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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
23.-(マイナス)
188/196

23-08 二人で帰れなくなるんじゃないかって

「そんな……片方はダメってことか?」

「制御が間に合わないロケットにいる、ライナス博士かHAL03のどちらかが、敵の手に渡ります」


 HAL05は返事をすると、モニターに、彼女が組み込んだものらしいカウントダウンが表示された。残り一分三五秒。


「軌道修正の猶予(ゆうよ)時間です」


 俺にルートを見せて、ここまでたどり着かせて、もう一人に手が届かないっていうのか? そこまでして、二人のうちどちらかが敵の手に渡るのが、この世界の結末になるのか? …………いや、まて。


「ZOEは介入出来ないのか? ロケットは二機ともすでに上空にあるんなら、ZOEだって制御に介入していいはずだ」


 HAL05は一度俺を見たあと、目を落として、


「ZOEとの通信はすでに途絶えました」


 え?


「ZOEはスパスカヤのシステムに侵入しました。その後、通信が途絶えました。スパスカヤも深刻なダメージが発生していると思われますが、詳細はわかりません」

「……そんな。ISOは? あいつは把握してないのか?」

「ISOの分析の結果です」



 頭が真っ白になってしまう。


「けど……! それなら残った人工衛星の制御とかやっていただろ!?」

「ZOEは復旧を完了させた直後、スパスカヤの防壁の突破に残りのリソースを投入しました」

「じゃあ、ISOは? あいつは止められないのか?」

「ISOが米国の衛星に介入する権限はありません。無理やり介入したとしても、いまからでは――」


 そのとき、頭痛に襲われた。

 眩暈と吐き気があとから襲ってくる。


「……世界線の横断!」


 苦しそうな声でHAL05が叫んだ。

 いままでとは段違いの、一瞬、思考を奪われるほどの苦痛に襲われる。ソ連兵の配置が変わって、この管制室がふたたび地獄へと化す場面が脳裏に浮かび、俺は背筋が凍った。俺は無理やり、周囲を警戒した。


 目を向けたさきの視界が、ゆがんだような気がした。

 実際に歪んだのだろう。二台のデスクトップパソコンのまえに、HAL05が二人並んで座っているように、見える。


 二人のHAL05は、たがいに目を合わせて驚いていた。


「え? あれ? ……磯野?」


 聞き覚えのある声音(こわね)だった。けれど、さっき別れた彼女よりは、すこし声が強い。懐かしい、とても懐かしい声のほうへ、俺は顔を上げた。そこには、



 ――もうひとりの俺と、霧島榛名がいた。


 二人のHAL05をはさんで、俺と、もうひとりの俺は向かい合う。


 もうひとりの俺は、おなじようにTシャツに上着を引っかけた格好をしていた。となりにいる榛名は、グレーのパーカー羽織り、胸もとに白いタンクトップをのぞかせ、ショートパンツではなく、ジーンズをはいていた。彼女の長い髪には、俺の世界の榛名とおなじように、キャスケット帽がかぶせられていた。彼女の面影は、十日程度しか経っていないにもかかわらず、はるか昔のように思えた。


「世界線の横断っていうのは、やっぱりこういうことだったのか」


 もうひとりの俺がつぶやく。


「やっぱり?」


 俺は口にして、目の前の現象について気づく。


 ――世界線の横断は、俺が存在する世界と、目の前にいる、もうひとりの俺が存在する世界が交差されて起こるんじゃないのか?


 オカルト研究会の世界の榛名が失踪し、彼女を追ってこの三つ目の世界に俺が迷い込んだのとおなじように、もうひとりの俺もまたこの世界へたどり着いた。その軸となる二つの世界が交差したいま、二人は目の前にいる、ということになる。

 

 俺は、もう一人の俺にうなずく。

 同時に、イヤフォンから意外な人の声が聞こえてきた。


「よし。二人のHALさん、ライナス博士とHAL03のそれぞれのロケットの制御を頼む」

「三馬さん!?」


 おたがいに見つめ合っていたHAL05のうち、奥にいるHALが三馬さんの声を聞いてうなずいた。こちらの世界のHALもまた、彼女の様子をみて悟ったのか、すこしの間のあとにうなずき返す。


 二つのパソコンモニターに映るウインドウパネルが操作を再開した。カウントダウンは、すでに三〇秒を切っていた。二つのモニターの進捗状況なんて俺にはわからない。だが、シンクロこそはしていないものの、片方の画面で処理され消えたウインドウパネルとおなじものが、もう片方でも時間差で消されていくのがわかった。


 一四秒を切ったところで、こちら側のHAL05の扱っていたモニターの操作が終わった。


「一機目のロケット、中部太平洋日付変更線付近に着水するよう修正完了しました」

「二機目のロケット、中部大西洋プエルトリコ沖に着水するよう修正完了」


 二人のHAL05がそれぞれ着水地点の修正報告をした。


 その言葉に俺は安堵し、力が抜けてしまった。むかいにいる、もうひとりの俺と榛名も、緊張が抜けたように深く息をついた。イヤフォンからは、どちらの世界の存在かわからない、たくさんの歓声がきこえてくる。


「磯野……わたしを追ってきたんだ」


 髪の長い霧島榛名は、そう言って一歩踏み出す。


「千葉は……みんなは元気なのか? あれ?」


 目の前の世界が歪んでいく。


「榛名……? 待ってくれ!」


 俺は彼女に手を伸ばそうとした。

 歪んだ空間は、二人の存在を消し去っていく。


「だめだ! いっちゃだめだ!」


 俺の右手は、うすれ、消えていく空間をさまよった。目のまえにいたはずの存在が消えてなくなり、彼女のかぶっていたキャスケット帽だけが、存在を残したまま、俺の手のひらへ、ぽとりと落ちてきた。俺はあわてて帽子をつかむ。


