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57話 兄妹

ミリィに手を引かれた二人は廃墟の奥に連れていかれるも状況がわからず、ラグナは己の手を引く幼女に向かって困惑気味に話しかける。


「み、ミリィちゃん……! 俺達をどこへ連れて行こうとしてるの……? それにさっき言ってた傭兵のおじちゃんたちみたいにやられちゃうっていったい……」


「後でお話しするからついてきて! 今は早くここを離れないと!」


 取り付く島もないミリィに対して再び困惑したラグナは横で同じように手を引かれているブレイディアに対して話しかける。


「……ブレイディアさん……どうしましょうか……」


「私より一回りくらい年下の幼女にまたちっちゃいって言われたまたちっちゃいって言われたまたちっちゃいって――」


 横でぼそぼそと呪詛を垂れ流す女騎士の言葉を聞き顔を引きつらせた少年はこの場で一番頼りになる最年長者を正気に戻すため握られていない方の手で肩を掴みもう一度小声で話しかける。


「……あの、ブレイディアさん?」


「へ、あ、な、なにラグナ君」


「いや、このままついて行ってしまって大丈夫なのかなって思って……」


「あ、ああそうだね……とりあえずついて行ってみよう。ミリィちゃんの言ってたことも気になるし、なによりテトア君が今から行く場所にいるかもしれないしね。連れ戻すのなら二人一緒の方がいいよ」


「確かに……二人一緒の方がフィックスさんも安心できるかもしれませんね。わかりました」


 納得するとミリィに手を引かれた二人は廃墟の奥のさらに奥へと進んでいく。やがて手を引いていた幼女が立ち止まった場所は小さな部屋だった。見たところ行き止まりであり次に進む道も見当たらない。ここへ連れて来た意図がわからなかったラグナは優しく問いかける。


「……ミリィちゃん……? 行き止まりみたいだけど……」


「こっち!」


 二人から手を離したミリィは部屋の奥に置かれていた一メートルほどの大きさの箱を横にどかす。滑車がついていたその木の箱をどけると、そこには箱より少し小さい穴が開いていた。


「ここを通っていくの。お兄ちゃんはおっきいから通るのちょっとだけ難しいと思うけど我慢してね。それじゃあ私の後について来て。まずはちっちゃい子から」


「だからちっちゃくないよ!? いい? 私はこの中でも最年長のおねえさ――」


「シー! 騒いじゃだめ! 私のお気に入りの玩具貸してあげるから静かにしてて!」


 リュックから取り出した小さなウサギのストラップをブレイディアに手渡した後、ミリィは最年長のお姉さんの頭を撫でた。


「こわいかもしれないけど頑張って静かにしててね」


 ミリィはそう言うと穴の中に潜り込む。残されたのはウサギのストラップを虚ろな目で見つめる最年長者とそれをなんとも言えない表情で見つめる少年のみ。


「…………」


「えっと……あの……ミリィちゃんにはブレイディアさんが俺より年上ってことを後でちゃんと説明しておきますから……今だけはどうか……」


「……うん……大丈夫……お気に入りの玩具貸してもらったからね……ブレイディア大人しくついてく……」


 少し涙目になりながらも大人しく穴に潜り込もうとするその背中は哀愁ただよっていたが、少年はそれについては何も言わず無言で後に続いた。


 

 入る際に箱を元の位置に戻した後、しばらく狭いダクトのような穴を進んでいると出口らしき光を見つける。ようやく腰を上げられると思い前を行く二人に続いてラグナは穴を抜けた。そして腰を上げて目撃した光景に驚きの声をあげる。


「……ここは……いったい……」


 四方を建物で囲まれ隠すように区切られた小さな区画に、これまた小さな四角い建物が立てられていたのだ。ミリィはその建物の中に躊躇なく入ると、二人もそれに続く。灯りの付けられた建物の内部は外観通り小さく一番遠くの壁まで十メートル無いほどであったが、ソファーやベッド、冷蔵庫など生活に必要そうなものはフィックスの家と同じようにそろっていた。


「変わった場所に建っていることを除けば結構しっかりとした家ですねブレイディアさん」


「うん。でも家出した子供の秘密基地にしてはちょっと出来過ぎてる気がするけど……」


「そう言われると、確かに。灯りが点くってことはここにも発電機があるってことでしょうし……どこかから拾ってきたんでしょうか。ここら辺の廃墟群一帯は廃棄物が大量にあるみたいですから。もしかしたら使えるものがあったのかも」


「可能性はあるね。っていうかそもそもこの廃墟群ってなんなんだろう……フィックスさんは町の名残って言ってたけど……」


 ブレイディアが首をかしげていると四角い部屋の隅にいつのまにか移動していたミリィが声をあげる。


「……この近辺に大きな町が出来る予定になってたんだって。それで本当はみんなダリウスからその新しい町に移り住むことになってたんだけど……でも出来る前にその計画が中止になったってテトアお兄ちゃんから聞いたよ」


