第13話 木漏れ日と再生
「その女の人、お城から逃げてきたんでしょう?」
「え?」
震える少女の言葉に、ピエドラと魔術師の青年は同時に口を開いた。
どうやら彼女はピエドラの痩せた体型とボロ着姿を見て、何か思うことがあったらしい。
こう言葉を続けた。
「ちょっと前に、悪魔城からぼろぼろの格好の女の人が一人逃げてきたんだって」
「……」
少女の言葉に、ピエドラはただ瞠目してしまっていた。
青年は膝を曲げたまま、静かに彼女の言葉の続きを待っている。
「……でもその女の人、村に着いた後すぐに弱って死んじゃったみたい。言葉も話せなかったって」
大人二人はそれぞれ真顔で口を引き結ぶ。
少女の話に、そばにいたそばかすの少年もいたずらっぽく乗っかってきた。
「ときどき村の中を大きな馬車が走ってるだろ? あれは悪魔城に捧げ物を運んでるらしいぜ」
「捧げ物?」
「最近不猟だろ? 狩人達は動物じゃなくて、悪魔に売るために魔力のある女を狩ってるのさ。油断してるとお前の所にも……!」
「ちょっと、やめてよ」
そのまま少女にちょっかいをかけ始めた彼に、魔術師の青年は、
「ははは、それは恐いね」
微笑みながら腰を上げて立ち直す。左頬に、束ねきれない柔らかい髪が落ちかかった。
「だけどね、ネバ」
青年はまっすぐ、ピエドラの持つポプラの杖にその青い瞳を向けた。
「彼女は杖を持ってる。魔術師なんだ。だから悪者が襲ってきても、魔術を使って戦えるんだよ」
そう言って自分の頭にポンと置かれた手に、少女はこわばらせていた表情を緩める。やっと安心したのか、少しだけ頬に赤みがさした。
しかしさっきの話に触発されたのか、周りの子ども達は次々と、悪魔城の化け物ごっこを始めてしまっていた。
「ほら、悪魔城の怪物だぞ!」
「ばか、そんな気の抜けた化け物がいるかよ。城にいるのは、もっとでかくて角もいっぱいある獣なんだ」
「よーし、おれがどっちもやっつけてやる!」
そして青年の杖を奪い、一人が化け物を退治する役になって、化け物役と戦っている。
走り回る彼らの足下で、咲いた花が散らされていった。
ピエドラが呆けたようにその姿を見ていると、ふいに子ども達の方から振り返った青年が声を低めて言った。
「見ての通り。大人に見つかるとまずいから、同じ魔術師のよしみでこの集まりのことは内緒にしてくれないかな?」
そのまま首だけ回して顔半分でピエドラの姿を見る。
さっき子ども達も言っていたが、これは彼らにとって秘密の集会。大人達に知れるとまずい集まりのようだ。
「そ、そりゃもちろん。そっちもあたしのことは……」
「自警団に言ったりしないよ」
その言葉とともに、青年は完全にこちらに向き直る。
そして魔女が先程の悪魔城の話に困惑していると思ったのか、説明を加えてくれた。
「ネバが言ってたのは、この近くにある、十数年前に処刑された魔女の城だよ」
「え」
「強力な悪霊が出るって噂で、誰もそこには近付かない。加えて今は、さっき話題にのぼった人さらいが根城にしてるって噂もあるからね」
「そう……」
心の中で一人うなずく。まさにピエドラが探していた場所だ。
そして件の悪魔城とやらは、人さらいの存在とは関係なく、もともと人々に恐れられてきたいわく付きの場所らしい。
だからこそ誰も寄り付かないその城を、今は人買い達が表沙汰にできない『商売』の隠れ家にしているのだ。
「……その悪魔の城ってのはここからどう行くの?」
「え?」
「そ、その、間違ってその方向に行かないように、聞いておきたいの」
この機に乗じたい一心で不自然な問い方をしてしまったが、青年は城の場所を丁寧に教えてくれた。
どうやら村を出た先にある川を、下流へと下っていくとたどり着くらしい。
そこにソルが囚われているのか……。
まさかこんな所でその所在を聞けるとは思わなかった。魔力の流れを追わずとも、なんとかたどり着けそうだ。
一人静かに、魔女は杖を握り直す。
その視線の先で、また一匹、青い蝶が青年のローブに止まった。
