05-05 お金だよ! ほしくないの? 偽善者だな!
オカ研面子は映研世界のちばちゃんが解決の鍵となると確信し、磯野が元の世界へ戻る時期を探ろうとする。
ホワイトボードに並べられた日時は以下の通り。
7日14時30分辺り―色の薄い世界へ
7日18時30分辺り―映研世界へ戻る
8日13時辺り――――オカ研世界にいると気づく
9日08時辺り――――映研世界にいると気づく
9日19時02分―――オカ研世界に移る
……うーむ。いまのところ入れ替わり日時に関する情報が少なすぎる。
このなかで正確な日時が判明しているのは、八月七日の十四時半と十八時半、あとは昨晩九日の十九時二分だろ? これじゃあ、法則性を探る以前の問題だ。てことはだ、
――入れ替わりタイミングの情報を得るためには、あと数回、しかも連続して入れ替わる必要があるってことか……。
しかも、俺が起きている最中に、というのが前提条件……だよな。
このまま解決しなければ、今後も幾度となく入れ替わりが発生するわけで、どうやっても避けようがないのは仕方がない。
だが短く見積もっても、このさき数日は事態が解決しないことを前提に話が進むのは正直気が滅入る。
「大変な事態になって落ち込むのはわかる。が、これから入れ替わり日時を確認していけば、近いうちに入れ替わり周期が明らかになるだろ」
柳井さん、気遣ってくれるのはありがたいです。
けど、俺が落ち込んでるのは、その「近いうちに」にあたる数日間は解決の見込みがないと確定したことについてなんですよ……。
「ざっと見ると、一日弱くらいの間隔で磯野に入れ替わりが発生しているっぽいよね」
「てことは竹内、明日はオカ研側の磯野がうちの部室に来るってことか?」
「榛名の言うとおりだけれど、あくまで予想だからね」
予想とはいえ、これまでの入れ替わり間隔でいけば千尋の言うとおり、明日は映研の世界に戻ってそうな気がする。
「ただ、うまく映研世界に戻ったところで――」
俺はそこまで言いかけたところで、映研側のちばちゃんの恥じらいに満ちた顔が思い浮かんだ。
あの怯えたウサギから情報を引き出せるとは到底思えないのだが……。
「い……磯野さん?」
俺はそのままちばちゃんの顔をじっと見つめていたようだ。
見つめられたちばちゃんは、妙に意識しているのか頬を赤らめている。え、なに? 結婚する?
「恋、だな」
「きゃー」
目を閉じてうなずく姉の一言にすかさずお茶目な悲鳴をあげる妹。
なんなんだこの姉妹。
「ちばちゃん、磯野の心情を考えれば無理ないだろ。話によると映研のちばちゃんは相当の奥手らしいからな」
「むー。柳井さーん」
「たしかに一年前の千葉っぽいな。あの頃は身内以外には超奥手だったし、大学ノート以前に会話も成立しないかもなー」
「お姉ちゃん、いくらなんでも会話くらいはできてたってば」
むくれるちばちゃんに竹内千尋が微笑みかける。
「そうそう。ちばちゃんがこんなに喋れるようになったのって、榛名がうちのサークルに連れて来てからだったよね」
「もー竹内さんまで」
「おーそうだそうだ。千葉はわたしに感謝しないとな」
榛名のドヤ顏に、ちばちゃんはさらにふくれっ面になった。
「てことは、大学ノートについて訊きだすには、むこうのちばちゃんに信頼されたうえで、二人きりになることが前提になるのか」
「これまだ難題だな」と柳井さんは首をひねる。
「まあデートまでもってけってことだな」
「確かにそうだが……榛名よ、お前の妹をデートに誘ってもいいのか?」
「べつにいいんじゃないか? 磯野ー、デートしようぜー」
「うるせえな」
「磯野さんとデートかあ。どこに連れてってくれますか?」
なにあざとい返ししてくるのちばちゃん。
「まあ、ここにちばちゃん本人がいるんだから作戦は立てやすいな」と柳井さん。
けど、映研側のちばちゃんとはアプローチの仕方が違う気がするぞ。
「USJがいいなあ」
「大阪かよ!」
「じゃあ、定山渓温泉とか」
「ちばちゃん……関係がいきなり三段飛ばしだから」
「関係とか……発想がエロい」
すかさず千代田怜のツッコミ。
おまえはそういう事にしか物事を結びつけられんのか。
「いやいやいや、いきなりUSJとか定山渓とかがだな」
「あ! 礒野、わたし寿司食べたい」
「小樽もいいですね!」
「礒野、言っておくが経費は出ないからな」
「おまえら適当に欲望並べてるだけだろ」
「えー。けどさ、十万くらい握らせてくれたらわたしはついて行くけどな」
怜、ついて行くって……おまえは節操ってものがないのか……。
「いや……怜……おまえらしいな」
「お金だよ! ほしくないの? 偽善者だな!」
「怜、金が欲しいのはわかるが、おまえのそのなみなみならぬ執着はなんなんだ……」
「だって、お金じゃん!」
千代田怜の、ある意味においては純真無垢ともとれる発言。だがどうでもいい。ホントどうでもいい。それよりだ――
むこうのちばちゃんも見学に来るくらいなんだから、映研の活動になにかしら興味があるはずなんだよな。シナリオを書いているみたいだから、そこらへんの話題を振ればもっと打ち解けられるんだろうが、とはいえ、どんなジャンルが好きなんだろうか。
「ちばちゃん、ふだん書いているシナリオってどんな話なの?」
あ、やべ。思わず訊いてしまった。
「え? ……な……なのんこでとすか?」
目を点にしながら取り繕うちばちゃん。
さっきのリアクションですでにわかってはいたが、やっぱりこっちのちばちゃんも書いているのな。というか、BLとかそういう方面だったらたいへん申し訳ないことをしたな……。って、ちばちゃんがBLを書くのか……? いやいや……女の子なんだからそういうこともあろうだろう。……そうなのだが、……もしそうなら、いや、考えるのはよそう。
霧島姉をのぞくオカ研メンバーによる好奇の視線の十字砲火に、装いきれない平静を装って目を泳がせるちばちゃん。絵に描いたような困惑っぷりに思わずツッコミを入れたくなるが、そこはさすがの霧島姉。
「千葉、吐いたほうが楽になるぞ」
「ええ……」
「磯野が映研世界に戻ったときのためにも、情報は多いほうがいいよ。並行世界といっても共通点も多いだろうし」
竹内千尋による無邪気な追い討ちであった。
二人の挟撃によって逃げ場をなくし、絶望にうちひしがれるちばちゃん。
って、このやり取りまえにも見た気がするぞ。
……さて、目のまえのこれから起こるであろう惨劇について、目をそらすとして……だ、千尋のある言葉に、妙に引っかかるものを感じた。
――共通点
俺はもう一度、その言葉を頭のなかで繰り返す。
……あ、そうだよ。
映研とオカ研の二人のちばちゃん――それぞれのおかれた状況に明確な違いがあったじゃないか。
「そういえば――」
と、榛名の顔を見たところで、こいつの前で思い出したことを口にしていいのか迷った。
「なんだよ、急にわたしの顔見て青くなって」
映研世界のちばちゃんは一人っ子で、霧島榛名は存在すらしていないという事実。





