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龍とたてがみとギャラクシア  作者: 雨野グッピー


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第17話 流行り歌と領主

 考えても仕方のないことを、それでもふと考えることがある。

 明日に恐怖しないで済んだ、穏やかなときを過ごせたのはいつまでだっただろう、と。


 過ぎていく雨風を眺める逃亡生活の隙間、空を見上げてぼんやり思い返すのだ。


 しかし平穏と不穏のはっきりとした切れ目の記憶はない。

 平穏の終わりは、平穏な日常そのものの中に、ひっそりと紛れていたのだから。


 思い出す、起こされたばかりの土の臭い。 

 聞こえてきたのは、かき鳴らされるビウエラの音色。


 街の外れの農村で、鍬を置いた農夫のじいさんが、畑仕事の休憩に仲間とともに歌っていた。

 街へと帰る道すがら、子どもの耳は何気なくそれを聞いていたものだ。


 そう確か、こんな歌だった。


 ああ、世は無常。

 領主でさえもすげ替えられる。

 明日は繋がるか俺たちの首。


 新しい領主のイクリプス様。

 それは大変厳しいお方だという。


 逆らったが一生の詰み。

 一言物申したが墓場行き。

 お城に何千、黒馬の騎士。

 魔術師貴族も裸足で逃げ出す。


 明日には来るさ家来の役人。

 鞭を持って税を取りに。


 耕せ耕せイクリプス公のため。

 刈れや刈れやイクリプス公のため。

 税は取られても頭は取られちゃならぬ。


 慎め慎め我が身のため。

 隠せ隠せ日頃の不満。

 麦取られても頭は取られちゃならぬ。

 畑取られても娘は取られちゃならぬ。


 ……しかしその歌もやがて聞くことがなくなった。

 その歌を歌う者達が、みんないつの間にかいなくなっていたからだ。

 楽器は農民から取り上げられ、村には沈黙が落ちた。


 その後だった。

 どこからともなく現れた男達が『自警団』なるものを名乗って徒党を組み、女達を『魔女』に仕立て上げ、狩り始めたのは。


 幼い身には漠然としか感じられなかったが、思えばあれがイクリプスの時代の始まりだった。


 恐怖で支配し、互いに監視し合わせ、重税を課しながら、その憂さは魔女狩りで晴らさせる。

 彼が『巧妙』に、この地方を支配した瞬間だった。

 幼いピエドラを待つ運命の、大部分が決まった瞬間だった。


 あれから二十年。この国はどこも、イクリプス領のような姿になったという。

 彼はまるでこの国の太陽であるかのように昇りつめ、王もを陰らすその権力で、すべてをその手に収めたのだから。


 彼は法になり、権力になり、軍隊になり。

 イクリプスという壁を、この国の誰も越えることはできない。

 圧政を圧政と断ずる口は、貴賤を問わずすべて閉ざされた。沈黙だけを金とする時代がやって来たのだ。


 イクリプス。この国の豪商であり宰相にして、権威という業火を纏う第二の太陽。


 その炎の壁の前で燃え尽きる、幾千の民の魂の間でしか、もうあの歌は聞こえないだろう。




「……頭取られちゃならぬ」


 一歩踏むごとに大量のカビの胞子を巻き上げそうな古い赤絨毯の上で、魔女はポツリと呟いていた。


 こんなときに何を考えているという疑問は、前を行く聖典の番人もピエドラ本人と同じく抱いたらしい。

 前触れなき魔女の呟きに、老人は驚いたようにこちらを振り返る。


『ピエドラ?』

「え、ああ……。何?」


 こんな場所まで来て幼い日の思い出に浸っていた魔女――ピエドラは、こっちを見ながら首を傾げる青白い精霊に向けて、思わず生返事を返してしまっていた。


 ホントにこんなときに何を考えてるんだ。

 子どもの頃の流行り歌なんて、今の今まで忘れていたことを。


 一度頭をブンブン振って、魔女は今進んでいる道に集中する。


 風の魔術を奇跡的に暴発させ、ピエドラが何とか入り込んだ要塞のような悪魔城。

 そこには一体どんな暴漢が待ち構えているものかとヒヤヒヤしていたが、聖典の番人の老人の言った通り、先の爆発に引き付けられたのか城内の敵は少ない。


 どうやら魔女がソルのために無理に囮になる必要はなさそうだった。

 それならまずは少女と合流しなければというわけで、ピエドラはソルの捜索に乗り出したのだ。


 城の中なんて当然入ったことのないピエドラだったが、番人の老人に先導してもらい、なるべく見張りのいない道を選んでここまで歩いてきた。

 見張りがいた場合は、まずは老人にその男に近付いてもらい、青白い体が纏う冷気で気をそらして、その間に先に進む。


 幽霊――いや精霊の特異体質を活かした華麗なる潜入作戦だ。ピエドラはまあ、ほぼ何もしていないに等しいが……。


 そんなこんなで今は、老人いわく中庭に続いているという長い赤絨毯の廊下を、杖を突きつつ恐る恐る歩いているというわけだ。

 老人が魔力を探知するところによると、ソルは中庭をこちらへ向かって進んできているらしい。

 このままピエドラも中庭へ出れば彼女と落ち合えるはずだ。


 今歩いているこの廊下は、この建物の真ん中を貫いているのか、幅も広く美術品も多く飾られている、いかにも豪奢な城の廊下だった。

 見張りの男達が通ったのか、壁の燭台にはまだ火が灯っていて、行く先をうっすらと照らしている。


 ここまでは何とか順調にやって来られたと思うが……。

 如実に年月の降りた臭いを放つ赤絨毯の上で、魔女ははあと一つ息を吐く。


 この城。外観だけでなく内装からも、かつてはかなり羽振りのいい貴族が暮らしていたことがうかがえる。もしそのときにここへ来ることが可能だったならば、魔女も呑気にそこかしこの美術品に関心を持ち見入ったことだろう。


 しかしすっかり荒廃した後のその廊下を行くピエドラにとっては、薄明かりに照らされるその美術品こそが目下の問題だった。

 

