51話 奇妙な予感
陽が完全に昇った早朝――ラグナとブレイディアは門番と思われる騎士に身分証を見せ門をくぐり辺りを見回した。町中に音楽が流れ町民たちが楽しそうに踊ったり、酒を飲んだり、露店の食事に舌鼓を打っている様子が二人の目に入ってくる。どうやら現在町は祭の最中らしくそこかしこから歓声が聞こえて来た。
「……町が心配だから休憩所も素通りして徹夜で歩いてここまで来たっていうのに……なにこれ……なんでこんな朝っぱらから祭なんかしてんの……」
「アハハ……ちょっと聞いてみますね」
近くにいた人に聞いてみると、祭りは五日前から行われているらしい。町中を歩いてみたがこれといった異常は見当たらない。しかも駐屯騎士と思われる者たちも町の入口近くで待機しており町に入る者の身分証を確かめているうえ、別の騎士たちもせわしなく巡回しているため町の警備は万全と思われた。
「……町の人たちすごく楽しそうですね。特に異常もなさそうですし。……もしかして俺達が警戒しすぎていただけなんでしょうか。五日前から町はお祭りの最中みたいですし……『ラクロアの月』も実は町中じゃなくてもっと別の場所に潜んでいるのかもしれませんね」
「待ってラグナ君。結論を出すのはちょっと早いよ。むしろこういう騒がしいイベントこそ怪しい連中が紛れ込む絶好のチャンスなんだから。祭なら外部から人が来ても怪しまれないしね」
「確かに……そうかもしれませんね」
「うん。気を抜かずに進もう。ところでラグナ君、怪我が完全に治ってないうえに寝てないけどまだ動ける?」
「大丈夫です。ブレイディアさんは?」
「私もまだ平気。じゃあとりあえず情報収集の前にゴルテュス子爵の屋敷と騎士団支部に向かおうか。でも、もしちょっとでもキツくなったら遠慮なく言うんだよ? その時はどこかで休めるようにするからさ」
「わかりました。その時はお願いします」
「それからゴルテュス子爵と騎士団支部にこれから行くけど、そこでも油断しないでね」
「……はい」
ラグナ達は喧騒から離れゴルテュス子爵が住むという屋敷に向かった。
小さな家が立ち並ぶ中で一際大きい屋敷を見つけたラグナ達は門の前まで来るとインターホンを鳴らす。するとすぐに使用人と思われる女性の声が響き事情を説明した。その後屋敷の中に迎えられると応接間に通されるも、数分と経たずに目的の人物が従者を引きつれ現れる。金髪のくすんだショートヘアに口髭を生やしたその中年の男は、赤い豪華な礼服に包まれた大きな腹を揺らしながらこちらにやって来た。と同時に髭を弄りながら話し始める。
「ごきげんよう。君たちの話は聞いているよ。ようこそダリウスへ。私がピグフット・フォン・ゴルテュスだ」
椅子から立ち上がり跪いた二人は肥満体系の男――ゴルテュスに自己紹介するため口を開く。
「――お初にお目にかかりますゴルテュス子爵様。ブレイディア・ブラッドレディスと申します」
「ラグナ・グランウッドと申します」
「ああ。二人ともよろしく。それではさっそく『ラクロアの月』について話そうか。そこの椅子に腰かけてくれたまえ」
ゴルテュスが椅子に腰掛けたのを見た二人は立ち上がると再び椅子に腰かけた。
「――ではまず何から話そうか。……そうだな、騎士団支部に行けば聞ける話だがとりあえずラフェール鉱山の現状について先に話しておこうか。王都からラフェール鉱山に『ラクロアの月』が潜伏しているという話を聞いた後、偵察のため騎士を何人か鉱山に送ったのだが全員消息を絶っている。そのため鉱山で何が行われているかはまったくわからない。追加の騎士を送ろうかとも思ったのだが、最初の騎士の二の舞になると思い送るのを取りやめた。その後王都で選別された傭兵がこちらに派遣されラフェール鉱山に向かったのだが……」