「蝶……」
「ああ。魔力を好む蝶なんだ。普通は太古の魔術文明の遺跡にたくさんいるんだけど、魔力のある人間にも寄ってくるんだよ」
ということは、青年にもあそこにいる子ども達にも魔力があるということか。
嬉しそうに、青年はローブから自分の手に蝶を乗せかえる。
魔力を好むというその蝶達は、やたら青年を選んで翅休めの場にしていた。
多分、彼の魔力の強さに惹き付けられているのだ。
……やはりこの青年は魔術師。それも結構実力のある魔術師のようだ。
そんなつもりはなかったが、じっと見つめるピエドラの視線を自分への不審ととったらしい。
その胸に手を当て、青年は改めてこちらへ向けてにっこりと微笑む。
「申し遅れました、魔術師。俺は、さる高貴な御方から魔術の振興を託されて、新たな才能を求めて各地を旅する物好きな魔術師なんだ」
笑顔のまま、その物好きな魔術師は言う。
深い青色の目を細め、わずかに陶酔するように、彼は走り回る子ども達の方へと視線を向けた。
「ここにいる子ども達はまさにそのキラキラ輝く才能なんだ。言うなれば希望の星だよ」
「希望の星……」
どうやら青年は集めた地元の子ども達に、軽く魔術の手ほどきをしていたらしい。
見れば、彼らは青年の杖を順番に回し合いながら、例の悪魔城の魔女を倒す魔術を何にするかではしゃいでいる所だった。
男の子も、女の子も、別け隔てなく杖を貸し合っている。
……微笑ましいが、普通の大人が見たら卒倒する光景だろう。
先ほど青年がこの集会を内緒にしてくれと言った訳が、すべてここに詰め込まれている。
格好からして、ここにいる子ども達は全員平民だ。
この国で、平民が魔術師となれる例は極めて少ない。
男子なら実力さえあれば平民でも魔術教育を受けられることがあるが、それは本当に稀で、女子ではそれすらあり得ない。
特にこの辺りでは。領主のイクリプスが嫌うからだ。
この地方で、魔女狩りで追われるのは女だけではない。イクリプスの法や意向に背けば、男でも容赦なく自警団の私刑の贄になる。
この青年は、そのイクリプスの決めた世界の仕組みを冒して、平民の子や女の子に魔術を教えているのだ。
思えば先ほど壁の中でしていた子ども達との会話の内容も、村の大人達が聞けばもう二度と我が子をこの場所に近付けまいとするようなものだった。
誰でも自由に魔術を学べて、自由に魔術師になれる。今の世では到底許されないし、誰もがその経済的余裕を持っているわけでもない。
「農奴の子は農奴に、下女の娘は下女になる。誰もそこからは逃げ出せないし、支配者も彼らがそれ以外になることを望まない。でも……」
青年が呟き、夜空の色の瞳が天を向く。
まっすぐで、しかしどこか切ない光がその瞳に宿った。
「学びたい者が学びたいことを、思い切り学べる世であるべきだ」
「学びたい者が学びたいことを……」
「俺はそう思うんだけど……どうだろう、夢物語かな?」
自分で話したのに、何故か彼は眉を下げて、困ったような笑顔を浮かべてこっちを見る。
魔女は眉間にシワを寄せたまま、その言葉に答えた。
「いいや、夢物語じゃない。どんなにかかっても、きっとそれが叶う日が来る。世界中に、願う人がたくさんいるわ」
「……」
ピエドラの言葉に、青年の瞳が見開いていく。まるでその答えを期待していなかったとばかりに。
構わず魔女は続ける。
「あたしも、周りに一人でもいれば違ったと思う。自分を認めてくれる大人が一人でもいれば……」
才能を発掘しているとか、ただの物好きな魔術師だとか、青年の言ったことをそのまま信じたわけではない。しかしさっきの言葉だけは素直に肯定できる。
今目の前で繰り広げられている光景は、夢みたいな光景だったから。
「風よ! 風よ! ……ダメだ」
「何だよ、貸してみろ。風の魔術はこうやって使うんだよ」
「あんたもできてないじゃん」
自分達には大ぶりな杖を振り回し、子ども達はそれぞれ魔術を使おうと躍起になっている。
……自由に魔術を学ぶ。
