50話 鉱山の町ダリウス
その後ワディとキンバリーの死体を埋葬した三人はあらためて簡単な自己紹介とそれぞれの目的について話し合う。当然使っている新型の『月錬機』や『黒い月光』についても話したが、話を聞いたレスヴァルは新型については興味を示すもなぜか『黒い月光』について聞かされてもそれほど驚いてはいない様子だった。話が終わるとラグナは何でも屋の彼女を雇うことをブレイディアに提案する。
「――ブレイディアさん、レスヴァルさんのおかげでさっきの戦いを乗り切れたわけですし……なんとかレスヴァルさんを雇うことは出来ないでしょうか? この先の戦いでもきっと力になってくれると思うんです」
「うーん……そうだねぇ……確かにレスヴァルさんは強いし頼りになるけど、たぶん騎士団として雇うことは出来ないと思う」
「え、どうしてですか……?」
「今回のラフェール鉱山の件は一応機密扱いになってるんだよ。今レギン王国はガルシィア帝国と緊張状態。その最中に国境近くで今回の事件が起きた。上層部は帝国との間にこれ以上問題を起こしたくないからこそ慎重に傭兵たちを選別したり、私達少数の騎士を派遣したりして秘密裏に作戦を行ってる。つまり自分たちが用意した駒以外を使いたくないんだよ。外に情報を漏らしたくないからね」
「……部外者を作戦に入れてしまえばガルシィア帝国に情報を漏らすかもしれない……ってことですね。でも……」
「うん、ラグナ君の言いたいこともわかってる。頼みの傭兵たちが消えたこの状況下ではレスヴァルさんみたいな強い人を味方につけた方が作戦の成功率は確実に上がるもんね」
「……だけど……雇うのは難しいんですよね?」
「団長に連絡して上層部に取り次いでもらっても答えはNOだと思うよ」
「……そう……ですよね……」
ラグナの落ち込んだ顔を見たブレイディアは安心させるように微笑んだ。
「そんな顔しないで。私はレスヴァルさんを雇おうと思ってるからさ」
「え、でも……」
「確かに騎士団としては雇えないって言ったけど、私個人から依頼するって形なら問題ないでしょ」
「いや、それは結構問題なんじゃ……上を通さずに勝手に雇うのは流石に……」
「バレなきゃへーきへーき。というわけでレスヴァルさんもそれでいいかな?」
「ああ、私もそれで構わない」
「それと今の話聞いてたとは思うんだけど……」
「今回の件については他言無用だろう? 安心してくれ、口は堅い方だ。それに依頼人との約束は必ず守る。仕事をするうえで一番大事なものはクライアントとの信頼関係だからね」
「助かるよ。じゃあ支払う金額についてなんだけど――」
(ほ、本当に大丈夫なんだろうか……そういえばアルフレッド様やジョイがブレイディアさんは規則をよく破るって言ってたけど……七大貴族が関わっている以上今回の件はバレたらただじゃ済まないような気が……)
ラグナの心配をよそにブレイディアはレスヴァルと依頼料について話し合い、契約は完了する。女剣士はリュックから取り出した契約書に文字を書き加え女騎士からハンコとサインをもらう。少年が思い詰めている間にいつの間にか契約は完了していた。
「――よし。ではこれで契約成立だ。ラフェール鉱山の件が解決するまでは君達と共に戦おう」
「うん。でも依頼料こんなに少なくても大丈夫なの? 命を賭けてもらう以上それ相応の値段を付けるつもりだったんだけど……」
「初回サービスということで今回はそれでいいさ。だから今後ともどうかごひいきに」
イタズラっぽく笑いながら電話番号や住所などが書かれた名刺を渡してきたレスヴァルを見たブレイディアはそれを受け取り苦笑する。
「ちゃっかりしてるなぁ。まあ今回の事件が無事解決出来たら『何でも屋レスヴァル』の事は同僚とか顔見知りの貴族とかに広めておくよ」
「ありがたい。ではラグナ君、君にも名刺を」
「あ、はい」
「何かあったらいつでも電話をかけてくれ。……いや、何もなくてもかけてくれると嬉しいかな」
「えッ……!?」
頬を赤く染めながら恥ずかしそうに言うレスヴァルにラグナは仰天するも、それ以上に過剰な反応したのはブレイディア。
「え、ちょ、なにソレッ……!? だ、だだ駄目だよッ……! ラグナ君は私がすでに予約済みなんだからッ……! そうだよね、ラグナ君ッ……!?」
「いや、そんなこと初めて聞いたんですけど……」
