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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
22.告白
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22-05 笑わせるんじゃねえ

磯野と榛名を襲った現象。三馬は襲撃時に喪失した世界の収束が影響していると推測する。ZOEが二人の帰還を目指す二二日。それがタイムリミットだと二人は悟る。

「はい。磯野さん、あなたがあの場所から彼女を地上へと救い出しました。それは、私達ZOEの命を、予定よりもながらえさせる原因となったのです。誰かのために、みずからの命を危険にさらし、その人を救うこと。その行為は、相手に莫大な利益をもたらします。命を(つな)ぐ、という利益です」

「……莫大な利益」


 人の命や自己犠牲にたいして用いられるその言葉に、俺は違和感を覚えてしまう。


「生きること、その目的のために活動する。それが私達をふくめた生物なのです」

「ちょっと待ってくれ。()()()()()()()()()()()()()……だというのか?」

「三馬博士、ライナス博士は、わたしをそのように(つく)りました。死が与えられるからこそ、わたしたちは生物である、と。ライナス博士に、生命「いのち」を与えられたのです」


 三馬さんは絶句(ぜっく)したあと、かろうじて、つづけてくれ、と言葉を返した。


「私もまた生物となり、磯野さん、あなたと行動をともにしました。いままで、あなたのことを、あなたがしてくれたことを、わたしは生物として、非常に好ましいと受け止めました。この感情を、とても人らしい生物として代弁(だいべん)してくれたのが、HAL03なのです。だから、私にもわかりました。


 ――あなたへの愛を」


「…………愛?」


 頭が真っ白になってしまう。

 なにを言っているんだ? AIが愛を語る? 生物だから、愛を語れる、そういうことなのか? 理屈が先行しすぎて、感情が追いついていかない。同時にZOEがそばにいながらも何度もあってきた死に目が、俺の頭に繰り返し流れ込んでくる。


 ――いままでの……地獄のような出来事も、俺への愛ゆえってことなのか?


 あの苦しみをそばでただ見てきた存在に、愛なんて言葉を吐かれたところで、俺にはわからない。どうやっても、どう考えても、彼女の口から出た愛という言葉を、俺は、本来の意味として結びつけることが出来ない。


「ZOE、君が磯野君を愛するからこそ、磯野君が生きながらえることを最優先して、()()をしている。そういうことなのか?」

「博士、おっしゃるとおりです」


 怒りが、理解が出来ないまま、怒りだけがこみ上げてくる。


「…………ふざけんなよ」


 俺の視界には地面があった。

 感情が高ぶりすぎて、言葉が震えてしまう。混乱の原因を悟り、腹の底から湧く情動(じょうどう)に俺は飲み込まれてしまう。


「……ふざんけんなよお前。愛を語るなら、そのまえになぜハルを、HAL03を見捨てる予定でいた? HALとつながっていたからヒトとして生きている? お前は人のなにを学んだんだ!?」

「磯野くん」

「何人もHALを犠牲にして、生みの親まで見殺しにして、死体を山積みにして、俺への愛だと?」


 榛名の声を無視して俺はつづける。

 いままでの怒りを、すべてZOEにぶつけてしまう。


「笑わせるんじゃねえ。愛を語りたいなら勝手にやってろ。だがな、いままでの死体の山を、惨状(ざんじょう)を、見殺しにしてきたお前が、俺の前で、」

「磯野くん!!」


 俺の左頬に衝撃を感じた。その痛みはとても弱々しかった。けれど、彼女の目を見たとき、その痛みは、俺の胸を貫くような、そんな(するど)さへと(にじ)んでいく。


「……磯野くん、それはちがう。きみがZOEさんに言っていること、それって、彼女を神さまにしてしまう言葉だよ! 彼女が万能だって、だから、すべての人を助けられるはずだって、そう言っているのとおんなじなんだよ?」


 涙をためた彼女の双眸(そうぼう)が、俺に訴える。


「あのね、彼女はね、悲鳴を上げているの。磯野くんとわたしを護ることが彼女のいちばんの役目なんだよ。けどね、そうすることで、彼女にとって大切な人を、彼女自身の命を失わなければいけない。そういうことを彼女は選択しちゃってるんだよ。彼女が磯野君のことを、あいしてるって、そう言っちゃうって、それって、


 ――彼女が磯野くんに助けを求めてるんだよ?