口を濁したゴルテュスに代わりブレイディアが口を開く。
「……いづれも消息を絶ったのですね。……一つお聞きしたいのですが傭兵たちはこの町を出てラフェール鉱山に向かった後、行方不明になったのですか?」
「そうだが……何か気になる点でも?」
「……これは推測なのですが、傭兵たちはラフェール鉱山に着く前に行方をくらましたのではないかと私たちは考えているのです」
「というと、具体的にはどこでかな?」
「――この町、ダリウスではないかと」
ブレイディアの話を聞いたゴルテュスは口元を緩めると――。
「――ブハハ! それはないよ副団長殿。国境に近いこの町は駐屯騎士の数が普通の町よりも遥かに多い。その騎士たちを総動員して町の警備を行っているんだ。町には『ラクロアの月』はおろか不審者さえ入り込めない。仮に入り込めても見つければそく捕らえられるだろう。君たちも町の入口から入ってきたのならわかると思うが?」
「……ええ。確かに町の警備は完璧でした。しかしどれほど完璧な警備でも絶対という事はあり得ません。それに王都で選別した傭兵たちはいづれも手練れ。警戒していたラフェール鉱山近くで何の痕跡も残さず消えるなどということは考えられません。そのうえ一人も逃げ帰って来ないというのも妙です。今回の作戦では偵察役や陽動役など傭兵たちに役割が与えられていました。当然鉱山に入らずに待機していた者もいたでしょう。にもかかわらず全滅、これはもう傭兵たちが作戦を無視して全員で突撃でもしたか……あるいは――」
「――ラフェール鉱山に向かう前、この町で油断しているうちに入り込んだ『ラクロアの月』にやられたか、かな?」
「……私はそう考えています」
「しかし仮にこの町で『ラクロアの月』によって傭兵たちがやられたとして、その後はどうする? 捕縛したか殺したかは定かでないが、その傭兵たちをこの町の人間に見つからずに隠すか連れ出すことなど出来ると思うかな?」
「…………」
「そう、不可能だ。通常なら誰もが寝静まった夜更けならば行えると思うが、今は祭の最中。町の中で夜通し騒いでいるこの状況では不可能だよ。おそらく君の立てた仮説は前者が正しいのさ。王都で選別されたと言っても所詮金目当ての傭兵だ。少しでも目立とうと功を焦ったのだろう」
「…………」
ゴルテュスの仮説に対して難しい顔で黙り込むブレイディアを心配そうな目で見ていたラグナだったが、自身も気になることがあったため口を開く。
「あの……どうしてこの状況でお祭りを開くことを許可されたんですか?」
「この祭りはダリウスの伝統行事でね。例年町の人々は祭を楽しみにしている。それが急遽中止になれば町の人々は中止の理由を知りたがるだろう。だが本当のことを言うわけにもいかない。近くの鉱山にテロリストが潜んでいるなどということを知れば町中パニックになることは必至。適当に中止の理由を作ることも出来たが、どうせならばこの祭りを利用しようと思ってね。ああいう連中はこういう騒ぎに紛れ込んで現れる。向こうもこちらの情報を知りたいだろうしね。それならば祭に紛れて現れた『ラクロアの月』の構成員を捕らえることで敵の情報を得ようと思ったわけだ。それが祭りを開いた理由だよ。もちろん町の人々に被害が出ないよう細心の注意を払っている。その証拠に現在制服騎士だけでなく私服の騎士も巡回しているんだ。ネズミ一匹見逃さないようにね」
「そうだったんですか。それと……失礼を承知でお聞きするのですが……ラフェール鉱山に『ラクロアの月』が入り込んだことに今までまったく気が付かなかったんですか?」
