封印解除
「ほう」
フォラスは目を細めて俺を見た。「よく言ってくれた。知っての通り封印は時間が経てば自然と解けるが、それまでにおよそ十年かかる。十年なんてあっという間だが、せっかく来てくれたんだ。ちょっと封印を解いてくれないか」
フォラスは盛った土に突き刺さったアロンダイトに視線を送る。
が、すぐに外す。
決して近寄ろうとはしないし、直視することも避けようとしている。
やはり、アロンダイトは魔族にとって脅威の力を有しているのだろう。
「アストラガルスはあれなのか?」
俺はデネブが縛りつけられていた花を指差した。
蕾は先ほどよりもまた少し開いた気がする。
「そうだ。あれが伝説の花と呼ばれるアストラガルス。そしてその根には球根のようなこぶができることがある。そのこぶは非常に硬く、我々は骨と呼ぶ。骨をすり下ろして飲めば万病に効くと言われている」
フォラスは口の端を歪めて笑った。「どうだ。満足か?」
不意に目頭が熱くなる。
とうとうここまで来た。
探し求めたアストラガルスが目の前にある。
その根を持ち帰れば、ヴェガ王女が、琴美が元気になる。
「泣くとはな……」
フォラスがどこか興ざめしたように背を向ける。「がっかりだ」
俺は息を整え涙を乾かし、アロンダイトに近づいた。
ステージに上り、鞘を両手で掴んで、大根を引き抜くように持ち上げた。
鞘から土を払い、柄に手を掛ける。
「抜くぞ!」
フォラスが気圧されたように一歩俺から距離を取った。
俺が素手でアロンダイトを握っていることが信じられないような顔で、その目は大きく見開かれ、幾分緊張しているようにも見える。
俺はゆっくりと手に力を込めた。
すると鞘の中に空気が入ったような、真空状態が解消されたような感覚が手に伝わった。
そして、アロンダイトは抵抗なくするすると刀身を現した。
梅干しがはまっていたような窪みが現れ、何となく懐かしい気持ちにさせられる。
これ、何だろう。
改めてその疑問が湧いてくる。
するとフォラスが急に跪いて、頭を垂れた。
まるで俺を王として崇め、臣下としての礼儀を示すように。
不意に一人の女性が俺の前に現れ、「んんー」と伸びをする。
その姿は何度見てもドキッとする。
「母さん」と抱きつきたくなる。
だけど、この人は母さんじゃない。
俺が作りだしているこの物語の登場人物でしかない。
そうだけど。
それは分かっているけれど。
「あなた、もう封印解いたの?何か早くない?」
まだ寝足りないんだけど、とこの場のピリピリした空気を読まずにあくびするアロンダイトの精。その彼女に向かってフォラスが声を掛ける。
「お目覚めですか。マザー」
アロンダイトがピクリと眉を動かす。
そして腕組みをしてゆっくりと振り返った。
「誰かと思えばフォラスじゃないの。元気だった?」
「おかげさまで」
何だ?
この二人は知り合いだったのか。
マザーってどういうことだ?
「フォラス!」
突然、アロンダイトの声に怒りが弾けた。「また懲りずにアストラガルスを咲かせるのか」
「我ら地人の繁栄のためです」
フォラスは間髪入れずに返事する。
まるでアロンダイトに指弾されることを想定していたかのようだ。
「同じ世界に暮らしているのに、人間も地人もないと何度言ったら分かるのか」
「おそれながら、分かりません。分かりたいとも思いません」
「争い事は嫌いなんだよ、私は」
「マザー。人間が我らの軍門に降れば、争いは終わります」
「それまではやめる気はないと言うのか」
「はい」
フォラスは涼しい顔で返事をする。
先ほど、一瞬見せた緊張の表情はすでにない。
「私を敵に回してもか」
アロンダイトの威厳に満ちた声。
思わずひれ伏したくなる。
カリスマとはこういうものだろうか。
辺りを静寂が包み込む。
さすがのフォラスも言葉を発しない。
この問いに対する答えがフォラスの命運を左右するものになるような重苦しい気配が漂っている。
しかし、フォラスは顔色を変えない。
覚悟は決まっているようだ。
フォラスもフォラスで熟慮の末の決断であるらしい。
その答えは……。
「お相手仕ります」
決別宣言ということか。
アロンダイトも気後れした様子を見せない。
泰然とフォラスをステージから見下ろす。
「面白い」
プツン
え?
まるで停電でテレビやら蛍光灯やら冷蔵庫やらが一時に電源を失ったときの音が耳元で弾けた。
同時に本当に広間が真っ暗になる。
先ほどまで薄暗かったが、今は漆黒の闇だ。
明らかに何かがおかしい。
しかし、誰も何も言わない。
どうしたのだろう。
間もなくゆっくりと先ほどの薄暗さが戻ってくる。
少しずつ視界が効いてくる。
アロンダイトもフォラスもデネブやアンタレスもプツンの前と同じ格好のままだ。
「なぁ、アロンダイト。今、何か変じゃ……」
「うるさいな。今、大事なとこ」
それぐらい分からないのか、という感じでアロンダイトに叱られる。
おかしい。
今、明らかにこの世界の全ての動きが一瞬途切れた感じがあったのに、俺以外に異変を訴える人がいない。
と、ゴゴゴ、と世界が生まれ変わるような地鳴り。
そして地面が大きく揺れる。
「うわっ!」
俺は思わずステージの上で両手両膝を床についた。
経験したことのないほどの横揺れに立っていられない。
「地震!」
「でかいぞ!」
デネブとアンタレスが叫ぶ。
アロンダイトとフォラスは見つめ合ったまま動かない。
パラパラと何かが降ってくる。
揺れで頭上のドームから土が落ちてきているのだ。
見上げると星々のような小さな穴を線でつなぐようにドーム屋根にいくつも亀裂が走っている。
「落ちるぞ!」
アンタレスが地面に伏せ手で頭を抱えた。
揺れは収まらず、俺も自然とアンタレスと同じ格好になる。
自然の驚異の前には誰もが無力だ。
屋根が崩れる。
逃げ場はない。
運が悪ければ……。
死の恐怖に迫られ、俺は体を少しでも小さくするしかなかった。




