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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
23.-(マイナス)
185/196

23-05 そのときは磯野君、頼む

 隊員の一人から、手のひらサイズの小型ドローンがとりだされた。ドローンは、敵拠点の方向へ飛び立っていく。ハルやHAL05が飛ばしていた小型ドローンよりも、ひとまわり大きかった。ドローンを操作する隊員は、部隊と歩速(ほそく)を合わせながら、小型モニターに目を向けていた。数分後、隊員が佐々木さんを呼び止める。佐々木さんは振りかえった。


「どうした」

「ドローンが消息を断ちました。米軍の電子パルス攻撃にさらされた模様です」


 米軍は、基地とスパスカヤとの通信を完全に遮断したってことか。


 森林をしばらく進んださきで、部隊は足を止めた。数名の隊員が腰を下ろし、手で土をのける。土草のしたから金属板が姿をあらわした。月明かりに照らされて鈍く反射している。


「緊急脱出口です。ここから基地へ潜入します」とHAL05が言った。

「目標の基地とスパスカヤとのあいだで通信が断絶し、敵は地下にある基地内でのみ通信が可能な状態です。この緊急脱出口への侵入後、私たちもまたISOとの通信が不能となります。ふたたび通信可能となるのは、東西立坑のサイロ蓋がひらいたときと、そのさきにある、地上をとおる換気立坑のみです」

「立坑にたどり着くまでは、外部との通信はできない?」

「はい」


 腕時計をみながら「残り一〇分」と佐々木さんが告げた。

 扉をひらき、二名の隊員が入口のさきにあるはしごを下りていく。地下へと降りた隊員が手で合図をすると、佐々木さんを含めたほかの隊員たちも、はしごを降りはじめた。


 最後尾となる俺たちもまた、長いはしごを降りる。……いや、降りようとしたとき俺は立ち止まってしまった。


「けっこう高いよな……これ」

「あっ……そうか。磯野くん、高いところ苦手だったね……」

 

 大丈夫? という顔のした榛名が俺をみつめてくる。HAL05は無表情のまま俺をみていた。


 いやいや、こんなところで足なんかすくんでいられないだろ……。


 俺はなんともないということを強調してサムズアップしてみせた。


「顔、引きつってるから」

「それは言わないで」


 榛名は残念な笑みを浮かべ、HAL05は無表情のまま「私がさきに降りましょうか? なにかあれば、私が受け止めますから」と俺に言った。


 俺は首を振り、覚悟を決めてはしごに手をかけた。

 そうだ、それこそ榛名を受け止めるように、さきに俺がはしごを降りるのだ。とてもこわい。


 一歩、また一歩、俺ははしごを降りはじめる。すでにはるか下へと降った隊員たちとの(へだ)たりを、頭のなかから追払いながら、交互に手を掛け足を掛けて、慎重に降っていった。


 榛名の様子をみる。自由の利かない右脚をかばいながら、彼女もまた慎重にはしごを降りていた。


「磯野さん、榛名さん、ゆっくりで大丈夫です」


 左耳のイヤフォンから、HAL05のささやく声が届いた。


 やっとのことではしごを降りおわると、すでにさきを進む隊員たちの背中が見えた。大人二人程度が通れる、円形の下り坂の通路が、小銃に付属しているライトに照らされてみえた。


 俺は榛名にふりかえった。彼女は疲れた表情を浮かべていた。俺は笑顔を浮かべると、榛名もまた笑顔を返してきた。


「疲れたね」

「無理するなよ」


 俺は彼女の手を握った。榛名はまたうなずいて手を握りかえしてきた。


 直後、甲高(かんだか)い発砲音がいくつか反響した。消音装置がついているらしい。静かな金属音ではあったが、せまい空間では強く耳に残る。


「戦闘?」

「兵舎区画にて、敵兵二名を無力化しました」

「敵は米海兵隊との戦闘に戦力を集中しているようだ」


 佐々木さんの声がイヤフォンから響いた。


 兵舎区画はわずかながら明るさがあった。通路手前に戦闘で命を落としたソ連兵が横たわっているのが、視界の端に見えた。俺は榛名に振り向いて、彼女の目線が死体に向かないように彼女を見つめながら進んだ。榛名も俺を見つめ、小さくうなずいてつづいた。


 コンクリートで区切られた灰色の壁に廊下が延び、左右にドアの無い部屋が複数あるのがわかった。灰色の無骨な空間が、隊員たちの足音を反響させる。森林よりも明るいはずの無機質(むきしつ)な空間は、かえって息苦しく感じられた。


 戦争映画で観るような金属製の二段ベッドがある部屋を俺たちは通り過ぎた。先行している隊員たちが格納庫へ向かう通路のかどを曲がると、ふたたび銃撃が起こった。敵が何人いるのかわからない。俺たちは戦闘が終わるまで、後方で待っているしかない。


 隊員たちは兵舎区画のすべての部屋に敵がいないことを確認したのち、格納庫へつながる通路へとすすんだ。格納庫のさきに西側の立坑――サイロがある。東西どちらの立坑に、ライナスとハルが乗せられているのかはわからない。けれど、彼らのいる場所に着実に近づいていた。作戦は順調に進んでいるのだと実感した。


 ただこのさき、二回の生存世界の収束を、俺は起こさなければならない。生存世界の収束が必要になるのはいつなのか。ホルスターにおさめられた拳銃に手を置く。俺はちゃんと、やり抜くことが出来るのだろうか。


