17-02 ウォルター・ナッシュ作戦副部長および、彼の周辺の数名しか把握していない
新東京駅での霧島榛名の確保は、CIAが彼女を泳がせることによるKGBの炙り出しを意図していた。そして、磯野たちもまた駅前に到着する。
渋滞に近い状態のロータリー前にある、すでに埋められた駐車スペースのうしろで乗用車は止まった。
「青のパーカーの日本人男性が一人、きみたちの車に向かっている。マツダ・サチコさんを安全な場所へ移動させる。車を引き渡してくれ」
ライナスの指示にに合わせて、ドラムバックを背負った一人のパーカーの男が、運転席側の窓を叩いた。
ハルは外の男にうなずくと、バックシートを振り返り言った。
「おばあちゃん、ご主人と榛名さんは、わたしたちが助け出します。この男性がおばあちゃんを安全な場所まで連れて行きます。いいですか?」
「行っちゃうのかい?」
ハルは手を差し出して、不安げに見るおばあさんの手を握った。
「また会えますから」
二人は抱き合った。
おばあさんは、名残惜しそうな目を俺にむけて「あんた、榛ちゃんを守っておやりよ」と、言った。
霧島榛名とハル、どちらともとれる言葉。
それでも、守らないといけないのはこの二人両方であるということ。そのことを言葉にしてくれたおばあさんに、俺はうなずいてみせた。
俺たちは車を降りた。
人混みもあって、米軍基地や海浜公園よりもいっそう蒸し暑く感じた。顔にかかる夏の日差しを手でさえぎった。
パーカーの男が手渡してきた、厚手の黒いベストを受け取った。
「防弾ベストです。それと、磯野さんにはこれを」
男は眼鏡を差し出した。
「レンズ部分がディスプレイ化されている。現在のCIAの三チームの展開状況がリアルタイムで表示される。イソノさんも把握しておいてほしい」
眼鏡をかけると、自動で眼鏡に映る画像との焦点が調整され、左側のレンズにNEW TOKYO STATION 1st Floorという表記と構内俯瞰図があらわれた。構内を三角形状にTeamAからTeamCの配置が示され、それぞれ移動を開始していた。
「……すごいな」
ぼんやりとつぶやいているところを、ハルが二の腕をつかんで引っ張った。
「磯野さん、こちらへ」
そのまま車のまえから歩道へと数歩よろけて、ハルに受け止められた。
その直後、乗用車が発進した。
「……わるい。こういう機械はじめてで……」
ふと身体が密着したままだったことに気づいて、ハルからあわてて離れた。
ハルは目を丸くしたあと、なぜ俺があわてたのかをやっと察したらしい。顔を赤くして、けれど、それには触れずに言った。
「防弾ベストは、そのまま身につけてください」
俺は防弾ベストを身につけようとしたが、結局、ハルに手伝ってもらう羽目になった。
「ハルは眼鏡をかけなくてもいいのか?」
「わたしには見えていますから」
ああ、そうか。おそらくハルの網膜に、この眼鏡に映るのと同じものが見えているのだろう。
公園のときもそうだったが、バイオロイド的な行動をみせることで、あらためて彼女が人間ではないと気づかされてしまう。それくらい彼女は、人間らしくて、そして、俺にとって――
装備が整うと、ハルは「行きましょう」と言って、南口に向けて歩き出した。
人ごみを縫いながらハルの後を追う。
「ライナス、さっき言っていた実行部隊というのは、この画面だとどれのことを指すんです?」
「画面にはまだ表示されていない。実行部隊はいわゆるアセット、つまりCIA外部の人員から構成され、非公式活動を主としている。つまり、基本的には今回指揮を執るウォルター・ナッシュ作戦副部長および、彼の周辺の数名しか把握していない。実行部隊が動き出す際、その作戦は公式上記録されないよう、監視カメラも切られるだろう」
なんだよ、それって相当ヤバいことを、CIAみずから自覚したうえでやろうとしているってことかよ。
「CIAは、我々に実行部隊のことを伝えてはいない。つまり、表向きには我々は、実行部隊が動いている以前に、その存在すら知らないことになっている。CIAの数名以外に知られていない、極秘で動く部隊だ。このことが意味することは、
――警視庁は当然として、我々やZOEをも含めて、キリシマ・ハルナさんの確保を、CIA側が出し抜こうとしているということだ」
「出し抜く? なぜ?」
「CIAは、我々がなにを行おうとしているのか――つまり、この世界を見捨てて君たちの世界を救うという目的――は、正確には把握してはいないはずだ。だが、我々とZOEに今後も勝手な動きをさせないためにも、CIAは表向きには不明というかたちで、キリシマ・ハルナさんを回収し、「人質」として我々の行動を制限してくるだろう。そのようなことは、絶対にさせてはならない」
「……それって、実行部隊が動き出す前にカタをつけたところで、安心できないってことですか?」
「ああ、その通りだ。しかし、我々にはZOEがいる。まずは危険度の高い実行部隊が動き出した際について伝えておこう。CIAとは通信を遮断したうえで、そのディスプレイに位置が表示されるよう準備してある。が、いまは、なにも無いことを祈るのみだ」
「磯野さん、わたしたちの前方二〇メートルに榛名さんと松田さんがいます」
ハルは、俺の右側にくるよう歩く速度を落としてから、耳元で囁いた。
俺は前方を見ると、目の前を流れる人の波の隙間から、南口手前にキャスケット帽を被った後ろ姿を見とめた。
「榛名!」
「磯野さん、なにかおかしいです」
「おかしい?」
「ゴーディアン・ノットが仕掛けるなら、屋外、しかも、周囲にあるビルからの狙撃が理想的なはずです。けれど、このままではCIA側に有利な駅構内に入られてしまう」
「けど、狙撃をするなら榛名を殺してしまうことになって、収束が起こってしまうんじゃ――」
「二つの可能性があります。複数の狙撃手により、何度も彼女を狙撃をして、彼らの目的を果たそうとするか――」
彼らの目的…………それって、死ぬまで殺し続けるってことか。
「もしくは、となりの松田さんを撃ち、囮にして足留めをさせるか、です」





