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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
18.ニセモノ
148/196

18-08 あの部屋の星空は、ニセモノだけど、けれど、わたしを支えてくれたから

 磯野のいた世界では起こらなかった歴史的な出来事――東日本大震災。本当の現実世界の存在に狼狽える磯野を、榛名は包む。

 真っ白になった俺の頭は、こころは、彼女のその言葉に、


 ――うなずく。


「……ああ」

「忘れないから」

「ああ、忘れない」

「大丈夫」


 ……そうだな。こんな、


「こんなこと……こんな素敵なこと、忘れられるはずがない」


 榛名は微笑んで、


「帰ろう。わたしたちの世界へ」

「ああ」

「本当は、ここじゃなくて、星空の下が良かったんだけど」


 照れ笑いしながら、


「だけど、ここで落ち込む磯野くんにするのも、いいのかなって」


 目をそらし、耳を赤くしてうつむいた。

 オカ研の榛名の顔が、ハルの顔が、目の前の子と重なって見えた。


 そうか。気丈なふりをするのも、急に照れたりしてしまうのも、けど、思い立ったら、躊躇も無く抱きしめてしまう彼女は――


「榛名、きみは、いや、お前は、やっぱり霧島榛名なんだな」


 榛名は目を丸くして、けれど、


「……わたしは、きみが好きな霧島榛名です」


 そう言って笑った。


「俺も、きみのことが、榛名のことが、好きだ」


 そう言葉に出して、目の前にいる子は、俺が悩んできたことの答えをすでに見つけていたんだな、と気づいた。


 どの世界とか、そういうことは関係ない。


 いまこの瞬間、大好きな人が目の前にいて、その人との時間が、とても大切だということ。


 大事にするのは、いまなんだなってこと。


 それを、気づかせてくれてた、もう一度、くちびるの触れそうなくらいの距離にいる、その人に、


「ありがとう」

「けどね、告白は磯野くんのほうから言ってほしかったな」

「え、いや、それは……ていうか、キスのあとに告白ってどうなんだ?」


 と、さっきの彼女の言葉を思い出す。


 ――約束はね、八月七日の夜を迎えられたらね、天の川の、星空の下でね、キスしようって。


 それって、


「……すでに、告白したあとだから言える台詞だよな」


 そう、ひとりごとのようにつぶやいた言葉に榛名はきまりが悪そうな顔をして、


「ごめん、すこしだけ嘘ついちゃった。ホントはね、デートしよう、だったの」


 そんな嘘、全然たいしたことじゃない。それに、


「いい嘘だった」

「わたしも、そう思う」

「なあ、」

「ん?」

「ここで待ってろって言われたけど」

「うん、玄関をすぐ出たくらいならいいかもね」




 外に出た俺たちは、天の川の流れる夜空を見上げた。


「松田さんの、」


 と、俺は口にして、榛名がおじいさんの安否あんぴを気にしていたことを思い出す。けれど、


「……松田さんの家の部屋で、天の川を作ってたよな」


 榛名は、うんと、小さく返事をして、


「あのときは、海岸で助けられたとき、わたしは一人で。わたしのよりどころは、いまこうしていっしょにいられるようにって、そう願ってした約束だけだったから。だからその約束を、わたしがわたしでいられるものを、いつもたしかめておきたくて。八月七日をいっしょに乗り越えられなくても、あの日の約束が実現出来たら見られるだろう星空を、夜になればたしかめられるようにしたくて」


 つないでいた手が、わずかに強くなる。


「あの部屋の星空は、ニセモノだけど、けれど、わたしを支えてくれたから、だから、ね、あの部屋も、わたしにとって大切な場所で記憶なんだ。だからね、


 ――この世界も、わたしにとって大切な場所で、大切な記憶、なんだと思う」


 大切な場所と……記憶、か。


 ここへたどり着くまで思考から追い出してしまっていた、この世界を救う、ということ。


 その方法は、いまもわからない。


 俺なんか、思いつくわけもない。けれど、ふと、ある言葉を思い出す。


 ――一人の力を十分に出すってさ、人に相談してさ、いろいろ言葉に出してみて気づいて、はじめて前に進めるって、そのための力なんじゃないかな。みんながいるから答えを見つけられんだと、そう思ったんだよ。


