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龍とたてがみとギャラクシア  作者: 雨野グッピー


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第2話 伝説と宮廷筆頭魔術師

 紅き太陽が昇るその国は、決して破れぬ不敗の国と呼ばれていた。


 ひるの刺すような陽に、咆哮する金のたてがみの獅子を描いた国旗が照らされる。


 旗はまさにこの国の威容そのものだった。これが戦場にはためけば、対する国は恐れをなして即座に軍を退く。

 陸でも海でも市街戦でも、敗北は相手の負うべき言葉だった。


 その獅子の国の中心。

 王政の最高機能を司る白亜の巨城で、今まさに王と拝謁者は対峙していた。


 白い石のアーチ窓から一斉に陽が差し、金色の広間を鮮やかに照らし出していく。

 深紅にしつらえられた玉座より見事なのは、世界に一つしかないその広間の天井画。


 天井を埋め尽くす絵画の天使達が、静かに拝謁のその男と、周りに並ぶ廷臣達を見下ろしていた。


 一つ大きな雲が流れ、そしてまたすぐにその切れ間からまばゆく太陽が顔を出す。


 眼前に膝をつくその男に向けて、王はゆっくりと言葉を続けた。


「良い。師の葬儀を許そう。しばらく休暇を取ってよいぞ」


 有り難き幸せと、男は頭を下げたまま答える。


 美しい男だった。差す陽に下げた頭の淡い色の髪が映え、伏しながらも涼しげな目元。

 体躯は細くも長身で、纏う深い黒の衣が大理石の床で光を照り返す。


 そしてひざまずきながらも脇に立てた一振りの杖が、この場に召された者の中でも彼が特別な地位にあることを示していた。


 まさに国一の宮廷魔術師。

 対する王でさえ、彼にかける一言一言に緊張が走る。


 この男に比べれば、歴代の王も血統を繋いだだけのただの凡人に過ぎない。

 並ぶ臣下も今は畏敬に満ちた目で、その姿を見守っていた。


 魔術師から王への暇乞いも終わり。

 そのまま下がろうとする魔術師を、しかし王は直前で呼び止めた。


「レオナルドよ」


 黒い衣の背が、その場でぴたりと足を止める。

 その背に王は続けた。


「かの人が亡くなってもう十二年。聞けば無実の罪での処断だという。そろそろ宮廷魔術師としての名誉を回復しても……」

「例の女性魔術師の地位向上の一環でございますか?」


 そう言って振り向いた顔は、微笑んでいた。だからか、王は思わず言葉を飲んでしまった。

 魔術師は再び王の前に跪き、頭を垂れる。緩く巻いた髪がするりと頬に落ちかかった。


「陛下の温情、誠に痛み入りますが、今さら名誉など彼女の望むところではないかと。冤罪なのは宮臣なら皆承知しております。前王の治世は、それが『当たり前』でしたから」


 そしてゆっくり頭を上げる。

 太陽に照らされる困ったような笑みは、まるで国一の宮廷魔術師が浮かべるものとは思えない、凡庸で優しい笑みだった。


 しかし……。


「故郷に眠ることができるだけで、我が師の魂も安らぎを得られましょう。長い時が、ゆっくり我らを癒したのです。これ以上は望みません」

 

