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52話 予期せぬ展開

 しばらく歩いた後ラグナとブレイディアは騎士団支部に到着する。騎士団本部を縮小したような形の白亜の建造物を難しい顔で見上げた二人は視線を入口に戻すと中に入る。受付にいた騎士に自己紹介すると、その騎士は身分証を見た後どこかに電話をかけた。聞こえて来た電話の内容からしておそらく支部長室にかけたのであろうことを推測していると、その後すぐに支部長室まで案内された。入室すると椅子に座った痩せ型の四十代ほどの男性に出迎えられる。丸メガネをかけ茶色い髪を丸刈りにしたその男性は椅子から立ち上がると人の良さそうな笑顔で二人のもとまで歩み寄ってきた。


「ようこそおいでくださいました。私がこの町の騎士団支部を統括している支部長のジョセフ・カートリーです」


「騎士団本部所属副団長のブレイディア・ブラッドレディスです」


「騎士団本部所属のラグナ・グランウッドです。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。いや~、あの噂に名高い副団長殿と『英雄騎士』の称号を持つ救国の英雄にお会いできるなど光栄の極みですよ。どうぞ、そちらのソファーに腰掛けてください」


 手を向けられた場所にはテーブルを挟むように高級感溢れる大き目のソファーが二つ置かれていた。二人が並んで座ると対面にジョセフが座り話し合いが始まる。まず口を開いたのはブレイディア。


「単刀直入にお聞きします。傭兵による情報収集が失敗した今、次にどうすべきと支部長はお考えでしょうか?」


「そのことなのですが……実は次の作戦自体はすでに考えてあるのです。この騎士団支部の騎士を用いてラフェール鉱山に奇襲を仕掛ける作戦をね。本当ならばお二方にはすぐにでもその作戦の概要を聞き実行部隊としてラフェール鉱山に騎士たちと向かっていただきたいのですが……あいにく時期が悪いと言いますか……」


「……祭のせいですね」


「ええ。大多数の騎士たちを警備にまわしてしまってるため作戦を担う騎士たちも町に出払ってしまっているのですよ」


「……この祭りは『ラクロアの月』をおびき寄せるためのものでもあるとゴルテュス子爵様からお聞きしたのですが、ちなみに成果のほどは……」


「アハハ……残念ながら一匹も網にはかかりませんでしたね。……まあここだけの話、この作戦自体受け身の要素が強いうえ、敵が現れるかは運次第ときている。ハッキリ言って成功する可能性は低いでしょう。しかしゴルテュス子爵様の立てた作戦を蔑ろにするわけにもいかないのです。騎士にとって貴族は絶対。ゆえに我々は従うしかない。いや~、宮仕えの辛いところですなぁ」


「……祭が終わるまで動けないということはわかりました。ではこの祭りはいつまで続くのでしょうか?」


「明日の昼で終わることになっています。ですのでそれ以降ということになってしまうのですが、よろしいでしょうか?」


「……わかりました。ですが祭が終わり次第作戦を行えるよう調整をお願いします。それと……実は先ほど入手した情報なのですが……敵はなんらかの兵器を用いてラフェール鉱山から王都を攻撃しようとしているようなのです」


「ほお……王都をですか。……それは一大事だ。祭が終わり次第早急に動けるよう準備しておきましょう。王都が攻撃される前にね。それではお二方には明日の午後一時に騎士団支部にお越しくださいますようお願い致します」


「……了解しました。……それとお願いがあるのですが、王都の危機という事はゴルテュス子爵様には伏せておいてはもらえないでしょうか?」


「作戦に余計な口を挟まれないように、ですね。心得ておりますよ」


「ありがとうございます。こちらは王命を受けているので、もしこのことが子爵に露見したとしても支部長にはご迷惑をおかけしないとお約束致します」


「それは心強いですな。それと明日決行になる以上作戦の内容は事前に知っていた方がよいでしょう。データでお二方にお渡ししますので受付の者に言って受け取ってください。それと今夜お二方が泊まる宿ですが、騎士団お抱えの良い宿がありましてそちらを手配させていただきますね」


