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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
18.ニセモノ
146/196

18-06 ちょっとまってくれ。七夕は、七月七日だろ?

――すべての、根底が、くつがえされる。

 あふれ出そうになる感情を押し込めるように、一つため息をついて、彼女はつづける。


「――祈っちゃったんだよ、わたしは。その祈りが、届いてしまったのかはわからない。けれど、一四日の明け方に灰色の世界に迷い込んだ夢をみて、目が覚めてから、夢のなかで見た百年ひゃくねん記念塔きねんとうを見に行って、二つの世界を行き来するようになってしまって」


 榛名は、どうやったって笑顔にならない、そんな笑顔を見せた。


「もう一つの世界のわたしは、五体ごたい満足まんぞくでね、はじめて入れ替わったときは戸惑ったけど、けれど、左手と左足を自由に動かせることが嬉しくて。だから、あの祈りが(つう)じたんだって、そう喜んじゃって、けど――」


 ――うん。


「その世界はね、お父さんが、」


 ――わかってる。


「……わたしの左手と左足が不自由になれば、お父さんは死ななかったんだよ……って、それを、あの世界はわたしに見せたんだ。わたしが恨んで消えてしまえばいいって思ったその世界が、わたしの望むものを与えてくれたとき、同時に失ってしまうものがなんなのかを、その世界が」


 榛名は、あきらめたように微笑(ほほえ)み、


「だからね、これはわたしに対するばつなんだって。自分の境遇が嫌になったことに、神さまが――」

「榛名、それは、」

「ううん、これも自分のひとりよがりだってわかってる。けどね、事故があって、こうなっちゃったわたしをはげましてくれた、お父さんやお母さんや、千葉ちはのことを全然考えてなくて、それが……」


 彼女の言葉に答えられないまま、俺は、


「オカ研のね、わたしのほうが、ずっとまわりのことを見えていて。あの子と、あの子の世界をみせられて、重なって、痛いほどよくわかって。あの子は、お父さんを失ってしまったのに、それなのに、わたしは、何不自由なく過ごせるもう一人のわたしをうらやんでしまったことが、そんな自分がゆるせなくて――」


 榛名を抱きしめる。


「榛名、誰だっておなじことを思うさ。俺だって、おなじ境遇だったら、恨みもするし、(うらや)みもする。榛名、きみは悪くない。大丈夫、悪くないから」


 すべては仕方のないことで。

 彼女がそう思ってしまったのも仕方のないことで。

 

 けれど、彼女はいま考えずにはいられない。

 考えるのをやめてしまったら、

 言葉にならないものに、

 こころが押し潰されてしまうから。

 だから、


 ――彼女は、どうにもならないそれを言葉にして、

 ――俺は、そのどうにもならないものを否定してやらなければならないんだ。


「ごめんね、聞いてくれて……ありがとう」


 榛名は、俺の肩にまかせていた顔をあげて、俺を見た。


「ひどい、顔だな」


 俺の言葉に、彼女は、もう一度笑おうと顔を歪めて、


「それはお互いさま……だぜ」


 俺たちは、手をつないだ。

 そして、二人でしばらく、空を見上げた。


 すでに陽は暮れかかっていて、オレンジから青へとグラデーションがはるか彼方(かなた)までひろがっていた。すこしずつ染められ、夜がかっていく東の空は、夏の星が、ぽつり、ぽつりと、ちりばめられていた。


「あのね、八月七日にね、わたしたち約束をしたんだ」


 俺はその言葉にハッとして、榛名を見る。


 榛名の言っていた「約束」。

 八月一二日の夜に彼女の口からこぼれたその言葉が、いままで、ずっとこころに引っかかっていた。


「八月七日の夜をむかえられたらね、あまがわを見に行こうって、そう約束してたんだよ」

「天の川?」

「うん。七夕たなばただから」


 ――え?


「七夕の夜に、天の川のもとで、わたしたちが、離ればなれにならないですんだことをいわって」

「ちょっとまってくれ。七夕は、七月七日だろ? なんで一ヶ月後の八月七日になるんだ?」


 榛名は、驚いた顔を俺に向けたあと、なにかを悟ったかのように、さびしそうに微笑んだ。


「……そっか。七日のさきの世界は、また


 ――変わっちゃったんだね」


 また……変わっちゃった?


「落ち着いて聞いてね。わたしの、たぶん、いまはわたしだけが知っている現実世界のことなんだと思う。八月七日の――あの時間のまえの世界。私の知る現実の世界での北海道の七夕は、旧暦きゅうれきの八月七日になっていたんだよ」

「旧暦の……七夕?」

「うん。現実の世界の北海道の七夕」


 なんだよ、現実の世界って……。


「だから、本当は北海道百年記念塔も、数年前から閉鎖へいさされていて入れなくなっているし――」

「――なにを、言ってるんだ?」


 数年前から、百年記念塔が閉鎖されている?

 いや、だって、この世界に来る前に、俺たちは二度も百年記念塔にのぼったじゃないか! 俺が、あの階段がどうしてものぼれないときに、怜が手を貸してくれて。三一日の夜も、全力で階段を駆け上がって……。


 俺の問いに、榛名は俺に向きあって、告げる。


「――七月一四日にわたしが灰色の世界に迷い込んだとき、世界はすでに変質してしまっていたの。その世界は、311の影響が無かったから、だから百年記念塔に入れて、それがきっかけで――」

「311って、なんだ?」


 その問いに、榛名は目を見開き俺を見た。


「311ってなんなんだ? アメリカの911みたいに、世界でテロかなにかが起きたのか?」

「……磯野くん、あのね、落ち着いて聞いてね。311のことを話すから」


 榛名は俺に面と向かう。


「二〇一一年三月一一日、東日本(ひがしにほん)大震災(だいしんさい)。マグニチュード9をえる大地震と、その影響で津波つなみが起こったの。死者はおおよそ一万六千人、行方不明者は二千五百人。福島ふくしま第一だいいち原子力げんしりょく発電所はつでんしょがメルトダウンを起こして――」

「ちょっとまってくれ。大地震? メルトダウン?」


 榛名の口からつぎつぎと出てくる大災害と、その恐ろしい犠牲の数に俺は震え上がる。


 その世界の日本は、なにが起こったっていうんだ?

 その世界が本当の現実の世界だって言うのか?


 現実世界は、あの映研のある俺がもとからいた世界で、その世界から霧島榛名を失ってしまったってことじゃないのか?


「あのね、磯野くん、たぶん、八月七日以降のきみがいた現実世界は、わたしが生きてきた現実世界とは別の世界、なんだと思う」


 別の……世界?


「別って……別ってなんだよ。俺のいた、生まれたあの現実世界は、もともと榛名がいて、その榛名の存在が消えた、そういう世界じゃないのか?」


 榛名は、俺を見つめ、首を振った。


「七月一四日の時点で、もう現実とはちがう世界になってしまっているの。おそらく八月七日にもう一度、世界は変わってしまって――」


 そのひと言に、俺の頭は殴りつけられる。俺のなかで、なにかが、崩れていくのを感じた。そして、 


 ――ひとつの言葉が、全身を駆け巡る。


「ニセモノ、なのか」

「え?」

「俺の生きてきたあの世界は、現実じゃないのか? 俺は、


 ――ニセモノなのか?」

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