前編 ナッシュルアン視点
ナッシュ視点のお話です前後編です
誤字脱字ご報告ありがとうございます
今日も酷い眩暈を感じる…余剰魔力が自身の体で溜まって体が重いし、疲れる
公務の途中だが、後でジューイに断りを入れて魔力を発散…魔獣狩りに行って来よう…狩って来た魔獣はギルドで売れば金になるし、少し肉を手元に残してニルビアの土産にしよう。私は食べられんが…
ロイエルホーンの肉って美味いらしいしな…あぁ食べてみたい…でも食べたら絶対、魔力蓄えすぎて後で疲れるの分かり切ってるから無理だ。
私はジューイに断りを入れてから一人、ヤウエンまで転移した。転移で魔力を多めに使えて少し体が軽くなる。別に歩いて行ける距離だが、わざと重力無効化と風魔法を使ってグローデンデの森の近くまで移動する。大分頭痛が軽減された。
常に余剰魔力に悩まされているから…常人では有り得ないほど自身の為に魔力を使いまくっている。24時間体中に魔術障壁、物理障壁3重かけは当たり前、最近では第三部隊の詰所の周りに三重防御障壁を張っている。誰か人が壁内に入る度に対象物に対する追尾魔法がかかるが…それすらも、余剰魔力を使ってくれる有難い消費方法になっている。
「賊の侵入に対して有難いことですが、お疲れではありませんか?」
フロックスが時々こう聞いてくれるが、逆に余剰魔力で疲れない分、有難いのだと毎度も説明して笑って見せる。あり過ぎるのも本当に困るのだと…言っても中々理解してもらえないのも辛い所だ。
ヤウエンのグローデンデの森を前にして、時々森の中に入ってしまおうか…と思う事がある。そうすれば自分が生きる限り続く、この苦しみから解放されるのでは…と思ってしまいそうになる。寸で踏みとどまっていられるのは魔人化し、人を襲い…ソレに襲われる無辜の者を見ているからだ。ああはなるまい…自分が魔人化し人々を襲った時の甚大なる被害を想像しただけで身震いがする。
己を律し、身を慎め…そして己を愛せ
トリプルスターSSSの先輩、ギリデさんに言われた言葉を心の中で反芻する。己を愛する…ことは永遠に出来そうにないなぁ~と苦笑いをしながら目の前に現れたロイエルホーンの魔獣に刃を向けた。
そんなある日、母上…クリッシュナ妃殿下に呼び出された。珍しい…まともに会話なんてしたのはいつだっけ?ここ数年は目さえ合わせられることは無い。それでももしかして、何か…と心が少し弾む。
母上の部屋を訪れて内容を聞かされた私はまた、その淡い期待を裏切られることになった。
「召喚…ですか?」
召喚…確かにものすごい魔力を使うが出来ないことはない。確か対象物の姿を明確、且つ鮮明に思い描くことが出来れば…だったかな?まあ対象物さえ確定しているなら、大丈夫だろうが
「そう、異界の乙女を召喚して欲しいの…」
ああ、成程、父上の意向ではないだろうが、反対されないということは、是と判断されたのだろう…確かに今、魔の眷属の猛威は留まる所を知らない。その脅威を少しでも軽減出来る神からの使者と言われている、『異界の乙女』そして乙女の選ぶ勇者…今ならば召喚する意義もあるというものだな。
「はい、了解しました。で、異界の乙女、という漠然としたモノは召喚出来ませんので、何か条件のようなものはありますか?例えば年齢とか容姿…ですとか…」
そう言うと母上はチロッと私を見てから、視線を気まずそう彷徨わせてから口を開いた。
「リディックに似合う女の子がいいの…あの子を立派な皇子殿下にしてくれる女の子」
はあ?何だって?リディックに似合う?あいつに似合ってどうするのだ?
