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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
22.告白
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22-07 意識を持ったまま、操られているってことか

ライナスとハルの救出のためZOEからの説明で、現状を把握する。また、いままでZOEをも後手に回した東側のASI――超人工知能の名が明らかになり

 俺と榛名は互いに顔を見合わせた。

 彼女の瞳が悲しそうに伏せられる。


 ハルは、俺たちを観ていた?

 あの襲撃まえから?


 ハルは、意識を持ったまま敵の人工知能に操られ、その手足として行動していたってことなのか。ということは、脱出したあともハルは俺のことを――


「磯野さん、私達ははいま現在、光学観測衛星の視界からはずれています。つまり、敵の目の外にいます」

「ZOE、口に気をつけろ。ハルは敵じゃねえ」

「この四日のあいだに、そのHALから、ノイズに混じってなにかしらの情報が送られてくる可能性があると言いたいんだな? ZOEさん」


 頭に血がのぼってまともに話せない俺の肩に、柳井さんが手をおいた。


「はい。敵ASIスパスカヤは、HAL03を完全には制圧していない模様です。彼女の脳を生かすことで、彼女のスペックを最大限までいかそうとしているのでしょう」

「意識を持ったまま、操られているってことか」

「それでは話をまとめよう。ZOE、君はこの四日間にNSAと……ISOだったか、磯野君のDNAを持ったヒューマノイドと連携してロケット基地の位置を探る。その間、HAL03から情報が送られてくるのを待つ、それでいいかね」

「はい、博士」

「では、我々はどうすればいい? 我々もまた、ここで待つのか?」

「衛星の目があります。主に低高度を周回する偵察衛星の監視網を避けるため定期的に移動する必要があります」

「ああ、つまり当初の予定どおり、私達は三台の車に分かれて四日間かくれんぼをするってことか。なら、ロケット基地を見つけたらどうする? 自衛隊の特殊部隊が救出にいくことになるのかね?」

「日米両政府は、ライナス博士とHAL03両名の東側への脱出を望んでおりません。判明次第、日米共同での制圧作戦が実行されます」

「救出作戦では無く制圧?」

「はい。東側の手に渡るのを阻止するために、制圧を最優先させます。作戦がロケット発射に間に合わない場合、ロケットへのミサイル攻撃も計画に入れています」

「……なんなんだよ、そいつら」

「磯野君、まあ落ち着け。ZOE、ということは、ライナス博士とHAL03を救うには、猫の手も借りたい状態なわけだ」

「はい。皆さんには、救出作戦を実行していただきます」

「ということだそうだよ、磯野君」


 三馬さんに肩を叩かれた俺は、頭にのぼった怒りが、その矛先(ほこさき)がわからないまま、霧散(むさん)した。制御出来ない感情の起伏(きふく)翻弄(ほんろう)され、俺は放心してしまう。


「……すみません」


 三馬さんはもう一度肩を叩いた。


「ZOE、じゃあ、ロケット基地のことは君に任せたよ。我々は三台の車にどう分かれるかくじ引きでもしようか。柳井、作ってくれ」




 二〇分後、俺たちは三台の車に分かれて移動を開始した。


 車にはそれぞれ、柳井さんと三馬さんの二人、千代田怜と霧島千葉と竹内千尋の三人、そして、俺と榛名とHAL05が乗り込んだ。


 この割り当てになった理由は、各人の襲撃危険度に応じて誰が護衛になるかによって決まった。俺と榛名が当然襲撃可能性が高いため、他のメンバーを切り離しHAL05が割り当てられた。また霧島千葉は、榛名をおびき出す人質にされてしまう懸念から千代田怜が護衛、車椅子の彼女をとっさに担ぎ出せるように竹内千尋が同行した。


「この面子から見れば、俺たち二人が襲われたところで事態にさほど影響はないだろうからな」


 柳井さんは苦笑いを浮かべた。


 なにかあったらかならず助けにいきます、と言いかけたが、それが二人に余計な気を遣わせることに気づいて、口をつぐんだ。


 こうして二二日までの四日間、ZOEの朗報を待ちながらのドライブをつづけることになる。


「もしライナス博士たちの救出がかなわなかったとしても、磯野さん、榛名さん、お二人を、二二日の一四時には旭山記念公園に送り届けますので、そのつもりでいてください」


 と、HAL05に釘を刺された。


 既視感があった。今日とおなじ、八月一八日の映研世界。映研メンバー総出によるドッペルゲンガー捜索開始のときと重なる。ただ、あのときとちがうのは、別れ際に呼び止めてきたのが青葉綾乃とちばちゃんではなく、三馬さんだったことだ。


