21-07 この、星降る世界の螺旋カノンを、わたしたちは渡り歩いて、みんなを救える世界へたどり着くんだって
磯野と榛名にだけ見える流星。それは引力の違いが描く、無数の並行世界の結末だった。
ワゴン車を見送った俺と榛名は、うっすらとあけてきた北大のキャンパスを歩く。とはいえ、いまだ無数の星が空を埋め尽くし、線を描いていた。
おたがいが会話するきっかけがつかめないまま、いや、おたがいがさっき知ったさまざまなことを思い思いに頭にめぐらせながら、札幌駅へとつづく道を歩いていった。
夏虫が響かせる沈黙。
その沈黙を、彼女はやぶる。
「あのね、磯野くんはあの流れ星を墓標って言ってたけど、わたしはそんなに悪い気しないんだ」
星空を見上げながら、榛名は言った。
「このたくさんの流れ星って、わたしと磯野くんが必死に生きた証だと思うんだ。必死に生きて、すこしでも大事な人たちを救おうとして、その、生きてあがいた証。これからも、護りたい人びとのために二人でもがいて、あがいて、あの星になっていくんだと思う。けれどね、」
榛名は振り返り、
「この、星降る世界の螺旋カノンを、わたしたちは渡り歩いて、みんなを救える世界へたどり着くんだって。たどり着けるんだって。ハッピーエンドを見つけられるんだって。その途中の道筋が、この空に広がる星ぼしなんだなって、そう思うんだ」
笑顔で言う彼女の頭上に、まるで絵に描いたかのように線を引いて降る星たち。その光景が、目に焼きつけられてしまう。たぶん、いまこの瞬間が、俺にとって、彼女にとっても、とても大切な時間なんだと確信する。
「星降る世界の螺旋カノン、か」
「そう。わたしたちの生きる道筋」
「そうだな」
「もうZOEさんも聞いてるかもだけど」
俺は苦笑いする。
ああ、そうだろうな。ZOEも聞いているだろう。けれど、飛行機のときも、森のなかでの榛名の取った行動にも、彼女は俺たちの意志に沿う道を「選択」を示してくれた。だから、
「大丈夫だと思う」
俺はそう答えた。
この世界を救ったうえで、俺たち二人がもとの世界へと帰るその方法を、ZOEもまた見つけてくれるだろう。だがそれを確かめるのは、今日の午前一〇時、みんなが立ち会うなかでだ。
JRタワーホテルへ着いた俺たちは、フロントでそれぞれ鍵を受け取り三四階へと上がった。そして、隣どおしのおたがい自分の部屋のドアをあけ、おやすみの言葉をかけようとしたのだが、
――なぜ俺と榛名の部屋のどっちもダブルになっているのか。
「気の遣いかたの方向性がまちがってるだろ、これ」
「けど、いっしょに過ごしてもいいし、別べつの部屋でもいいしって選べるから――あ、けど、」
彼女は、考え込むように、
「「部屋もひとつだし仕方がない」とか言って、成り行きにまかせちゃうような言い訳できないし」
「俺たち二人があえていっしょに過ごすように選ばないといけないってことか。やっぱり気を遣うと見せかけた意地悪じゃないだろうかこれ……って!」
榛名もまた、「二人が一つのベッドで朝まで過ごす」ところまで考えてしまっていることにみずから気づいてしまったらしく、顔を赤くしてうつむいた。
けど、そっと彼女の手が俺の手に触れて――
「あの……このあと二人っきりでいられる時間、どれだけあるかわからないし……」
「そ、そうだな」
俺は顔をそらしつつ、その手を握る。
すこし引き寄せるように、彼女を部屋へと連れ込んだ。
ドアのしまる音。
高鳴る鼓動。
彼女の手をから伝わる体温を感じながら、俺は真っ白になりそうな頭を必死で回しながら、絞り出すようにある言葉を導き出した。
このあとどうすればいいんだっけ?
頭回ってないじゃーん!
文字通り、思考停止だよこれ!
いや、こういうときは映画を思い出すんだ。
ラブストーリー、正確に言えばラブロマンスだ。そうだよ、こういうときこそ無駄に見ている映画の知識をフルに活用してだな……。
――引き出すべき恋愛映画の知識が無い。
致命的だ。SF映画やアクション映画の知識しかねえぞ。いや、ラブシーンはあったけど、こういうドキドキするようなシチュエーションは記憶にないし。それにあいつら、きっかけも無くいきなりベッドシーンに入るだろ。まあ恋愛映画なんて観たところで眠くなるだけだから仕方ないけれども。
そういえば、千代田怜がむかし何度か映画のお誘いをしてきたが、恋愛映画の時点で即NGにしたんだよなたしか。……あれ? あれってじつはデートだったんじゃね? デートに誘われてたんじゃね? OKしてたら怜と映画デート成立してたとかそういう……、
なに考えてるんだ俺。
まずはこのあとの展開について考えろよ。これまで生きてきたなかでおまえの人生最高の瞬間がすぐそこ、ダブルでベッドなゴールがあるんだぞ!
「……磯野くん?」
いや、そんな下世話なことばっか考えてんじゃねーぞ。
俺はいま純粋に彼女に恋をして、その彼女との時間を純粋に純粋な時間として過ごすために純粋になれるかーい!
ある意味この純粋な欲求を、どう結果に結びつけるかが最重要課題じゃないか。あのグリーン・バックのおっさんも、変なポーズ見せつけながら言ってただろ、「ジャスト・ドゥ・イット」と。
ところで、なんであれグリーン・バックなんだろうな。
そうだ、そうだよ、体裁なんてどうでもいい。どうでもいいんだ。そう、なんでもいいから「……マイスイートハート」的なノリで彼女に迫るんだ。いや、いっそのことベッドに押し倒せ。男なら豪快に押し倒せ。やれ、磯野。
頭のなかで無数の俺が「押せ! 押せ!」コールを浴びせてくる。俺は、うしろにいる榛名の手を引き、数歩まえへ進んだ。ベッドのまえまできた俺は、彼女をそのまま引いてベッドを背に回り込ませた。
俺と榛名はそうして対面した。キャー。
キャーじゃない。
彼女は手を握ったまま。切なそうな瞳と目が合う。いまはこんなに近くにあって、いまさらにそれが信じられなくて、そんな彼女を、俺は、そっと押し倒す。
俺は彼女を、彼女の瞳を間近で見つめる。
その美しさに神々しさを感じながらも、彼女の白い首筋を目でなぞると、ブラウスから覗く鎖骨に色気が染められた。そして、俺は、彼女に
――ガタッ。
あれ?
ガタっていった?
うしろのドア、ガタっていった?
ちょっと音立てないでくださいよ! とか、大丈夫。まだ気づいてないから大丈夫。とかいうぼそぼそ声が背後からきこえてきた。
榛名を見ると、苦笑いを俺にかえす。
俺も笑いかえしたあと、足音を立てないよう静かにドアまで歩き、ドアノブに手をかけた。直後、思いっきり内開きのドアを開けると、ドッと千代田怜と柳井さんが部屋に倒れ込んできた。
「うお」
「きゃっ」
「おめーら」
そう言ってドアの外をみると、パジャマ姿の竹内千尋がいた。
「僕は止めたんだけどね」
竹内千尋の言でだいたい察した。
ところで千尋よ、ホテルにまで自分のパジャマ持ってきたのか。この世界でもおまえは変わらんな。