「酷いよ! 一緒に住んでもうあんなことやこんなこともしたじゃない!」
「料理と掃除とゲームくらいしかしてないような……」
「他にも互いに汗だくになって絡み合うように体を動かしたでしょッ……!」
「戦闘訓練と格闘技について教わっただけのような……」
「うう……ああ言えばこう言う……ラグナ君が反抗期……お姉さん悲しい……」
「な、なんかすみません……」
ラグナとブレイディアのやり取りを見ていたレスヴァルは口元を手で押さえて笑いを抑えていたが、ついに吹き出す。
「アハハ。二人とも本当に仲がいいんだね。もう少し君たちのやり取りを見ていたいが、時間が惜しい。そろそろ出発しよう」
「そ、そうですね! さ、行きましょうブレイディアさん!」
「むー……」
むくれるブレイディアの肩を後ろから掴んだラグナはレスヴァルのいる場所まで押していった。
その後森を無事抜け街道に出た三人だったが、突然そこでレスヴァルが立ち止まる。その様子に疑問を覚えたらしいブレイディアは首をかしげる。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとね。このまま進めばダリウスに直行できるわけだが、私は別の道を通り迂回してダリウスに向かおうと思っているんだ」
「え、どうしてですか?」
「『ラクロアの月』は君たちが来ることを見越して森に亡者たちを配置していた。おそらく列車が動かなくなった原因の落石もやつらの仕業だろう。だがそれらを行うにはそれ相応の準備が必要なはずだ。そしてそれらの準備を行うのにうってつけな場所が近くにある――そうダリウスだ」
「……なるほどね。つまり『ラクロアの月』が森だけじゃなく町にも何かしらの罠を張ってる可能性があるって言いたいんだね」
「そうだ。ゆえにこのまま一緒に向かえば罠にかかり全滅、もしくは全員捕縛されるかもしれない。そうならないようにここからは別れよう。それならばもし仮にどちらかが罠にかかり不利な状況に置かれたとしても残ったもう一方が助けられるだろうしね」
ラグナはレスヴァルの提案を聞きレイナードの言葉を思い出す。
(……そういえばレイナード様も言ってたな。レイナード様の部下であるディーンさんが消息を絶った場所がダリウスって。あとダリウスに住んでるゴルテュス子爵が怪しいとも言ってた……裏付けの取れていない子爵の件はともかく消えた傭兵の件だけでもブレイディアさん達に伝えたいけど……どう伝えればいいんだろう……下手にレイナード様の名を出せば関係を勘繰られるかもしれないし……でも二人なら気にしないか……いや、これは俺の希望的観測にすぎない。今回の件はジュリアの事も関わってるし、適当には出来ない……うーん……)
ラグナが悩んでいると再びレスヴァルが口を開く。
「あくまで可能性の話ではあるが、用心に越したことはないと思うんだ。どうだろう?」
「……そうだね。さっきの森でも不意を突かれたもんね。戦力を分散するのはちょっと危険な気もするけど、どんな罠を張ってるかわからないしここは分かれて進んだ方がいいかもね。ラグナ君はどう思う?」
「え、あ、っと……俺もその方がいいと思います。その……もしかしたら傭兵の方たちが消えたのもラフェール鉱山じゃなくてダリウス……だったのかもしれませんし……」
その言葉を聞いた二人はじっとラグナの顔を見つめ始める。
(あ、も、もしかして変なことを言ってしまったんだろうか……あ、怪しまれてるんじゃ……)
そう思い冷や汗をかき始めるも、実際は――。
「……確かに。その可能性は大いにあるな」
「うん。落石が起きたのは今日だから森の亡者たちは今日使っただけなのかもしれないけど、もしダリウスに以前からなんらかのトラップを仕掛けていたのなら傭兵たちがそれに引っかかって消息を絶ったってことも考えられるもんね。さっすがラグナ君、良い読みしてる!」
「ば、バレたわけじゃないんだ……よかった……」
「え?」
「え?」
「あ、いや、なんでもないですッ! そ、そろそろ分かれ道に入るみたいですよ! 俺、ちょっと走って様子を見てきます!」
「え、ラグナ君ッ……!?」
「ハハ、戦闘直後だというのに元気だな彼は」
二人の驚いた声を聞きハッとしたラグナは慌てて取り繕うと誤魔化すように分かれ道まで走った。女性陣もそれに続きついに三人は分かれ道に到着する。ブレイディアは分かれ道の手前で止まると携帯を取り出し周辺のマップ情報を表示した。
