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試合

「お願いがあるんだ」


 俺はアロンダイトに竹刀の形状、重さ、硬さを説明した。


 アロンダイトは魔法でアストラガルスの茎を竹刀に変え、同じものを二本用意してくれた。


「魔法は五分で切れるようになってるから。勝ち負けがついてなくても五分経ったら終わりだよ。いいね」


 サタンは初めて手にした竹刀の感触を確認するようにぶんぶん振り回しながら、「了解」と左手の指で丸を作って見せた。


「何か、害がなさそう?」

「実はいい奴なのか?」


 壁際に避難しているデネブとアンタレスがひそひそとサタン評をかわすのが聞こえる。


 確かに。

 サタンからは人間に対する憎しみを全く感じない。

 そこにあるのは天真爛漫さ、あるいは無邪気さだけだ。


「あの子は疑うことを知らないの。だから、近しい人が言うことを全て鵜呑みにしてしまう。人間はひどい奴だと言われれば、徹底的に排除しようとするし、逆に今、私が魔族こそが悪者だって説けば、あの子は魔族を根絶やしにするわ。悪い子じゃないの。あの子の力を利用しようとする周りが悪いのよ」


 アロンダイトのその言葉と眼差しは母親のそれのように思えた。


「じゃあ、早速始めよっか」


 サタンは竹刀を右手だけで持って肩に担ぎ、俺に対して斜になった。

 少し腰を下ろす。

 バランスを取るためか、開いた左手を少し俺の方に向ける。


 これが構えか。


 竹刀は右手と左手で絞るように持つ。

 物心ついた時からそう叩き込まれていた俺は、片手で、しかも無造作に肩に担ぐというサタンのスタイルに面食らった。

 しかし、サタンの構えに隙は見当たらない。

 きっと初めて使う竹刀の手から伝わる性質から本能的に導き出した構えなのだろうが、理にかなっているように見えた。

 この対決は竹刀を使うが剣道ではない。

 相手に竹刀を叩きこめば勝ち。

 竹刀は軽く、腕力が強ければ片手でも十分に操れる。

 逆に両手で持つよりも剣の走りが早く融通が利く場面もあるかもしれない。

 現に今対峙してみると、迂闊に間合いに入れば一刀両断に切り捨てられるという怖さに背筋が寒い。


 それでも俺は両手で正眼に構えた。

 攻めと受けの両方に転じやすい基本の、オヤジに教えられたこの構え。

 これで俺はオヤジと真剣勝負する。


 ニッと笑ったかと思うと、サタンは無造作に飛びかかってきた。

 そして振りかぶった竹刀を俺の頭に目がけて素直に叩き込んできた。

 意外なほど癖のない直線的な攻撃。

 しかし、速い。


 間一髪、俺は頭のすぐ上で竹刀で受け止めた。


 重い。

 竹刀から伝わる衝撃で腕がビリビリと痺れる。


 サタンの打ち込みを受けながら俺は自分の竹刀のスピードにも驚いた。

 やはり竹刀の動きの速さは真剣とは比べ物にならない。

 迂闊に瞬きしていてはやられるし、自分も瞬間的な隙を見つけたら確実に叩き込める自信があった。

 俺は体を左へ流しつつ、手首だけを回転させ竹刀をしならせてサタンの右腕を狙った。


 サタンは「おっと」と声を漏らして、大げさなほど飛び退って避ける。


 サタンは小首を傾げ、その場で素振りを二度、三度行った。

 手首だけを回転させる小さな振り。

 今の俺の攻撃を自分のものとして体得しようとしているのか。


「うん」


 納得がいったのか、一つ頷くと再び俺との間合いをつかつかと詰めてきた。

 その構えは……正眼。

 先ほどまでの右肩に担ぐスタイルをあっさり捨てたようだ。


 俺は反射的に足を使って間合いを外した。

 サタンの構えに更なる恐怖を覚えたのだ。

 汗が頬を伝う。


 右肩に竹刀を担いでいる場合、攻撃はその右肩から振り下ろされる竹刀の軌道にさえ注意していればよい。

 しかし、正眼に構えられると相手の攻撃が読めない。

 右肩に担ぐスタイルよりも守備的なはずなのに、近づいた切っ先から放たれる威圧感が俺を萎縮させる。


 サタンはススッと近づいてきた。

 剣道で使われる摺足で。

 サタンの顔から笑いが消えている。

 俺の動きに集中している目だ。


 怯んではいけない。


 俺は下がらずにサタンの見えない圧力に耐えた。

 そしてこちらから打って出た。

 小手、小手、面。

 剣道の試合で使っていた連続技を繰り出す。


 サタンは俺の攻撃を無駄のない竹刀さばきで全て受け止める。

 さらに余勢を駆ってサタンも攻撃を仕掛けてきた。

 その攻撃も俺が使った連続技と同じものだった。


 俺も小手は竹刀で受け、面は足を使って回りこむことでかわす。

 小手が二発続いたことで、次の面が読めていたからだ。


 一旦、間合いが離れると、サタンはまたニッと笑い、俺の攻撃を催促するかのように切っ先をクイクイと振った。


 俺は魅入られたように誘いに乗って、攻撃を繰り出す。

 小手、面、胴。

 小手、面、面からの下がり胴。

 面、面、面。


 サタンは全てを受け、そして俺と同じ攻撃を返してくる。

 まるで録画再生を見ているかのように、竹刀の角度、振りの大きさ、速さまで正確に。


 俺は気付いた。

 俺が使っている剣技は小さい頃に道場でオヤジに教えられたものだということ。

 サタンの動きはオヤジの動きそのものだということ。

 俺自身の攻撃もオヤジと同じものになっているということ。

 そして、この手合わせが妙に楽しいこと。


「二人ともいい加減にしときなさいよ。さっさとケリをつけなさい」


 アロンダイトの精は俺とサタンの間にある特別な空気を理解しているようだ。

 しかし、母さんと同じ声でされる注意はさらに俺を不思議な気持ちにさせる。


「分かってるよ。こう見えても真面目にやってるんだから」


 サタンがアロンダイトに口答えする。


「そうだよ。そんなに簡単にケリがつくはずないだろ」


 俺もサタンに同調して、サタンと視線を絡ませる。


 いつまでも続けていたい。

 この空間を二人きりにしてほしい。

 そう願いながら、俺は竹刀を振った。

 きっとサタンも同じ気持ちだと感じていた。


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