 そう断りを入れ去っていく背に、この国の王はもうそれ以上何も言うことはなかった。……言うことができなかった。


 魔術師は玉座の間の扉をくぐり、長い衣の衣擦れの余韻だけを残してその場を去っていく。


 その姿が完全に見えなくなってしまってから、王はため息混じりに額に手を当てた。

 がっしりとした逞しい指の間から、穏やかな青い瞳が床を向く。皺をたたえた目元に、さらに深い皺が寄せられた。


 ……生きる世界を隔てている。そう思わされるほどに、遠い背をしている。


 王と魔術師の地位の差。重ねてきた年齢の差。しかし背負った天命の重さはそれを遥かに凌駕する。


「父上、どうかされたのですか?」


 並ぶ臣下の脇から、不意に声が発せられた。


 臣に混じって話を聞いていた娘・ミレイアだ。父王の様子に心配そうに眉をひそめ、王女は玉座まで近付いてくる。


 王は額に手を当てたまま娘に答えた。


「いいや、ただ予感がするのだ。玉座の間にもうすぐ波乱がやって来るのではないかと」

「レオナルドは父上を信頼してくれています。何が起きても大丈夫です」


 声を震わせながらも、王女は父に強い眼差しを返す。


 娘の言葉に弱く頷き、王は光指す玉座の天井画を仰いだ。


 見上げれば、降りてくる天使達の上には、どこまでも抜けるようなフレスコの星空が続いている。


 世界に数ある天井画の中でも最高傑作を謳われる名画、『銀河招来ぎんがしょうらい』。


 星空を伝い、天使達はある一人の人物を祝福するために地上へ下りてこようとしている。


 千年に一人だけ現れるという奇跡。この国の真の王を助け、栄光に導くという救国の魔術師を祝うために。


 しかし王はすでにそれを得ている。先程までここに膝をついていた若き魔術師、レオナルドがそれだ。

 かの天才がこの世に現れてから、この国は他国との戦に負けを見たことがない。


 彼と並ぶ魔術師はこの国に、いいや世界に、もう二度と現れることはないだろう。


 ……にわかに、窓から差す陽が再び流れる雲に遮られていく。


 胸騒ぎは気のせいだろうか。それとも。


 遮られていく陽の下で、王は娘に向けてかすかに呟いた。


「ミレイア。この治世、無事にお前に譲れると良いが……」





 流れる黒が、光差す午の王宮を割っていく。


 魔術師は脇目をふることもなく、ただ目的地を目指して歩いていた。


 廷臣達が会議する赤絨毯の間。兵士が鍛練の声を上げる白い石の庭。

 突き進んで離れ宮まで来ると、窓辺には各地から客人として招かれた貴族の女性達がお喋りしているのが見える。


 浅く青い水を張った庭園から鳥が飛び、庭木は常緑に彩られ。

 それはこの国の天上まで上ってやっと見られる、幻のようにまばゆい景色だった。


 テラスの女性達から向けられる淡い期待と熱の視線、甲冑の隙間から横目でこちらを捉える兵士達の羨望の眼差し。


 そのすべての真ん中を、魔術師は杖とローブを引き連れ一人進んでいく。


 やがて自らと同じ宮廷魔術師達の出入りする、王城の離れ塔へとたどり着いた。


 その手で塔の上層に座する自室の扉を開いて、慣れきった薬品の臭いをローブに纏う。

 常に光の当たる玉座の間とはまるきり違う。カビ臭く、薄暗く、冷たい空気の流れが部屋の中を支配していた。


 驚くべきはその部屋の異様な物質の量だ。

 破った国から、進出した海の向こう側から、かき集めた幾千のガラクタが踏み入る者の行く手を阻む。


 しかし魔術師は慣れた様子でその間を縫い歩き、部屋の中程にある古びた螺旋階段へ。

 そしてコツコツと、杖を突きながら無機質な音を立てるきざはしを上がっていった。


 そっと、彼が上階にたどり着くと同時に辺りの燭台に火が灯される。


 その部屋は下の階とは正反対だった。

 整然と物が配置され、棚にしっかりと本が納められ、数々の宝物は硝子の中に閉じ込められて。


 ……そしてその箱へと続く道は、周りにある稀代の宝でさえ阻まぬよう、まっすぐに開かれていた。


 そう、彼が目指していたのはそこにある、たった一箱。


 淡く涼しい光を放つ、青い翡翠の箱だった。


 それはまるでダンジョンの最奥の宝箱のように、豪奢で大きな箱だった。

 蓋の上は花をあしらった美しいカメオが飾り、錠は銀でできて。


 ……しかしその装飾が美しいほど、中に在るものの異様が際立つように。


 魔術師は静かに、その箱の前に膝をつく。カランと、さっきまで手にしていた杖が冷たく床に転がった。


 そしてギイという音とともに、彼はゆっくり蓋を開いた。


 箱の中には丁寧に織られた赤い布が敷かれ、その上に二つの物が載っていた。


 一つは、ぐるぐると包帯で巻かれた、両手で包めるほどの何か。

 そしてその横に、乾いた銀色の糸の束のようなものが一房置かれていた。


 その内の一つ、包帯で巻かれた何かを、魔術師はそっと持ち上げる。そして包帯をほどき始めた。

 くるくるくるくると、異様がわずかな明かりにさらけ出されていく。


 やがて包帯の隙間から黄ばんだ髑髏が現れても、彼は至って冷静な瞳のまま。

 包帯を完全にほどき終えると、その髑髏を己の目線まで持ち上げた。


 指の隙間から、骨にわずかに残った、傍らの束と同じ銀色の髪がこぼれる。


「先生、いよいよです」


 熱い吐息とともに、静かな言葉は朽ちた頭蓋へと注いだ。


 慈しむように、彼はその『人』と額と額を合わせる。

 何もかも剥き出しの顔が、ぽっかり空いた二つの穴で彼を見ていた。


「もうすぐ、俺達の願いが叶います」


 かかる指は愛撫の如くさらされた眼窩をなぞり、蕩けるような目はまるで無二の宝を前にしたときのように細められて。


 ……そして、時間を止めるように停滞した空気に溶けるその言葉は、生ける者に語るよりずっと真摯で重く。


 答えは返ってこない。見つめ返す瞳もない。


 しかしそのすべてが見えているかのように、彼は笑っていた。

 これから願うすべてのことが叶うように、不敵な笑みだった。


 そう、叶うのだ。始まるのだ。

 魔術の世界が変わる。

 今日このとき。この箱を閉じた瞬間から。


 ……やがて、部屋に灯された火は消え。

 頭蓋を抱えて一人螺旋を下りる男の足音だけが、闇の中に残された。


 彼は進んでいく。

 どこかで蝶が羽ばたいた音は、今はここに届くこともなく。


「もうすぐこの国に、本物の太陽が昇る……」

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