魔力がバレて命を奪われる危険から解放されて、村や街を追われる恐怖など微塵もなくて……。
そんなの遠い夢かも知れない。だが望みすら捨ててしまえばそのときは永遠に来ない。
自分と同じ思いを味わう者は、なるべく少ない方がいい。
この青年もまた、ピエドラと同じように思い、願い、光のない海に漕ぎ出す一隻の舟だというなら。
「えー、やっぱり無理だよー」
「くそ、風よ、風よ!」
「ダメだ……」
風の魔術を使おうとする子ども達の、必死な声が響く。青年は相変わらず眩しそうにそれを見守っている。
注ぐ光に、思わず魔女も回顧していた。
――まだ自警団に追われることを知らなかったあの日。
マイテの両親の経営する宿に、旅の魔術師が忘れていった杖があった。その杖で、マイテと一緒に日が暮れるまで遊んだものだ。
大人達に見つからぬよう、森の木のうろを隠れ家にして、声をひそめて呪文を唱えて。
『ああ……やっぱりダメだ。ピエドラ、何でそんなにうまくいくの? まるで魔術師様みたい』
『そう? 風を呼ぶとね、周りに集まってくるの。こうやるんだよ。――おいで……』
「おいで……風よ……」
何の気なしに、呟いていた。
そして。
「うわあ!」
子ども達が叫ぶ。青年のローブがひるがえる。
ピエドラを中心に、風が吹いた。
空まで届くような細い竜巻が、魔女を包んで立ち上る。
天を覆っていた黒い枝葉が吹っ飛んで、そこから眩しく太陽が顔を出した。
一瞬の出来事だった。
風が止んだ後の森には木の葉が舞い散り、子ども達はポカンと口を開けてピエドラを見つめている。
しまったと、すべてが収まってから魔女の顔は青ざめた。
かたわらから、ふと自分を射貫く視線を感じる。
振り向けば黒を纏う魔術師が、ここへ来て初めて、ピエドラの正体を問うような真顔でこっちを見ていた。
……そう、それは長いこと人の真意を見抜かなければならない環境にいた者がするような、底の知れない視線で。
やっぱりやってしまった……。
しかし思わずその場から逃げ出しそうになる魔女に向けて、子ども達が一斉に駆け寄ってくる。
「わあ、お姉さんすごいね!」
「レオン以外であんなすごい魔術使える人初めて見た!」
「すげえ、どうやったんだ!?」
その勢いに押されて思わず後ろに倒れそうになった。
この無邪気さ。ソルとはえらい違いだ……。しかし圧がすごい。
こっちはまださっきの出来事の訳も分かってないのに。
「ちょ、ちょっと待って、あたしはただ……」
「お見事」
子どもに押される魔女をしばらくそばで見ていた青年も、花輪を引っ掛けた手でパチパチ拍手しながらこちらへ近付いてくる。
もう先程の視線の鋭さは消え、笑顔も純朴なものに戻っていた。
押し寄せる新鮮な反応に、ピエドラはあらゆる意味で頭が真っ白になってしまっていた。魔術を使ってこんな反応をされたのは、二十年ぶりだったから……。
そんな魔女をよそに、青年は集まった子ども達を見渡すと、ポンと一つ手を打った。
そして宴の終焉を呼び掛ける。
「さあ、みんなはもうお帰り。これ以上ここにいると大人達が心配してしまう」
「えー」
「俺ももう少し遊びたいけど、遊び続けるためには大人達を安心させないと。分かるだろう?」
「ちぇー、つまんねえの」
「ねえ、レオンもすぐに帰ってくる?」
「レオン、今度帰ってきたら私にも魔術を教えてね」
「きっと帰ってきてよ!?」
どうやら秘密の集会はお開きのようだ。
青年の方へ名残惜しそうに手を振り、子ども達は帰路についていく。
半分は村の方へ、しかしもう半分はそのまま森の奥へ走っていく。
この森の先に別の集落があるのだろうか。
森の奥へ行く子達は、何だか村の方へ帰る子達よりも少しだけ清潔な格好をしているような気がしたが……。
「子ども達に、素晴らしいお手本を見せてくれてありがとう」
去っていく小さな背を見ながら考え事をしていると、子ども達から自分の手に返ってきた杖を両手の間で転がしながら、魔術師の青年が声を掛けてきた。
