無事に…
最終話になります
カスミンとルル君の果し合いが行われた後…カスミンに対する皆の接し方が変わった。熊さん達(軍人)からは羨望。そしてカスミンの外見に群がっていた者達は一斉に引いていった。普段は穏やかで内気なカスミンが本気を出せばボコボコに殴り飛ばせる恐ろしい強さを秘めているのだ。熊さん達以外の一般人は恐ろしくて近づけなくなって当然だろう。
メイドや役人の女性達も皆、カスミンに絡まなくなった。怒らせたら本気で怖い人なのだと皆にはっきりと見せつけられたからだ。
「ねえ、ルル君。あの日に決闘…え~と打ち合いをヒルデに申し込んだのってワザとでしょう?」
「…さぁ?」
私がそう聞くとルル君は恍けているけど、絶対ワザとだ。あのメイドの子達に見せつけたかったに違いない。お前達が絡んでいる子はお前達より数百倍、いえ数千倍も強いナジャガル最強の女性軍人なんだぞ!思い知ったか!…とか今思ってるんじゃない?
まあカスミンの周りを飛び回っていた煩いコバエがいなくなってスッキリはしたよね。
今日は第一部隊がヤウエンに出発する日だ。
あれほどなっちゃんが行くことに反対して、ぎゃいぎゃい言っていたジューイは見事に手のひらを返した。
「いや~ヒルデがあれだけ強けりゃナツキは守ってもらえるもんな~」
これほどまでに見事な手のひら返しを見たことがあるだろうか?いや…無いね。
私、未来、ノリ、おまけに嫁のなっちゃんまでチベスナアイズでジューイを見詰める…。カスミン一人だけが転移門の前で
「やっぱりなっちゃんはお留守番で…」
とかまだ言っている。なっちゃんはカスミンの手を取った。
「ダメだよ~香澄ちゃん!一人でヤウエンに行ったら、向こうでメイドみたいにこき使われるに決まっているんだからっ!二人で家事分担すれば負担も減るし、女の子一人ぽっちで話し相手もいない一週間は寂しいよ~?」
「なっちゃん…うん、そうだね。でも…魔獣が出るし…あ…そうだ」
カスミンはウエストポーチ型のヨジゲンポッケから、薄ピンク色の手の平サイズの魔石を取り出した。
「なっちゃん、この魔石持ってて。中にね、転移魔法陣の術式入れてるの。なっちゃんがどこに居ても私の所に転移出来るような術式にしているから…もし外に出て危険を感じた時は…何です?葵さん…?」
魔石に転移魔法の術式を入れた?思わずカスミンににじり寄る。ジューイが顔色を変えた。
「おい…それ…ヒルデ!その魔石どこで手に入れたんだ?」
カスミンはジューイの迫力にビクつきながら、え?あの?…とオロオロしている。
「これは私が作ったんですが…」
ジューイが「そこにまだ居ろ!」と怒鳴って転移して行った。カスミンは益々オロオロし出した。
「あの…どういうことでしょうか?」
「以前にね、カスミンの持っている魔石と同じ方法で作られた魔石でちょっと事件があってね。」
カスミンは息を飲んだ。自分の魔石を見ている。
「同じ…方法…まさか…?」
うん?カスミン何か心当たりが…と思ったら、ジューイがナッシュ様とガレッシュ様、ホーガンス魔術師団長を連れて転移して来た。
「ヒルデ、魔石を見せてくれ」
ヒルデはナッシュ様に魔石を渡した。皆、一斉に魔石を覗き込んだ。
「フム…本当だ…成程。複雑だが…指定系の転移魔法か…この魔石に入れるのに…この術式か…。」
「魔石内に転移と魔力の…この転移術ですか!?取り込んだ魔力を魔石内に循環…素晴らしい」
「これだと、魔石以外の物にも魔力を定着させることが出来るねぇ…」
「あ、あの…それで…事件とは…」
カスミンの言葉にナッシュ様はハッとしたようにカスミンを見た。ナッシュ…お主…魔石の術式の解読に熱中していてカスミンの存在を忘れていたな?