「磯野君、ZOEとの通信をオフに……いや、ZOE、君も聞いてもらったほうがいいな。磯野君が気にしていたことについて話したいことがある」

「俺が気にしていたこと、ですか?」

「霧島榛名さんの目覚めの遅さについてだ」



「なにか知っているんですか?」


 俺は車のほうに集まっているみんなに一度目を向けた。榛名が気づいて視線を送ってくる。俺はなんでもないというようにうなずいて、三馬さんに向きなおった。


「昨日の晩、森の中で君と榛名さんがライナス博士とHAL03を救おうとした際の生存世界への収束。繰り返す自死による、彼らの救出への確率が関係していると思う」

「榛名は死にすぎている?」

「たしかにそれもそうだが、話したい内容は違う。榛名さんが二人を救える世界線へ収束するには三七パーセント、磯野君は三パーセントと言っていたね? その確率の差に答えがあるんだ」

「その差については俺も引っかかってました。なぜ差のひらきがあるんでしょうか?」

「磯野君と榛名さんの身体能力の差だろう」

「え?」

「足の不自由な榛名さんの行動可能範囲と選択肢は磯野君よりもはるかに少ない」

「行動可能範囲?」

「霧島榛名さんは女性であること、足が不自由であることから、ほかの選択可能性となる分岐が、磯野君と比べて圧倒的に少ないんだ」


 三馬さんはつづける。


「霧島榛名さんの今日までの行動はほぼ一本道であると言える。一方、磯野君の今日――八月一八日にいたる並行世界のルートは多岐(たき)に渡る」


 たしかに足の不自由になることで、榛名は俺と比べて行動は制限されるはずだ。けど、そうだとしてもZOEが提示した確率の差は大きすぎる。


「昨晩、榛名さんの並行世界は、ほとんどが飛行機が墜落した、その森にいたのだろう。一本道であれば、どの並行世界でもおなじ危機に直面する。彼女の並行世界のほとんどがその危機に()っているならば、その数の分だけの選択肢を彼女は得られたはずだ」

「榛名の世界線があの晩の森のなかに集中していたから、三七パーセントなんていう高い数字になった?」

「そうだ。裏を返せば磯野君の傾向世界の多くは、あの森にはいなかった可能性がある」

「……つまり、俺の三パーセントという数字は、俺があの時間あの森にいない世界線の分だけ削られていたって、そういうことですか?」

「ああ。おそらく君が霧島榛名さんを確保出来ていない並行世界が相当数あるのだろう。君一人が、百年記念会館にたどり着いた並行世界もまた多くある可能性があるということだ」


 榛名と合流できていない世界線?

 その俺は、生存世界の収束を使わないで、のうのうと一人で北大にたどり着いたってことか?


「さて、ここからが問題だ」


 三馬さんはそう言うと、一度、ほかのみんながいるほうを向いた。


「そこに榛名さんがいないとしても、磯野君の並行世界に多様性がある時点で、君の生存世界の減少は相当抑えられているはずだ。一方で榛名さんは一本道のまま、森で自死を繰り返してしまった。それは彼女の生存世界のかなりの数を失わせたことになるだろう。そういうことだな? ZOE」

「はい、博士」


 たしかに榛名の目覚めの遅さは、自死による死にすぎが原因だと直感的にはわかっていた。が、三馬さんの説明、ZOEの同意によって、そこにいたる原因が解明されたこと、それが、脳裏に浮かぶ昨晩の拳銃自殺と重なり、俺は頭を殴られる。


「磯野君、この状況は見方を変えればとても対策がしやすいんだ。彼女にとっての世界線はほぼ一本道なのだから、


 ――今後、霧島榛名さんが死に至るのを阻止すること。


それさえ徹底すれば、彼女を無事もとの世界に生還させることが出来る。それにさっき竹内君も指摘したとおり、二二日に君達二人を生還させることを前提に、ZOEは計画を立てていたんだ」


 俺は、動揺がおさまらない。

 それでも、いま聞いた話を飲み込むように、納得させるように、俺は三馬さんに無理やりうなずいてみせた。


 榛名を連れ戻す。

 それが本来の目的だった。けれど、俺の三パーセントという数字、そして、榛名よりも軽い、収束による競合の症状。これは、ほかの世界の俺が、榛名を救出出来ないまま、その世界を生きていることを意味していた。それがどうにも納得出来ないまま、俺は車に乗り込んだ。




 ZOEによると、赤道上空、高度三万五千七八六キロメートルの位置で地球とおなじ速度で自転する静止衛星を軸に、日米の低高度をまわる多数の周回衛星が、北海道を中心とした日本領域を集中的に監視しているとのことだった。東側もまた、アメリカに匹敵する数の衛星を運用しているが、ZOEによるリアルタイムの妨害工作により、光学観測範囲に死角を作ることで俺たちの所在(しょざい)を隠蔽した。


 俺たちは、定期的に変化するその死角となる領域に先回りしつつ移動し、ソ連側の監視の目をかいくぐった。


 ソ連側による北大襲撃からはじまった八月一八日はこうして終わった。

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