どうも、と魔女はその笑顔に何とか強がってみせる。
……が、胸のうちは未ださっきの出来事への驚きで震えていた。
あんな大魔術を使ったのは久しぶりだった。
先ほど村から逃げてきたときとは違う意味で、手に汗を握っていた。
得体の知れぬ感情が胸を満たして鼓動を速める。さっきの光景が頭の中で何度もよみがえって、速めていく。
そして気付いた。
高揚に震える手に握る杖。それに巻き付いて、カタカタ揺れる銀製の龍の飾り。
竜巻で吹っ飛んだ木々の隙間から差し込み始めた太陽を、龍の持つ玉が反射している。
……そうだ。あんな大魔術が使えたのは、きっと杖に結んだこの飾りのせいだ。これには有名な魔術師一族の魔力が込められていると、あの商人は言っていた。
これさえあれば……。
「……ありがとう。何とかなりそうだわ」
杖を握り直し、訳も知らぬ青年にそう言って走り出す。
森を抜け、村の方へと戻るために。
自然と息が上がる。少しずつ、両手に暖かい血が巡っていくのを感じた。
森の闇を突っ切って走っていく背をポカンと見送る青年を残し、ピエドラは今度こそ前へ前へと走った。
――走り去るその人の背を、レオンと呼ばれていた青年はしばらく一人で見送っていた。
そして彼女が去っていった方向を見てちょっと微笑む。思わずその背に伸ばしかけていた手に気付いたから。
不思議な人だった。
魔女狩りを逃れて森をさまよっていた魔女かと思ったが、どうやら違うらしい。
粗末な格好をしていたが、どこかに仕える魔術師だったか。それとも隠遁の生活を送る孤高の魔女なのか。
どちらにせよ、あんな魔術の使い方をする魔術師を見たのは久しぶり……いいや初めてかもしれない。
やはり久しぶりに城を出ると、面白い魔術師に出会うものだ。
……常闇の海で、その輝きを隠せぬほどの強い才気の光。
偶然にそれに出会えることが、単純に嬉しい。
しかしそれ故惜しいことをした。
二人きりになったところで、彼女さえ良ければ獅子の魔術大会の出場者として王都へ招待しようかと思っていたが、急ぎの用があったのかいきなり走っていってしまった。
せっかく善き魔術師と出会えたのに。
先程あの女性が穴を開けた森の天井を、少しだけ名残惜しく魔術師は見上げる。
そしてそこから降り注ぐ太陽の光に照らされて、視界のすみに青い蝶がヒラヒラとこちらへ飛んでくるのが見えた。
静かにその場に立ったまま、青年はその蝶に肩を貸す。
一匹二匹と、蝶は次々と彼の肩へ。そして杖の先にも止まっていく。
その姿を、青年は微笑ましげに見守っていた。この蝶達との出会いは、この森へ来たときのささやかな楽しみだ。
ふと、自分の手に視線を落として、子ども達が作ってくれた花輪を見る。
……さあ、楽しい時間は終わりだ。
「――城に潜り込ませた者の首尾はどうなってる?」
背後に現れた気配に、後ろを振り返ることもなく無機質に、彼は問う。
音もなく木々の影に現れたその人物は静かに跪き、青年に頭を下げた。
「買われた娘達の行く先を調べるために、潜入を続けております。買い手の貴族の名も、何名か判明しました。証拠も十分集まるかと」
「……」
「まもなく城に、この人身売買の首領格が訪れるようです。人買い達が言うに、正体は王都の大貴族の……」
黒き魔術師は、その言葉の続きに静かに目を伏せる。
報告を終えたその男を下がらせると、そっと目元に指を当てた。
もう少し『レオン』でいたかったが、ここからは仕事の時間だ。
どうやら自分はずいぶん気を抜いていたらしい。先ほどの魔女に、壁越しとはいえあれだけ迫られていたのに気付かなかった。
久しぶりの帰郷に浮かれていたのかも知れない。
一つまばたきして、ときの宮廷筆頭魔術師・レオナルドは冷徹な瞳で前を見据えた。
それにしても人買いがあの城を住処にしてくれたのは都合がよかった。
ちょうど取りに行かねばならないものもあったし、一石二鳥だ。
ふうと一つ息を吐く。
これから相手をするのは、この木漏れ日の中とは正反対の、深淵のような闇の世界。
