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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
22.告白
173/196

22-01 ……ZOE、お前は俺たちを囮につかったのか?

ゴーディアン・ノットの襲撃。真柄と共に北大病院からの脱出を図る磯野達。防弾車両に乗り込ませ、脱出させた女性は自らをHAL05と名乗り――

「ハル……ゼロファイブ?」


 彼女が口にした数字に、俺は戸惑いを隠せない。

 ライナスはHAL(ハル)を五人用意していると言っていた。


 昨日迷い込んだ別の世界線。俺と榛名(はるな)がみた新東京駅から発車したチューブリニア。霧島(きりしま)千葉(ちは)を失い、ライナスの死、そして榛名の死を目の当たりにした世界。そんな地獄のような空間で俺たちを(まも)ってくれたのは、HAL(ハル・)04(ゼロフォー)。昨日の時点で彼女は、ハル――HAL(ハル・)03(ゼロスリー)の脱落にそなえて新東京しんとうきょう駅周辺で待機していたはずだ。それならいま運転席にいる「五人目」は、はじめからこの札幌さっぽろで行動することを想定そうていして、あらかじめ待機していたってことか?


磯野(いその)さん榛名さん、わたしたちは一度札幌を離れます」

「え?」

「四日後の八月二二日まで身を潜め、ふたたび――つかまって!」


 HAL05と名乗った女の声と、榛名と千葉の悲鳴(ひめい)が混じり合った。突如、遠心力がかかり、車体後部が外側へと振り回された。フロントガラスを見ると、急速に拡大していく筒状の物体が、車が一瞬まえまでいた軌道をかすめていった。直後、すべての音を轟音と激しい振動(しんどう)が、背後からまき起こる。


「なんだ!?」

「対戦車ミサイルです」

「ミサイル!?」


 路地へと入った車は、前方をふさぐ六人の戦闘員らしき人影に加速した。

 運転席から拳銃の装填(そうてん)音が聞こえたかと思うと、すでに下りていた運転席のサイドガラスから、HAL05は上体を乗り出し、一人ずつ、正確に、敵の頭を撃ち抜いた。彼女は、倒れ込む残りの三人をためらうこと無くはねた。後方には死角から飛び出した二人が、車に銃弾を撃ち込んできたが、HAL05はかまわず左折した。通りへ出た車はふたたび北へと進路を戻した。


「あの装備はゴーディアン・ノットです」


 ハンドルを握りなおしたHAL05は、声色を変えることなく言った。

 彼女のまとう空気、それはハルともHAL04ともちがっていた。彼女のそれをひと言でいうならば、「冷たさ」。人のかたちをしているが、彼女の雰囲気、振る舞いは、無機質な――機械のようだった。


 榛名は千葉の耳を塞いだまま彼女を抱きしめていた。俺と目が合った榛名は、青ざめた顔のまま平静をよそおってうなずいた。


 榛名は……彼女は、敵が撃ち抜かれた光景を見たのか?

 運転席の真後ろだから、榛名からは死角になっていたはずなんだ。けれど――


「怜ちゃんたちは!? みんなは無事なんですか!?」


 榛名が声をあげる。

 と同時に、無音だった左耳の通信用イヤフォンから、空気音――サーッというホワイトノイズが浮かび上がった。


「磯野か?」

柳井(やない)さん!」

「榛名さんは? 霧島のご姉妹は無事なのか?」

「磯野!!」


 柳井さんの声に悲鳴のような叫び声がかぶる。


(れい)お前! 声でか過ぎだ!」


 俺は思わず叫び返してしまう。

 ほんのわずかな無音のあとに「わたし、本気で……心配、したんだから」と言う千代田(ちよだ)怜の声を聞いた。


「怜ちゃんも……本当によかった。柳井さん、磯野くんも千葉もわたしも無事です。みなさんは?」

「榛名さん、こっちも全員――俺に竹内、千代田さん、三馬(みま)もいっしょにいる」

「救急車っていうのは、かなり乗り心地の悪い乗り物だねえ。骨折で運ばれたら、病院に着くまでにのたうち回りそうだ」

「三馬さん!」


 かなり気をつけて走ってるつもりなんですけど、と言う千代田怜の声が、榛名の声と重なって聞こえた。


「怜が運転しているのか?」

「……そう」

「自動運転じゃないのか?」

「機械なんかにまかせておけないじゃない!」


 みんな無事に脱出したってことか。


「HAL! 昨日の晩、百年(ひゃくねん)記念(きねん)会館(かいかん)にいた学者たちは無事なんだろうな?」

「彼らは大学ノートとともに、あのあとすぐに札幌を脱出しています」

「……よかった」


 よかった?