 己の体重を杖に預け身をかがめながら、魔女は一歩歩くごとに、「うわあ……うわあ……」と情けない声を漏らす。

 番人の老人もさすがにふさふさの眉根を寄せた。


 しかしこれは仕方がない。周りは気味の悪いものの――、


「――大集合じゃないの。何で肖像画の顔のとこが切り裂いてあるのよ……」

『泣くな。視界が霞んでしまうぞ』

「ギリ泣いてないわよ」


 この異様な光景に今さら足を止めたりはしないが、これ以上足を進めたくないのも確かだ。


 廊下の壁を飾る肖像画の大半は顔部分だけ狙って引き裂かれ、等身大の彫像が置いてあったと思えばその頭がなかったりする。何だこの城。


 魔女と呼ばれ自警団に追い回され、この二十年、どんな化け物屋敷にだって迷わず隠れ潜んできた。

 故にどんないわく付きの場所だってピエドラには慣れっこだ。


 しかしこの城はいわく付きなんてものじゃない。壁の絵を引き裂いたり、彫像の頭を壊したり、これをやっているのは多分全部人間だ。


 この城には、世間の人が噂するような魔物や怪物の気配はない。

 人さらいという名の悪魔ならいるが、ここまで歩いてきた限り、超常的な何かが闊歩している様子はなさそうだった。


 あるのは打ち壊され、ほこりをかぶり蜘蛛の巣を引っ掛けた美術品ばかり。

 故にこの冷たさが腹の底まで染みる。


 生きた人間の怨恨。その跡が、この場所にはまざまざと残されているからだ。


 そして。ひたすら歩む者の気を滅入らせる長い廊下を歩きながら、ピエドラはふと、過ぎていく美術品の壊され方に違和感を持ち始めていた。


 像の中にも壊されているものと全くの無傷のものがあるのだ。


 剣や槍を構える、兵士や剣士の像は傷も欠けたところもなく無事だ。

 首から上を壊されたりすっぱり切り裂かれたりしているのは、多分貴人と、魔術師の像だ。

 頭がないのは決まって貴族風の服装をしている像と、模造品の杖や魔導書を持っている像だったから。

 また一つ、魔導書らしきものを持った像の頭がないのを見てそれは確信に変わる。


 しかしこれがまたこの城の怪しさを倍増させているのだ。

 衝動的に見える破壊の中にも、どこか理性を感じさせる行動の跡が、どうしようもなく平常との乖離を感じさせるから。ホントに何だこの城。


 あれ、そうだ魔導書といえば……。


「そういえばあんたは……ギャラクシアは一体どこにあるの? ソルと引き離されたって言ってたけど」


 ソルの身を探すことに必死になって思い至らずにいたが、聖典は一体どこにあるのか。

 ピエドラからすれば捜索する優先順位は低いが、ソルにはあの魔導書が必要なはずだ。

 何せイクリプスの手を掻い潜ってまで手に入れた伝説の遺物なのだから。


 ピエドラの前を悠々と、廊下から浮く体で飛びながら、番人の老人はことも無げに答える。


『敵の腕の中じゃ。人買いのかしらをつとめる魔術師の手に渡ってしまった』

「魔術師? 敵に魔術師がいるの?」