「このような魔石内に術式の魔紙を直接入れたものが発見されて悪用されたことがあるのだ。その時に発見された一つは…消失、もう一つは魔紙は魔石から取りだせないまま保管されている」
「ヒルデ、この魔紙は取りだせるのか?」
ナッシュ様の説明の後、ホーガンス魔術師団長に聞かれてカスミンはコクコクと頷いた。
「お見せしましょうか?」
「見たい!見たい!早く早くっ!」
ガレッシュ様がカスミンの肩を掴んで揺さぶっている。カスミンは小さく「ひぇぇ…」と呟きながらイケメン二人と厳ついおっさんに取り囲まれて…真っ青になった。ごめんよカスミン…後でガレッシュにはよく言って聞かせとくからさ。免疫の無い女子にあんまり近づくなってさ…。
カスミンは魔石に手を置いた。魔石の中の魔紙は鈍く光ったと思ったら、カスミンの手に転移してきた。
「紙を直接転移させるだって!?」
「魔石を割らないでも取り出せるのか!?」
「今の術式、何ぃ!?もしかしてさっ色んなものを転移させて手元に持ってこれるの!?」
「な、何だって!?ヒルデッ!何か引き寄せて見せろ!そうだなっ…私の執務室の菓子とか!」
「ヒルデッ早く見せなさい!」
もう誰が何を言っているのかも分からない…興奮したおっさん達ににじり寄られてカスミンはガタガタ震えている。
「いい加減にしろっ!カスミンが怯えてる!」
未来がカスミンを背後に庇うと一喝した。おっさん共は…スマンと詫びながらカスミンから距離を取った。
「カスミン術式の説明、お願い出来る?」
私がカスミンの背中を摩りながら聞くとカスミンは何度も首を縦に振った。カスミンはまたヨジゲンポッケから魔紙を取り出してポイッと…まさにポイッとナッシュ様の方へ放り投げた。
不敬…なんだけど、カスミンの気持ちは分かる。脂ぎってはぁはぁ言っているおっさん達に近づきたくないのよね?分かるわ…。
「そ、そこに術式描いてます…。えっと、召喚魔法と原理は同じです。呼びたいモノの姿形を思い描き…手元に存在するものとして意識する…これが発動の条件でしょうか…」
ナッシュ様達はカスミンが放り投げた魔法陣の描かれた魔紙を食い入るように見ている。
「すごいぞっ!ヒルデっ!これは新術だなっ!」
「兄上…待ってよ。ガンドレアの魔石はどうなの?これと同じ原理なのかな…。カステカートに保管されている魔石見に行ってみる?」
「よしっ行くかっ!」
「殿下、私もご一緒にっ…」
ナッシュ様とガレッシュ様、ホーガンス魔術師団長は一瞬で転移してしまった。
転移門前は静けさに包まれている。残っているのは第一部隊の熊さん達と私達とジューイだけだ。
「置いて行かれたね」
「そうですね」
「そーだな」
ここで転移していったおっさん共を待っていても仕方ない。
「実はあの魔石の予備、持ってるんですよね~」
という用意周到なカスミンのお蔭で、第一部隊の皆様は無事ヤウエンに出発していった。
「あ、そ~だ〜ジューイ、なっちゃんの婚姻式のドレスさ~」
「ん?」
何となくジューイの目を見てから皆がいなくなった転移門に視線を戻した。
「ミニドレスにする?」
ジューイは目を真ん丸にした後、顔を綻ばせた。
「ナツキに聞いてやってくれ、絶対喜ぶ」
「りょーかい」
ああ、なっちゃんのイメージでドレスのデザイン画上手くできそう~!