 俺は、つぶやいた自分の言葉に苛立ちを覚えた。

 ちがうだろ。昨晩、あの実験のあと早々に脱出したって、それって……。


「……ZOE(ゾーイ)、お前は俺たちを(おとり)につかったのか?」


 いや、俺たちだけじゃない。

 北大(ほくだい)病院一階ロビーのいたるところに転がっていた死体。血なまぐさいあの光景をつくる無数の犠牲。あの人たちもまた、この襲撃に誘い込むための囮――()(にえ)だったっていうのか?


 ……ふざけんなよ。


「ふざけんなよ! ZOE!! お前はすべてわかったうえで、あんなに大勢……あれだけの人たちを犠牲にしたのか?」

「今回の作戦はホワイトハウスと日本政府の共同作戦です。北海道(ほっかいどう)に潜伏しているKGB(ケー・ジー・ビー)および反政府分子の(あぶ)り出しに成功しました。わたしたちは、その機会に乗じて必要最小限の犠牲に済むよう、脱出計画を遂行(すいこう)しています」


 ZOEの代弁をするHAL05の口調は、相変わらず事務的な冷たさをまとっていた。代弁どころか、彼女こそがZOEと呼ばれる存在そのもののようにさえ思えた。


「お前、本当にハル……なのか?」


 俺は問うてしまう。いままで出会った彼女とはあまりにかけ離れ過ぎている。いや、ZOEだと思えば、これほど一致する人格は無いとも言える。だからこそ、人間らしい優しさをまとっていたハルと重ねることが出来ず、俺は、混乱した。


「わたしはHAL05。わたしが起動するフェーズは、磯野さんと榛名さんのお二人を、あなた方の世界に無事送り届ける段階に到達したときです」

「そうじゃない。俺が訊きたいのは、」

「わたしは任務遂行上、HAL01から03までの記憶を除外しています。三体の経験は文字情報としては把握していますが。わたしはZOEの意思を直接的に遂行する端末として機能しています。これで、よろしいですか?」


 HAL05は、バックミラー越しに(ひとみ)を向けてきた。運転しているにもかかわらず、その目は、ずっと俺の目を離さない。まるで、俺がなにを感じたか、なにを考えるか、それを逃さずに観察しているようだった。


「わたしたちは四日後の八月二二日まで身を潜め、ふたたび札幌の旭山(あさひやま)記念(きねん)公園(こうえん)へ向かいます」


 俺の返答を待つことなく、HALは言う。


 ――旭山記念公園?


「待ってくれ。話が見えない。なぜ八月二二日……旭山公園なんだ?」


 俺は思考が追いつかないまま、彼女に問う。


「八月二二日一四時四四分〇七秒。その時点が、あなたたち二つの世界に戻れるタイミングだからです」


 ――八月二二日一四時四四分〇七秒。


 元の世界の、そう、旭山記念公園で、俺のドッペルゲンガーに遭遇した直後の入れ替わり時間。


「磯野さん、榛名さん、お二人はこの世界での役割を終えました。今後はあなたたち二人のいた世界の存続を第一に考えて、行動してください」

「ハルさん! わたしたちはライナスさんと三人目のハルさんを助けるために、」


「この襲撃を指揮しているのはHAL03です」


 は?

 北大病院を襲撃したのは、ハル?

 そんなわけないだろう。あのハルが、どうして俺たちを?


「……なに言ってんだよ……お前」

「磯野さん、HAL03は、すでにソ(れん)によって戦力化されています」


 俺の視界が、脳が、横殴りにされる。その後一瞬遅れて、HAL05の言葉が、俺のこころをじわじわとなぶってくるような感覚に襲われた。世界が、沈んでいく。


「な……んで」


 ハルが、そんなこと


「そんなことするわけないだろ!」


 血なまぐさい記憶が、ふたたび鼻をかすめる。

 死に満ちたあの空間をハルが作りだしたっていうのか? 北大病院の一階。そこらじゅうに死体が横たわる世界。あのときはアドレナリンの影響か、それほどショックを受けずに俺はやり過ごしていた。幸運にも、やり過ごすことが出来た。けれど、あの状況を引き起こしたのが彼女――ハルだと結びついて、はじめてその凄惨(せいさん)さが、奇妙な現実感覚として俺を侵食(しんしょく)していった。


 俺は真っ赤に染まった思考を振りとほどこうとする。ハルが――彼女がいままで人の殺生(せっしょう)をぎりぎりまで避けてきた、たくさんの場面を頭にめぐらせた。俺の頭にこびりつく死の世界を、ハルの思い出で上書(うわが)きしようと、した。


「彼女はソ連へ北大襲撃作戦に必要な情報と、彼女の持てるリソースを提供したうえで、敵側の人工超知能の端末(たんまつ)として今作戦を指揮しています。今回の損害(そんがい)の大半は、彼女によるものです」

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