俺のフルン
「弱い」
フォラスが嘆くように言う。その手にはいつの間に奪ったのか、アンタレスの腰にあったはずのフルンティングの鞘が。「この程度の腕でここまで来たのか」
「なっ」
何と言うことか。あのバーサーカー状態のアンタレスが為す術なくやられるとは。
「フルンティングが可哀想だ」
鞘をくるくる弄び、フォラスが頭上を見上げた。
先ほどフォラスが跳ね上げたアンタレスの愛剣がドームの天井に突き刺さっている。
「あれは……」
剣の周囲の光の連なりに見覚えがある。
元の世界のプラネタリウムで何度も見た形。「さそり座か」
さそりの胴体をフルンティングが貫いている。
その息の根を止めるかのように。
フォラスはその手から空撃・カッターを放った。
カッターは正確にフルンティングの周囲の天井部に突き刺さり、その衝撃でフルンティングが落下する。
アンタレスの愛剣は呼び寄せられたようにフォラスの手に落ちた。
「返せ」
アンタレスが腹部の痛みに苦悶の表情を浮かべながら、フォラスに向かって手を伸ばす。
「持ち主がそのような未熟な腕では名剣フルンティングがあまりに不憫。私は同情するぞ」
フォラスはフルンティングの刀身を横に倒し顔に近づけた。
まるでフルンティングが何かを言っていて、その声に耳を欹てるように。
「まさか……」
俺は嫌な予感に身震いした。「やめろ!」
俺はアスカロンを手にフォラスに駆け寄った。
しかし、フォラスが俺の足下に炎撃を無数に放ち、近づけない。
異変を感じ取ったのか、フルンティングの精が飛び出すように現れ、「アニーたま」と叫ぶ。
「フルン!」
「アニーたま。これって……」
「フルン。待ってろ」
アンタレスは立ち上がるが、体をふらつかせる。
「静かにしろ。フルンティングは休みたがっている」
そう言ってフォラスは無表情のまま固まった。
何かを懸命に絞り出そうとしている。
そして少しずつフォラスの目が潤み出した。
やがて目尻から雫となった涙が溢れ、その雫が剣で跳ねた。
そして、フォラスはフルンティングを静かに持っていた鞘に収めていく。
「フルン!」
「アニーたま!」
フルンティングの精は絶望に打ちひしがれたような青ざめた表情でアンタレスに手を伸ばした格好のまま姿を消した。
「ああ。俺のフルンが……」
カチン、と音がしてフルンティングの刀身の煌めきはフォラスの手によって完全に隠された。
「まさか、封印か」
俺の呟きがきっかけとなってアンタレスは「フォラス!お前ぇ!」と声を荒げ、フォラスに向かって突進した。
その頬は愛剣を他人の手に封じ込められた悔しさの涙に濡れている。
俺は横を駆け抜けていこうとするアンタレスの肩に手を掛けた。
しかし、アンタレスに「放せ」と振りほどかれ、目を瞑った。
剣士が剣を持たずにフォラスに殴りかかっても勝ち目はない。
案の定、フォラスに鞘に入ったフルンティングで首筋を殴りつけられ、ふらついたところで腹部を蹴り飛ばされる。
無残に俺の足下に転がったアンタレスの脇にフォラスが無慈悲にフルンティングを放り投げる。
用済みだと言わんばかりに。
呻きながら、アンタレスは震える手を愛剣に伸ばした。
地面に寝ころんだまま、恐る恐るという感じで柄に手を掛ける。
しかし、剣は動かない。
刀身は現れない。
力任せに抜こうとするアンタレスの腕がプルプルと小刻みに震えている。
アンタレスは封印が解けないことを悟り、「嗚呼!」と絶叫してフルンティングの鞘を頬に押し当てた。
俺はアスカロンの柄に手を掛けた。
しかし、その感触がいつもと違う。
アスカロンが怖がっている。
フルンティングの二の舞になることを恐れている。
それは俺も同じだった。
バーサーカーとなったアンタレスですらフォラスに赤子の手をひねるようにやられた。
とても俺が太刀打ちできる相手ではない。
「同じことか?」
フォラスが俺に問いかける。
「え?」
「アロンダイトも同じことなのか?」
封印されているのか、ということだろう。
冷静になろう。
俺は一つ深く呼吸した。
俺たちの目的はアストラガルスの根を持ち帰ること。
和平的にそれが叶うのであれば、それで良い。
ヴェガ王女の、琴美の命を救うのが俺の使命だ。
アストラガルスはあの壁の巨大な花に違いない。
あの根を掘り出せば、俺が求めているものが手に入る。
そのためにはアロンダイトの封印を解いたって構わない。
「そうだ。アロンダイトは俺が封印した」