「じゃあ私とラグナ君はこっちの正規のルートを通って行くけど、レスヴァルさんは具体的にどこから入るの? 迂回するって言ってたけど、他にダリウスに入るルートってないみたいだけど……」
「地図にも載っていない地元の人間だけが知っている裏道というものがあるんだ。私はそこから入ることにするよ」
「へえ、そんなのあるんだ。よく知ってるね。もしかして前に来たことあるの?」
「……ああ。ずっと昔にね」
遠い目で懐かしむようにそう言ったレスヴァルは不意に表情を切り替えると左右に別れた道の左側を選択し一歩前に出る。
「……ではここでいったんお別れだ。とりあえずお互い町に着いたら情報収集しよう。そして夜の八時になったら集合するってことでどうかな?」
「異議なし」
「わかりました。でもどこに集まるんですか?」
「『猫のヒゲ』という宿屋があるはずだからそこにしよう。私が先に部屋を借りておく。受付に言って私の名で借りている部屋番号を聞いてくれ。その部屋に集合だ。それから念のために部屋に入る時の合図を決めておこう。そうだな――一秒おきにノックを四回してくれ。宿屋の主人にも誰も立ち入らないように言っておくし、それ以外では開けないようにしておこう。それでいいかな?」
「オッケー! あ、一応私の携帯電話の番号教えとくね。何かあったらかけて!」
「わかった。何かあった場合は真っ先にかけよう。あと、私の携帯の電話番号も教えておく。それともし君が出ない場合にラグナ君にも連絡がつくようにしたいのだが……」
「すみません、俺の携帯はさっき戦ってた時に壊されてしまって……」
「そうなのか……では仕方ないな」
「まあ私が電話に出ないっていうのはまずないと思うから安心して。もしその場で出なくても必ず折り返し電話するからさ」
二人が互いに番号を交換し合い、ついに別れる時がくる。
「それじゃあ気を付けてねレスヴァルさん」
「突然こんなことになってしまって申し訳ないんですが、どうかお気をつけて」
「ああ、二人も気を付けてくれ」
そう言うとレスヴァルは歩いていきやがて見えなくなる。
「じゃあ私たちも行こうか」
「はい」
その後ブレイディアとラグナは町までの街道を歩き始める。
「……あのブレイディアさん。俺から提案したうえに今更言うのもなんなんですけど……流石に上を通さずに雇うのはまずいと思うんです。レスヴァルさんを疑ってるわけじゃないんですが、情報が漏れる可能性もゼロではないわけですし……それを利用する輩が出て来ないとも……」
「大丈夫だよ。仮に情報が漏れてもその情報が正しいって保障も無いし、証拠も無いもん」
「でもさっき契約書に印鑑押してましたよね……?」
「ああ、あれね。大丈夫だよ。表向きの内容はラフェール鉱山に発生した魔獣の駆除を手伝うってことになってるからさ」
「え、そうなんですか……!?」
「うん。鉱山に向かった傭兵たちと同じ条件にしておいたから、もし外部にバレても誤魔化すことは出来ると思うよ。その場合レスヴァルさんの協力が必要不可欠になるけど。仕事が終わったら契約書も破棄するってことになってるし私は彼女を信用するって決めたからそこはいいんだ。それより問題なのは上層部にバレることだよね。とりあえず仕事が終わり次第、バレないうちに他の傭兵に混じっていなくなってもらうことにはなってるんだけど……まあもし何かあっても私の責任問題になるだけだから心配しないで」
「そんな……なおさら心配ですよ……」
「あはは、ありがとう。でも冗談抜きで今の状況は悪すぎるんだよ。多少のリスクを負ってでも強い味方が欲しいんだ。……それも出来ればダリウスの駐屯騎士以外の外部の協力者がね」
「外部の……ですか? でもどうして……」
「……ラグナ君が聞いた駅員さんの話だと私達が今朝王都から列車に乗り込んでここまでくる間に落石事故が起こったんだよね? そしてそれは『ラクロアの月』が私たちを森へおびき寄せるための罠だった。でもいくらなんでもタイミングが良すぎない?」
「……もしかして俺達の情報がどこかから漏れている……ってことですか……?」
「たぶんね。団長が今朝私たちが列車に乗り込んでダリウスに向かうって情報を発した相手は今のところ二つ。ダリウスにある騎士団支部とゴルテュス子爵」
