20-07 ちがうだろ! あんたも銃よこせよ!
意志の無い兵士達を率いるZOEと比する能力を持つ磯野のクローンそして真柄は、自衛隊と連携し、ソ連特殊部隊の掃討へ向かう。磯野と榛名は、目的地点にたどり着き、この世界の千代田怜と出会った。
俺たちを乗せた車は国道へと出た。
カーナビが、左折を示す。
「ちょっと! またカーナビ乗っ取られてるし」
「いいから言うとおりにしろ」
「……なんなの、あんたいつからカ―ジャッカーになったの」
「物騒なこと言うな」
「そもそもどこに向かってるの」
「札幌だ。北大に用がある」
「えー。……高速乗って一度、苫小牧に行こうよ。二三〇号で札幌もいいけどさ、危ないって」
「……帰ろうよって。あ、お前、いま苫小牧住んでるのか?」
「え、磯野……なに言ってんの? 苫小牧警察なんだから当たり前でしょ。それにいまは国家非常事態なんだから。とりあえず、警察署に泊まれるようにはするからさ」
この世界の俺がどんな人生送ってたのかわからねえ。怜の話からいくと、こいつは高校卒業後に地元の警察に就職したってことだよな。
けど、警察って……関東では、俺と榛名は指名手配されてたはずだぞ?
「ゴーディアン・ノット、あと三分で追いつかれます」
のんびり話している場合じゃない。
「怜、たのむ。高速には乗らずに、このまま札幌に向かってくれ。追手も迫ってる」
「その追手ってなんなの」
「ゴーディアン・ノットってわかるか?」
空気が止まる。
当然の反応だった。
非常事態下にある日本全国警察が、まさに国内に潜伏するこの組織を追っているのだ。千代田怜だって知っているはずだろう。
「……え? なんであんたたちが、そんなのに追われてるの」
「すまん、説明はあとだ。このままだと、あと三分で追いつかれる」
「……つうかさ、やっと話が見えてきたけど、あんたらが防弾ベスト着てるのって、そういうことなの?」
「ああ」
車は左折し国道二三〇号線に入る。
「つかまってなさいよ。あと、わたしのスマホまだ通話中だから、スピーカーにしといて」
道央自動車道のインターチェンジ入口を越え、を三豊トンネルを北へと上がっていく。
「ゴーディアン・ノットとの接触まであと一分の距離」
「はあ? こっちだって一四〇キロ出してるのに……どんだけスピード出してるのその車。切符切りたい。交通課になって切符切りたい……。車種は?」
「日産ジューク ニスモRSです」
「……磯野、防弾ベスト着てるってことは、銃はあるの?」
一瞬、返答をためらう。
緊急事態とはいえ、相手は警察官だ。
「大丈夫だから。こっちはリボルバーが一丁。けど五発しか撃てないし、予備の弾だって持ってきてないから」
「……グロック17が一丁。十八発残ってる」
「ちょっと! なんでそんないい銃持ってるの」
「わたしもリボルバーで、残り二発」
「全部で二五発ね」
「怜、俺は威嚇くらいなら出来る」
「あんた……」
怜は前方から目を離し、俺をみた。
その瞳は、驚き、呆れ、納得へと変わっていく。
「……まあ、そうか。もう人は撃ったの? うしろのあんたも」
「霧島榛名です。わたしはまだ」
「ああ、霧島さんね。了解」
銃を撃った記憶。
八月七日のハルが撃たれた直後の空砲からはじまり……いや、収束後の記憶は、一発の己の発砲に我に返ったんだ。
生存世界への収束のために己を撃ったのを省けば、新東京駅での榛名を撃った狙撃手への数発。おれは、確実に相手に向けて撃った。
「……幾度か狙っては撃ったが、」
あれは、相手を仕留めたんだろうか。
「当たったかどうかは……わからない」
怜は、一つため息をついたあと、
「磯野、霧島さんも。もう人を撃つのはやめなさい」
彼女の、静かに言う声が、車内に響いた。
トンネルを抜けると、対岸からの光が照らされた湖面が見えた。
この景色は、忘れるはずがない。
「……洞爺湖」
「そうだよ。温泉に入って羽伸ばしたい!」