「いえ、知り合いが宿を取っていると思うので私たちはそこに泊まろうかと」


「……そうですか。しかし今は祭の最中、繁盛期ですのでお知り合いの方が宿を取れていない可能性もあります。その時はぜひご一報ください。宿の部屋は空けさせておくので」


「お気遣い心より感謝いたします。……ところでジョイという赤い鳥がここを訪れませんでしたか? 騎士団本部から情報収集のため派遣された人の言葉を喋る鳥なのですが……」


「いいえ。見ていませんが」


 首をかしげるジョセフをじっと見たブレイディアだったが、すぐに視線を外す。そしてポシェットからメモとペンを取り出すと携帯の番号を書き差し出した。


「……そうですか。見かけたら連絡していただけると助かるのですが、お願いしてもよろしいでしょうか?」


「わかりました。その時は必ず」


「重ねてお礼申し上げます。では私たちはこれで失礼します」


「ええ。王都からここまでですと相当遠い。長旅でさぞお疲れでしょう。もし時間がおありになるのでしたら祭などをごゆるりとお楽しみくださいませ」


 ジョセフの笑顔に見送られ退室した二人は受付で作戦のデータを専用のデバイスに移してもらうと騎士団支部を後にした。そのまま少し歩いていると不意にラグナが口を開く。


「……あの……本当に祭が終わるまで待っていて大丈夫なんでしょうか? ラフェール鉱山から王都を狙えるっていう兵器がすでに完成しているかもしれませんし……王都の危機ですからここはレイナード様に連絡して無理やりにでも祭を中止させた方がいいんじゃ……」


「レイナードに連絡って……ラグナ君、レイナードの連絡先知ってるの?」


「え、あ、いや……えーと……そ、そうではなくて……その……アルフレッド様を通してレイナード様を含むキングフロー伯爵家やベルディアス伯爵家に祭の中止を要請した方がいいんじゃないかな、っていう意味です……」


「あーなるほど。そういう意味ね。……でもやめておこう」


「どうしてですか……?」


「ラグナ君の言ってることは至極真っ当で正しいとは思うんだけど、ハッキリ言って今の私たちは万全の状態じゃない。昨日の夜からずっと休まず動きっぱなしだし、『月光』を使って体力も相当消耗してる。ラグナ君の傷も治りかけてはいるけどまだ完治したわけじゃない。正直支部長からすぐに動くって言われなくてホッとしてるんだよね私。しかも祭のおかげで明日の昼までは休めるわけだし。体調を戻せる絶好のチャンスだよ。……それに今仮に祭りを中止して騎士たちとラフェール鉱山に向かったとしても、フェイクに遭遇すれば前回の二の舞になる確率が高い」


「……俺が今『黒い月光』を使えないからですね。……で、でもたとえ『黒い月光』がなくともこの町の駐屯騎士の皆さんやブレイディアさんがいるわけですし、勝てない戦いじゃないと思います! 俺も『銀月の月光』は使えますし、みんなでかかればきっと……!」


「……ラグナ君、フェイクに会ったんだよね。アイツに直に会ってみて本当にそう思った? 『黒い月光』無しでも勝てるって」


「…………」


 初めてフェイクに遭遇した時のことを思い出し思わず顔がこわばる。その殺気を受けた時に感じた恐怖を体は覚えているのか突然全身が震えはじめた。しかしブレイディアがこちらをじっと見つめていることに気づき、強引に震えを止めてため息をつく。強がりを見透かされているような気がしてバツが悪かったが、ここでようやく本音を口にする。


「……すみません。俺がワディに乗せられて『黒い月光』を使ってしまったせいだって思ったら焦ってしまって……俺のミスのせいで手遅れになったらって考えたら……怖くなって……」