 その返答を聞いたラグナはすぐさまミリィに問いかける。


「どうして中止になっちゃったのかな?」


「……五年前から町を作るための資金源だったラフェール鉱山で採れる『月光石』が徐々に採れなくなっていったからだって」


 ミリィの話を聞いた二人は顔を見合わせる。


「……ラフェール鉱山が廃坑寸前ってことは聞いてましたけど……まさかそれが原因で町を作る計画が頓挫してたなんて……でも、どうして新しい町を作ろうとしたんでしょうか」


「……ダリウスは国境に近いからね。軍事基地が国境にあるとはいえそれが破られた時に備えて第二の防波堤を作ろうとしたのかも」


「そうか、そのために町を大きくして軍備を拡張しようとしたってことですね」


「たぶんね」


「たぶん……? 軍備拡張についてだったらブレイディアさんも何か知ってるんじゃ……」


「ううん。残念ながら知らないんだ。私はまだその頃ちゃんとした騎士じゃなかったから……」


「……あ、そうか。すみません。五年前だとまだブレイディアさんは16歳ですもんね。騎士になれるのは十七歳からですし」


「いや、そういうのとはちょっと違うんだけど……アハハ、まあ気にしないで」


 笑って誤魔化そうとするブレイディアに対してラグナは疑問符を脳内に浮かべたが、二人の会話を遮るようにミリィが声をあげる。


「お兄ちゃんたち、早くこっちに来て! 行くよ!」


 その言葉を聞き二人はポカンとした顔になる。ラグナはミリィの言わんとしていることを理解できず首を傾げた。


「行くって、どこへ行くの?」


「この下だよ。見てて」


 ミリィが床板を外すと、そこには地下へ続く梯子があった。


「ここを下りてくの。灯りは消しちゃうから急いでついて来て」


 握っていたリモコンを操作し電気を消したミリィは手慣れた様子で梯子を下り始め、その様子を見た二人は唖然とする。


「……ブレイディアさんの言う通り本当にこの廃墟群は軍備拡張の名残があるみたいですね」


「ホントにね。隠し部屋とは恐れ入ったよまったく……」


「ですね。じゃあさっきと同じようにブレイディアさんからどうぞ」


「ん、りょーかい」


 ブレイディアが梯子を途中まで下りたことを確認したラグナは床板を戻した後、梯子を下りていった。そしてそこかしこにロウソクが置かれた薄暗い地下通路に出る。二人が下りたことを確認したミリィを先頭にして一本道を進んでいるとやがて扉が見えてきた。


「……なんだか懐かしいですね。ブレイディアさんに初めて王都の地下へ案内された時のことを思い出します」


「そうだね。確かに場所的にちょっと似てるかも。……あの時よりも最悪な状況で無い事を祈りたいね」


「え……?」


「ごめん。ただの独り言だよ」


 ボソリとつぶやかれた言葉にギョッとしたラグナだったが、ブレイディアの笑顔を見て毒気を抜かれる。そうこうしているうちに扉の前にたどり着いてしまう。扉から漏れている光から察するに、どうやら部屋には灯りがついているようだ。ミリィは遠慮がちに扉に手をかけ、おずおずと開けると――部屋の全貌が明らかとなる。どうやら地上の部屋と同じように生活に必要な設備や家具などはそろっているようだった。しかも地上の部屋よりも広く壁から壁まで三十メートルくらいのスペースはあり、生活する広さとしても申し分ない。そしてそんな部屋の中、扉に近いソファーに座っていたテトアに出迎えられる。


「ミリィ! 遅かったじゃないか! 心配し――ッ!?」


 そして少し遅れてラグナ達に気づくと驚き叫ぶ。


「な――ど、どうしてそいつらがいるんだよ!? どういうつもりだミリィ! 誰もここに連れてきちゃ駄目だっていつも言ってただろ! それなのにどうして!」


「ご、ごめんなさい……で、でも……もう嫌だったの……お兄ちゃんたちまで傭兵のおじちゃんたちみたいになるの……嫌だったんだもん……うう……」


 ミリィはシクシクと静かに泣き始め、それを見たテトアはバツの悪そうな顔をすると開けていた口を閉じた。ラグナはポケットからハンカチを取り出すとミリィの涙をぬぐいながら小さな少年の方を向く。


