだろうけど、フィックスさんだけなら崩落から守ることは簡単だしね。さあ、どうする? 大人しく投降するか、それとも伝説の力でひき肉になるか。好きな方を選ばせてあげるよ」
「ククク……残念ながらどっちも選ばねえよ。なぜなら『黒い月光』はここじゃ使えねえからな」
「……どういう意味……?」
「客席をよく見てみな」
ロンツェやベティに注意しつつ客席を二人は注視した。すると客席に百体の石像が置かれていることに気が付く。
「……なにあれ……石像……?」
「ただの石像じゃねえぜ。ブラッドレディス、てめえなら見覚えあるんじゃねえの?」
「見覚え……? ……ッ!」
数十秒ほど石像の顔を凝視した後、急にブレイディアの表情がこわばる。
「……ブレイディアさん? あの石像がどうかしたんですか?」
「……ラグナ君、傭兵たちがアイツらにやられたってことは聞いたけど、私はやられたっていう言葉を殺されたってことだと思ってた。でも、どうも違うみたい」
「え、それってどういうことですか……?」
「……あの石像の顔に見覚えがあるんだ。選別された傭兵の顔写真を一応確認してたから気づけたよ」
「選別された傭兵って……それじゃまさか……」
ラグナの言葉に対して解答を用意したのはロンツェ。
「大正解だ。あの石像は傭兵どものナレの果てさ」
石像の正体に気づいたラグナの顔はブレイディア同様こわばり、それを見たロンツェ嘲りながら言う。
「言っとくがまだ生きてるぜ。俺の『月光術』で石化させただけだからな。さあどうする? これでも『黒い月光』を使うのか? それともあの人数全員を崩落から守れるのかい? いや、流石に無理だよなぁ。てことは見殺しにするか? いやぁ、出来ねえか。金で雇っただけの関係とはいえ一応味方だしなぁ。なあ、お優しくて清廉潔白な騎士さんよぉ」
ラグナを挑発するように言うロンツェの言葉を遮るようにブレイディアが横から口を挟む。
「……大丈夫だよ。仮に『黒い月光』が使えなくとも普通の『月光』は使えるんだから。落ち着いてね、ラグナ君」
「……はい」
ブレイディアに諭されたラグナは心の中で独り言ちる。
(……そうだ。もともとまだ『黒い月光』が使える状態じゃないんだ。ハッタリが効かなくなったっていうだけのこと。最初からこの状態で戦うつもりだったんだから混乱する必要は無い)
心の整理を終えたラグナは再び銀の光を纏いロンツェに向かって剣を突きつける。
「ここにいる敵はもうお前たちだけだ。仮に『黒い月光』が使えなくとも関係ない」
「その通りだよ。石像からここまでそこそこ距離的に離れてるし、石像やフィックスさんを人質に取る暇なんて与えないからね。勝ち誇ってるけど条件はほとんど対等って言っても過言じゃないから」
だがブレイディアの言葉に対して客席の方から声が響く。
「それはどうですかねぇ、副団長殿」
いつの間にか入って来ていた侵入者は軍帽を被った騎士――ウェルを伴い声のハッキリ届く位置までやってくると、不敵に笑いながらかけていた丸メガネを指で上に持ち上げかけなおす。ブレイディアはその様子を忌々し気に見ながら突如現れた坊主頭のその人物の名を呼ぶ。
「……ジョセフ支部長」
「どうも。しかしいるのは我々だけではないのですよ」
ジョセフの言葉に合わせるように入口から大量の『ラクロアの月』の構成員と騎士たちが現れた。しかも見覚えのある小さな子供二人を引きつれて。ラグナはその光景を目の当たりにし、悲鳴のような声でその子供らの名を呼ぶ。
「テトア君、ミリィちゃんッ……!?」
縛り上げられ連行されてきたテトアとミリィを見てラグナの血の気が引く。
二人の騎士は絶体絶命の状況に歯噛みした。