「そうだったんだ。でも君は本当によくやってくれたよ。ラグナ君が『黒い月光』を使ったのだってミスなんかじゃない。あの時はあれが最善の選択だったって私は考えてる。だって結果的に君の切り札の使用が敵の能力の一部を解き明かして私達を勝利へ導いてくれたんだからさ。だからそんなネガティブに考えないで。私たちは敵の部隊長の一人をすでに仕留めたんだよ。焦らないで一つずつやっていこう。きっとうまくいく。でも今は休息が必要。最低でも君が『黒い月光』を使えるようになるまでは休むよ。いいね?」


「……はい、本当にご迷惑おかけします」


「もう~、だから迷惑なんかじゃないってば~。このこの~!」


 軽くわき腹を小突いてくるブレイディアの気遣いに苦笑しながらも歩いていると、今度は横を歩く女騎士の方が手を口に当ててうなりながら悩み始める。


「……うーーん……にしてもあの騎士団支部……なんだか雰囲気悪くなかった?」


「……そうですね。なんというか空気が重いというか暗いというか……妙な感じはしましたね」


 特に異常こそ無かったものの、騎士団支部の空気が張りつめていたため居心地の悪さをラグナは内心感じていたがどうやらブレイディアも同じだったらしい。


「……でも状況が状況ですし、ピリピリするのも仕方ないと思います」


「まあねー。でもおかしな点はもう一つあったんだよね」


「おかしな点ですか?」


「うん。あの支部長のジョセフさん。王都の危機って話しても顔色一つ変えないんだもん。普通そんなこと聞いたら血相変えてさっきラグナ君が言ったみたいに強引に祭を取りやめるようゴルテュス子爵に嘆願することを私たちに提案すると思うけどな。だってもしそれを見過ごして王都に何かあったら絶対責任取らされるでしょ。なのにまったく動じてなかった。……私としては祭の件がなくても王都の危機のことを話した後、すぐに動きたいのは山々だけど私たちの体調が万全でないことを理由に待ってもらうよう上手い言い訳を考えてたのに。正直拍子抜けしちゃったよ」


「……確かに……思い返してみるとジョセフさんはすごく冷静でしたね。どうしてでしょう……焦ってもしょうがいないと思って冷静に受け止めてくれたんでしょうか?」


「そういう優秀な指揮官だっていうならこっちも安心なんだけどね……」


「なんだか納得してないみたいですね……もしかしてさっき言ってた嫌な予感っていうやつと関係してるんですか……?」


「……まだわからない。でもそんな気もするって感じかなー。とにかく情報が少ないからね、結論を出すに出せないよ」


「情報……そういえば情報収集に来たジョイと全然会えませんね。騎士団支部にも寄ってないみたいだし、どこに行ってしまったんでしょうか……」


「ホントにね。まったく……どこほっつき歩いてるんだろあの鳥は」


 二人でジョイを心配しながら歩いていたが、やがてにぎわっていた露店が並ぶ場所まで戻ってくる。


「それじゃあ私たちも情報収集しようか。今のところ町に異常は無さそうだから別れて『ラクロアの月』に関する情報を探ってみよう。町の人なら何か知ってるかもしれないしね」


「わかりました。集合時間と場所はどうしますか?」


「夜の八時に宿屋『猫のヒゲ』の前に集合しよう。場所はわかるよね?」


「はい、さっき騎士団支部に行く途中で見かけたので大丈夫です」


「問題なさそうだね。じゃあ解散。……ラグナ君、一応気を抜かずにね」


「……了解です」


 ラグナとブレイディアは別れそのまま情報収集に当たる。その後時間は過ぎすっかり空は暗くなるも、露店や外灯の灯りによって町が闇に閉ざされることはなかった。夜の八時になったことで宿屋の前にやって来た二人は互いの無事を喜びつつ情報交換を行うも――。


「――そっかー。目ぼしい情報は無しか」


「はい、ブレイディアさんの方はどうでしたか?」


「私もおんなじかな。大したことは聞けなかったよ。こうなるともう頼みの綱はレスヴァルさんだけかなー。前に来たことあるみたいなこと言ってたし、馴染の情報屋でもいるといいんだけど……」