「ああ、気が付かなかったよ。だがそれには理由があるんだ。実はラフェール鉱山は数年前から鉱石などの資源が取れなくなり事実上廃坑になっていたんだよ。ゆえに人が立ち入ることがほとんどなかった。その結果、発見が遅れてしまったというわけさ」
「……廃坑……でもそれじゃあ鉱山で働いていたこの町の人たちは苦労されてるんじゃ……」
「それは問題ない。ラフェール鉱山ほどではないが、近くにいくつか小さな鉱山があるんだ。ラフェール鉱山で働いていた者たちは現在そこで働いている。職を失って路頭に迷うという心配は無いよ」
「そうですか。それならよかったです」
ラグナがホッとしているとゴルテュスは応接間に飾られた壁時計を見た。時計の針は現在九時をの方向に向いている。
「おっと、申し訳ないがこの後予定があるんだ。まだ鉱山について何か聞きたい場合は騎士団支部にいる支部長のジョセフ君に聞いてくれたまえ。今後の作戦も彼と協議して決めるといい。では失礼するよ」
立ち上がったゴルテュスに続き二人は席から立ち頭を下げる。そのままブレイディアは感謝の言葉を口にした。
「……お忙しい中、時間を取っていただきありがとうございました」
「いいや、気にしないでくれ。君たちの働きに期待している」
そう言うとゴルテュスは従者と共に部屋を後にした。残された二人は屋敷を出ると騎士団支部に向けて歩き出す。未だに難し気な顔で悩むブレイディアにラグナは声をかけた。
「……ゴルテュス子爵様の説明、何か腑に落ちない点でもありましたか……?」
「……ううん。別にそういうわけじゃないんだけど……なんかいまいち納得できなくてさ……」
「傭兵の方たちが消えた件ですよね? ……俺もなんとなくわかります……」
ラグナはレイナードの話を思い出していた。
(……レイナード様の話だと傭兵のディーンさんが消息を絶ったのはラフェール鉱山に向かう前、つまりこの町……でも子爵様の話だと傭兵の集団が消えたのはこの町を出た後、すなわちラフェール鉱山……二人の話は食い違っている……この場合どっちかが間違っているってことになるけど……どっちが正しいんだろう……そういえばレイナード様はゴルテュス子爵様に注意しろって言っていた……もしかして子爵様が嘘をついている? でもどうしてそんな嘘を……)
ラグナが悩んでいるとブレイディアが盛大にため息をつく。
「……ま、わからないことを考えていつまでも悩んでたってしょうがないね。とにかく一つずつ情報を集めていくしかないんだからさ」
「……そうですね。そうすれば真相にたどり着けますよね」
「きっとね。よし、じゃあ騎士団支部に行こう」
方針を決めた二人は歩くスピードを上げた。その後再び祭の中を歩いていると、不意に視線を感じその方向に目を向ける。すると路地裏のような場所で分厚い本を持った黒いセミロングの髪の幼女がこちらを見つめていることに気づく。目が合った幼女は体をビクつかせると路地の奥に逃げようとしたが、つまずき盛大に転んでしまう。怪我はしていないようだがそのせいでピンクのTシャツと白いスカートは汚れ幼女は泣き出してしまった。見かねたラグナはすぐに駆け寄り倒れた体を抱き起す。
「大丈夫……?」
「……うう……痛いよぉ……」
「そうだよね。痛いよね」
ラグナはポケットから取り出したハンカチで立ち上がった幼女の涙を拭っていると、遅れてブレイディアもやってくる。
「ラグナ君、その子大丈夫?」
「ええ。怪我はしてないみたいです。ただ痛かったみたいで」
泣いている幼女を見たブレイディアはその頭を優しく撫でた。
「痛いかもしれないけど頑張って泣き止もう? そしたら頑張ったご褒美に飴ちゃんをあげる」
「…………」
幼女はブレイディアの顔をジッと見つめた後、必死な顔で涙を止めた。
「おー偉い偉い! 今飴ちゃんあげるね!」