「そのどちらか、もしくは両方から情報が……」
「もちろん絶対とは言えないけど可能性はあると思う。だからダリウスに着いても気を抜かないでおこう。たとえ味方の前でもね」
「……はい」
ブレイディアの忠告に対して深刻そうにラグナは頷いた。
ブレイディアは難しそうな顔で悩むラグナの横顔を見た後、視線を下に向けた。
「……ところでラグナ君。普通に歩いてるけど足の怪我は大丈夫なの?」
「そう、ですね。今のところそこまで痛くないです。レスヴァルさんのかけてくれた術の効果がまだ続いてるのかもしれません」
「そうなんだ。……ちょっと足の具合見てみてもいい? 足を庇いながらとはいえラグナ君結構走り回ってみたいだし、一応見ておきたくて」
「わかりました。お願いします」
ラグナは包帯の巻かれた足首をブレイディアに向けた。すると女騎士はすぐに座り込み包帯を取り除き傷口を確認する。
「……え……」
ブレイディアは突然驚き動きを止めたためラグナは不安そうに口を開く。
「あの……どうかしましたか? ……もしかして傷が悪化してたんでしょうか?」
「あ、いや、大丈夫。悪化とかはしてないよ。むしろいい方に向かってると思う」
そう言うと新しい包帯を巻きなおし立ち上がった。
「そ、そうですか。よかったです。これからが本番なのに足手まといにはなりたくないですから」
「怪我してたって足手まといなんかじゃないってば。さっきだって活躍したばかりでしょ?」
「いや、あれはマグレみたいなものですから。治ってきてるなら本当に良かったです」
心底ほっとしているラグナにブレイディアは苦笑するも、先ほどの傷口を思い出し思わず眉間にしわが寄ってしまう。
(……えぐり取った部分がもう再生しかかっていた。確かに『月詠』は常人に比べて回復力が高いけど……ラグナ君のそれは他の『月詠』と比べてもハッキリ言って異常と言えるレベル……本当にすごい……やっぱり『黒月い月光』を纏う事の出来る肉体は他とは違うってことなのかな)
ブレイディアが歩きながら考察していると隣を歩いていたラグナが不意に口を開く。
「……あの、俺も聞きたいんですけど……」
「え、何を?」
「その……ブレイディアさんの右腕……まだ包帯が巻かれたままなんですけど……もしかしてディルムンド様たちとの戦いで負った傷が治っていないんですか?」
「あー……いや、違うの。それはもうとっくに治ってるよ。これはね……昔の……そう……古傷……みたいなものを隠すために巻いてるだけなんだ。実はディルムンド達に怪我を負わせられる前から巻いてあったの。だから気にしないで」
「そうなんですか? ずっと気になってたんですけど、聞いていいものかわからなくて……」
「言わなくてごめんね。でも本当に大丈夫だからさ。……あ、ラグナ君、町の入口が見えてきたよ!」
ブレイディアの指差す先には開かれた巨大な門があった。距離的にあと一、二分程度で到着する場所である。
「……いよいよですね」
「……うん。もしラグナ君の言う通り傭兵たちがこの町で消えたんだとしたら確実に『ラクロアの月』がなんらかの罠を張ってるはず」
「ええ。……町の人たちが心配ですね。巻き込まれていなきゃいいんですが……」
「そうだね。でももし巻き込まれていたら私達で町の人たちを助けよう。騎士としてね」
「――はいッ……!」
頷くと同時にラグナは心の中で決意する。
(――町の人たちが困っていたら、必ず助けてみせる。気合を入れよう――その心の悲鳴を聞き逃さないように)
ラグナとブレイディアは互いに顔を見合わせた後、意を決して門をくぐり――そして住民たちの声を聞くことになる。
「いやっほおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「祭りだ祭だああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「テンション上がってきやがったぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
――流される音楽に合わせてそこらじゅうで踊り狂う楽しそうな住民たちの声を。
「…………問題なさそうですね……」
「…………そうだね……」
脱力した二人は門の中――鉱山の町ダリウスへと足を踏み入れる。