20-06 あんたコスプレって言ったじゃん! コスプレって言ったじゃん!
生存世界への収束の末出現した無数の兵士と真柄博士、そして子供。その子供はヒューマノイドであり、磯野のクローンだった。
俺の言葉に、榛名の目からやっと緊迫の色が消えた。
「……そっか。わたし、ガチャ運はあるほうだからね」
「ガチャ運って……お前……」
オカ研の榛名のようなその言葉に、おもわず顔がほころんでしまう。
……ちくしょう。
たしなめようと思ったのに。
これで二度、榛名による生存世界への収束が行われた。
その収束は、ハルと、ライナス、ライオネルの三人を救うためのものだった。
俺たちの願い。
彼らと彼らがいる世界が、救われること。
このあとも、世界が、つづいていくようにすること。
そのために、彼女が、したこと。
――わたしだって、この世界の、主人公、なんだぜ
「……主人公、か」
「え? ……うん」
榛名は、自分で言ったその言葉をたしかめるように、一人うなずく。
「かっこよかったでしょ」
「ばかやろう」
そう……だよな。
彼女とおなじ立場だったら、俺も、おなじことをするだろうから。
しかし、かなりの数の彼女の生存している並行世界を失ったはずなんだ。
それに、なんで彼女は彼らを救える三七パーセントという数字を持ち、俺は三パーセントしか持ち得なかったのか、それが気になった。
「急ごう」
俺は千葉を抱え、榛名とともにZOEの示した目的地へと向かった。
一〇分ののち、小さな林道へと出た。
一台の車が一〇メートル先に止まっていた。
カーキ色のSUV。ジープといったほうがよい形状をしている。ハイビームが俺たちを照らしていた。
運転席のドアがひらき、降りてくる人影が見えた。
携帯電話を耳に当てている。女だ。
「……やっと来た。ねえ、この人たちを乗っければいいの?」
聞き覚えのある声だった。
逆光でシルエットしかわからなかったが、身に着けているのは、警察官の制服のようだった。ボブヘアにつば付きの帽子をかぶり、フォーマルなシャツに俺たちとおなじく防弾ベストを身に着けている。ひざ丈のスカートの下からスレンダーな脚がのぞいていた。
女は、数歩近づいたあと急に立ち止まる。
「……あれ? どうして磯野がこんなとこにいるの」
は?
「…………お前、千代田怜か?」
「あ、やっぱり磯野じゃん」
「なんでお前、婦警さんのコスプレしてんだ?」
「ふぇ?」
「ふぇ? じゃねえよ」
「怜……ちゃん?」
呼ばれた千代田怜は、ジト目になって榛名を見た。
「……いや、怜ちゃんって……。あんた誰? 誰なの? 磯野の女?」
「おい怜……女って」
……いや、いまとなっては間違ってはいないのか。
とはいえ、そう自覚してしまうと、なんというか、こそばゆい。
「もしかして磯野、あんたの抱えてるのこの女の妹? ……え、磯野……姉妹いっしょに手を出したの……? 姉妹丼なの? ……イヤラシイ」
「怜、ちょっと黙ってろ」
ていうか、怜のやつスマホで誰と話してるんだ?
……あ、そうか。
俺は、イヤフォンを左耳につけなおす。
「ZOE、つながっているのか?」
「はい。千代田さんとともにSUVに乗り込み、札幌へ向かってください」
「ちょっと待て! ハルは、ライナスたちは無事なのか?」
「G2ANNEXによる特殊作戦が進行中。交戦状態にありますが、三人とも無事です」
「……よかった」
ふと榛名が声をもらす。
……ああ、お前のおかげで、彼らは無事なんだ。
「通信は出来るのか?」
「作戦終了まで、通信は不可能です」
……彼らが生きている、そのことだけでいまは満足するべきだ。
――生きていれば、なんとかなるんだから。
ただ、ZOEにはひと言、言ってやりたかった。
「ZOE、お前は――」
そこで俺は、口をつぐんでしまう。
もし、榛名の収束を前提とした作戦を、事前に俺が耳に入れていたとしたら?
――三七パーセントの確率に賭けようとしたことを事前に知っていたら?
三パーセントだろうがなんだろうが、俺が身代わりになると言って、こいつの言うことをきかなかっただろう。
「緊急連絡。ゴーディアン・ノットの車両が、この位置へ向かっています」
「ゴーディアン・ノット? 特殊部隊じゃないのか?」
「KGB特殊部隊スペツナズの掩護でうごいている、民兵レベルの部隊です」
ちくしょう。
民兵レベルって言ったって、俺と榛名じゃどうにもならない。
「榛名、運転は……」
「……ごめん。磯野くん、わたしは」
……そうか。二年前の交通事故。
左手と左足を不自由にしているのに、トラウマを抱えているに決まっている。
「ZOE、さっきの……真柄さんは、こっちにくる敵をおさえていないのか?」
「G2ANNEXは、特殊作戦に全リソースを集中させています」
「敵ってなに? もういいでしょ?」
怜は、怯えて後ずさった。
「わたし、もう嫌だから! 三〇万円くれるって言うから来たけど、もういらないから! あとで振り込んでくれればいいから!」
「ちょっとまて! お前、警察官だろ? 警察官なら市民を助けろよ!」
「あんたコスプレって言ったじゃん! コスプレって言ったじゃん!」
怜は混乱しているのか、車に戻らずにそのまま走って逃げようとする。
と、怜の一〇メートル前方の電線がショートして切れて落ち、怜の行く手を阻んだ。
「ひいいいいいい!」
怜の情けない悲鳴が、イヤフォンとともに響いた。
「……ZOE」
「千代田さんの行動予想から、強硬手段を取りました」
「……ZOEさん、怜ちゃんに容赦ない」
榛名がつぶやく。
一方の怜は、その場でへたり込んで、わんわん泣き出した。
「もうやだよおおおお。おうち帰りたいよおおおお」
榛名は、怜を横目にSUVの後部座席を開けた。俺はそのまま、いまだ気を失ったままの千葉をシートに乗せる。
「怜、いくぞ」
俺は、怜のもとへと戻り、へたり込んでいる彼女の腕をつかんだ。
「怜、泣いている時間は無いんだ。もうすぐヤバいヤツらがここにくる。車で逃げるんだ」
「ヤバいヤツらってなんだよう! この電話の女のほうがやばいよう!」
……仕方ねえな。
「ちょ!?」
俺は、千代田怜を、お姫様抱っこした。
「磯野!? やだやだやだやだ! その抱え方だけはやめて!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶ怜を無視して、運転席へと運んだ。
助手席に乗り込み後部座席を見ると、千葉に膝枕をしている榛名と目が合った。
「怜、たのむ。お前が運転してくれないと俺たちみんなの命が危ういんだ」
怜は、えぐえぐ泣きつづける。
……どうすればいい?
「ZOE、自動運転でなんとかならないのか?」
「この車種は、」
「……ランドローバー・ディフェンダーの二〇〇七年モデルに、オートパイロットなんてついてるはずないじゃないの」
ZOEの言葉をさえぎって、千代田怜がぐずりながら答えた。
……お前、車のことになったらまともに戻るのな。
あ、俺の生体認証なら――
「たいていのものはなんとかなる。三〇万円がいらないんならなにが欲しい? なんでも買ってやるぞ」
「…………」
「ん?」
「…………五〇〇〇兆円」
「……へ?」
「五〇〇〇兆円! 五〇〇〇兆円ちょうだい!」
「お前マジで殴るぞ」





