21-06 ……あ、磯野くん、好きそう
文字の浮かび上がり現象による情報共有を武器に、サークルメンバーと力を合わせ、全ての世界が危機から脱する世界線を見つけ出すことを磯野と榛名は決意する。
「つまりこの世界は、俺と榛名が想像したものがかたちになっているってことですか?」
「君たちの話を聞くにその可能性が高そうだね」
一時間ほどの情報交換のすえ、ソファに腰掛けながらも前屈みになっていた三馬さんは身体を起こした。
「君たちの映研世界とオカ研世界――二つの世界の情報と、君たち二人の記憶や意思が、この世界の創造に影響を及ぼしていると見ている。君たちの世界から見てこの世界が近未来的である理由は、君たち二人……特に磯野君の嗜好が影響を与えていると推測出来る」
「そんなこと言われても……。人工知能とかの造詣は俺には無いですよ? 榛名はどうだ?」
「え、わたしも興味は……」
そこで榛名は一度、言葉を切り「そうか」とつぶやく。
「……ハルさんの、彼女の身体能力っていうか、そういうのに、わたし、憧れているのかも」と言って、彼女自身の不自由な脚をさすった。
「磯野君はどうかね」
「旧……ソ連が出てくるとか冷戦が続いているとか……って、たしかにむかしの宇宙人が出てくるような映画でありますよね。チューブリニアって、子供のころ読んだ未来予想図とか?」
そういえば、新東京駅で襲われたときに見たスペツナズナイフ。オカルトと言われていた刃先が飛ぶ機能も、世界への影響に関係してるってことか?
俺は思い当たるふしを思い浮かべながらふと見ると、ネクタイをゆるめる警察官すがたの千代田怜にドキリとしてしまった。
「……あ、磯野くん、好きそう」
榛名のひと言に、竹内千尋を除く野郎全員が千代田怜へと注目した。
「……たしかに」
感慨深げにうなずく柳井さん。
って! 千代田怜の警官コスも俺が望んだっていうのか?
……いや、襟のボタンをはずしたワイシャツからのぞかせる鎖骨には、思うところはたしかにあるのですが。ていうか、うなずいてる柳井さんもそうでしょうが!
「え……磯野なに見てるの」
無自覚ながらも襟元を隠す千代田怜。
ああ、待って。
「磯野くん……」
残念そうな顔を向ける榛名と、ジト目で警戒する制服警官千代田怜。
……なんだ、ゾクッときたぞ。俺はマゾか? マゾなのか?
「まあ、三馬の言ったことも当たってそうだな」
いや、だから柳井さんも見てたでしょ! 他人事みたいな言い方やめてください。
「けど、この世界が俺や榛名が望んだものなら、そんな世界で何度も死に目にあっているのはどうしても納得できないんですが」
「そういえばわたしと磯野くんは、昨晩ごろからですが、流れ星が見えるようになったんです。これもわたしたちが望んだからなんでしょうか」
「流れ星?」
「いえ、正確には地学の教科書とかに載っていた星が動いたぶんだけ線が走っている、みたいなものなんですが」
「霧島……榛名さん、星の軌道写真ということですか?」
「会長さ……柳井さん、それです! ZOEは、わたしたちがほかの無数の並行世界とかさなってみえているからだ、と教えてくれたんですが。星が地球に引き寄せられているって」
「三馬、どうした?」
三馬さんを見ると、驚いた様子のまま固まっていた。
そのまま柳井さんには答えず、三馬さんは榛名に問いかける。
「それは、昨晩から今も見えているんだね?」
「はい。この建物に移動しているあいだも」
「もしそれが本当なら、磯野君と榛名さんの他の並行世界との干渉が起き始めているということだ。このままいくと、他の並行世界の磯野君と榛名さんのドッペルゲンガーがこの世界にも現れるかもしれん。君たちが互いの生存世界への収束時に、自分自身を目撃したようにね」
「……ドッペルゲンガー」
「他の並行世界との干渉自体、この世界がかなり不安定な状況に至っていることを示しているが、もう一つ、深刻な事態に陥っていることも明らかになった」
「深刻な事態、ですか?」
「もし、君たちが見た星々が線を引くほど地球に引き寄せられているとするなら、すでに多くの並行世界の地球が超高密度状態に陥り、ブラックホール化している可能性がある」
「そんな」