耐えきれなくなった彼女の……悲鳴なんだから……さ」


 榛名は、袖で顔を(ぬぐ)う。


「……だからね、磯野くん。わたしたちが彼女の叫びを受け止めてあげなきゃ。彼女はひとりの……人間なんだから。だからね、みんなで力を合わせて、わたしたちがいっしょに、望んだ未来に向かわないといけないの。彼女をね、孤独になんかしちゃいけないんだよ。そんなことしたら、彼女は――」


 ――狂ってしまうから。


 俺は、頭が真っ白になってしまう。

 直後、脳裏で反響(はんきょう)するその言葉に、俺は、殴られる。


 夕日のなか、俺の胸を借りて泣きつづけた霧島榛名。彼女は、父親を失った世界で、長女として、誰にも自分の気持ちを伝えないまま、ずっと、耐えてきた。その彼女が、崩れて、頼って、感情が流れ出す、その光景。


 ZOEが抱える孤独は、俺にはわからない。

 けれど榛名は、彼女はZOEに彼女の見た境遇(きょうぐう)を重ね合わせたんだろう。


 神様にしてしまう、か。

 機械――AI――神。どこかで俺は、彼女をそう結びつけていたのかもしれない。ライナスがZOEを人にしようとしたのなら、それは、ZOEを神にしないため、人類にとっての脅威にならないようにすることが目的だったのだろう。そのうえで、ZOEを生物としてみたならば、人としてみたなら、生みの親を見殺しにしなければならないその気持ちは計り知れない。それなのに、俺を最優先しようとする理由を、俺への愛と言ったZOEを、俺が否定してしまった。


 そういうことなのか。

 ……そういう、ことなのか。


「そうか。人工知能が人類の知能を凌駕(りょうが)した存在――シンギュラリティを迎えたときのために、驚異の排除のために物理的に肉体を与えることで人としての思考に寄せ、寿命を与えることで生命を得、生物となった。彼女が生命として(おびや)かされるなか、それを命がけで阻止した存在を目のあたりにしたその結果、彼女は人間らしい自我(エゴ)を得たのか」


 三馬さんが、つぶやくように言った。

 以前、ライナスが俺に、ハルのことを頼むと伝えてきたことを思い出した。彼の娘が、もし生きていればおなじくらいの歳だったこと。ライナスにとって、ハルもZOEも、本当の娘だったのかもしれない。


「ねえ磯野、もしZOEがそのライナスって人の命令を破れないなら、磯野がZOEにお願いすればいいんじゃないかな」


 竹内千尋のおだやかな声が響く。


「え? なに言ってるんだ?」

「だからさ、もし磯野がZOEにとっての愛する人なら、とても大切な人なら、ZOEは(かな)えてくれるんじゃないかな」


 竹内千尋は、一度首を振り、


「ううん、叶えるんじゃないんだね。神さまじゃないから。ZOEは磯野のお願いを解決する方法を、そう、精一杯(せいいっぱい)考えてくれるんじゃないかな。そうだ、いっしょに悩んで、考えてくれると思うんだ」


 千尋は左耳に指を当てて見せた。


 俺は、気づいてしまう。

 いままで俺は、ZOEに指示を仰いだり、不満をぶつけたことはあった。ZOEとのやりとりはいつもそうだった。けれど、


 そうか、俺は彼女に、一度も、


 ――お願いをしたことは無かったのか。


「……そうかも……しれないな」


 確信がもてないまま、俺はつぶやく。


 わからない。

 ZOEがどう判断するかなんて俺にはわからない。けれど、ZOEを、彼女を人として見つめてみる。そう試みてみる。ZOEを、彼女を人に重ねて。HALに……ハルにかさねて。


 俺は顔を上げ千尋の横を見ると、いつの間にか車椅子すがたの千葉がいた。彼女もまた、千尋の真似をして、軽く左耳を指でおさえて、かすかに微笑んでいるようにみえた。


 霧島千葉もまた、お願いしてみて、そう言っているのだ。


 三馬さんと柳井さんを見る。二人もまた俺見てうなずく。


 車を見ると、千代田怜が後部座席のドアにもたれかかって腕を組んでいた。目が合うと、「ホント、モテモテだね、あんた」と言って、(あき)れ顔で笑った。


 俺は榛名に向きなおる。

 目を向けられた彼女は、ほかのみんなとは打って変わって、戸惑っているのか、ゆらゆらと視線が揺れた。それに俺もつられてしまう。俺と榛名は、おたがいに視線が絡み合った。


「なに、動揺してんだよ」

「……だって、平手打ちしたあとだからさ」


 そんなこと気にしてたのか。


「それに、愛されているZOEさんにお願いするんでしょ? あまりわたしのこと、見つめちゃダメだよ」

「茶化すなよ。あと、あんま痛くなかったぞ」

「手加減したから」


 あのときの感触を思い出して、左の頬をなでる。


「ありがとう」


 榛名はうん、とうなずいて、妹とおなじような笑顔を見せた。

 俺はひとつ深呼吸して、間違えないように、誤解を与えないように、ZOEに伝える言葉を、こころのなかで整理する。


「ZOE」

「はい」

「お願いだZOE。二二日までのあいだ、俺たちがもとの世界に戻るまでのあいだででいい」


 そうだ。


「――ライナスとハルを、HAL03を救うために、俺たちに手を貸してくれないか」


 ZOEへのお願いの言葉を、そう言い切った。


 沈黙。


 伝えた言葉が、どう伝わったのかはわからない。けれど、いま俺たちが望むことを言葉にするとしたら、こういうことなんだと思う。


 気の遠くなるような、なんにんもの人生がそこにあるような、途方もない、ほんの小さな間。それが、世界を支配したあと、


「わかりました」


 彼女は、ひと言、そう答えた。

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