23-02 敵に私たちの動きが露見しました
「幌延?」
「同時に敵に私たちの動きが露見しました。合流地点到着まであと五分」
「一〇分が過ぎたってことは、ロケットの発射までは――」
「残り四七分です」
「五分後に合流地点到着だったら、基地までの移動時間を入れてものこり四二分しかないってことか。……合流地点には真柄さんの特殊部隊がいるのか?」
「軍用輸送ヘリが現地に向かっています。合流後、ロケット基地に向かいます」
車に備えつけられたタブレットに日本地図が表示された。千島列島までのびた日本の領域に違和感をおぼえる。画面は北海道から道北を拡大し、幌延町の領域を光らせた。長方形のフレームがさらに画面を拡大させ、ロケット基地を俯瞰表示させた。西立坑、東立坑と日本語表示された円が二つ横にならび、周囲にいくつかの建造物が配置されていた。
「核廃棄処分研究のため建設された国の施設です。すでに地下三五〇メートルまで掘り進められてましたが、当時の設計計画から大幅な変更が加えられていることがZOEのもたらした情報から確定しています」
「現在はこの図面とはちがう?」
「いえ、ZOEとISOの解析による確度の高い現段階での予想図です。二つある立坑がサイロととなり、どちらかにライナス博士とHAL03が搭乗していると予測しています。サイロ以外の建造物も地下に埋められています」
「跡地というのは?」
「核廃棄物処理が目的であるため、都市部から離れたその場所にこの施設の建設を予定していました。しかし、ソ連の動きが再び活発となった二〇〇〇年に計画を中止しました」
「その跡地を利用して、ロケット基地を作っていた?」
「はい。ソ連側がロケット基地を日本国内に置くとすれば、地下に建設されたミサイルサイロを大型化するのが理にかなっています。ですが、ミサイルサイロ基地の建設は、それ自体が莫大な予算と時間が必要となります。ロケット基地の所在の特定には、炭鉱跡や核廃棄物処理場、その予定地などの地下施設、そして広大な敷地をもつ自衛隊演習場が候補に上がっていました」
「俺たちが、幌延の基地に到着したあとの救出の段取りは?」
「米軍実行部隊の制圧作戦開始時に、私たちはG2Annexの護衛とISOのバックアップのもと、HAL03から手に入れた相対座標――緊急脱出口からのルートで基地に潜入し、発射管制室へと到達。打ち上げを阻止して二人を救出します」
「アメリカ海兵隊とソ連部隊が撃ち合いしている最中に、別ルートから潜入するってことか」
HAL05の説明にそって画面に米軍の実行部隊が表示された。
海兵隊は南東から部隊展開し、連絡塔を突破したのち地下に入り東格納庫を制圧、連絡通路を通って東立坑へ到達するルートをとっていた。俺たちは、米海兵隊とは反対の北西にある緊急脱出口から地下へと潜入し、兵舎と書かれた居住区画、西格納庫を経由して西立坑へ到達するルートが矢印で示された。西立坑の通路から北へと延びた連絡通路のさきに換気立坑があり、その奥に発射管制室と表示された区画があった。東立坑側からも別ルートで発射管制室までの連絡通路がのびていた。
「HAL、俺たちのルートに海兵隊は配置しないのか? 制圧が目的なら、入り口になる箇所はすべて抑えるんじゃないのか?」
「それが理想ですが、現状では不可能です。第一に、HAL03の伝えてきた緊急脱出口からの別ルートは、日米両政府に共有されていません。第二に、残り時間内に動員可能な人員に限界があります。現在、突入可能な部隊規模から作戦を決定したと思われます」
たしかにタイムリミットを考えれば、万全とはほど遠い状況でやるしかないのは、米軍も俺たちもおなじか。
俺たちは幾度となく襲撃をくぐり抜けてきた。くぐり抜けなければならなかった。危機を脱せたのは、生存世界への収束という力を駆使したからだ。けれど、もうこれ以上死んで乗り越えるなんてことはできない。それなら、やはり榛名は置いていくべきじゃないのか?
「榛名」
「ISOって、磯野くんの遺伝子で作られたっていう子だよね」
「え? ああ」
「ZOEさんはいなくても大丈夫なのかな」
「ISOはZOEとは異なり、彼単体で電子戦が可能な存在です。人間の脳をハードウェアにしているため、ZOEのような広範囲での工作能力には劣りますが、乗っ取りの危険性はほぼ無いと言っていいでしょう。人間を軸として強化された存在と言えます」
「なあ、榛名、」
「心強いね」
彼女は、俺に言葉をかさねてきた。俺が基地潜入への同行を止めようとするのを、彼女は察したのだろう。俺は黙らざるを得ない。カロリーメイトを頬張っていたあいつの顔が目に浮かんだ。今度はあの幼い子どもが俺たちを護るのか。
飛行機の墜落後に森のなかでISOと会ったとき、あいつは俺に大丈夫とでも言うような表情をむけた。
あの意味はなんだ?