 ――みんなにね、ゆだねちゃうの。能力とかそんなんじゃなくて、自分なりに頭使って考えて、それをみんなといっしょにしていれば、それはちゃんと、みんなの役に立てているんだと思うんだよ。


 俺を送り出すときに言ってくれた、千代田怜の言葉。


 もしかしたら、この言葉が答えなのかもしれない。

 ZOEとライナスとハル、そしていま、となりに霧島榛名がいる。いまはわからなくても、みんなに委ねて、みんなで考えれば、この世界を救う方法を見つけだせるのかもしれない。


 希望的観測にすらならない甘い言葉、なのかもしれない。けれど、こうして出会って、もがいて、ここまできたんだ。ここまでこれたんだから、


 これからだって。


 星空を、天の川を、もう一度見上げる。

 この世界の天の川。それは、俺のいた世界のそれと同じで、とてもきれいで。


「欲しい未来に、この世界が入っていても、いいのかもしれないな」


 榛名は、俺を見て、何も言わずに星空を見上げた。




 とおくで星のように発している複数の光の点が、すこしずつ大きくなっていく。けれど、あの光は、ヘリコプターというより、飛行機のもののようだった。


「ライナス博士たちを乗せたセスナ機です」


 左耳のイヤフォンから、ZOEが答えた。


 すこしのあと、滑走路へ飛行機が降りてきた。


 飛行機が完全に止まると、管制塔がライトアップされ飛行機が照らし出された。


 コックピットの横にある縦型のドアが開き、ライナスが階段を降りてきた。


「ライナス!」

「イソノさん、無事でなによりだった。そちらが、キリシマ・ハルナさん?」

「ええ、はじめまして」

「お会いできて光栄です。私はアンドリュー・ライナス。こちらをお持ちしました」


 そう言って榛名に手渡したのは、彼女の杖とキャスケット帽だった。


「ありがとうございます」


 榛名は受け取ったキャスケット帽を被った。


 いままで俺がみかけて、追い求めてきた霧島榛名の姿。

 そんな彼女を見て、なんだかホッとした。


「あの、ハルは?」

「イソノさん、いま降りてくるが、ハルもきみの無事を心配していてね」

「無事だったんですね!」

「あのあと、CIAに回収されはしたが、無事引き渡された」


 そう言ってふり返った、ライナスのさきのセスナ機のタラップに、ヘリのときとは別のスーツの男とハルが、車椅子の少女を支えながら降りてくるのが見えた。


 この世界の霧島千葉。


 俺は榛名に振り返る。


 彼女はまだ、目線の先にいる車椅子の少女が、霧島千葉であることに気づいてはいないようだった。けれど、タラップから降り、ハルに押された千葉が、俺たちの前までたどり着くあいだに、彼女は、


「……え、」

「磯野さん、姉を助けてくださりありがとうございます」


 そう言った千葉は、榛名へと向きなおり、


「はじめまして、わたしは、この世界の霧島千葉です」


 榛名を見つめ、


「榛名さんが無事でよかった」


 そう、しずかに言った。


 榛名はそれには答えずに、うつむいて、彼女のまえに二歩進んだ。そして、


「……ごめんね」


 そうつぶやいた。


「……ごめん。ごめんなさい」


 榛名は、その場で崩れ落ちて、車椅子の少女を抱きしめる。


 ――だから、七月一三日の夜に、こんな世界無くなっちゃえばいいって、そう、祈ったんだ。


 榛名の悔んでいた、望んでしまった、ちがう世界。

 この世界もまた、その望みに当てはまってしまう。

 車椅子姿の霧島千葉の世界も、また。


「……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい」


 だから、榛名は、泣き崩れ、謝りつづけてしまう。

 この子のなかで、いままでずっと悔やみ、誰にも言えず背負いつづけてしまったその気持ちを、目の前の、大切な人に伝えるために。


 千葉は、わずかのあいだ戸惑う。

 けれど、姉の帽子を取り、彼女の頭を撫でて、


「……ううん、お姉ちゃん、生きていてくれて、ありがとう」


 そう、そっと告げた。


 榛名は、一度、妹の涙にくれる笑顔をみたあと、ふたたびその胸に顔をうずめて、泣いた。

18. ニセモノ END

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