 HAL05を見ると、すでにいなくなった、もう一人の彼女のいた床を、静かにさすっていた。


「HAL」


 彼女はハッとしたあと、振り向いた。俺は、HAL05に手を差し出した。彼女は、意外な顔をして俺を見つめたあと、その手とって、立ち上がった。


「大丈夫か?」

「はい。ごめんなさい」


 HAL05は返事をすると、気を取り戻したかのように、声色が戻った。


「博士たちは米国に渡ってましたが、作戦は成功です」

「いまの、HALもわかるか?」

「はい。おそらく。ですがいまは、部隊と合流して、お二人の帰還の準備をはじめましょう。ただし、ここからは真柄博士を警戒してください」

「わかった」


 通路のほうから足音が近づいてきた。

 HAL05は左手で俺を制して、扉のかどから通路の様子をうかがう。その動きが緊張から安堵へかわったことで、通路にいるのが佐々木さんたちの部隊であるとわかった。


 HAL05のあとから俺もまた通路を見た。

 一〇名の隊員と霧島榛名が、俺たちを見て笑顔を向けてきた。隊員が、誰ひとり欠けること無くここまでたどり着き、ライナスとハルの救出にも成功した。


 二回の生存世界への収束を引き起こしたことで見出した、俺がたどるべきルートによって、彼らに犠牲を出さずに済んだのだと俺は悟る。


「俺は二回、生存世界への収束を引き起こさなければならない、か」


 HAL05を通して、ISOが伝えてきた俺の使命。このことをISOは見通していた、ということか。ただひとつ気になるのは、もうひとりの俺の世界で、この作戦を仕切っていたのは、三馬さんだったのか?


 隊員たちのわきをすり抜け、榛名は俺に駆け寄ってくる。


「磯野くん!」


 俺は榛名を抱きとめてやる。


「…………怖かった」


 霧島榛名はちいさくつぶやく。


「……ほんとうに怖かった。磯野くんが死んでしまうたびに、もう二度と会えなくなるんじゃないかって。二人で帰れなくなるんじゃないかって」


 そのまま泣きじゃくる榛名の頭を両腕でつつんでやる。


「大丈夫。これからいっしょに帰ろう」

「あ……この帽子は?」


 俺の手にしていたキャスケット帽に、榛名が気づいた。


「さっきの世界線の横断で、オカ研の俺と榛名に会ったんだ」

「え?」

「俺たちの世界線を横断するもうひとつの世界線は、オカ研世界の俺たちの世界線なんだと思う」

「そんなことが……そっか。むこうの磯野くんも……あの子も無事なんだね」


 榛名の顔はいまだ涙で濡れていたが、ふと安心したように笑みを浮かべた。


「HAL、ライナスとハルはこれからどうなるんだ?」


 HAL05はイヤフォンでやっとこえるくらいの小声でこたえる。


「すでに真珠湾から回収用の艦艇が出航しています。二人は米海軍に回収され、米政府の監視下に置かれることになります。ZOEを失ったいま、彼らの機密の保持が難しくなっています」

「そうか」

「安心してください。私の任務は、磯野さん榛名さんお二人のもとの世界への帰還のサポートです」

「ライナスさんとハルさんにはもう会えないんですか?」


 榛名はHAL05へ向き直る。


「残念ですが、それはもう無理です」


 その言葉を聞いた榛名は、俺の手を強く握った。


 彼女と手をつなぐことで、何度も彼女の感情が手を通して伝わってきた。俺がひとりで受け止めてきた苦痛を、彼女もまた受け止めていることがわかって、それが慰めになっていたといまさらながら気づく。ひとりでいたときも強くいられたのは霧島榛名――彼女の存在のおかげなんだろう。


 そんなことを、彼女の強く握る手をとおして思った。しかし、


 ――ゆっくりと、ゆっくりと彼女の手の力が抜けていく。


 俺は、彼女のほうへ振り向く。

 彼女は、悲しみを帯びた顔をHAL05に向けていた。しかし、彼女自身が、自分の身体を支えきれていないことに気づいてはいなかった。


「え?」


俺は、あわてて左手からキャスケット帽を取り落としながら、彼女の腰に添えて身体を支えようとした。彼女の身体が、俺の左手に落ち、支えられぬまま、俺もまた彼女といっしょに倒れ込む。


 彼女の顔を向かい合わせになりながら、俺たちは倒れ込んでいく。


「榛名?」


 俺の顔は青ざめていたんだろう。


 そんなことに構いもせず、空を仰ぐ彼女の瞳をみながら名前を呼んだ。とてつもなく長いように思えたわずかの時間。その時間のなかで、彼女の後頭部のしたに右手を滑り込ませながら、覆い被さるように倒れた。


「……榛名? おい、榛名!?」


 ――息をしてない。


 HAL05がすぐ横に駆け寄り俺をはねのけた。そのままHAL05は、榛名のシャツのうえから心臓マッサージをはじめた。人工呼吸と、心臓マッサージを繰り返すその光景をみながら、俺はかたまってしまう。


 すこしのあと、HAL05は、あきらめたように手を止めて、俺を見た。


「榛名さんの死の世界が、50パーセントを上回りました」




 23.-(マイナス) END

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