甘い感触
アンタレスは熱にうなされている。
背中をオセに斬りつけられ、そこが熱を持っているのだ。
デネブ曰く、オセの大刀には魔力が込められていて、それで斬られると傷口から体が魔力に侵されるとのことだ。
処置が遅れると高熱が出たり体が麻痺したりするという。
アンタレスの受けた傷は致命的な深さではないが、魔力が消えるまで熱はひかない。
デネブは聖水という名の水で傷口を洗い、痛み止めの薬草を飲ませ、魔力を浄化する魔法や傷口を小さくする魔法をかけ、できる限りの処置を行った、と言った。
「どれぐらいで熱は下がる?」
「アンタレスの体力次第ね。今日はもう安静にしてるしかないわ」
まだ明るいが俺たちはテントを張っていた。
アンタレスを無闇に動かすと傷口が悪化したり、魔力が消えにくかったりするので横にさせておくのが一番らしい。
「アルも少し休んだら?体、しんどいでしょ。あたし、見張ってるから大丈夫だよ」
俺もオセの大刀で右肩に傷を負っていた。
アンタレスと同様の処置をしてもらっていたが、デネブが言うように少々体がだるい。
俺も魔力で毒されているのだろう。
痛み止めの薬草が効いていて眠いということもある。
「ごめん。そうさせてもらうわ」
俺は「おやすみ」と手を振って、テントに向かったが、入る前に振り返った。「なぁ」
椅子に座ってテーブルに頬杖をついていたデネブがこちらを見る。
「ん?何?」
「オセが化けてた、あの女の人がヴェガ王女なの?」
「そうよ。あ、そう言えば、アルはヴェガ王女を見て、コトミ、とか言ってたね。知ってる人に似てたの?」
「ん?ああ、まあね。でも、良く見たら全然似てなかったわ」
俺はテントに入りオセの大刀を放り投げて体を横たえた。
オセの大刀は鞘がないので、野生していた名も知らない豆の鞘をデネブの魔法で巨大化させ大刀に被せている。
抜き身のままでは落ち着かないから仕方ない。
ヴェガ王女は琴美だった。
そっくりとか言うレベルではない。
オセはヴェガ王女のつもりで化けていたのだろうから、本物のヴェガ王女は琴美本人と思って間違いないだろう。
瞬一もアンタレスとして、プラネタリウムの職員もポラリス王としてこちらの世界にいる。
ここまでくるとこれらは偶然の産物ではない。
きっと、こちらの世界と俺がいた世界とが何らかの形でつながっているということだ。
しかし、俺がいた世界の記憶を持っているのは俺だけのようだ。
ヴェガ王女はどうなのだろう。
琴美の記憶を持っているのだろうか。
思い出されるのはプラネタリウムでの琴美の顔だ。
暗闇の中に一瞬浮かんだ琴美の微笑み。
そして「さがして」の口の動き。
あれは俺が置かれている今の状況を暗示していたのだろうか。
だとしたら、何としても俺が琴美を、ヴェガ王女を探し出して救ってやらなくちゃ。
そんなことを考えていたらいつの間にか眠っていたようだ。
何か体が重くて意識が戻ってくる。
何だ?
何かが俺の上に乗っているのか?
ん?
股間がスースーする。
薄く目を開くと外は夕方らしくテントが茜色に染まっている。
テントの中に誰かいるようだ。
「え?」
ガバッと身を起こしたら、「キャッ」と女性の小さな悲鳴が聞こえた。
「びっくりしたぁ。急に起き上がらないでよ」
声はデネブだった。
「デネブ!何で?」
見ると、ほの暗いテントの中で俺の大事なものが露わになっていて、それをデネブがしっかり握っている。
俺の体は正直に反応していて、慌ててデネブの手を払いのける。「何してんだよ!」
デネブに背を見せ、ズボンを引き上げる。
しかし、なかなかモノが鎮まらない。
俺は深呼吸を繰り返した。
「いや、何でってことはないんだけどさ。アスカロンもいないし、アンタレスも寝てるから今なら誰にも邪魔されないと思って」
「そういう問題じゃないだろ!」
「アル。変な風に考えないで」
デネブが背後に近づいてきて俺の肩に顔を寄せる。「これは処置の一環なの。魔力の毒はこうやって放出させるのが一番なのよ。あたしはアルを楽にしてあげたいと思って」
そうなのか。
俺の体に魔力の毒が溜まっていて、射精によってそれが体外へ排出されるということなのか。
そうかもしれない。
この世界の仕組みは俺にはまだよく分からないのだから、デネブに任せるべきなのかも。
「じゃあ、アンタレスのも?」
振り返ってそう訊ねると、デネブは困った顔を見せた。
それでデネブが嘘をついていることが分かった。
アンタレスの方が傷が重いのだから、彼から先にその処置をしてやるべきだろう。
「ねぇ。アル。あたし、アルになら何でもしてあげたいの。こちらの世界に来て分からないことばかりで色々と、その、溜まってるでしょ?男の人って定期的に処理しないと駄目だって聞くし。だから、ね?」
そう言ってデネブはまた俺の背後から股間に手を伸ばそうとする。
俺は「ちょ、ちょっと待て」と尻でデネブを押しやりながら、それを再度払いのける。
「アルはあたしのこと、嫌い?」
拗ねたような口ぶりだ。
「嫌いじゃないけどさ」
「じゃあ、いいじゃん」
琴美の顔が目の前にちらつく。
「ヴェガ王女にばれたら大変なことになるぞ」
「アルが黙ってれば、大丈夫よ」
「俺が黙ってそんなことできると思うか?」
「んー、もう」
デネブは口を尖らせて両手で俺の背中を突き飛ばした。「魔法でアルの全身を痺れさせちゃおうかな」
「おいおい。怪我人に何てことを」
「分かったわよ」
デネブは少し自棄気味に俺を睨んだ。「じゃあ、ほっぺにチューしてくれたら帰るわ」
「だーめ」
「ケチ」
「ヴェガ王女が待ってるからな」
「アルったら、急にヴェガ王女、ヴェガ王女って何よ。何なのよ」
デネブはぷいっと俺から顔を背ける。そして俺の顔の前に手の甲を差し出した。「じゃあ、手にキスして。こんな挨拶でもダメなんて言わないでしょうね」
これもダメなら本当に魔法掛けるわよ、と言われ俺は渋々デネブの手を取った。
「分かったよ」
俺はデネブの手にそっと唇を寄せる。
と、その時デネブが急にグッと俺の手を引いた。
おっと。
体勢が崩れてデネブの体に倒れかかる。
床に左手をついてこらえたところに、デネブが顔を寄せてきた。
隙だらけの俺の唇にデネブの唇が重なる。
んー*#%&$
俺は慌ててデネブから離れようとするが、唇が貼りついてしまったかのようにデネブから離れられない。
しかもどんどん体が前に倒れていくのが分かる。
デネブが俺の首に両手を回し強い力で引きつけているのだ。
そしてそのまま重力に任せて背中を倒そうとしている。
俺は体の自由を奪われ、デネブと密着したままデネブに覆いかぶさるようにテントの床に不時着した。
「うわっ」
俺は懸命に腕を床に突っ張って飛び上がり、尻もちをついた。
デネブはすっくと立ち上がりニッと歯を見せ、「次はこんなんじゃ満足しないからね」と言いながら、呆然と見上げる俺を尻目に軽い足取りでテントを出て行った。
キスしてしまった。
正直、甘い感触が心地良い。
キスってこんなに気持ち良かったっけ。




