サタン
フォラスはカッと目を見開いたかと思うと、すぐに萎れていった。
水分を失った花のように、その場に崩れ落ち、干からびた。
その姿は何千年も前のミイラのようで、絶命しているのは明らかだった。
「勝った……のか?」
アンタレスが目の前の光景が信じられないような声で呟く。
「勝ったの?」
穴の斜面を滑り下りてきたデネブが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ご主人様!」
デネブより先に涙声で抱きついてきたのはアスカロンの精だ。
アンタレスとアスカロンとデネブに囲まれた俺をアロンダイトの精が少し離れたところから微笑んで見ている。
その口が「やったね」と動いた。
「フォラスは強かった。マジで何度も死にそうになったよ」
最後まで勝てる自信はなかった。
アロンダイトの精の力がなかったら、全く歯が立たなかっただろう。「でも、アロンダイトがサイズ魔法で小さくなるとはね」
精が宿っている剣はその力が強く、サイズ魔法の影響を受けないのに。
「あれはもともとただの木剣だからね。私が入ってなきゃ、そこら辺の丸太と一緒よ」
アロンダイトの精の説明で誰もがなるほどと納得する。
「ちょっと、いつまで抱きついてんのよ。ずるい、ずるい。はい、交代」
デネブがアスカロンと俺の間に強引に割って入って、俺に抱きつく。
「あれ?デネブ、サキュバスの羽、消えたね。フォラスの魔法が効力を失ったからか」
デネブは顔を向けて背中を見たり、頭に手をやったりして確認する。
「ほんとだ。どおりで飛べないわけだ」
「え?あの羽で飛べたの?」
「そうよ。地上まで飛んで、アロンダイトを必死に探したの。それで、さっきここまで飛んで降りてこようと思ったのに、ジャンプしても羽が動かないもんだから、斜面を転がり落ちてきちゃったのよ」
「そっか。あの羽も役に立ったんだね」
「何でも使わないとね。久しぶりに羽で飛んだら気持ち良かったわ」
「フォラスはデネブのこと、元カノって分かってたんだろうな」
「そりゃそうよ。あいつ、私の性感帯熟知してるから、アストラガルスの蔓が気持ちいいの何のって」
アストラガルスと口にしてデネブは思い出したように「はい、これ」と俺に丸いものを差し出した。
それはアロンダイトの骨、つまりアストラガルスの根だ。
それはクルミのような大きさ、硬さで、確かに植物の根っこというよりは、動物の骨の一部という方がしっくりくる。
これが探し求めていたもの。
これがあれば、ヴェガ姫は、そして琴美は救われるはず。
俺はアストラガルスの根を鷲掴みにして天に向かって突きあげた。
「獲ったどー」
何となく言ってみたくなってそう叫んだが、こちらの世界の人には案の定通じなかったようで、怪訝な表情をされる。
「どー、って何だよ?」
「ああ、すまん。ちょっと言ってみただけ」
「頭、打った?大丈夫?」
「大丈夫だよ、デネブ。でも、大丈夫でなかったら、このアストラガルスの根を齧るよ」
「ヴェガ姫より先に使っちゃうの?」
「不敬な奴だ。きっと投獄されるな」
「そんなこと、私が許しません」
「アスカロン、大丈夫だよ。全部、冗談だって」
ハハハ。
談笑が広間にこだまする。
「良かったなぁ。楽しそうで、いいな」
不意に少年の声がして、全員がパッとそちらに顔を向ける。
そこには俺と瓜二つの少年。
「アル。あの子って……」
デネブの消え入りそうな声が本当に途中で消えた。
皆、一様に顔を青ざめさせる。
「サタン」
何かを覚悟したようなアロンダイトの声。
誰もが頭に思い描いていたが、口にするのが怖くて、しなかった名前。
バッとデネブとアンタレスが俺の横に展開する。
アスカロンがキッと口を引き絞って、剣の中に姿を消した。
「ねぇ、君」
サタンが俺に向かって真っすぐ指を差す。
「何?」
「君、けっこう強いんでしょ?僕と勝負しようよ」
ニコニコと笑って俺を見るサタンの目に敵対心はなく、むしろこれから起こることに対する期待感でワクワクしているような無垢な輝きがあった。
しかし、その無防備な表情を信じて良いのか。
「勝負?」
「サタン。やめなさい。この子たちは早く家に帰らなきゃいけないの」
「えー。そんなぁ。せっかく会ったんだよ。次、いつ会えるか分からないじゃん」
サタンは子どものように駄々をこねる。
次なんてないことを切に願う。
「じゃ、じゃあ、俺たち、急いでるから」
アンタレスが俺の袖を引っ張りながら後ずさりする。
「そ、そうね。多くの人があたしたちの帰りを待ってるもんね」
デネブも笑顔を引きつらせながら、俺の手を引く。
「やろう」
俺はサタンの目を見て宣言した。「一本勝負だ」
「そうこなくっちゃ!約束だからね。勝負が終わるまで逃がさないから」
サタンは嬉々とした表情で、「やった」と拳を握りしめる。
「アル!馬鹿か、お前」
「そうよ、死にたいの?」
「お前、私がせっかく止めてやったのに、何を考えてるんだ」
アンタレスとデネブだけじゃなく、アロンダイトにまで叱られ、呆れられる。
でも、ここは退けない。
若かった頃のオヤジと戦えるなんて、金輪際ないことなんだから。
それに、こちらの世界に戻ってくる前に久しぶりに竹刀を交えたオヤジとは一本ずつ取り合っての三本目が決着がついていない。
体力がなくなったオヤジが「もう無理」と一方的に宣言し、俺が止めるのも聞かずに面を外してしまった。
あの続きをここでやる。最後の三本目は俺が取る。