 ――頭を撃ち抜くことが出来るのだろうか。


 こんなことを考えている瞬間も、状況は、時間は、とどんどん先へと進んでいく。



 格納庫に入った直後に、銃撃がはじまった。

 HAL05に腕を引っ張られ、俺たちは通路にある青いシートで覆われたコンテナのかげへと引き戻される。左右にわかれる廊下のかげから複数の敵兵士が発砲するのが見えた。一〇メートルも離れていない場所から発せられる轟音が、人の()()()()が、間近で繰り広げられていることを、無数の(するど)い音と振動(しんどう)で俺の頭をたたきつけてくる。


 榛名と目が合った。

 銃撃による反響は、一分という時間を、かぎりなく分割され、引き延ばされたかのような速度をともなって、俺の耳に、身体に届く。護られている状況が、彼らに任せるしか無いという、行動いっさいの主導(しゅどう)(けん)を失ったこの状況が、一分という時間をいくらでも引き伸ばした。


 いつのまにか、彼女を護るように抱きしめていたことに気づいた俺は、戦闘がすでに終わったことを知った。俺たちは立ち上がって格納庫に入ると、数名の兵士が横たわっているのがみえた。立坑への通路にいたる手前、佐々木さんは倒れているひとり隊員の首もとに手を当てていた。


 俺たちをみると佐々木さんは立ち上がった。


「残り六分」


 佐々木さんが告げ、残り八名の隊員とともに立坑への扉へ向かって走りだした。


 味方に犠牲が出たという事実が、俺の頭を埋め尽くす。

 大切な人のために、俺は生存世界への収束を何度も起こしてきた。たったいま犠牲(ぎせい)になった二人にも大切な人はいたのだろう。それでも俺にはなにもできない。犠牲になったのが榛名だったら、俺はどうする?


 ――俺は、人の生死を、おのれの都合で選別(せんべつ)しているのではないか?


 その一方で俺は、この選別しているという状況を受け止め切れないということも、同時にわかってしまう。そんなことを認めてしまったら、いや、


 ――どうしようもないんだ。仕方ないんだ。


 言い訳にもならない言葉が、はらわたが煮えくり返るような気分をどうにかしずめようと、繰り返し繰り返し頭の中で吐き出される。自己(じこ)嫌悪(けんお)にすぐにでも足をとめてしまいそうな自分に気づいて、無理やりに、それ以上考えることをやめようと、つとめた。


 サイレンが館内に鳴り響いた。つづけておそらくロシア語であろうアナウンスがつづく。


「私たちの動きが敵に発覚しました。南東にいる敵のいくつかがこちらに急行するよう指示を出しています」とHAL05が言った。


「足止めされたらまずい」

「米軍もいる。管制室にたどり着くまでは、敵は追いつけまい」


 佐々木さんがこたえた。


 格納庫から西立坑へとつづく通路への移動を開始した部隊のうしろを、俺と榛名はあわててついていく。その途中にも、数人の戦闘員が横たわっていた。


 通路のさきに、すでにひらかれた金属製のぶ厚い扉があった。黄色と黒のストライプで囲ってあるその扉は、円形のハンドルを回して開閉させるらしい。銃撃でおかしくなっていた耳が、やっとおさまってきたと入れ替わりに、扉のさきからロケットが稼動している騒音が、廊下にまで響き渡ってきた。


 扉の隙間からなかを(のぞ)くと、銀色と黒の帯のはいった、円筒状の構造物の一部が見えた。おそらく目的のロケットだろう。二名の隊員が、西立坑内部を確認し、なかへと突入する。間をおいて、佐々木さんも含めた六名の隊員があとにつづいた。


 俺たちも西立坑へとはいる。

 ロケットを中心として円をえがいて、キャットウォークが一巡(いちじゅん)していた。見上げると、サイロ蓋が重い音をたてて、ゆっくりとスライドしはじめていた。蓋の隙間(すきま)からのぞく夜空が、すこしずつ広がっていくのがみえる。発射準備に入るロケットとおなじ空間に、俺たちを含めた十一人がいることになる。このままロケットが打ち上がれば、噴射(ふんしゃ)(えん)に巻き込まれて、俺たちは全員焼け死ぬだろう。


 まっすぐ奥にはもう一つの立坑――東立坑へとつづく通路、左手側には、換気立坑と、そのさきの発射管制室へとつづく通路になっていた。どちらの通路にも、いま通ってきたのとおなじ、ぶ厚い金属製の扉があった。


「このロケットにハルたちはいるのか?」

「正確にはわかりません。ですが、発射を止めるには、このさきの発射管制室までたどり着かなければいけません」


 隊員たちは、東立坑側からくる敵を警戒しつつ、発射管制室側の扉を開けた。HAL05は、すでにひらいたサイロの発射口を見上げた。


「一時的にですが通信回復しました。地上では米海兵隊とソ連部隊との戦闘がつづいているようです。海兵隊による東南からの基地への侵入がいまだなされておりません」

「まずいな」と佐々木さんはつぶやく。

「海兵隊の動きが予定より遅い。米軍の作戦が遅延(ちえん)したままなら、管制室に到達後に、われわれは東西立坑のそれぞれの通路から包囲される可能性がある。そのときは磯野君、頼む」

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