「テトア君、ミリィちゃんを責めないでほしい。俺達もちょっと事情がよく飲み込めてないんだけど、どうも俺達の為にここまで連れて来てくれたみたいなんだ」


「…………」


 ラグナの懇願を受けたテトアはため息をつき、無言でミリィまで近づくとその頭を優しく撫でた。


「……ごめん。ちょっと言いすぎた」


「ううん……私の方こそ……ごめんなさい……」


 兄妹の仲直りを微笑ましく見守っていた二人の騎士の耳に突然奇妙な音が聞こえてくる。それはちょうどテトアとミリィの腹から聞こえてきた。その音を聞いたラグナは思わず目を丸くする。


「もしかして二人ともお腹が空いてるの?」


「…………」


「…………」


 二人とも無言であったが反応はそれぞれ違っていた。兄は顔を赤らめそっぽを向いたのに対して、妹の方はコクコクと何度も訴えるように頷いているのだ。両者の反応を見たラグナは苦笑するとテトアに話しかける。


「ここってキッチンとかってあるのかな?」


「え、あるけど……」


「じゃあちょっとだけ貸してもらえないかな?」


 ラグナの提案に対して今度はテトアの方が目を丸くしたのだった。



 それから十数分後――四角いテーブルの上には料理の置かれた皿がいくつか並べられ、二人の子供たちは一心不乱に皿の料理を頬張っていた。その様子を見たブレイディアは思わず声をあげる。


「……す……すごい食欲だね。夕飯とか食べなかったの?」


 ブレイディアの質問に対して口に運ぶフォークをいっさい止めずにテトアが答える。


「食べたさ。でも食う量を減らしてたんだよ。普通に食ってたら食料なんてすぐに無くなるだろ。でも食料探すために下手に外出して他の大人に見つかるのはごめんだ。だから我慢してたんだよ。……でも、食料も底をつきかけてたから仕方なくさっきミリィと手分けして何か食べられそうなものを探しに出かけたんだ」


「……なるほど、それで私たちと出会ったわけか。にしてもずいぶん気合の入った家出だね」


 それからはひたすらに二人の食事の音だけが場に響き、対面に座っていた二人の騎士は子供たちが食べ終わるまで暖かい目でその光景を見守っていた。やがて全ての料理を平らげたテトアとミリィは満足げな表情になる。


「美味しかったねテトアお兄ちゃん!」


「ああ! あんなに美味い料理食ったのは久しぶり――」


 言いかけてラグナの優し気な視線に気づいたテトアは頬を赤らめそっぽを向く。


「――ま、まあまあだな。まあまあ美味かったよ」


 その様子にブレイディアは噴き出す。


「ぷくく。まったく素直じゃないねぇ。あんなに美味しそうに食べてたくせにぃ。ミリィちゃんみたいにもっと子供らしい反応をしなさいな」


「う、うるさいな! そっちだって子供のくせに!」


「私は子供じゃないから二十一歳の色気溢れるお姉さんだぞいィィィッ!!!!!」


「ぞいって……ブレイディアさん落ち着いてください……」


 ブレイディアをなだめたラグナはテトアと向き直る。


「持ってきた缶詰とここにあった野菜を少しもらって適当に組み合わせて作ってみたけど、口に合ってよかったよ。美味しそうに食べてくれてありがとね」


「……ふん」


 恥ずかしそうに再び視線を逸らしたテトアだったが、その後小さくつぶやく。


「……作ってくれてありがと」


 小さい声だったがラグナにはテトアの感謝の気持ちが十分すぎるほど伝わっていたため微笑む。その後、食器を片付け再びテーブルを囲むと再び兄妹の対面に座る。


「そういえばちゃんとした自己紹介がまだだったよね。俺はラグナ・グランウッド。それで隣の人が――」


「ブレイディア・ブラッドレディスだよ。ちなみに二十一歳だからね?」


 その自己紹介を聞いた兄妹は騎士たちと同じように自己紹介を始めた。


「……俺はテトア・ロレル。妹はミリィ・ロレル」


「ミリィだよ。よろしくね」


 それに対して二人は笑顔で頷くと、ラグナがいよいよ切り出す。


「それで……どうしてミリィちゃんは俺達をここに連れてきてくれたのかな? それに傭兵の人たちについても何か知ってるみたいだけど……」


 ラグナの問いかけに対してテトアはため息をつく。


「……俺が説明するよ。本当は騎士なんかと関わりたくないけど……もうここまで来ちゃった以上追い返すことなんて出来ないしね。……兄ちゃんたちフィックスおじさんにはもう会ったんだよね?」


「うん。町で襲われてた俺達のことをここまで逃がしてくれて、それで色々と教えてくれたんだ。この町の状況とかをね」


「……そう。じゃあいったんそれ全部忘れて。聞いた話のほとんどは嘘だと思うから」


「うん、わかっ――え……!? ……う、嘘って……どういうことなの……?」


「今から話すよ。この町で起きたことの全てをさ」


 テトアは静かに語り始めた。

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