「それは…リディックの好みの女性、という意味でしょうか?しかし伝承では異界の乙女は自ら勇者を選び、剣を授け共に戦い生涯を共にした…とありますが…つまりは乙女は、勇者の伴侶のことだというのが通説ですが…」
「そうよ、異界の乙女にリディックを勇者として会わせるの。最初から勇者は決まっているの」
母上の言葉を暫し頭の中で整理した。なんだ…つまり?カァッ…と頭の中が怒りで熱くなる。
「ちょっ…ちょっとお待ちくださいっ!リディックになんと説明するのです?異界の乙女がリディックを選ぶかどうかは分からないですよね?そんな嘘を…」
母上は下を向き扇子を握り締めている。あぁまた癇癪を起すのかな…と気持ちが冷静になる。
「嘘でもよいのですっ!自分が勇者だと知ればっ自覚が出れば…あの子ももっとしっかりするはずですっ!確かにあの子はあなたみたいに優秀ではないですがっ出来るはずなんですっ!もうその目で見ないでっ!分かっているからっ…やめてっ!」
また癇癪を起して、扇子をこちらへ投げてきた。投げた扇子は私の防御壁に阻まれて弾き飛ばされた。泣き出した母上を見ていられずに部屋を出て来た。母上の横に立っていた古参のメイドが部屋を出た私を追って来た。
「殿下…お気を悪くしないで下さいませっ、クリッシュナ様はお母上様は決して、殿下を悪しざまにおっしゃるつもりはないのです!リディック殿下が…あまりに…」
古参のメイド、マーマリンに柔らかく微笑んで見せた。この夫人は本当に優しい方だ。昔からよくしてくれた。
「分かっているよ、マーマリン。気にしてないから…先程の召喚の件で魔術師団のホーガンスと話して来るから…本当に気にしないで」
マーマリンは泣きそうな顔で深く頭を下げている。何も泣かしたい訳じゃないのにな…だから女性って扱いに困るんだよな、何かって言えばすぐに泣き出すし…
私は魔術師団長のホーガンスの所へ行った。ホーガンスはやる気がなさそうだった…それはそうかもな。
たまに魔術師団に行くと結構長い時間拘束される、何故かと言えば…魔法石に魔力補充を頼まれるからだ。
「いや~皇子殿下に手伝って頂けると本当に助かりますな~私達だと半日仕事が2刻もあればお一人で全部済む…いや~楽…おっと失礼、助かりますよ!」
本音が漏れているぞ、ホーガンスよ…ホーガンスは四角い顔をズイッと私に近づけて消音魔法を周りにかけると話し出した。なんだろうか…また愚痴かな?おじさんって愚痴り出すと話が長いよな
「召喚魔法の件ですが、私は失敗すると思うのです。あ、ナッシュ殿下の魔法が失敗するという意味ではありませんよ?つまり、召喚して異界の乙女…とやらがこちらに来ても、本来の異界の乙女の働きは出来ないと思うのです。クリッシュナ妃殿下の求める乙女であって、私共が求める本当の意味での乙女ではありませんしね」
なるほどな…だったらリディックに召喚魔法をさせればいい、と言われそうだがリディックは魔力がほとんど無い。おかしいな…と最近でも思う。母上のお腹の中にリディックが居る時は…疲れたという母上に回復魔法を腹の中からよく行使していたし、私が呼びかければ魔力波動が返ってきて、母上とよく「またお返事したねー」と笑い合っていたのに…どうして生まれたら魔力が全く無いのだ?イカンまた思い出して虚しくなる。あの時はまだ母上と仲良くできていたのに…
「こう言ったらなんですが、ナッシュ皇子殿下が討伐されているのですから無理やり乙女を召喚しなくてもよいのですよ」
おいコラッ!ホーガンスよ、私に全部背負わすなっ!しかし本当に勇者が見つかるなら、せめて冒険者ギルドから突発で来る魔の眷属討伐依頼だけでも、一緒に手伝ってほしい。今も皇子の公務、第三部隊の討伐、SSSの依頼で毎日忙しすぎるっ。休む暇もない…私だって女性と睦み合いたい。まあ、こんな魔力垂れ流し状態では叶わぬ夢だが…あぁ…虚しい
「取り敢えず、魔法陣はこれになりますから、これを丸写しで第二式典の間の床に描いておいて下さいね。我々も出来るところは手伝いますから…」
と、言ってまあ…大きな重量のある分厚ーい魔術本を私に渡してきた。栞が挟んでいる頁を捲る。
「わっ何だこれ?難しい上に細かいな、こんな細かいの描きあげるだけで数日かかるじゃないか!」
ホーガンスはニッコリと微笑んだ。
「ですから、我々も手伝いますって~外の大円の部分のアタリはこちらで描いておきますし、殿下は軍部の仕事を片付けてせめて一週間は体を空けて下さいね」
簡単に言うな、おい?私を何だと思っている?
