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サタンの正体

「ハッ」


 デネブの気合を聞いた気がした。


 ドゴォォオオオン

 バサー、バサバサッ


 ドーム屋根が崩れ、辺りに岩石と土砂が降り注ぐ。


 が、しかし、俺の上には何も落ちてこなかった。


 音が収まった。

 抱えていた頭をゆっくり上げて目を開く。


 眩しい。

 そして、もうもうと砂煙が立ち込めて一面何も見えない。

 俺は袖口の布を口に押し当て、壁に背を預け状況の把握に努めた。


 すごい音だった。

 ウァラクの隕石落とし程ではないが、近いものがあった。

 俺がいたあたりのすぐ上にはぼうっと平たい何かが発光している。

 デネブが魔法で作ってくれた光の盾だろう。

 あれがなかったら、きっと落ちてきた岩石でやられていて、下手すると今頃は息をしていないかもしれない。


 頭上を見上げると、陽光の明るさだ。

 辺り一面の白い靄ではっきりとは分からないが、ドーム型の屋根はすっかり崩れ落ちてしまったようだ。


「アル。生きてる?」


 砂塵の向こうでデネブの声がする。

 俺はそこにいるであろうデネブに向かって応答する。


「ああ。デネブのおかげだ」

「よかった」


 フォラスはどうなっただろうか。

 そしてアロンダイトの精は。


 少しずつ靄が晴れてくる。


 ぼんやり浮かんでいるのはアロンダイトの精だろう。

 精だからこんな事態も一瞬姿を消すだけで何てことはない。

 そもそも実体があるのかないのか分からないから、もしかすると何が降ってきても体を透過してしまうのかもしれない。


 そして、フォラスもきっとこれぐらい軽く回避したのだろう。


「咲いちゃったか」

「これで間もなく我々の悲願が達せられます」


 アロンダイトの精とフォラスのやり取りが聞こえる。

 二人はこの砂煙の中でも普通に世界が見えているようだ。


「そうかしら」

「どういうことです?マザー」

「このまま私が黙って指をくわえて見てるとでも?」

「花が咲いても、まだ諦めないと?」

「私もとっておきの花を育ててきたんだよ」

「とっておきの花?」


 漸くおぼろげながらも広間の様子が掴めてきた。

 アロンダイトが浮かんでいる。

 その正面にフォラスがいる。

 壁際にデネブとアンタレスもいた。

 この位置関係はドーム屋根の崩落前と変わらない。

 しかし、明らかに違うものが一つあった。

 アストラガルスだ。

 陽光を受けるように少し上向きに花を開いている。

 一枚一枚が百合のように大きく、そして毒々しいほど真っ赤な花弁だ。

 その花は普通ではなかった。

 大きさや色も異様だったが、最もおぞましいのは花の中央にあるものだ。

 それは目を閉じた人の顔だった。

 その顔に見覚えがあった。

 俺自身だ。

 いや、そんなはずはない。

 俺はここにいる。

 となると……。

 俺はアロンダイトを掴んで立ち上がった。


「やれるよね?」


 アロンダイトの精が突然俺を振り返る。


「へ?」

「サタン様は間もなく目覚められます。いくらマザーでもサタン様が復活しては、為す術ないでしょう」


 フォラスはアストラガルスに近寄り、その巨大な花にかしずくように根元に膝をついた。


 あれが、あの花の中央に位置しているのがサタン。

 そうか。

 そうなのか。

 サタンはオヤジだったのか。

 俺はオヤジと戦うことになるのか。


 フォラスは突然アストラガルスの茎を掴み、思い切り引っ張った。

 ズルズルズルと勢い良く根が姿を現す。

 長い根の先にボーリングの玉のような大きさのこぶがあった。

 フォラスはそのこぶを切り離し、意味ありげに俺に、いやアロンダイトの精に向かって突きだす。

 アロンダイトの精の背中が細かく震えた気がした。


「本気なんだね」

「ええ。本気ですよ、マザー」


 フォラスは今度はこぶを慈しむように撫でた。「貴様らが欲しているのはこれだ。これがアストラガルスの根。いわゆるアロンダイトの骨はこの中にある」


 アロンダイトの骨?

 このアロンダイトに関係するのか?


 俺は手にしている剣を見下ろした。

 何のことかさっぱり分からない。

 しかし、とうとう探していたものを目の前にしたことの喜びが俺に力を与えた。

 あれを求めてここまで来たんだ。

 必ず持ち帰る。

 俺が顔を起こすと、それを待っていたかのようにフォラスが手刀をこぶに当てた。


 フォラスはスパッ、スパッと芋を切るようにこぶを小さくしていく。

 最後は手で揉むようにして中の種のようなものを出す。

 桃の種のようなものが現れた。

 ニヤッとフォラスが不気味に嗤う。


「さあ、やるよ」


 何かの始まりを宣言して、アロンダイトの精は姿を消した。

 と、俺が手にしている剣が淡く緑の光を放って輝き出した。


 アロンダイトがベールを脱いだ。

 手にしている感覚が今までとまるで違う。

 自信と気合と緊張と。

 そういった攻撃的な感情の奔流がアロンダイトの柄から俺の中心に向かって押し寄せてくる。

 声は聞こえないが、もう一度「やるよ」と言われた。

 それは耳ではなく体の内側に響いてくる感じがした。


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