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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
23.-(マイナス)
186/196

23-06 大丈夫。俺がみんなを救うから

 イヤフォンから届く佐々木さんの言葉が、生存世界への収束のことを言っていると俺にはわかった。俺は腰に差してある拳銃を意識しながら、佐々木さんにうなずいた。


 西立坑の扉を閉じたあと、佐々木さんたちは先行して通路を進んでいく。東立坑側を警戒していた二名の隊員は最後尾について、背後からの攻撃に警戒した。


 通路を抜けると、西立坑より二回りほど小さい円筒状の空間に出た。俺たちは円形の通路を二手(ふたて)に回り込みながら、そのさきにある発射管制室へつづく通路の扉へと向かう。


「換気立坑です。東西立坑は拡張され、ミサイルサイロとして利用されていますが、こちらは手を加えられていません」

「外部との通信は?」

「ISOから、地上に展開している敵戦力の規模をもとに、このさきの敵兵力の予想配置図が送られてきてます」

「発射管制室の?」

「はい。海兵隊との戦闘でほとんどが出払っていると思われます。ただ、発射制御のためにオペレーターと最低限の護衛の兵士はいるはずです」


 発射管制室へつづく通路の扉を隊員がひらき、もう一人が通路内部を小銃を構えながら覗く。直後に銃撃が起こり、立坑の反対側の手すりに火花が散った。扉の左右にいる隊員たちは、通路へ即座に銃弾をたたき込み、手榴弾を投げ込んだ。扉から爆発の衝撃音がもれる。間髪入れずに、隊員たちが扉の向こうへ銃弾を撃ち込み、突入した。煙がただよう見通しの悪い視界の中、無数の閃光(せんこう)がしばらくつづいた。


 銃撃が終わり、HAL05がなかを確認したあと、俺たちは扉のさきへと進む。ふたたび、戦闘後の血生臭い空間を榛名の手を引きながら歩きはじめた。数箇所あるバリケード化された遮蔽(しゃへい)(ぶつ)のかげには、横たわるソ連兵らしき人影が視界のはしに入り込んだ。


 俺は目をそらしながら通路のかどをまがる。突き当たりに管制室の扉があり、その両方の横に身構えた隊員たちがいた。佐々木さんが腕時計を確認した。


「残り二分」


 あとは発射管制室を制圧し、ロケットの発射を阻止すれば、ライナスとハルの救出できる。


 隊員たちが扉をあけて管制室に突入した。銃撃音が通路に漏れる。しかし、いままでよりもはるかに小規模だと感じた。わずかのあとに銃撃が終わり、拳銃を構えたHAL05が管制室に入った。そのあとを俺と榛名がつづく。


 管制室は、数台のデスクトップパソコンと座席が並び、世界地図を映した大型モニターが壁に設置され部屋を青白く照らしていた。大規模な施設のわりには、こぢんまりとした印象を受けた。


「カザフの北側に着陸させるのか」


 佐々木さんがモニターを見つめながら言った。

 隊員たちはいま来た通路側と、もうひとつ東立坑側の通路の扉に二手にわかれて警戒にあたった。


 HAL05は、佐々木さんたちがいるデスクトップのまえに駆け寄り、ワイヤーを取り出してつないだ。パソコンモニターには、発射段階らしき画面と、残り一分にさしかかる数字がカウントダウンして表示されている。カーソルが動いてロケットの図面が表示された。画面と連動するように、立坑のほうから排気音(はいきおん)が鳴り響いた。カーソルが複数の画面を表示させて、HAL05は並列に各ウインドウを操作していた。俺は一分を切ったカウンターが止まってくれるよう祈るしかなかった。


 とつぜん激しい頭痛と吐き気に襲われた。

 目眩が生じ、世界を視界に留めることが出来ずに俺はうつむく。身に覚えのある不快感だと俺が悟ったとき、


「世界線の横断!」


 HAL05が叫んだ。


 苦痛をこらえながら、俺は世界がどう変化したのかをたしかめようとする。

 榛名の手の感触に触れ、周囲の隊員たちが無事であることを確認し、声の主である目の前にいるHAL05をみた。そのとき、なにかがHAL05のひたいへと入り、後頭部が膨れ上がって、突き抜けた。


「え」


 血と肉片が飛び散り、俺やモニターまでぶちまけられた音が室内に響いた。


「……………………る?」


 声にならない声を、口から吐き出した。

 声にならない榛名の悲鳴がそこにかさなる。


 秩序(ちつじょ)だった動きで身構え、小銃をむける佐々木さんたちだけが、視界のなかを動いていた。銃口のさきへ俺が振り返るころには、ソ連兵が銃撃を受けて倒れ込んでいく。


「磯野君! しっかりしろ!」


 佐々木さんが俺を揺さぶった。

 佐々木さんはそのまま俺と榛名をその場から引きはがし、管制室の二つの通路の死角へと身を隠させた。隊員たちは、管制室の扉の横に移動して、通路からの射線から身を守り、応戦をはじめた。隊員の一人が、無線でなにかを伝えているのが見えた。


