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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
21.星降る世界の螺旋カノン
165/196

21-01 いってらっしゃい

 ゴーディアン・ノットの襲撃を切り抜け札幌へと入り、北大へと到着した磯野たち。そこで、この世界の柳井と竹内千尋に出会う。彼らは、目的地である百年記念会館に三馬が待っていると告げる。

三馬(みま)さん、ですか?」


 柳井(やない)さんの口から()げられた、俺もよく知る名前。

 東京からここに(いた)るまで、払ってきた犠牲(ぎせい)の行き着くさきが三馬さんであることに、俺は面食(めんく)らってしまう。


「ああ。やはり知っているのか?」

「ええ、理学(りがく)博士(はくし)で柳井さんのご友人、ですよね」


 柳井さんは納得(なっとく)したようにうなずいた。

 柳井さんは、榛名(はるな)千葉(ちは)がおりるのと入れ替わりに後部座席へと乗り込んだ。


「はじめまして。柳井と申します。千代田(ちよだ)さんお願いします」

「はじめまして。百年(ひゃくねん)記念(きねん)会館(かいかん)はどちらになりますか?」

「まっすぐ行ったさきの十字路(じゅうじろ)を左になります」

「わかりました」


 俺にとってはなじみ深い二人の、絵に描いたような他人(たにん)行儀(ぎょうぎ)なやり取り。

 この世界の二人は、おたがいはじめて会うのだから当然のことなのだ。ではあるのだが、あらためて目のあたりにすると……なんというか、こそばゆい。


 千代田怜は、榛名たちのそばにいた警察官に敬礼(けいれい)をし、アクセルを踏んだ。直後、車が前後に()れる。


「怜、どうした?」

「磯野、ほら」


 怜が目を向けたさきには、歩道で俺たちを見つめる榛名のすがたがあった。


 そうか。


 俺はシートベルトをはずし、怜のまえへ()を乗り出した。運転席側の窓から歩道へと顔を向ける。


「榛名!」

磯野(いその)くん! わたしは大丈夫だから」


 俺たちは見つめ合う。ほんのすこし。

 けれど、目をそらすことをためらわれてしまうわずかな時間。

 彼女は、俺に微笑(ほほえ)みかけてくれて、


「いってらっしゃい」

「ああ、いってくる」

「また、あとでね」


 俺はうなずきかえして、助手(じょしゅ)(せき)へと身体(からだ)をもどした。

 (れい)は車を発進(はっしん)させ、入場ゲートを通り過ぎる。二五キロ制限の看板(かんばん)横目(よこめ)にイチョウ並木(なみき)を進んでいく。


「怜、ありがとうな」

「なんのこと?」

「なんのことって……」


 運転席を見ると、怜の横顔が目にはいる。表情がかたい。


「怜、身を乗り出して悪かったな」

「はあ? そんなことどうでもいいし」


 交差点で車を止めた怜は、ふくれっ(つら)になった。


「なにムキになってんだ?」

「ムキになんてなってないし!」


 その顔なんだよ。思いっきりムキになってるだろ。


「ホントにヘンだぞ、お前」

「うっさい!」

「……あの、急いでくれませんか」

「あ、ごめんなさい!」


 柳井さんの言葉に、怜は(あわ)てて左折(させつ)した。


 なんなんだコイツ。




 大学を南北へと通る中央道路を南へと走らせる途中、いたるところに警察官が目につく。こんな夜中に警備するには異常な数だ。


非常(ひじょう)事態(じたい)宣言(せんげん)だから……なのか?」

「え? ああ、北大(ほくだい)札幌(さっぽろ)駅あたりに道警(どうけい)配置(はいび)を集中させているみたい。磯野、あんたが関係しているからじゃないの?」


 怜の言うとおり、俺と榛名が関係しているのだろう。

 真柄(まがら)さんも北大に向かえと言っていたんだ。この(もの)ものしい警備はこれから百年記念会館にいる三馬さんのもとへとたどり着き、そこでおこなうことの重大さのあらわれであるとみていい。


 けれど、そもそもこのものものしい警備は、ZOE(ゾーイ)が俺たちを日本(にほん)政府(せいふ)に引き渡した結果であるともとれる。それなら、ライナスたちと進めてきた計画はいったいどうなるんだ?


「ねえ、磯野」

「なんだ?」

「さっきの警官」

「ああ、門の前の。敬礼してたよな」

「あの人、警察官じゃないと思う」

「え?」

「千代田さん、目の前のロータリーを左折してください」

「あっ、はい」


 柳井さんに会話をさえぎられた怜は、左折したあとまた黙り込んだ。


 警察官じゃないって、なにを根拠(こんきょ)に……警官だからわかるってことか?