それから何とか体を空けるために馬車馬の如く働いて1月と半月後になんとか一週間の期間を空けることが出来た。すでに体力限界でフラフラだ。ジューイがお高めの回復薬を買って来てくれたので、がぶ飲みしながら魔法陣を描いて行く。描きながら…異界に生活しているであろうこれから呼び出す乙女の事を思う。
こちらの勝手で召喚して来てもらうのだ…せめて不自由の無い生活を保障したいな。どうせ本来の異界の乙女の能力は必要ないのだ、こちらの生活に馴染みやすい性分の方がいいな〜性格は優しくて、でも頼りないのは困るな、すぐに泣かれるのも扱いにくい。
異界の迷い子のように英知に優れ知識を有する賢い女性がいいな…背は私と並んでも見劣りしない体躯で、出る所は出て、締る所はしまっているのがいいな。顔はやはり美形がいいよな~うん、そうだ、私の余剰魔力を吸収できる魔法?とか持っててくれないかな…そうすれば尚一緒に生活しやすい…ん?あれ?イカンイカン!これじゃ自分の好みの女性を思い描いているではないか…
頭を振りながら、魔法陣を描き進めて行く。そうだ、リディックの好みの女性って、そもそもどういう子なんだろうか?よく分からん…自分のは分かるのだが…当たり前か、また心の中で自分の好みの女性像を思い描いてしまう…あ、イカンイカン!
そうだな…リディックの好みか、髪が長くて小柄な女だろう?こんな感じだろう?はいはいっ!
なんとか5日かけて魔法陣を描き上げた。コロンドやフロックス達の差し入れてくれる菓子を食べて乗り切った。また回復薬をがぶ飲みする。
実はその魔法陣を描き上げただけでは終わらない。城の魔術師団と私とで2日ぶっ通しで召喚魔法を途切れさせずに、詠唱し続けなければならない。死ねるなコレ…
さすがに疲れたので2日休ませてもらった。後2日は仕事を片付けた。我ながらよく働く。そして5日の朝、体調を万全に整えてから第二式典の間に入った。
一応、私の魔力で召喚の8割は賄えるらしい。最初の術の起動は私から入る…気持ちを集中する。本当に申し訳ない…こちらの都合で呼び寄せてしまう勝手を許して欲しい…せめてこちらの世界に来ることを望んでいる心優しい美しい女性に来て欲しい…。イカンまた私情を挟んでしまった。
長い長い詠唱を読み上げ始めた。どれぐらい唱えていただろうか…久しぶりに体からゴッソリ魔力を失う感覚に襲われ、フラリと後ろに倒れそうになる。何か柔らかいモノに包まれているようだ。
……ノゾムカ…?
何だろう?何か聞かれたのか…?
……ナンジノゾムカ?
ああ、もう疲れたからなんでもいいか、そうそう望んでいると、フワッとした浮遊感を覚えて…
「隊長っ?大丈夫か?」
ジューイとコロンドが覗き込んでいる。え?と思い体を起こすと魔法陣が鈍色に輝き始めている。召喚が始まったようだ。
「魔力切れだな…珍しいなぁ~隊長が引っくり返るぐらい魔力使うって…ホラ回復薬!」
「回復薬の飲み過ぎで胸焼けしそうだ…」
「殿下っそれならばニルビアさんのハムサンドとクリームスープがありますよ?食べられますか?」
コロンド、気が利くぞ!
私達は式典の間の隅に置いてあるソファに座り、食事を取りながら召喚の様子を見ていた。光ってから結構経つがまだ変化は無い…明け方近くになって来たのでコロンドとジューイは一旦帰って行った。朝にまた来るらしい。一応召喚に参加した手前…完了するまで見届けようと思い、寝ずにその様子を見守る。
ちょうど私の居る反対側の壁際に、重臣らと一緒に魔法陣を見つめるリディックと母上がいる。ジッと睨むように2人を見詰める。
こんな事は馬鹿馬鹿しいとは思わないのだろうか、予定された召喚…予定された勇者…何もしなくて良いと言われた異界の乙女。飼い殺しもいいところだ…。こんな馬鹿な召喚があってたまるか…本当にこちらに来る乙女は幸せになって欲しい…どうか…!心から願っていた。朝が来て…それは突然起こった。
「来た…」
そう、何かが来た…やってくる…肌で感じる…魔力を緩々と吸い出される感触…なんだこれは?魔法陣目掛けて自分の魔力が流れていくのが分かる。やがて感覚として何かを掴んだ!
引き寄せる…ああ、これだ!という安堵感で早く早くと掴んだそれを引き寄せた。
「おはよっ。アレ?どしたの…今来てるの?」
ジューイがやって来て、魔法陣の輝きの変化に気が付いたようだ。城付の魔術師達もざわついている。やがて目も眩むような輝きの後に…その子は床に倒れていた。
緩やかな癖のある長い艶やかな髪を纏って、彼女はゆっくりと体を起こした。珍しい意匠の服だ、女性用のトラウザーズを着用しているようだ。彼女はゆっくり立ち上がった…身丈は私の胸元に顔が来るくらい…女性にしては長身だ。立ち上がった感じでは体幹の作りはしっかりしているようだ。
「彼女だ!間違いない!」
リディックの声がして、そちらを見ると、リディック達の近い所に別の女性が倒れているようだ。ど…どういうことだ?2人?召喚した乙女が2人だって?