数刻後
勝手に転移して行った皇子二人と魔術師団長はまた勝手に転移して戻って来たくせに
「ヒルデはどこに行った!?」
と騒ぎやがりましたよ?アホか…。
「何言っているんですか…ヤウエンに決まっているじゃないですか。グローデンデの森の定期巡回っ!今日が第一部隊の出発日です」
「何故行った!?」
「ナッシュ様が討伐メンバー…討伐の選抜隊員に推挙したからでしょう?ご自分で行けって言っておいて何言ってるんですか…」
ナッシュ様はしまったーと呟いた後、一人で頭を掻きむしっている。
「ヒルデの持っていた魔石とカステカートに保管していたガンドレアの例の魔石と、同じ系統の術式だと判明した。ヒルデのくれた魔術式陣ですぐに魔石から魔紙を取り出せたんだ!それをご覧になったフィリペ殿下がヒルデに早急にお会いしたいっと言っているのにぃぃ~」
知らんがな…。すると私の後ろに控えていたカスミンママンこと、ミチランデが「あの…」と声をかけて来た。
「先程からのお話の中に出てきた魔石の事ですが…」
と言い出した。ナッシュ様以下おっさん達(フロックスパパやペッテルッカ副師団長も来ている。)がミチランデを一斉に見た。
「ミチランデ何か知っているのか?」
幾分冷静さを取り戻したらしい、ナッシュ様はミチランデに聞き返した。
ミチランデは頷くと興奮したおっさん達を見回した。
「10年以上前だったと思うのですが…ヒルデが小さい時に魔石の中に魔術式紙を入れれたよ!と見せて貰ったことがあるのです。ですが私では複雑過ぎてよく分からないので…シーダ叔父さんに見て貰ったら?と言ったことがあるのです。その後、ヒルデは何も言ってなかったのですが…もしかしてではありますが、今のその魔石の術式はシーダに取られたか…ヒルデが重要性を理解せずにシーダにあげてしまったのでは…と」
皆が息を飲んだ。
今は無きガンドレア帝国のバックにはコスデスタ公国が居たことはもはや疑いようがない…。ガンドレア帝国の現在行方知れずの元魔術師団長のロブロバリントが開発した術式…だと思い込んでいたが、この術式はもしかするとコスデスタ公国魔術師団長シーダ=ナンシレータからロブロバリント公に渡された可能性もあるのだ。
ナッシュ様とおっさん達はカステカートからやって来たキラキラ狂戦士達と一緒にヤウエンまで転移して行った。
行ったついでに魔獣狩りもしてあげればいいのに…。
という未来の言葉に皆がおおっ!と賛同の声をあげたその日の夕刻、ナッシュ様達は帰って来た。どうやら道すがらロイエルホーンとかは狩って来たらしい。未来の心の声が届いていたようだ。
さて、話が話だけに…
緊急に朝議室を開けて、魔術師団、軍のお偉いさん、大臣達もナッシュ様のご報告を聞くことになった。
「ヒルデから話を聞き出せた。本人も随分と子供の時のことで、魔石に術式を入れたことを褒めてもらいたくて叔父、シーダに見せに行ったことは覚えていた。だが、そこでどんなやり取りがあったかは正確には覚えていないらしい。シーダにあげたのか…取り上げられたのか…定かではないらしい。その時にシーダに何か怒られたことは記憶していて…子供ながらに腹が立って、もっと改良して研究して…今持っている魔石に仕上げたそうだ」
おお~っと皆様から感嘆の声が漏れる。ナッシュ様は一度言葉を切ってからまた続きを語った。
「フィリペ殿下とヒルデと共に解析した結果、ヒルデの今使っている魔石術式のほうがより、多く魔力を貯め籠めて尚且つ…広範囲に効力を発揮できるような細工をしている。よって新規術式と認定して新規魔術式制作料としてカステカートとナジャガル両国から報酬が出ることになった。」
更におお~っと感嘆の声が漏れる。
「尚、ヒルデ=ナンシレータは他にも新規の術式を制作しているようなので、魔術師団と確認の元、解析を継続していくこととする、以上」
カスミン…攻守ともに隙は無いわね。武力も満点、魔力も満点。こんな完璧な武人をコスデスタ公国は言い方は悪いが、何故飼い殺しにしていたのだろう?
子供の時から魔術師なり軍人なり適切な地位につけて、彼女の保護をしていれば彼女達は逃げたりせずにいたのに。自分達の戦力として、異界からの迷い子としての加護の能力も独占出来たのに…。
コスデスタ公国としての人材の見定め方に狂いがある?多種多様な人がいるのが国だ。施政者ならではの見極め…国にとって有用な人物かそうでないか。もしかしてコスデスタ公国には今それの出来る人がいない?