 木造(もくぞう)の白い建物を通り過ぎる。

 このロータリーって、たしか近くにクラーク像があったはずだよな。

 ああ、二年前にセンター試験で通ったから覚えているのか。


「あれ、北一三条門から札幌駅近くまで戻ってきてるね。ならはじめから北九条の正門(せいもん)にナビってくれればいいのに。なんで――」


 そこで言葉を切った千代田怜は、そっかとぼそりと言ったあと、ゾーイってやさしいところあるんだね、とつけ加えた。


 橋を通り過ぎたところでふたたび左折する。


「あの建物です」


 柳井さんの指すさきを見ると、大きな三角形の屋根が特徴的な建造物(けんぞうぶつ)が林のすき間からのぞいていた。思ったよりも小さい。建物の一階部分から光がもれている。その周囲には、他の建物で見たのとおなじように警察官が見えるだけで五~六人、警備についていた。


「前で()めますね」


 エンジン音と入れ()わりに、夏の夜虫の鳴き声が浮かび上がる。

 警備のものものしさとは裏腹に、そんな夜の静けさがあった。

 車を降り、俺たちは建物の入り口へと向かった。


「鍵を……かけても仕方ないか」


 振り向くと、ボロボロになった車のまえで怜がたたずんでいた。



 警察官に止められることなく、俺たちは百年記念会館のエントランスへとはいる。

 白い壁に暗めの床。公共の展示(てんじ)施設(しせつ)のような事務的な空間。建物同様、こじんまりとしたエントランスは二階にあった。俺たちの目の前に一階へ下る階段、その奥にうえへと上がる階段とテラスが見える。と、その奥に人影が見えた。


 スーツの男がいた。

 こちらに気づき駆け寄ってくる。三馬さんだった。


「柳井、ありがとう。彼が磯野君だね。はじめまして。私は――」


 彼が最後まで言うのを待たずに、俺は手を差し出した。

 三馬さんは一瞬、驚いたようだったが、すぐに握手を交わしてくれた。


「三馬さん、お会いできて光栄です」

「こちらこそ。みんなが待っている。行こう」

「みんなが待っている?」

「三馬、俺と……彼女、千代田さんは外で待っていればいいのか?」


 俺が戸惑う横で柳井さんが三馬さんにたずねる。


「せっかくの機会だ。柳井、君も――」


 三馬さんは、千代田怜に顔を向けた。


「そちらの警察官の方は、磯野君の連れなのかね?」

「あ、いえ……はい。わたしは千代田怜で、その、磯野とは、」


 三馬さんは、俺と怜の顔を交互にみた。


「ああ、磯野君の彼女さんですか」

「「ちがいます!」」


 俺と怜は同時にハモったあと、目が合ってしまう。

 顔赤くしてんじゃねーよ。


「……えっとですね、コイツとは」


 そういえば、俺はこの世界の人間じゃないんだから、コイツとのこの世界での関係は現実世界とはちがうんだよな。ちょっとまて……あまりに疲れすぎて頭が回ってないぞ。えっと、高校時代は、コイツが札幌で一人暮らししてたんだから――


「コイツってなんだよ」

「突っかかるところそこかよ」

「名前で呼べよ名前」

「いや、名前って…………怜ちゃん?」

「……な!? いつもどおりに呼べよ!」

「喧嘩すんなお前ら!」


 階段を下りると、右手に大会議室と書かれたドアが見えた。

 三馬さんは立ち止まり、俺たちに腕時計をかかげて見せる。


「八月一八日 〇時三五分?」

「すこし時間が過ぎてしまったがね」

「……時間? 時間が関係あるんですか?」

「とても重要なことだ。磯野君、もといた世界の八月一七日の夜になにをしていたのか。きみは覚えているかい?」

「八月一七日の夜?」


 俺がもといた世界の八月一七日。

 映研世界とオカ研世界、どっちの世界に俺はいた?


 ()れたての紅茶のかおり。

 座り心地の良いソファの感触。

 俺の五感が当時の記憶を先まわりした。そして、


 ――むこうの僕は、すでにこの世にはいないらしいが


 午後の日差しが差し込む玄関先で、おだやかな男の声が耳に届く。


 霧島(きりしま)家に訪れた日。

 あの日は、彼女たちの父親から、ちばちゃんの……いや、霧島榛名の大学ノートを受け取ったんだ。映研の部室に戻った俺は、彼女の大学ノートに目を通し、三馬さんと合流(ごうりゅう)して――


(にわとり)が先か、(たまご)が先か」

「え? なんです?」


 三馬さんは、うなずきながら「これから我われが行うことだよ」と答えた。ドアのまえにいる警察官に、三馬さんはひと言つげると、大会議室のドアがひらかれた。

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