「異界の乙女よ!お待ちしておりました」
と、リディック達は自分達の傍に居る女性に駆け寄ってしまった。あれ?じゃあこちらの子は何だろう?間違い…ていうか、一緒に連れて来られてしまったのか?
私はゆっくり私達に近い所に居る、立ち姿の美しい女性に近づく。正直、近づく前から期待で胸がはち切れんばかりだった。2人乙女が居るなら…この子は私の乙女じゃないのか、などと随分と身勝手な事を思い描きながら…
「ところで、君は誰なの?」
先に声をかけたのはジューイだった。その声に女性が振り向いた。大層な美女だった。思わず息を飲む。この辺りでは珍しい黒い大きな少しきつめの瞳が(化粧のせいか?)少し派手な印象を与えるが私の好みの美しい女性だった。年の頃も同い年くらいに見える。
「言葉…分かる?」
私がそう聞くと「はっはい、分かります」と落ち着いた少し低めの美声で返された。参った…声も好みだ。
取り敢えずどういう経緯でここへ来たのか聞こうとしたが、彼女から仕事があるから早く戻してくれ、と言われてしまった。どうしよう…ジューイと視線を交わす。はぁ仕方ない、また女性に泣かれてしまうかな…
「戻す方法はない」
「え?今なんと…」
「すまない、戻す方法は無い」
私がそう告げると美女は顔色を変えてフラリとよろめいた。慌ててその体を支えた。その途端、異変は起きた。私の体に蠢く余剰魔力が全部、美女に吸い取られた。体が痺れるような感覚を得て、自身の体を見詰める。視界が鮮明だ、ジューイの顔がよく見える…体が軽い、眩暈も倦怠感も無い…この子の体に触れていると恐ろしいほど気持ちがいい。なんだこれは?思わず髪の匂いを嗅いだ…いい匂いだ…なんだこれ…
執拗に香りを嗅いでいたら、そんな変態行為をしている事に気が付いたジューイから待ったがかかり、引き離された…おいっちょっとぐらいいいだろう…初めてまともに女性に抱き付けるのに…
ジューイを睨みつけてやる。我が従兄弟殿は少しも堪える素振りは無い。ジューイに彼女を触ろうとする手を何度も阻まれながらも、第三の詰所に美女を誘って色々お話が聞けた。彼女の名はアオイ=タカミヤという。異世界でしっかりした家柄のお嬢様らしく、聡明で物腰の柔らかい完全に完璧に私の好みの女性だった。
自分の望み通りの女性を召喚してしまった…今更ながら冷や汗をかいている。これでは私好みの異界の乙女を召喚したも同然だった。もう1人、偶然にも召喚出来ていて良かった。この子…アオイがリディックの手に渡っていたらと…考えただけでもゾッとする。
しかもアオイは住む所がない。ジューイに連れて帰れ!と言われて内心ホクホクしながら離宮へ案内した。あ、触りたい~構いたい~打てば響くような子で話していてこんなに楽しい気持ちは久々だった。
ずっとここに居てくれないかな…あ、そうだ!だったら詰所で働いてもらえればいいのではないか?とか、考えていたら言い過ぎてしまって、アオイを傷つけてしまっていた…
散々迷ったが、アオイが湯殿に入っている時に扉越しに詫びを入れると、泣きながら返事を返してくれた。湯殿にいるアオイ…先程チラリと見えた首元の肌の白さが思い出される。触りたい…見てみたい…我慢できなくて構い過ぎて、アオイに気味悪がられてしまった…でも仕方ないだろう~アオイが好み過ぎるのが悪いのだっ!
という事を次の日ジューイに言ったら
「犯罪だけは勘弁だぞ…うちはこりごりだ…」
と渋い顔で諭されてしまった。うん、すまん…そうだったな。でもその話の後にアオイの暴露により湯殿の後に抱き付いたことがバレて、ジューイに頭を叩かれ、コロンドに変態と罵られ、フロックスにいつもの3倍の仕事を押し付けられ散々だった。いや自業自得だけど…
私の人生は一転した。
アオイのお蔭で体調も良い。なんと言っても毎日の生活が楽しい。アオイと笑いながら仕事をする…そうだ…こんな生活がしたかった。私の人生は光り輝くものに変化した。