 その言葉に思わず杖を構える魔女に、聖典の番人はおどろおどろしく告げる。


『気を付けた方がいいぞ、ピエドラ。相手はどうやら魔術を学んだ者のようじゃからな』

「……例の魔術師貴族とつながってる連中ってことか」


 城を歩く道すがら、老人から聞いた。

 人買いが、魔力を持つ女を拐う理由。


 最初聞いたときは驚きを通り越して老人が冗談でも言っているのかと思ったが、どうやら魔力を持った女達は、その生き血を欲する貴族のもとへ送られていくらしい。


 その時点で衝撃的だが、貴族が彼女らの生き血を欲している理由もまるで冗談のようなものだった。


 魔力を持つ女の生き血によって己の魔力が上がる。


 この世に存在するすべての理性と道徳から乖離したその迷信を、魔術師貴族なる者達は熱心に信じているらしい。

 この人さらい組織の最上層には、特権階級であり狂信の徒である彼らが座しているのだ。


 人狩りは今日昨日始まったことではなく、かなり長きに渡って続けられてきているらしい。この城からもすでに何人かの女が貴族のもとへ送られた後だという。


 ……娼館街で人さらいの話を聞いたときに、何らかの表沙汰にできないことのために女達の命が搾取されていることは予想していた。


 しかしその予想を軽々越えてくる貴族の世界の腐敗っぷりに、この城の不気味さとは別の次元の寒気がしてくる。

 魔術師貴族なる連中は、自分の魔力を上げるために、その権力をもって人命を贄にしているのだ。


 そしてこの城にいるのは、その魔術師貴族から人さらいの指揮をとるよう任された、下級軍人出身の魔術師だという。

 数はほんの二名と言うが、相対すれば当然一筋縄ではいかない相手だろう。

 しかも今、その内の一人の腕の中には聖典ギャラクシアがあるというのだ。


「ひょっとして、聖典の番人としてそいつに知恵を授けたりはしてないでしょうね……」

『ソルと離れてから、誰とも口を聞いておらん。聖典の持ち主はすでに決まっておるからな』


 老人のその言葉に、魔女はほっと肩の力を抜く。

 どうやら彼も、無条件に聖典を手に取った者に従うわけではないらしい。

 厳然と確定した適格者――『持ち主』にだけ力を貸すようだ。つまりはソルだけに、ということか。


『わしにも持ち主の好き嫌いはある。人を拐うような連中に聖典を渡したくはないからな』


 薄暗い廊下の上で、老人はひらりと優雅に宙返りして見せる。

 そして後ろ歩きの状態でピエドラの方に向き直ると、


『わしもお前さんに聞きたいのじゃがな。……何故、ろくに魔術も使えないのにここまで来た? 今なら、この旅から降りられたのに』


 おどけた調子でそう聞いてきた。

 何だかチクリと来る言葉だが、その言葉になら魔女は明確な答えを持っている。


「ご存じの通り、あたしがへっぽこだからよ。……娼館街までイクリプスの手下の黒マント達が追ってきたの。そのまんま街にいるわけにもいかないし、他に行ける所もないし、仕方ないからソルを追いかけてきただけよ」