その日はそのことばかりを考えて一日が終わってしまった。
さて月末に開催される花祭りの準備は順調だ。
ミスターコンの準備もカスミンが張り切ってやってくれている。私はイベント以外の政策などの案件にかかることが出来る。カスミンせんせのお蔭である。
詰所でガンドレアの製糸工場運営の施策案を見ていると戸口に誰かが立っている気配がした。顔を上げると…誰だろう?女の子?かと思ったけど男の子?のような気もする10代くらいの人が立っていた。
何だろう?得体の知れない人…だけど不思議と恐怖は湧かない。その子が口を開いた。
「あなたの子供が産まれた後にね、皆の剣の召喚をやってみてね!ここまで乙女と勇者が揃うのは早々あることじゃないからね」
そう私に話しかけてくる不思議な子…ああ、ああ…唐突に分かった。この人…。
「コーデリア神…」
そう無意識に呼ぶと、コーデリア神は微笑んだ。
「1000年待った甲斐あったわ!お願いね…」
そして…すぅ…と消えて行った。
何度も瞬きしてしまう。幻?ううん…違う。あの方がコーデリア神か…。
すると先程までコーデリア神の立っていた戸口にナッシュ様とフロックスさんが現れた。
「ん?どうした?ああ、そうだ…シテルンの『アンテナショップ』店の開業予定地に今日視察に行くが、アオイはどうする?」
何となく顔が綻んでしまう。
「行きますよ~デンドー押して下さいね!」
ナッシュ様にデンドーを押してもらってアンテナショップ予定地を見る。まだ何も建っていない更地を見て…胸が弾む。さあ、ここからだ。
「ナッシュ様、お店の店名どうしましょうかね~。」
「シテルンの店じゃダメなのか?」
「そんな捻りも無い名前じゃなくて…」
「だったら『アオイ』がいいな~。」
車椅子から思わず立ち上がった。お腹の子が大はしゃぎしている…。
「だ、誰が嫁の名前をつける人がいますかぁ!?おまけにスナックみたいな名前やめて下さいよっ!」
「すなっくって何だ?」
スナックとは…を説明して、だったらタカミヤのほうを使って下さいよっその方がマシです!こんな商店に夜の店みたいな名前つけちゃいけませんよっ!!…とか怒って、しょうてんって何だ?と聞かれて商店とは…を更に説明をした。
この時にもう少し踏み込んで店名の希望を正確に伝えていれば良かった…と後悔した。
「ぶぶーっ!?何これ?『タカミヤショウテン』運営計画案!?たかみやしょうてん?鷹宮商店!?ぎゃははっ!」
「ちょっとっ!未来…笑い過ぎよっ!」
お腹を抱えて大笑いする未来を必死で窘めた。横でなっちゃんとノリが肩を震わせて笑いを堪えている。カスミンは何故か真顔で計画案を読んでいる。
「何故にその店名になってしまったのでしょうかね~」
カスミンがこれまた真顔で聞いてきた。
「そうよっ聞いてよ!初めは、アオイにしようとか言われたのよ!私の名前だしっスナックの店名みたいだし…大反対したのよ」
「スナック…確かに、スナック葵…はありそうね」
ノリが笑いを堪えながらだろうかモゴモゴした声で言った。
「使うなら名字のほうを使ってくれ…って言ったらこの有り様よっ!もうっ…」
「鷹宮商店…ものすごく年季の入ったお店感が出てますね…」
「なっちゃん!?褒めてるのか貶しているのかっ微妙な合の手やめてよねっ…もうもうぅ…」
カスミンは困ったような笑顔を見せながら読み終えた計画案を返してくれた。
「商店名は替えられないのですか?」
思わずカスミンを見る目に力が入ってしまう。
「それが、ご丁寧にもう公所に食料品店として登録出しちゃったのよぅ…こんな時だけ動きが早いんだからっあの変態はっ!!よほどのことが無い限り店名変更は出来ないんですって!」
久々の変態呼びをしてしまった…興奮しているので不敬は勘弁して欲しい。
がーっと勢いで立ち上がって仁王立ちしていると…あれ…お腹が引っ張られる?んん?あれ…?
「葵さん…?魔力が…?」
「先輩…貧血ですかね?魔力がグルグル動いてますよ…?」
カスミンと未来がそう言うので座ろうとしたらお腹がピリリと痛んで座れない…?え?何?
「葵どうしたの?」
ノリが手を握ってくれたので握り返して絞り出すように声を上げた。
「何か…産まれそう…」
「ぎゃああ!」
誰の悲鳴かは分からない…はっきり言ってこのメンバーは皆、出産は未経験だ。一番あたふたしていたのは、大きいカスミンで…ノリとなっちゃんに支えられながらデンドーに乗せられた。
「破水はしていないね?よしっ医院に直行よ!カスミン転移お願い!」
「はっはいっ!」
ノリがカスミンに命令をして未来となっちゃんにデンドーごと体を支えられる。
こんな時に産まれるの~と笑いが出そうになったが、鋭い痛みに阻まれた。
「イデデデデッ…!」
「転移しますよ!」
…はい、安産でした。安産だって言うけどさ…とんでもない痛さだったね。痛いのにさ、横でナッシュ様が号泣していたのが鬱陶しかったけど…まあいいでしょう。
ナッシュ様の号泣する声を目を閉じて聞いているとコーデリナ神が「頼んだよ!」と微笑んでいるのが瞼の奥で見えた。
分かった分かったよ~無事生まれたし、次は剣の召喚、するからさ!
FIN
お読み頂いてありがとうございました。




