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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
23.-(マイナス)
183/196

23-03 磯野さんの生存世界の可能性の拡散範囲が大きいんです

 HAL05の言葉に俺は戸惑う。

 暗闇(くらやみ)の中、敵の位置がわからないままやつらの接近を許すしかないこの状況に、俺は言葉を失った。


「磯野さんはこのバンを死角にして、あの小屋まで走ってください」


 絶望的な状況に思考が停止する俺とはちがい、HAL05は対応策を間髪(かんぱつ)入れずに指示だししてくる。HAL05が指差したさきには、対向車線にあるバス停の待合(まちあい)小屋がうっすらと見えた。


「HAL、おまえと榛名は?」

「磯野さん、あの小屋から迫ってくる敵の位置を教えてください」

「けど、このイヤフォンだって使えないし、そもそもこんな暗さで」

「私が照明弾(しょうめいだん)を打ち上げますので、手信号(てしんごう)で敵の位置を教えてください」

「手信号?」

「まず敵の人数を教えてください。その後方角を左右で示してください」


 私が榛名さんを護りますから、と彼女はつけ加えた。


 でも、と言いかけた言葉を俺は呑み込んだ。

 モタモタしている場合じゃない。HAL05の言うとおりにしなきゃ俺たちは助からないことくらいわかってる。


「小屋にたどり着いたら、照明弾を打ち上げるまで待機してください。敵の位置は、盾にしているバンの方向を0時として、左右どちらかで教えてください」

「人数、方角の順番だな」

「はい」

「HAL」


 俺は榛名のぶんの拳銃と二つの弾倉を取り出す。


 HAL05は俺をみた。

 なにかを言おうとしたが、口をつむいでうなずき、拳銃と弾倉を受け取った。


「ではこのバンを死角にしてまっすぐ走ってください。――走って!」


 俺はバンを背にして待合小屋に向けて走り出した。

 自分の呼吸が聴覚をおおう。

 待合小屋と、それを照らす街灯(がいとう)がしだいに視界を()めていく。いつ撃たれるかわからない恐怖に(あらが)いながら、俺は走りつづけた。待合小屋を通り過ぎた直後、一気に右へと折れ、俺は建物のかげに転がり込んだ。銃撃が俺の脇をかすめたらしい。数発の銃弾が建物を貫通(かんつう)した。


 盾にもならないじゃないか!


 バンからHAL05が身を乗り出し、三発撃った。すぐさま銃撃の応酬がHAL05を襲う。


 榛名も目を覚ましたらしい。HAL05の横で身をかがめていた。


「敵は!?」


 俺は待合小屋のかげから顔を出した。


 HALのシルエットが、小さな筒状の拳銃を空に向けた。

 一瞬後、花火が打ちあがるような音とともに、黄色い光が夜空へと浮かび上がり、あたりを明るく染めた。


 数人の人影が迫っているのが見えた。あれは――

 俺は右手で二本指を示したあと、指差し指を右に向けた。


 HAL05は、液体のような柔らかさで車体の横から身を乗り出して、二発ずつ計四発発砲した。二人の人影が倒れ込む。バンのかげにかがみ込むHALが、ふたたび俺に向けて顔をあげた。俺は人差し指を示したあと、まっすぐに前方を指さした。


 HAL05は、即座に身体を起こし、横転したバンの上に身体を晒した。前方にむけて二発発砲し、すぐにバンに身を隠した。


 奥にある二台のSUVから、数名の敵があらたに迫っているのが見えた。五人?


 さらに状況が悪化する。照明弾の照らす光が尽きようとしていた。

 あの数は、いくらHALでも対応出来ない。


「HAL!」


 彼女を呼ぶ俺の声が響いた。

 HALは、首を振って静止するよう俺に手のひらをかざす。


 右から二人。それにまっすぐ……いや左の十度、つまり一時の角度から三人……ちがうもっと――

 

 ダメだ。同時に迫ってくる敵の数が多すぎる。いくらHAL05でも対処できない。


 突然、激しい回転音が上空に響きわたった。


「え?」


 照明弾とはちがう、さらに強い光があたりを照らした。


 五人。


 五人のゴーディアン・ノットが、ライトのもとに(さら)された。全員がアサルトライフルをヘリに向ける。しかし、回転音を上まわる不規則な轟音(ごうおん)が、五人を一掃(いっそう)した。


 俺は唖然(あぜん)としながら、その光景をみつめた。

 二機の大型ヘリコプターのうちの片方が、バンから二〇メートルの距離に降りてきた。HAL05と榛名もまた、立ち上がりながらそのヘリを見つめている。そのシルエットは、映研の部室で見た、ベトナム戦争映画を思い出させた。