『……』

「ああでも、完全に魔術が使えないってわけじゃないわ。――見て。ここに来るまでに、いいものを貰ったのよ。お陰で風の魔術が使えるようになった」


 言いながらピエドラは、軽く己の杖を掲げてみせる。その先に巻き付いた龍の飾りを示してみせるように。


 老人はそれをしばらく無言で見つめていたが、やがてゆっくり廊下の先の方へ向き直ると、それ以上魔女がここまで来た理由をただすことはなかった。


 長い長い赤絨毯の道を行き、二人は廊下の先に開けた場所へとたどり着いていた。


 その空間の前に立って、魔女は思わず高い天井から床までぽかんと口を開けて上下を見渡す。


 驚いた。

 たどり着いたのは左右を優雅な赤絨毯の階段に挟まれた大広間だ。

 貴族の城に入ったことのある者でも、この立派な広間には思わず立ち止まってしまうのではないだろうか。


 曲線を描く左右の階段は明かりが落ちていても美しく、広間自体も、続く奥の廊下が霞んで見えるほど大きい。


 そしてその大広間の真ん中。


 今まで奇妙な美術品からはなるべく目をそらして歩いてきたが、それは否が応にも真っ先に魔女の目に飛び込んできた。


 階段を上がった先。広間の真ん中を示すように、絢爛な額に入った大きな肖像画が飾られていた。

 廊下に飾られている絵の十倍はあるだろう。巨大なキャンバスに描かれたその絵は、光を失った広間にそれでも圧倒的な存在感をもって君臨している。


 描かれているのは……城主の一家だろうか。

 椅子にかけた母。その側に立つ父と、真ん中には小さな娘の姿。


 一昔前の流行りの、それでも華美な服装をした貴族の親子が描かれている。

 ……相変わらず顔の部分が裂けているからはっきり人相は分からないが、構図的に恐らくそうだろう。


 広大な城、廊下の美術品、あの大きな絵からも、かつてこの家にそれを描かせるだけの権勢があったことを見せつけられる。

 こんな有り様にならなければ、ここはこの国でも屈指の名城だっただろう。


 そこで改めて魔女は考えるのだが……ここは一体何者の城だったのだろう。

 果たして領主の他に、この地方でこんな派手な暮らしができる貴族がいるだろうか。


 貴族はそれぞれが治める領地に住むものだ。

 だから普通に考えればここはこの地方の領主のイクリプスの城ということになる。

 しかし城は放棄されて長そうだし、こんな場所の存在は今まで聞いたことがない。


 ……もしかしたら、ここはイクリプスが台頭する前にこの地方の領主だった人間の城なのだろうか。


 ピエドラの記憶が違わなければ、イクリプスは二十年ほど前に、当時の領主と入れ替わる形でこの地方を治め始めたのだ。

 つまり当時の領主は何らかの理由で追い落とされている。


 そう、二十年前。

 あの風刺の歌が流行った後から、すべては恐ろしい速さで変わった。

 イクリプスが新しい領主になって、自警団が現れて、両親は娘に厳しく魔術を禁じて……。


 記憶の底にしまったはずの、農夫達の歌声が再び頭の中に溢れ出す。


 領主でさえもすげ替えられる。

 明日は繋がるか俺たちの首。


 あれは果たして民衆だけのことを歌った歌だったのだろうか。

 荒廃したこの家の者達は、一体どこに行ったのだろう。最悪の想像をするとすれば、彼らはとうの昔にイクリプスに……。


 こんな状況だが、一度始まった魔女の思案は何故か止まらない。人の姿も小さく霞む広間の真ん中で、ピエドラは考えを巡らす。

 平民の浮浪者が考えても仕方のないことは分かっているが、何故か……。


 そして。こんな状況で考え事をしているのは、どうやらピエドラだけではないようだった。


 聖典の番人の老人だ。

 長い髭をシワだらけの手で忙しなくすきながら、彼はさっきから何かにつけて考え込んでいる。


「何? どうしたの?」

『いや、一つ大事なことを忘れている気がしてのう……』


 そう言いながら老人は青白い眉間に深いシワを寄せる。


 忘れてること? そうピエドラが返そうとした、そのときだった。


「貴様が侵入者か!」


 広間の階段の上から、突然怒気を含んだ男の声が浴びせられた。

 見れば大きな本を抱えた背の低い金髪おかっぱ頭の男が、鬼のような形相でこちらを見下ろしているところだった。

 彼が抱えている青い装丁の本は、多分聖典ギャラクシアだ。


 ……そうだ。今の今まで頭から飛んでいた。

 老人もポンと手を叩いて、


『おお、そうか!』


 と、得心がいったように大きく目を見開く。


 ……老人がうっかり忘れていたこと。

 ピエドラの近くにいつまでも聖典の番人の老人がいられる。すなわち聖典が近くにある。それすなわち聖典を持った人買い魔術師が近くにいる。


