左腕と引き換えに
「これがアロンダイトの力?」
俺は手にしているアロンダイトを見つめた。
その太い棍棒のような剣にアスカロンのような切れ味はない。
しかし、触れる者の生気を一瞬にして吸い取ることができる能力が備わっているのかもしれない。
いや、でも俺はアロンダイトの刀身を触ったことがある。
あの時、俺は何か吸い取られていただろうか。
そんなはずはない。
事実、こうしてピンピンしている。
つまり……。
「マザーは我々地人に対してのみ非常に強力な力を発揮するんだよ」
フォラスが諦めたように言う。「だからこそ私がその力を封じ込めねばならない」
アロンダイトは魔族の生気を奪う力を持っているということか。
だからこそ、俺たちからアロンダイトを奪取するときも、アロンダイトを鞘から抜こうとしたときにも多くの魔族が犠牲になった。
フォラスが持っている剣で受けようとしないのも、間接的にでもアロンダイトに触れれば生気を奪われるからだろう。
どこでもいい。
剣でも髪で爪でもどこでもいいからアロンダイトでフォラスに触れれば、フォラスを倒せる。
「ぅおらぁあ」
俺はアロンダイトを振り回してフォラスに向かって飛びこんだ。
フォラスは防御一辺倒だ。
打って打って打ちまくれば、フォラスの何かがアロンダイトの刀身に触れるのではないか。
「頑張れ、アル!」
デネブの声援と共に、体に何かが入りこんだ。
途端に自分の体の動きが素早くなったのが分かる。
デネブが俺の動きの速さを魔法で上げてくれたのだ。
「どりゃああ!」
ほんのかすり傷でいい。
アロンダイトをフォラスの体のどこかに触れさせれば、俺は勝てる。
フォラスの表情から余裕が消えている。
俺の剣の動きに目を凝らし、必死にかわしている。
だが、流れに任せてアロンダイトを軽く水平に走らせたとき、キラッと何かが輝いた。
何だ?
そう思ったときには右肩に激痛が走り、体が飛んでいた。
気が付いた時には、背中が地面に跳ねていた。
やられた?
痛みの中で薄ら目を開くと、フォラスのティルヴィングが顔の傍に、まるで墓標のようにそびえ立って見えた。
倒れた俺の肩に突き刺さっているのだ。
嘘だろ。
俺、死ぬのか?
「「アル!」」
デネブとアンタレスの悲鳴が遠くに聞こえる。
フォラスは強かった。
かすり傷一つ与えれば倒せるのに、どれだけ剣を振っても完璧にかわされた。
攻撃してこない。
そういう油断も俺にあったのだろう。
攻撃してこない、と思わせるのもフォラスの作戦だったか。
総じて相手が一枚上手だった。
視界がグラッと揺れて、何かに頭を持ち上げられる。
「アル!大丈夫?しっかりして!しっかりしなさい!」
俺を抱えてくれたのはデネブだった。「何してんのよ、ボケッ!早く、剣を抜けって!」
デネブが膝立ちで俺を見下ろしているアンタレスに罵声を浴びせる。
「いいのかよ、抜いて」
血が吹き出すぞ、とアンタレスは青ざめている。
「いいから、抜けって。早くしろよ。魔力が全身に回るだろ!アルがやばいだろっ!」
早く、早く。
デネブははらはらと流れる涙も拭うことなく、髪を振り乱して半狂乱で怒鳴り散らす。
こんなに口の汚いデネブは初めてだ。
「知らねえぞ」
アンタレスがティルヴィングに手を掛け、一気に引き抜き、放り捨てる。
「グワァアッ」
あまりの痛みに気絶しそうだ。
いや、本当に意識を失ったのかもしれない。
気が付いた時には痛みはほとんど感じなくなっていた。
「大丈夫よ、アル。絶対にあたしが死なせない」
優しく微笑みかけるデネブの頬はまだ濡れていた。
その手からは淡い光が発せられている。
右の肩がじんわりと温かい。
「フォラスは?」
フォラスはどうしただろう。
どうしてとどめを刺しに来ないのか。
「フォラスは……」
デネブとアンタレスが同じ方向を見る。
俺も懸命に顔を起こす。
そこにフォラスが倒れていた。
よく見ると、左腕がない。
「フォラスに刺されたとき、アルは吹っ飛んだけど、フォラスは急に力を吸い取られたみたいに膝から崩れて……それで、自分で左腕を切り落としたの」
「左腕を?」
「ああ。アルの肩に剣を突き刺したときに、剣を持っていたフォラスの左腕が一瞬にして萎んだように見えた。あれもアロンダイトの力なのかもな」
そうか。
アロンダイトが魔族の力を吸い取ると考えていたが、直接アロンダイトで触れなくても、アロンダイトを持っている俺の体に剣で触れただけでフォラスは力を吸い取られたのだろう。
そのアロンダイトは?
俺は剣を探そうとして腕を動かしたが、近くにはなかった。
その時、フォラスがむくっと動いた。
膝を地面に擦りつけるようにして少しずつ体の位置をずらしている。
フォラスが右手を伸ばした。
その先には……。
「アロンダイトが!」
フォラスはゆっくりと手を地面に転がっているアロンダイトに伸ばす。
その指で掴んでいるのはアストラガルスの根。
骨と呼んでいたその丸い種のようなものをフォラスはゆっくりゆっくりアロンダイトに近づける。
そう言えば、あの骨と同じような大きさの円い窪みがアロンダイトの刀身にあった。
「呼んだ?」
ぬっと俺の顔の前にアロンダイトの精が逆さになって現れた。
「わっ」
アンタレスがびっくりして尻もちをつく。
「フォラスが骨を」
「そだね。もう止められないね」
アロンダイトは相変わらず落ち着き払っている。「あんたに私の力をあげるよ」
フォラスは精巧な細工を施すように骨をアロンダイトの窪みにゆっくりとはめた。
そして、大きく息を吐いて地面に仰向けに転がった。
アロンダイトの淡い緑の光が消えた。
同時にアロンダイトの精も姿を消した。
そして俺は全てを理解した気がした。
誰にも理解されない苦しみ。
誰からも受け入れてもらえない寂しさ。
取り返しのつかないことをしてしまった恐ろしさ。