「世界線の横断によって、敵の位置が変わってしまった。敵部隊がすぐそこまで迫っている。戦闘が終わるまで、きみたちはここで身を隠していろ」


 俺はパソコンのあったほうへ目を向けると、森でドローンを飛ばしていた隊員が、いまや見る影もないHAL05の横で、マウスを操作している。


「いいな? 磯野君」


 俺は佐々木さんにうなずいた。佐々木さんは他の隊員とともに扉へと向かった。


 俺は拳銃の感触を思い出し、腰に右手をあてた。グリップ部分の合成プラスチックの感触があった。俺はホルスターから拳銃を引き抜き、右手を自分のこめかみへと掲げようとした。が、それを止めるようにやわらかい両手が手首をつかんだ。俺は彼女のほうへ向くと、思いつめた顔で、俺を強くみつめて首を振った。


「けど……HALが……!」


 地響きが起こった。銃撃をかき消すかのように、噴射音がここまで鳴り響き、音量を下げていくのとは裏腹に、ゆっくりとその周波数をあげていく。


 ――ロケットの発射。


 遠ざかる噴射音と入れ替わりに、俺のG-SHOCKのアラーム音が聞こえてくる。


 俺たちは間に合わなかった。


 世界線の横断という神のいたずらによって、いや、こんな意地の悪いことをするのが神だと? 冗談じゃない。悪魔かなにかの仕業(しわざ)だろう。


 俺たちの手の届かぬ力によって、一縷(いちる)の望みをかき消していく。打ち上がってしまった以上、生存世界の収束を起こしたところで、置いてけぼりにされたこの世界で、もがくしか選択肢はない。


 俺はデスクトップパソコンに目をやると、HAL05のうなだれた右手だけが、机にさえぎられて見えた。


 だったらHAL05を救うために、二回あるうちのひとつ目の収束を起こすべきじゃないのか?


 通路への扉を見ると、佐々木さんを含めて四名までに減った隊員たちが、いまだ応戦をつづけていた。しかし、通路から管制室へ、筒状の物体が飛び込んできた瞬間――


「フラッシュバン!」


 誰かがそう叫んだ。


 世界が、一秒が、ゆっくりと展開した。

 佐々木さんたちは、目と耳を塞ぎ、背を向けようとしたのが見えた。つぎの瞬間、真っ白になった視界と、強烈な耳鳴りが部屋中を襲った。視力を失い、平衡感覚が狂い、俺たちは、ぐらぐらと世界が揺れる感覚に、しばらくのあいだ晒された。



 じんわりと感覚が戻ってくる。

 扉のほうで、冷静に引き金を引く音が何度かきこえた。視界がすこしずつ、ゆっくりと浮かび上がってきたそのさきに、気を失ったままの愛しい人の顔があった。


「榛名」


 そのとき、ふたたび地響きが起こった。戻ってきた聴覚が、噴射音によってもう一度かき消される。


 ――二機目のロケットが発射された。


 二機のロケットそれぞれにライナスとハルが乗せられていたのか。


 ――そうか、俺たちは二機のロケットを同時に止めなければならなかったのか。


 俺は彼女の両手をそっと解いて、右手の拳銃を自分のこめかみへ突きつける。


「ごめん」


 もう片方の手で、俺は彼女の頬にそっと触れた。


「けど、大丈夫。俺がみんなを救うから」


 彼女をみつめたまま、迫り来る敵の足音が耳に届きながら、俺は、右手にある拳銃の引き金を、引いた。


 一瞬、世界が止まったかのようにみえた。


 新東京駅で榛名が引き起こした生存世界への収束。

 あのとき体験した生存世界への収束を外側から垣間見たときとおなじように、


 ――管制室のいたるところに、俺と榛名が無数に存在していた。


「どうして?」


 おもわず口に出てしまう。


 《《生存世界への収束をみずからが引き起こしたならば、見ることなどできない光景》》。


 俺は自分に向けて引き金を引くよりも速く、霧島榛名が「生存世界への収束」を引き起こしたのではないかと疑った。絶望的な推測が脳裏をかすめたのと入れ替わって、激しい痛みが波のように頭に流れ込んでくる。


 その痛みは、幾度と味わってきた生存世界への収束で受ける、眩暈をともなった苦痛であると悟った。


 やはり俺自身が収束を引き起こしたのだとわかると、おもわず笑みがこぼれた。直後、込み上げる吐き気に、ふたたび意識を持っていかれそうになりながらも、なんとか持ちこたえた。


「磯野くん!」


 一瞬前に別れを告げた人の声が、こもった空間に響いた。

 俺は顔をあげると、西立坑から換気立坑へ向かう途中にある通路にいた。


 彼女の声で、佐々木さんとほかの隊員たちとHAL05が俺に振り返った。

 榛名が心配そうに俺の顔を覗いてくる。


「生存世界の収束ですか?」


 HAL05が問いかけてくる。

 声が出ない俺にかわって、榛名がそうですと答えた。

 榛名は、無数の俺がいた光景を見たのだろうか。


「この世界ではロケットは発射されたんですか?」


 問いかけが俺ではなく榛名から発せられたことに、HAL05は戸惑いの色を浮かべたが、俺と榛名の二人とも収束まえの記憶があることを理解したのか、彼女はこたえた。


「はい」

「ハルとライナスで二機とも?」

「そうです」

「じゃあ、」

「ですが、周回軌道に上がっている最中であれば降下地点の変更は可能です。米国政府によって回収されることになりますが」


 俺は無理やり声をあげる。


「……それでも、間に合うんだな?」


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