 夜の世界を覆い尽くす目のくらむようなライトの光と、二つのローターの回転音が響きわたる。


 その光源のさきから、小銃をたずさえた男のシルエットが近寄ってきた。


「無事だったか」


 佐々木さんだった。




 八月一九日 〇時四二分。 北海道上川(かみかわ)地方上空。


 俺たちを乗せた輸送ヘリは幌延(ほろのべ)深地層(しんちそう)研究(けんきゅう)センター建設跡地へ向かう。機内は二基のローター音が響く無骨な空間だった。自衛隊の隊員と思われる佐々木さんを含めた一〇名の隊員とともに、HAL05と俺、榛名が並んで座っていた。もう一機には、真柄さんとISOも同乗しているらしい。


 残り時間は三六分。


「磯野さん、榛名さん。たった今ほかの皆さんも保護されました」


 搭乗時に手渡された新しいイヤフォンをとおして、HAL05が報告してきた。「のちほど合流します」


「合流? 柳井(やない)さんたちも敵の基地まで連れてくるのか?」

「通信手段が限定的な現状では、合流したほうが安全性が高いとISOが判断しています」


 俺たちを乗せたヘリは、このさき西側から距離をとって迂回(うかい)し基地北側に着陸する。米海兵隊の作戦開始に合わせて、この北側の別ルートから俺たちも基地内に突入する。俺と榛名とHAL05は、佐々木さんの部隊に守られながら同行することになっていた。


 俺たちが同行する理由は、万が一取り返しのつかないような事態が訪れた際に、生存世界への収束を行うようにするための保険だ。


 「きみたちの力を借りることは、部隊の全滅を意味する。当然、そうならないようにはするが……覚悟しておいてくれ」と佐々木さんは言っていた。


 どんな理由であれ、俺はハルたちを助けるためにも、基地に潜入する意志は変わらない。


 HAL05はISOと連携し、俺たち部隊の通信と発射管制室への到着後のロケット発射解除を担当する。スパスカヤもこちらの動きを読んでいる可能性は高い。だが、基地とスパスカヤとの通信は断絶しているとISOはみていた。


 八割の通信機能を失ったいま、人の手による打ち上げ制御に頼らざるを得ない状況に敵もあった。


 ISOの計算では、俺たち別動隊からのロケット到達によるハルとライナスの救出は、物理的に可能だとみていた。


 しかし、「ISOは、磯野さんの生存世界への収束を二度起こさせることが前提であると言っています」HAL05はそうつぶやいた。


 榛名を見ようとした俺に「大丈夫です。榛名さんへの通信は一時的に切っています」とつけ加えてくる。


 ヘリのローター音が声をかき消していると信じて、俺は口をひらく。


「……つまり今回の作戦で、俺は二度死ななければならない?」

「はい。榛名さんに比べて、磯野さんの生存世界の可能性の拡散範囲が大きいんです」

「拡散範囲?」

「収束後に、現在とはまったく別の場所に飛ばされる可能性があるという意味です。磯野さんが望む世界線からはずれる可能性が、いまだに高いらしいです」

「らしいって」

「私はすでにZOEとリンクしていません。ISOの統計的予測から判断するしかない状況です」

「HAL、ISOの予測ってどれくらい信頼できるんだ?」

「彼の統計的予測は十分に信頼に足ります」

「信じていいんだな?」


 ZOEの保護下から外れてしまったことへの不安が、どうしても言葉として口に出てしまう。


「ISOはその性質上、局地的な状況判断においてはZOEよりも優れています。しかし、ISOはまだ運用して間もないため、解析した情報の蓄積(ちくせき)はZOEが圧倒しています。とはいえISOもまたZOE、スパスカヤと並ぶ汎用(はんよう)AIです」HAL05は、俺の意図を察したかのように、そう付け加えた。


「ISOは私たちの望まない分岐に入り込むのを、磯野さんの生存世界への収束によって阻止する必要があると言っています」

「榛名はもう命を落とす必要は無いんだな? ISOにしたがえば、俺たちは俺たちの望む世界を手に入れられるんだな?」

「私にはその問いに答えることが出来ません。ですが、ISOの伝えてきた意味はそういうことになります」


 俺の遺伝子を持つ人工知能。ZOEとおなじように、俺や榛名、いや人類が予測出来ないような未来を見通す力のある存在。つまりISOも、()()()()()()()()とういう意味では、()なのだろう。


 敵意はないはずだ。

 しかし、得体の知れない存在への恐怖が、本来なら必要のないはずの敵意を生み出すのだろう。米国政府、日本政府、ソ連も、この得体の知れない存在――神に等しい存在――という恐怖に振り回されながらも、お互いを出し抜こうと俺たちの頭の上でだまし合いを繰り返してきたのだと思う。人類がもしこの神なる存在とともに生きていくとすれば、この神――得体の知れないもの――への恐怖をどう克服するのか。もしくは彼らの思惑を理解しきれないまま、彼ら神に等しい存在に無防備に、おのれの命運を(ゆだ)ねられる「なにか」――その根拠を、人類は獲得する必要があるのかもしれない。

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