「夜空に浮かぶ星のどれだけの数が地球の引力の影響を受けているかはわからない。それに引き寄せられているだけなら、地球から見たところで恒星は線を描くことは無い。だが、君たちの言う流星が文字通り隕石の落下を指しているとして、それが無数に空を埋めているとしたならば、はるか離れた恒星も引き寄せられている可能性がある。ともかく、そんな世界が我々の並行世界に存在している、と推測出来るには出来るが」
ZOEの選択が悲観的であるのもうなずける、と三馬さんは付け加えた。
竹内千尋が手を上げる。
「三馬さん、もしブラックホールに至った世界があるとするなら、それって磯野も榛名さんも死んじゃってますよね。ということは、その流れ星が見えている状態って、二人が死んでしまっている世界が映し出す景色なんじゃないかなあって」
「私も同感だ。そこから予測するに、磯野君と榛名さんが死に至った影響の結果は非常に深刻だということだ。ソ連が君たち二人を死に至らしめ、世界の安定化を図ろうとする試みは完全に間違いだ。いまは君たち二人にしか見えていないようだが、もし我々も視認出来るようになったとしたら、そのときはとても深刻な状況に陥ってしまっていると言えるだろう」
「俺たちの見ていた流れ星の星空は……墓標ってことか」
そうだ、ゴーディアン・ノットのやり方自体が間違っているのなら、
「その間違いを彼らに指摘すれば俺たちを狙うのをやめるんじゃないですか?」
「磯野、やつらにその間違いをどうやって伝える?」
「……それは」
「いま君たち二人にしか見えない景色から出された推論を、彼らに話したところで聞き入れられるかは……難しいな」
建物を出ると、目の前にグレーのワゴン車があった。
「電子機器を受け取ってから乗り込んでくれ。ホテルまで送るから」
「JRタワーホテル!」
「わーい」
いままでの話の雰囲気と打って変わってウキウキしている千代田怜と、なぜかいっしょになって脳天気にはしゃぐ竹内千尋。修学旅行かよ。
そのうしろで申し訳なさそうに榛名は手を上げた。
「あの、ここからホテルまで近くですし、歩いてもいいですか?」
「え?」
「もうすこしこの場所の空気を感じていたいので」
三馬さんは、一度警護している自衛官と言葉をかわしたのち、
「かまわんよ。フロントに言えば用意してある部屋に案内してくれるはずだ。まあ五時間後の一〇時にホテルのロビーでまた落ち合うことになるがね」
三馬さんは腕時計を見せながら、すでに午前四時を過ぎていることを強調した。
「俺も歩いて行きますね」
「女の子を一人にしておけないもんな」
「柳井さん、せっかくの二人だけの時間なんですから」
めずらしい竹内千尋のフォローに、柳井さんは一瞬目を丸くした。が、そりゃそうかとワゴン車へ乗り込んだ。
千代田怜は、不機嫌そうな顔で俺たちを見たあと目をそらした。ところが、なにか思い直したのか、俺たち二人に近づいてきて小声で言った。
「磯野、榛名ちゃんも。札幌に入ってからここにくるまで人通りがほとんど無かったの気づいてた?」
「お、おう」
……いや、正直なところ銃撃戦を食らう経緯を話していてそこまで気が回っていなかったのが本当のところだ。
「磯野、あんたちゃんと銃持っているよね」
「ああ、さっき取り上げられてないから」
「すっごく嫌な予感するんだけど、磯野たちがここにいるなら、さっきのゴーディアン・ノットの連中も攻め込んでくる可能性、考えられない?」
「ここの警備が自衛隊だっていうのがそれか」
「うん。そもそもカモフラージュなんてする意味……いや、付近の住民の不安を煽らないってちゃんとした理由はあるだろうけどさ」
「怜ちゃんが言いたいのは、もしかしたら最悪ここが戦場になるってこと?」
怜は榛名にうなずいた。
「そう。自衛隊なんて使ってるんだし、それに世界の科学者たちもいるんだから、ちゃんと対策してるんだろうけどさ。けど、あんたたち二人とも、あんまり気をゆるめないでおいてよ。まわりの警備の人だって――」
そこで言葉を止めて、怜は俺たちを見て笑った。
「……まあいいや。いまのうちに、二人とも話したいことは話しておきなさい」
そこまで言うと、怜はワゴン車に乗り込んだ。
後部座席のドアの閉めぎわに三馬さんもまた言い添える。
「ああ、さきほども言ったが、君達二人はつねに警護されているからね。では一〇時に」
「ほどほどにしとけよ、磯野」
いや、なんですか柳井さん、その絵に描いたようなにやけ顔は。
となりを見ると、榛名は苦笑いしながら手を振っていた。