底冷えするような悪魔の業と向き合わねばならない。
「先生、今お迎えに上がります。……ようやく首と胴がつながりますね」
子ども達には聞かせるべくもない、乾いた声が唇から漏れる。
目蓋が自然に落ちて、彼の双眸を鮮烈な獅子の魔術師のものへと変えていく。
狭まる視界とともに、本来の自分へと少しずつ返っていくように。
最後に一匹。
周りの蝶より少し小さな蝶が、パタパタとこちらへ飛んできていた。
これがこの森での最後の思い出だ。
静かに杖を構えたまま、青年はその蝶をじっと待つ。
しかし、その一匹は彼の杖には止まらず、
「……」
先程まであの女性が立っていた足跡に、ゆっくりと青い翅を預けた。
固く閉じていた目を開き、ソルは一つ息を吸い込んだ。
ようやくそのときがやって来た。
牢の上から、一人『出荷』が決まったとか、すぐに女を用意しろとか、男達の声が聞こえてきている。
そして程なく、ランタンの明かりとともに、無骨な二人の男が階段を下りてきた。
側面の壁に取り付けた蝋燭に火を移しながら、牢の方へと歩いてくる。
いよいよ逃走のチャンスだ。
明かりが灯って分かったが、自分の入っているこの牢は、地下への階段から下りて一番手前にあるようだ。
男達はランタンで照らしながら牢の中を覗き込むと、すぐにとなりの牢へと歩いていく。どうやら手前の牢から順番に、連れていく女を物色しているらしい。
過ぎていく二人連れの影を見ながら、ソルは微かに呟いた。
「二人か。やっぱり私達の魔力を警戒してる」
「だ、大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。一気に二人片付けられるってことだもん」
歴戦の勇のような発言に、となりにいたローサはソルを唖然とした顔で凝視する。
そのソルは、鉄格子の前を通りすぎていく男達をつぶさに観察していた。
彼らの腰にはナイフの鞘がぶら下がっている。もし囚人が逆らえば刃物で脅しながら連れていくのだろう。
しかし杖も魔導書も持っていないし、彼らには魔力もない。
牢にはかなりの数の魔力がある女を集めているのに、迂闊なものだ。
連れ出す女を決めたのか、ギイッと牢が開いてすぐに閉まり、こちらへと戻ってくる足音が聞こえてくる。
「もうやるしかないんだ。行くよ」
鉄格子の前にスレスレまで体をくっつけて、同じ牢にいるしゃがれ声の女が囁いた。
そして。
「ねえ、ちょっと、お兄さん」
奥の牢から出した女を連れて、鉄格子の前を通り過ぎていこうとする男達を、彼女は甘ったるい声で呼び止めた。
「ずっとこうしてるのも暇でさ。ちょっとあたしと遊んでくれないかい? お兄さんもずっとこんなところに缶詰めで、色々とたまってるものがあるだろう?」
扇情的な仕草で、上目遣いに男達を見る。
女を連れている前側の男は、その発言に呆れたようにため息をついてさっさとその場を通り過ぎようとしたが、後ろ側にいた禿頭の男は罠に引っ掛かった。
彼はそのまま鉄格子に近付いて、しゃがれ声の女と息がかかるほどの距離にひざまずく。
「何だ、よく見りゃいい女が牢に入ってんじゃねえか」
「おい、何やってんだよ!」
「いいじゃねえか。牢番の特権だろ? ちょっとした息抜きだって」
前方の男は再び呆れたように息をついて、牢から出した女を連れて階段を上がっていってしまったが、
「そんなに急かすなよ。今外に出してやるから」
禿頭の男は興奮気味に、焦る手で鍵束をじゃらじゃらと鳴らす。
きらりと目を光らせて、天才魔術少女はその男の一挙一動に神経を集中させていた。
ガチャガチャっと、鉄格子の鍵が開く。
男はその手で扉を開こうとして、
「あっちぃ!」
叫びとともに、扉を掴んだ手を一気に引いた。
直前までソルが炎の魔術で少しずつ熱していた、焼けるような温度の鉄格子の扉を思い切り掴んだ手を。
そして。
片手を押さえて悶絶する男に、開いた扉をくぐった娘達は一気に突進していった。