結局、ライナスとハルが捕らえられてしまった。それでも、あいつにも未来を見とおすことができるのだとするなら――
「彼らと連携するまえに、お二人、とくに磯野さんにお伝えしなければならないことがあります」
「伝えなければならないこと?」
「すみません。話はあとで。敵が来ます」
HAL05の声色が緊張へと変わった。
「SUVが二台、前方から向かってきます。ドライバーを含め八人と予測。ゴーディアン・ノットです」
HAL05はヘッドライトを消し、加速する。
「わざと鉢合わせするのか」
「敵に対処している時間がありません。突破します」
「突破?」
俺がそう口にしたときには、前方から四つの光が見えた。黒い車両が二両。HAL05は、速度を維持したままホルスターから拳銃を取り出した。
「つかまって」
運転席のサイドガラスを下ろすと、拳銃の銃口を進行方向に突き出した。敵との距離が一気に縮まる。乾いた発砲音が四回響いた。前方手前のSUVのヘッドライトが消え、フロントガラス全体が薄暗く発光した。
残りの二発がフロントガラスを蜘蛛の巣状にひび割れさせていた。敵の視界を奪ったのだとわかった。
前方のSUVがこちらの行く手をさえぎろうと、車体を無理やり横に向けた。車体が小刻みに揺れる。
「ぶつかる!」
衝撃がない。
頭を上げると、俺たちのバンは一台目のSUVを横切って通り過ぎていた。しかし車間をとっていた後方の二台目のSUVもまた、車体を横にして進路をさえぎろうとする。
バンの車体が、SUVとは逆向きに横滑りした。前方から夏の夜のぬるい空気が流れ込む。助手席の窓がいつの間にかひらかれていた。窓の外に向かって伸びたHAL05の左腕が見えた。
いつのまにHAL05は銃を持ち替えたのだろう。
俺がそう思い浮かべたときには銃声が二発車内に反響していた。タイヤがはげしく擦れる音がする。後部座席の俺は、榛名の身体を押さえつけて護るようにシートに倒れた。
ガクンと右側に重力を帯び、前方へと加速した。
榛名を屈めさせたまま俺は顔をあげ後方をみると、横を向いたSUVのサイドガラスが割れ、前後ともに視界を奪われた状態で闇に消えていった。
夏の空気にまざって走行音が浮かび上がるなか、俺はふたたびうしろへ振り返ると、立てなおしをはかる二台のSUVのシルエットが目にはいった。
「榛名、怪我はなかったか?」
「うん、大丈夫」
「まだ身を屈めて――」
HAL05がそう言うや否や、破られたSUVのサイドガラスから、ヘッドライトとは別種の、切り裂くような光が無数にまたたいた。銃弾が叩き込まれる鋭い音と振動が車内に響き、俺たちの聴覚を塗りつぶした。
HAL05は、何事もなかったかのように、バンを一気に加速させた。
一台のSUVが、追走をはじめる。もう一台は、追ってくる車両の死角になって見えない。追ってきた車両は乱暴に車線を変えた。それと同時に、奥の横這いに止まっていたSUVのボンネットから、筒状の物体でこちらを狙っているのが見えた。
えっ――
「二人とも伏せて!」
直後、後方から空気を切る音が発せられた。
後ろから突き上げる強い衝撃が俺たちを襲った。
バンが態勢を立て直そうと左右に揺れる。俺はうめき声をもらしながらも、なんとか身を起こすと、追走するSUVの後ろで炎があがった。あれは、北大脱出時に撃たれた――
「――対戦車ミサイル」
「二発目きます!」
HAL05が声を上げた瞬間、バンの横をかすめて、前方で光がはしった。上り坂となった車道に弾頭が直撃したことを悟った。
衝撃が車体を襲い、すさまじい揺れとともに視界が回転した。
気を失っていたらしい。
朦朧としたまま、俺は彼女を見る。
「榛名!」
俺は彼女の肩をゆすった。
小さなうめき声が彼女の口からもれる。意識はあるようだ。
横転したのは二度目だな、などと、のんきな言葉が口に出た。前からシートベルトをはずす音がした。HAL05がこちらに顔を向けていた。
「お二人とも――磯野さん、すぐに榛名さんを車から連れ出せますか?」
「ああ」
「敵が来ます。バンから出て! はやく!」
HAL05に気圧されて俺は横転した車から出た。
俺とHAL05は、気を失っている榛名を引っ張り出し、HAL05はバンを盾にしてかがんだ。彼女は身を乗り出し、バンのカーゴスペースを開け、拳銃のものよりひとまわり大きいジェラルミンケースを取り出した。彼女はケースをあける。
なかにあるものに見覚えがあった。
――小型ドローン。
HAL05は、彼女の手のひらに収まる大きさのドローンをつぎつぎに手に取り、四機すべてを離陸させた。
「敵の動きを把握します。磯野さんはそのままで」
俺は榛名を支えたままうなずいた。
HAL05もまた、ドローンと同期しているらしい。一度、拳銃のマガジンを確認したあと、バンを背にしたまま、両手で拳銃を構えてうつむいていた。夏の夜の静寂が、ぬるい空気をとおして感じられた。
HAL05はバンから身を乗り出した。
彼女の両手の先から、乾いた音と光が二度発せられる。彼女はすぐさまバンのかげへ身を隠した。
「敵は⁉︎」
俺が口にした瞬間、ノイズが左耳を襲った。あまりの激しさに、俺はイヤフォンを乱暴に捨てた。
この世界にきてから何度も経験した、通信機能へのジャミングだと気づく。
「――っ」
HAL05は顔をゆがめ、左手で後頭部をおさえた。
「いまのジャミングでドローン四機が無力化されました。これまでの通信妨害とはちがい、完全に回線を焼き切られました。おそらく、敵の車両に高出力マイクロ波発生装置が搭載されているのでしょう。復旧は見込めません」