 そんな単純なこと。そして差し迫っていた重大な危機を。


 階段の上からこちらを睨み付ける小男を見上げ、老人はどこか呑気に着物の袖を組んだ。


『うっかりしておったな。なかなか体が引っ張られないと思っていたが、やつめまだこの近くにいたか』

「……」


 ピエドラはもう彼に何か言う余裕もない。


 あの小男こそ、魔術師貴族の手下であり人買いの頭を任されている魔術師。

 彼は先の崖下の爆発音に引きずられず、この棟に残って、城を突き進んでくるであろう侵入者を待ち構えていたらしい。……まずい。


 身長に合わぬ長いローブを引きずりながら、小男は相変わらず鬼のような形相で階段をこっちへ下りてくる。


「一体何人で城に乗り込んできた? 仲間はどこだ? 何が目的だ? 俺達の摘発か?」


 もちろんピエドラにはそのすべてに心当たりがない。

 そしてこの状況でそれを言ったところで何にもならないこともよく分かっている。


「逃げなきゃ……」


 広間の先に続く赤絨毯の廊下へ向けて、魔女は一目散に走り出す。


 小男は聖典を開き、くわっと目を開け片手を上げると、


「炎よ!」


 廊下の絨毯が燃えるのもお構い無し。逃げるピエドラの背に向けて、思いっきり炎の弾丸を放ってきた。


 それをかわし、中庭の方へと逃げるピエドラは今一番の疑問を聖典の番人の老人にぶつける。


「ギャラクシアってソル以外にも使えるの? 伝説の魔導書なんでしょ?」

『ギャラクシアは色々と特別じゃからな。一度運命の持ち主が開いた後は誰でも開けるようになる』

「何じゃそりゃ! 伝説なら心の清い者にしか使えないとかそんなのないの!? 勇気のある魔術師がいいとか、正義感のある魔術師がいいとか、普通そういうもんじゃないの!?」

『おとぎ話の読みすぎじゃな。……安心せい。術者がショボければどんな聖典だろうと真価は発揮されん』

「でも確実にあたしよりはショボくないでしょ!」


 後ろから飛んでくる炎の球を左右に跳んで避けながら、魔女は叫ぶ。


 ショボいどころかあの男、どこか小者感は拭えないのに魔術の腕はかなりのものだ。

 明らかにその道の訓練を受けた者の魔術だ。

 しかしピエドラを何者と勘違いしているのか知らないが、これは確実に自棄になっている。こんな建物の中で火の魔術を使うとは、自分の得意な魔術なのかも知れないがいよいよ見境がない。


 そして、


『出口じゃ!』


 老人が叫ぶ。

 長い赤絨毯の廊下の先に、隙間から光の漏れる大きな扉が迫ってきていた。


 しかしあと一歩で外に出られるというところで、


「炎よ、壁となれ!」


 小男が唱えた炎の壁が、中庭に出ていこうとする魔女と扉の間に立ちふさがる。


「……っ!」


 ピエドラはとっさに、脇にあった小部屋の扉を開けた。

 倒れた棚の折り重なったその部屋を抜けてとなりの部屋へ、またとなりの部屋へと、扉から扉を抜けて走っていく。


 しかしこのままでは狭い場所で追いかけっこだ。


『待てピエドラ、そっちはまずい!』


 番人の老人が気付いたのも一拍遅く。

 魔女が行き着いたのは、がらくたが詰め込まれた物置のような一室だった。


 こんな状況でなければ入った瞬間叫び声を上げていただろう。


 部屋の中にはがらくたに囲まれて巨大な鉄製の人形が一体、壁に寄りかかる格好で置かれていたのだから。しかもこの人形にも頭がない。


 この城の不気味の集大成だ。


 赤さびだらけの鉄の巨人は、立ち上がれば普通の人間の背の倍はあるだろう。

 丸太みたいな太い腕や脚はまるで鋼鉄の甲冑をその身に纏っているようで、鉄の腕の関節からは、鈍色の導線が束になってはみ出ている。


 ただの人形ではなく、これは多分機械人形だ。何でこんなものがこんな古い城に……。


 人形の頭は単純に切り取られているわけではなく、首元からまるで誰かが中に乗り込めるように丸くくり抜かれている。

 手足を投げ出し、部屋の奥の壁に背を預けるその格好は、まるでぐったり力を失った巨人の体のようだった。


 じっくり観察している場合ではない。

 気味がいい悪いは置いておいて、どっちにしろこの部屋は……。


「もう逃げられんぞ!」


 男の声が響く。

 その言葉通り、魔女は追い詰められていた。

 がらくたばかりが置かれた、その部屋はどこの廊下にも続かぬ行き止まりだったから。


 ……追いついてきた小男と機械人形の間で、ピエドラは静かに杖を握りしめていた。

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