T字路を左折する。
洞爺湖の湖面を横目に、車は加速した。
「人を撃ってしまったら、人生変わっちゃうから。銃を向けるのがどんな相手でもね。そういう経験は、しなくてもいい経験だから」
「……怜、けど俺たちは、」
「もうすぐ追いつかれる。そうでしょ?」
怜は、スピーカーのままのスマホに乱暴に言い放つ。
「頭のおかしい女。そいつらの相手はわたしがするから。それでいいんでしょ? ……あんたらは、身を低くして、しっかりつかまってなさい」
俺たちにそう言う怜の声は、どこか、気遣っているように感じられた。
俺は、バックミラー越しに榛名と目を合わせる。
榛名は、俺にうなずいてから、
「千代田さん、この拳銃、渡しておきます」
怜は、口ごもったあと、
「さっきみたいに、怜ちゃん、でいいよ。わたしも榛名ちゃんって呼ぶから。そのかわり、なんでわたしのこと知っているのか、あとから話を聞くからね」
「うん。わかった、怜ちゃん」
怜は、耳を赤くしながら、榛名から拳銃を受け取った。
「ほら、磯野も」
「……怜ちゃん」
「ちがうだろ! あんたも銃よこせよ!」
「怜、お前運転してるだろ。俺も援護射撃くらい出来るし、タイヤを狙えば――」
「さっき、当たったかどうかわからないって言ったじゃん。それに、」
怜は、榛名から受け取った拳銃を手にした。
「頭を下げて!!」
バックミラー越しからうしろを見ると、シルバーのSUVが、視界に入り込んできた。
「ゴーディアン・ノット!」
怜は、運転席のサイドガラスをあけた。
アクセルを踏んだまま、怜は腕だけを出し、迫るSUVに発砲する。
敵のSUVは左右に揺れた。
つぎの瞬間、後部座席の窓から身を乗り出したサブマシンガンらしき銃身を抱えた男が撃ち返してきた。
リアガラスが粉ごなに砕け散り、激しく飛び散った。
とっさにかがみこむ。
俺たちの車が左右に揺れる。
窓の割れる音と、榛名の悲鳴と、ジグザグに動く車の駆動音が混ざったものが、聴覚を埋めた。そんなことにかまわず、
「あああああああ、気に入ってる車なのにいいいいー!!」
悲鳴をあげる千代田怜。
サブマシンガンの銃撃がやむと同時に、俺は割れたサイドガラスから身を乗り出し、うしろへ向けて数度、引き金を引いた。
「ちょっと! ……磯野!」
「なんだよ!」
一六〇キロの風圧が、車内を押し込んでくる。
「弾の……無駄遣いだから!」
「けど!」
「わたしにまかせとけ! ……って、つかまって!」
うしろから突き上げられた。
その衝撃で、すでに穴があけられていたフロントガラスもまた、粉ごなに吹き飛ぶ。
後部座席に振り返ると、いまだ気を失ったままの千葉を抱きしめながら、榛名が身をかがめていた。
怜は、後ろに向かって一発撃ち込んだあと、腰のホルスターから自分のリボルバーを引き抜いた。
サブマシンガンの雨のような銃弾が、車に穴をあけていく。
「ちょっとおおおおおおお……もう! 調子に乗りやがって!!」
千代田怜は、割れ落ちたリアガラス越しに、敵のSUVへ五発発砲した。
激しい銃声が車内を埋め尽くす。
「おい! 榛名たちがいるんだぞ!」
「磯野! そのグロック!」
「は?」
「そのグロックよこせえええ!」
俺は、怜にグロック渡す。
怜は、グロックを膝の上において、両手でハンドルを握りなおした。
「磯野、アクロバット的なやつ、やるから」
「アクロバット?」
「磯野のまえにあるダッシュボードにスイッチあるの、わかる?」
怜が目で指したさきを見ると、たしかにダッシュボードの上にLEDで光らせている三つのスイッチが目に入った。
「……ああ、これか?」
「それ、全部切って」
「全部?」
「全部!! はやくして!」
俺はスイッチを三つとも切った。
同時にLEDも消える。
「これってなんだ?」
「ABSカット用のスイッチ」
「ABS?」
「アンチロック・ブレーキ・システム!」