ポシェットを漁り始めたブレイディアを横目にラグナも幼女の頭を撫でる。
「ブレイディアさん、ありがとうございました。俺だけじゃ泣き止ませるのは無理だったと思います」
「いいっていいって。たぶんこの私から発せられる圧倒的お姉さんオーラがこの子を泣き止ませたんだろうね。フフフ」
「そ、そうですね。……えっと……君も泣き止んでくれてありがとね」
「……うん……わたしよりちっちゃい子の前では泣かない」
「年下に見られてたッ……!!??」
ショックのあまり地面に飴を落とし崩れ落ちたブレイディアの方が逆に泣きそうになっていた。
「うう……なんなんだよ……そういうことかよ……チクショウ……」
「ま、まあまあブレイディアさん。その、ほら、若く見えるってことですし」
「こんな十歳いってないような幼女より若く見られたって嬉しくないよッ! うわあああん!」
ブレイディアが拳を地面に叩き付けていると、不意に路地裏の奥から何者か足音が響く。見るとそこには幼女より三歳ほど上と思われる黒い半袖のTシャツにグレーの半ズボンを履いた少年がいた。髪の色は幼女と同じだが髪型は全体的に逆立っている。
「――ミリィ!」
「テトアお兄ちゃん!」
幼女が呼び返すと少年はこちらに駆け寄り、幼女を守るように自身の後ろに下がらせラグナ達を無言で睨み付けて来た。
「ち、違うのお兄ちゃん! この人たちはわたしが転んだところを助けてくれたの!」
「……え?」
幼女の言葉や体に付着した汚れを見て状況を察したらしい少年はバツの悪そうな顔をするとこちらに向かって頭を下げて来た。
「……妹を助けてくれてありがとう。早とちりしてごめん」
それを見たラグナは笑顔で首を横に振る。
「いいんだ。気にしないで。君たちは地元の子だよね? どうしてこんな薄暗い路地裏なんかにいたの?」
「……ちょっと遊んでただけだよ。……それより兄ちゃんたち見ない顔だけど、どこから来たの? その服って騎士団の連中が着てるやつだよね? ってことは兄ちゃんも騎士なの?」
「そうだよ。王都から仕事で来たんだ。俺はラグナ。そこにいる人がブレイディアさん」
「……ふーん……」
少年は冷めた目でラグナとブレイディアを見回した後、幼女の手を掴んだ。
「……俺達はそろそろ家に帰るよ。行くぞミリィ」
「う、うん……」
少年たちは路地裏の奥に歩いて行こうとしたため、ラグナはその背中に声をかける。
「路地裏は人気が少なくて危ないから次遊ぶときはもっと別の場所を選んだ方がいいよ! 気を付けて帰ってね!」
「…………」
その言葉を聞いて立ち止まった少年は振り返るとこちらを見つめてきた。
「……兄ちゃんたちは良い人みたいだから忠告しておく――早くこの町から出て行った方がいいよ。手遅れになる前にね」
「――え? それはどういう……」
聞き返す前に少年たちは路地裏の奥に消えて行った。ラグナは少年の言葉を聞き呆気に取られていたが、いつの間にか立ち上がっていたブレイディアは路地裏に鋭い目を向け呟く。
「……あの兄妹――特にテトアって呼ばれてたお兄ちゃんの方。どうも騎士を警戒してるみたいだね」
「騎士を……ですか? 見知らぬ俺達を警戒してたんじゃ……」
「ううん。あの子たちの視線はラグナ君の服装にずっと注がれてた。妹ちゃんが逃げた時も君の服装を見てからだったよ」
「そうなんですか? でもどうして……」
「わからない。だけど何か理由があるんだろうね。それに……テトアって子が言ってた忠告……」
「……町を出た方がいいって言ってましたね。なぜあんなことを……」
「それもわからないけど……なんだか嫌な予感がしてきたよ」
そしてブレイディアの予感は一日と経たずに的中することになる。




