05-04 観測者……ですか?
二つの記憶が蘇ったにもかかわらず、最初の入れ替わり以降、片方の世界不在時の記憶補完が磯野に無いことに気づいたオカ研の面子は――
「俺にもよくわからないが、最初の入れ替わりのあとは記憶が浮かび上がることはなかったな」
「不思議だね。柳井さんどう思います?」
「不確定要素が多すぎて正直お手上げではあるんだが、とりあえずいまある情報で理屈を組み立ててみよう」
柳井さんはホワイトボードの前に立って、左右に映研世界・オカ研世界と描き込んだ。真ん中に線を引き、それぞれに棒人間を描き込んだ。
「磯野の言う入れ替わりを、魂と肉体を軸にして考えてみる。一昨日、つまり二日前の八日。映研出身の磯野は、オカ研部室前でオカ研世界の記憶である二つ目の記憶がよみがえったわけだな」
柳井さんは二人の棒人間に両矢印を引き、入れ替わり状態をあらわした。
「オカ研世界の記憶は、オカ研の磯野の脳みそ――肉体から引き上げられた記憶なんだろう。それはつまり映研世界の磯野の魂がオカ研磯野の肉体に入ったと言えるんじゃないだろうか。最初の入れ替わりは、映研・オカ研それぞれの肉体が、その世界に置かれたまま魂だけが入れ替わったというわけだ」
入れ替わりの両矢印の先をそれぞれの棒人間の頭へ伸ばした。
「そこで竹内の疑問、その後の入れ替わりでも魂だけが入れ替わったのならば、映研・オカ研それぞれの世界の磯野の肉体――脳みそが、互いの世界の不在時の記憶を埋めてくれてもいいはずなんだ。オカ研と映研のそれぞれの磯野の魂が入れ替わり、入れ替わった先の脳みそが記憶を補完する」
柳井さんは、一度ホワイトボードからペンを離して、人差し指で眼鏡のブリッジを上げた。
「だが実際はそうじゃない。二回目以降の入れ替わりは互いの不在時の記憶を補完することはなかったらしい。だとしたなら、最初の入れ替えと二回目以降の入れ替えの性質は異なるものだろう。じゃあ二回目以降の入れ替わりについて、無理やりだが理屈の合うように考えてみると、こうだ」
柳井さんは続ける。
「――最初の入れ替わりは魂のみの入れ替わりだったが、二回目以降の入れ替わりは肉体――脳みそも一緒に入れ替わっている。脳みそも含めた体ごとと言ったほうが自然かもしれない。そうなると、入れ替わり先の世界の記憶なんて得ることはできない。そのあいだ、肉体――脳みそは入れ替わり先の世界にはそもそも無かったわけだからな」
柳井さんは、棒人間を囲むようにそれぞれ円を描き、囲った二つの円に入れ替わりを示す両矢印を描き込んだ。
「こう考えれば、一回目の入れ替わりと二回目以降で、記憶の補完に差異が生じたことについては筋がとおる。どうして一回目と二回目以降で入れ替わり方が変わったのかと問われたら、俺もわからんがな」
なるほど。
もし入れ替わりだとしても魂だけと、肉体まで含めたものと二つの考え方があるのか。俺の身体が入れ替わったところで同一人物なわけだから、他人が見ても入れ替わったなんてわからないだろう。なら魂だけが入れ替わろうと、体も一緒に入れ替わろうと、周りからみれば人格だけが入れ替わったとしか見えないわけか。
ちょっとまて、てことは……
「もしかして、いまの俺は映研世界の魂にオカ研の体がくっついた状態で、二つの世界を行き来してるってことですか?」
「俺の解釈からすると、そういうことになるかな……。いわゆる「ねじれた」状態というか……。だが、さっきも言った通り無理やり理屈に当てはめてるだけだからな、本当はまったく的はずれの可能性のほうが高い。真に受けなくていいぞ」
「けど会長、それなら磯野がトイレの最中に入れ替わりが起こったら、その姿勢のまま入れ替わることになるんじゃないか? 体ごと入れ替わるわけだろ?」
「榛名汚い」
「とはいってもなあ」
怜のツッコミに、意外にも真面目な顔を向ける榛名。
柳井さんは降参するように両手をあげた。
「さっきから言っているとおり、無理やり理屈に当てはめた推論なんだから、そんなこと言われても俺だって答えられんだろ」
そこまで言って、柳井さんは俺を見る。
「ちなみに話を戻すが、磯野、ここにいるお前も、昨日はその映研の世界で探りを入れていたってことか?」
「俺はそうでしたね」
霧島榛名がうーんとうなった。
「けどさ、その話でいくと、昨日はいま目の前にいる磯野とは別人と話してたことになるんだぜ? それってある意味怖くね?」
榛名はそう言って俺の顔を見て、
「いや、昨日の磯野が本来の磯野なわけだから、いま目の前にいる磯野が怖いのか。こわ!」
「なんだよ、ワザとらしいなおい」
「日によって磯野の中身が入れ替わっているとしても、僕たちから見れば、磯野が二重人格になったとも思えちゃうよね」
竹内千尋の言葉に、千代田怜は絵に描いたようなジットリとした半目になって俺を見た。
「一人でもウザいのに、二重人格とかすごい面倒くさい」
「なんだとこのやろう」
「もし磯野の入れ替わりが本当に並行世界間での入れ替わりだとしたら、俺たちが磯野の入れ替わりの観測者になるわけか」
「観測者……ですか?」
おうむ返しに尋ねてみたが、柳井さんは気にするなと手を振った。
そんなこと言われると余計に気になるんだが……。まあ、もし柳井さんが丁寧に解説してくれたとしても、俺の頭じゃ理解できるとも限らんしな。
「俺の解釈は置いておくとして、いままでの話をまとめると――」
柳井さんはホワイトボードに箇条書きをはじめた。
「解決すべきは、現実世界とその映研になっている世界の入れ替わり。そして磯野のなかで二つの記憶が混線。解決の糸口は、おそらく色の薄い世界へふたたび訪れる必要があるということ。ただし、その色の薄い世界に訪れたとしても、なにをすればいいのかはいまのところはわからない」
柳井さんは書き終わると「難しいな」と一言つぶやいてペンのキャップを閉めた。
たしかに雲をつかむような話がいくつもある現状で、確実な解決策など思い浮かぶはずがない。
ただ不確かな中で一つだけ鍵となりそうな要素といえば、
「映研世界に現れたちばちゃんが持っている大学ノート……」
俺の言葉にオカ研全員がうなずいた。
「磯野、つぎ映研の世界に戻るタイミングはわからないのか?」
霧島榛名は、いま俺が一番知りたいことを尋ねてきた。
「わかれば苦労はないんだけどな。けど」
そういえば、
「入れ替わりってほぼ一日ごとじゃないか?」
俺の言葉に竹内千尋が反応する。
「話を聞く限りだとそうみたいだね。入れ替わった時間と回数について調べてみることで、入れ替わりに関する周期に法則性を見つけられるかもしれない。法則性が見つかれば次の入れ替わり日時の予測ができるようになるし」
「それじゃあ、いままで起こった入れ替わり日時をわかる範囲であげていくか」