「そうですね。とにかく宿屋に入って話を聞いてみましょうか」


「うん。とりあえず合流しようか」


 二人は三階建ての古びた木造の宿屋『猫のヒゲ』に入ると、受付にいた黒スーツ姿で黒髪を七三わけにしていた男性に話しかける。


「ねえ、ちょっと聞きたいんだけどレスヴァルっていう人が泊まってる部屋の番号を教えてくれないかな? 私達友達なんだ」


「レスヴァル? ……ああ、あの姉ちゃんか。そういえば連れが来るとかどうこう言ってたな。アンタらがそうなのかい?」


「……一応ね」


「……そうか。なら話しとかねえとな。実はよ……ついさっきあの姉ちゃん帰ってきたんだが、どうも何かで脇腹を負傷してたみてえでな、俺に薬はねえかと聞いてきたんでいくつかくれてやったんだ。すげえ出血でよ……病院に行った方がいいって言ったんだが、連れが来るまでは動けねえの一点張りよ。何があったのかもしゃべりやしねえんだ。……昼頃にルームサービスを使った時はすげえ元気だったのによ。もしかしたら誰かに襲われたのかもな」


「ほ、本当ですかッ……!?」


「ああ。だからアンタらからも病院に行くよう言ってやってくれないか」


 ラグナは驚き顔を歪めたが、対してブレイディアの態度は冷静そのものだった。


「……そっか。わかった。言っておくよ。……ところで掃除用具入れってその奥にある奴だけ? それとも他にあるの?」


 ブレイディアが指差した場所には掃除用具が詰まった開きっぱなしの掃除用具入れが置いてあった。だが女騎士の質問の意図がわからないのか受付の男は眉をひそめ問い返す。


「は? 掃除用具入れの場所?」


「そう。教えてくれる?」


「……ここだけだ。ってかそれが今なんか関係あるのかよ。仲間なら早く行ってやれよ」


「そうですよブレイディアさん! 早く行きましょう!」


「そうだね。……それで部屋番号は?」


「305号室だ。急いで行ってやってくれ」


「わ、わかりました! 急ぎましょうブレイディアさん!」


 ラグナが走り出すと、遅れてブレイディアもついて来る。だがどういうわけかしきりに床や壁などの周囲を見回しながら走っておりいつもよりもかなり遅い速度のように思えた。そうこうしているうちに三階まで駆け上がると305号室の前までやってくる。少年が扉をノックしようとしたが、それを手で制した女騎士が前に出た。


「……私がやるよ。ラグナ君はちょっと下がってて」


「え、あ、はい……」


 驚きながらも扉の前を譲ると、ブレイディアは軽く扉を二回ノックした。すると、数秒後コートまで滲みるほど血まみれのわき腹を手で押さえながら青い顔をしたレスヴァルが出て来た。ラグナは滴り落ちる血を見て青ざめる。


「れ、レスヴァルさんッ……!? そ、その怪我……もしかして敵に襲われたんですかッ……!?」


「あ、ああ。だがなんとか逃げ切った……よ……問題ないさ……」


「問題なさそうには見えないですよッ……!? 急いで病院に行きましょう!」


「いや……その前に伝えたいことがある……『ラクロアの月』に関する重要情報だ……とにかく中に入ってくれ……応急処置もしたいしね……」


「わ、わかりました! 今すぐ――」


「待ってラグナ君」


 部屋に入ろうと一歩踏み出したラグナを手で止めたブレイディアは次の瞬間驚きの行動に出る。突然『月光』を身に纏い、『月錬機』を剣にすると即座に鞭へ変形させ扉から半分出ていたレスヴァルの首に巻き付け締め上げ始めたのだ。


「ぐ、がぁはぁッ……!?」


「ぶ、ブレイディアさんッ……!? な、何して……」


「…………」


 ラグナの驚きの声を黙殺したブレイディアは無言で味方であるはずのレスヴァルを締め上げ続けた。


 少年は女騎士の不可解な行動に対して混乱する事しか出来なかった。 

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